愛着障害持ちASDじゅんの、アラフィフから始める理想の暮らし

愛着障害持ちASDじゅんの、アラフィフから始める理想の暮らし

このブログは、社会に適応しようと頑張ってうつ病を発症した愛着障害持ちASD (自閉スペクトラム症)が、無理するのを辞めて「アラフィフから自分の特性に素直になって理想の人生を生き直したら幸せになれるのか?」を実験した結果を綴ったものです。


このブログは、社会に適応しようと頑張った結果、うつ病を発症した愛着障害持ちASD (自閉スペクトラム症)が、無理するのを辞めて「アラフィフから自分の特性に素直になって理想の人生を生き直したら幸せになれるのか?」を実験した結果を綴ったものです。


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 約1年ほど前にうつ病で休職した後、

1ヶ月ほどベッドから起き上がれなかった私は、

その後遺症なのか、

現在でも、あまり体力がありません。

 

そのため、

何か出掛ける予定が入っている日がある時は、

体力を温存するため、

前日は家でゆっくり休み、

睡眠薬を飲んで早めに就寝するなど、

入念に準備をおこないます。


だから。


今日、少し遠くの街で午前中から開催される、

デッサン会に参加する予定だった私は、

昨日も家で1日を安静に過ごし、

夜は睡眠薬を飲んで早めに就寝しました。



ちなみにデッサンって、こんなのです。
これはまだ制作途中なので、描く際の注意事項が周りに殴り書きされているのは、気にしないでください笑


そして、今朝。


スマホで設定していたアラームの時間より、

早めに目が覚めてしまった私は、

寝室には時計が無いため、

スマホの画面で、

今が何時か確認しようとしたのですが。


時間を確認する前に、

画面に表示されたお知らせに、

驚いて固まってしまいました。


雪がぱらついています


えっ?今、雪が降ってるの??


普段、誰とも会話することなく、

家の中に1人で引きこもっており、

そのくせテレビを見ることも全く無かった私は、

テレビ番組の途中で偶然、

お天気情報を目にするといった機会を、

得ることもなかったため、

寒波がきていて、

今日、積雪の予報が出ていたことなど、

全く知らなかったのです。


驚いて窓の外を確認すると。


ぱらつく雪と、

その雪が薄く積もった庭が目に入りました。



 この雪を見た時に、

私は今日行われるデッサン会への参加を迷いました。


田舎に住んでいる私は、

デッサン会が開かれる街へは、

山を1つ超えて行かなければならず、

そのため車で行く予定だったのですが、

雪の積もった山の中の道路を車で走行するのが、

怖く感じたからです。


 でも、そこは、

自分の言葉に縛られるASD。


今日のデッサン会は、

事前申込の必要が無かったものの、

以前、主催の方に雑談で、

今日のデッサン会への参加を表明していた私は。



行くと言ったからには

行かなければならない

 

と、

決死の覚悟で出掛ける準備を始めたのですが。

 

途中でふと、

気付いてしまったのです。

 

あれ?

デッサン会って、

そこまで無理して参加するものだっけ?


って。

 

そして私の脳裏には、

以前、台風が近づいてきていた時に行われた、

デッサン会の参加者が、

私と主催の方の2人だけだった時、


「自由参加だから、来れる時に来てくれたらいいんです」


と自然な笑顔で話されていた主催の方の声が、

甦ってきていました。


この時も私は主催の方に事前に参加を表明していて、悩んだ末に参加しました。


私は主催の方のこの言葉を聞いた時、

とても驚きました。


なぜなら。


私が今まで居た場所はどこも、


人を責める場所


だったから。


原家族(自分が生まれ育った家族)では。


【父】

●お前のせいで母さんは死にかけた

●母さんの体が悪いのはお前のせいだ


【兄】

●お前さえ居なければうちの家族は上手くいくのに!!


【母】

●どうしてお前は、他の子と同じように出来ないんだろうね?

●お前のことを訪ね回ってる人がいるみたいだけど、あれはなんなの?どうするつもりなの?!(※)


と言われ。



 私が高校生の頃、私が全く知らない男の人が、偶然知った私の名前と住んでいる町名から、私の所在を突き止めようとして、電話帳に載っている私と同じ名字の家に「じゅんという名前の女の子はいますか?」と、片っ端から電話を掛けたことがありました。(この頃は、大抵の家の電話番号と住所が電話帳に載っていました)
 母は、同じ名字だったため、その電話が掛かってきた母の知り合いから、その事を聞いたらしく、私を詰問してきたのでした。
 結局、母が私を心配することはなく、私はその後、自分に接触してきたその男の人に1人で対応しました。



結婚した相手からは。


【付き合っていた相手に別れを切り出した時期】

●「別れたら殺すって言ったよな?」と言って首を絞められる

●「子供がいたら逃げられないだろう」と言って無理矢理子供を作られる


【脅迫された後に結婚→離婚してから】

●(自分を好きでなくてもいいからと無理に結婚しておきながら)

「お前、本当に俺を好きだったとや?」と言い出す

●(離婚後に子供の養育費を請求したところ)

金が欲しかったら俺に気に入られるような女になれ


等との言動を受け。



社会人として会社で働いていた時は。

●課長からパワハラを受けながら、部下を課長のパワハラから庇って働いていたのに、支社長からパワハラの件で課長と一緒に糾弾される

といった行為があり。

物心つく前から今まで、
こんな風に責められたり、
責任を押し付けられる環境に居ることが多かったため。

自由にしていい場所

に身を置くことなど、
ほとんど無かったからです。

私は、改めて、
この主催の方の優しい言葉を思い出し、
身体から力が抜けるのを感じました。

そして。
身体から力が抜けるのを感じて初めて。

あぁ、私、
雪の中で車を運転するの、こんなに怖かったんだな。

ということに気づきました。

それから、ようやく。

よし、今日は、
デッサン会への参加を取り止めよう

と思うことが出来て。

今、その気持ちが新鮮なうちに、
ブログに書いています笑

このブログで繋がってくれている皆さんに、
自分の気づきを聞いて欲しくて。

だって、私、
変わった自分を感じて、
嬉しかったのです。

きっと、仕事を辞める前の私は、
今日のデッサン会への参加を取り止めることなど、
出来なかったと思うから。

それは自分の言葉に縛られる、
ASDの特性、というだけのことではなく。

どんなに辛く苦しかったとしても、
私は自分に逃げる許可を、
与えることが出来なかったから。

だってさすがにASDでも、
自分の言葉に命を懸けたりしたいとは思わない。
(雪道から死まで至る不安の強い思考は、ASDならではかもしれない)

今まで、
逃げるという選択肢を持ち合わせていなかった私は。

職場の荷重なストレスにより、
最終的にうつ病を発症して、
強制的に身体が動かなくなって、
30年働いた職場を退職するに至り。

退職から半年位は、
無職という自分の立場を受け入れられない気持ちも、
人が当たり前に行っている働くという行為から、
ドロップアウトした自分に、
負い目もあったのだけれど。

ライフラインに関係する会社にいたため、
豪雨や台風といった、
退職前には必ず無理して出勤していた天候の日に、
家に居る、
という状況を何回か経験して。

何回か経験しているうちに、

「職場の人達はこの天候でも頑張って働いているのに」

という、
自分を責める気持ちが段々と無くなっていって。

天候が悪い時は家に居なきゃね

という思考が当たり前になって。

だから今日のデッサン会も、

参加せずに家に居ていいんだ

という許可を、
自分に出すことが出来たのでした。

私、自分の心の傷を癒すために、
散々、
色んなセラピーにお金と時間を費やしてきたけれど。

仕事を辞める前だったら、
きっと今日のデッサン会参加を止めるために、
アファメーションでも唱えて、
参加すると言っていたのに行かなかった、
自分の罪悪感と向き合っていたと思うけれど。

辞めてもいい、逃げてもいい環境に自分を置いたら、
そんなことしなくても、
罪悪感無しで参加を止めることが出来ました笑


この天気で遠方の私がデッサン会に参加したら、かえって主催の方に引かれるまであるかもしれない笑


なりたい自分があるのなら。

まず環境から変えていくというのは、
良い方法みたいです(実体験)



 

 

 

 

  ASDは定型発達者を見下してるなんて誤解です?

 

私はXというSNSは利用していないので、

普段、そこでどのような、

意見投稿(ポストと言うそうです)がされているのか、

知ることは無いのですが。

 

アメブロを通じて繋がっている"ぬこさん"が、

XでASDの方が書かれたポストの内容について、

書かれているこちらの記事を読んで。

 

 

「ASDは定型の行動を真心のない茶番と上から目線に見下している」

 

と言われていることを知りました。

 

ちなみに、なぜこのようなことを言われたかというと。

 

ASD当事者の"ぱわぽんさん"という方が、

このような内容をXに投稿したところ……

 

 この投稿に対して、

"あさん"という方が、

このようなお気持ちを表明した、

というのが、この流れになっています。

ぬこさんがブログ記事のコメントで書かれていて気付いたのですが、ぱわぽんさんのポストより、あさんのポストの方が♡=いいねが多いんですよね。そのため、あさんの意見に賛同される方が、世間では多いのだと推察できます。
詳しい考察はぬこさんのブログをご覧ください。

 

ASD当事者の私。

 

ぱわぽんさんの行動は理解出来たのですが、

正直、

あさんの「上から目線に見下してる」の言葉は、

私には理解出来ませんでした。

 

なぜなら。

 

愛着障害とASD気質を併せ持つ私が、

この現場に居合わせた場合、

次のような思考や、

行動パターンを辿ると考えられるからです。

 

1.転んだ人にみんなが駆け寄っていっていることに、みんなより遅れて気付く。(周囲の変化に疎いASD気質)

2.自分もみんなと同じように駆け寄った方が良い気がするが、転んだ子とそんなに仲良くない自分が、みんなと同じように駆け寄っても、嫌がられるかもしれないと思って近づけない。(自己肯定感が低い愛着障害思考及び人間関係構築が下手なASD気質所以の行動制限)

3.駆け寄れない代わりに、この集団の中の一員として、何か役に立たねばと考え、保健室に絆創膏を取りに行くことを思いつく。(愛着障害由来の"役に立たねば"思考)

4.集団に溶け込むために、みんなに役に立つところを早く見せようと、思いついたらすぐに保健室に走って行く。(愛着障害由来)

5.保健室から絆創膏を貰って帰ってくると、誰かが出した絆創膏がすでに貼られているのを眼にする。(教室に絆創膏を持っている人がいるかもしれないと思いつかないASD気質特有の思考の狭さに打ちのめされる)

6.「大変な時にどこに行ってたの?冷たい人ね!」の言葉に、自分の役に立たなさ加減に落ち込み、また、集団から浮いてしまった自分に悲しくなる。(役に立たない自分に価値は無いと思ってしまう愛着障害者思考及び、何とか集団に溶け込もうとして空回りするASD気質により陥る激しい自己嫌悪)


このような思考と行動パターンを辿るASDの私は。

 

あさんが書かれているような、

 

上から目線で定型を見下す

 

などという行為は、

今の私は、まず間違いなく出来なくて、

あさんのポストは、

ASDへの偏見のように感じていたのですが。

 

でも、ぬこさんの、

このブログ記事を読み終わった後に。

 

あれ?

そういえば小学校3年生位の頃の私、

あさんの書いてるポスト、

そのまんまの思考、

してたことがあったな

 

という出来事を、

思い出したのです。

 

  あながち間違いでは無いかもしれない、ASD見下し界隈の存在

 

私が通っていた小学校は田舎にあったため、

全学年各30人程しか生徒がおらず、

1年生から6年生まで、

全て1学年1クラスで編成されていました。

 

そのような小学校だったため、

小学校3年生位まで一緒に過ごせば、

クラスのみんなは全て知り合い、

何だったら親同士だって顔見知りだったりします。

 

で、ここで、

誤解が無いよう、

声を大にして言いたいのですが。

 

3年間、

ずっと一緒に過ごしているからといって、

クラスの全員が仲が良い訳ではありません。

 

むしろ、

クラス替えなどがなくメンバーが固定している分、

仲の良し悪しは、

より鮮明になってきているといえるでしょう。

 

そして、そんな中で。

 

クラスの男の子が、

長期で学校を休まなければならない怪我をしました。

 

その話を、

担任の先生からホームルームで聞いた時、

クラスのリーダー的な子から、

 

「その子のお見舞いに行こう!」

 

と声が上がりました。

 

次々と上がる賛同の声に、

担任の先生は、

 

「希望者のみんなで一緒にお見舞いに行きましょう」

 

と言い、

先生が怪我をした男の子の親御さんと調整して、

ある土曜日の午後、

お見舞いに賛同する子は一端小学校に集合し、

そこから先生の引率の元、

その子の家にお見舞いに行くことになりました。

 

クラスのみんなは、

その男の子のお見舞いに行く気満々でしたが、

私はそんなみんなの様子を、

ただひたすら冷めた目で見つめていました。

 

いや、

そんなに仲の良くない子達に、

集団で家に見舞いに来られても、

迷惑なだけだろう

 

って。

 

見舞いに行くなら、

 

本当にその男の子と仲のいい、

その子の怪我を、

本当に心配している子達だけ、

代表で行った方がいいだろう

 

って。

 

この時点でお分かりかと思いますが、怪我をした男の子と特に仲の良い人間では無かった私は、ちゃんと治る(後遺症が残るような怪我ではない)ことも相まって、その男の子の怪我に関して、「怪我をしたんだ、ふーん」程度の興味・関心しかありませんでした。
そして、その怪我をした男の子は、特にクラスの中心人物といった存在でも無く、どちらかといえば目立たない感じの子供だったため、お見舞いに名乗りをあげた子供達の中にも、(ASDの私視点ではありますが)普段はその子とあまり関わっていない子供達が結構おり、私は「興味本位ではなく本当に心配してるの?」と訝しく思っていました。

 

でも、この考えは、

かなりマイノリティだったらしく。

 

30名ほどのクラスの中で、

その男の子のお見舞いに行かなかったのは、

 

私とすーちゃんの2人だけ

 

でした。

 

(ちなみに、すーちゃんは私に"普通"をご教授してくれた子です↓)

 

 

クラスのみんなが、

その男の子のお見舞いに行くため、

小学校のグランドに集合して、

先生の号令の元、

4列ほどの縦隊に並んでいる様を、

私とすーちゃんは、

グランドの端にある鉄棒から眺めていました。

 

この日はみんなのお見舞いに行く様子を見学しに小学校のグランドに行った訳ではなく、元々、逆上がりが出来ない私の特訓のために、この日はグランドで鉄棒をしようと約束していたため、私とすーちゃんは図らずも、お見舞いに行くみんなを見送ることになったのでした。

 

1学年1クラスの小さな小学校とはいえ、

30人ほどのクラスの子供達のうち、

お見舞いに行かない子供が2人だけとなれば、

お見舞いに来られる男の子1人を足しても、

お見舞いに行かない子は3人のみ。

 

そのため、

30人-3人=27人が、

その男の子の家にお見舞いに行くことになります。

 

引率する先生を入れたら、

合計28名の大所帯です。

 

その男の子の家が、

田舎の農家で大きな家とはいえ。

 

いや、あの人数で見舞いに行くのは、

やっぱり迷惑だろ

 

と、

私とすーちゃんは、

隊列を組んでいるクラスメイト達を見て、

改めて思ったのですが。

 

この考えは、

担任の先生にも受け入れてもらえず。

 

お見舞いは希望者で、

と言いながら、

参加しなかった私とすーちゃんは、

担任の先生からでさえ、

冷たい人間との評価を受けたのでした。

 

でも、私とすーちゃんは。

 

先生の冷たい視線に晒されたり、

お見舞いに行ったクラスの女の子達から、

 

「(お見舞い)楽しかったから来れば良かったのに」

 

と言われても。

(お見舞いが楽しかったって何だ??)

 

自分達の態度の方が、

より相手のことを考えていたのだという信念を、

曲げることは無かったのでした。

 

  見下さない大人の私と、見下す小学生の私との違いは何だろう?

 

これは1つ、ハッキリ言えるのですが。

 

意見を同じくする人が1人でもいる

 

って言うのが、

とても大きかったと思います。

 

さすがに子供の頃の、

ASD特性全開だった私でも、

担任の先生及びクラスメイト全員を相手取って、

1人で自分の意見を押し通すのは、

さすがに骨が折れたと思うので。

 

でも、

この時の同志だったすーちゃんは、

後にお母さんから、

 

「あの子(私)と遊んではいけません」

 

と言われたということで、

私から離れていってしまい、

私は小学校で孤立を深めていくことになり。

 

家でも学校でも孤独だった私は、

人に擦り寄ることを覚え、

自分が空腹なことさえ分からない

どんどん自分を見失った人間になっていくのです。

 

そして、50歳を超えた今、

そんな生き方に限界を迎え、

ASDの特性に素直に生きるという、

原点回帰を行っています笑

 

でも、
ASDの特性に素直に生きるといっても、
きっと。
 
同じ場所に立っているように見えても、
小学生の頃の自分より、
視座は高くなっているはずだから。
 
このXのポストのように、
お互いの考えを伝えることで軋轢を生むのではなくて。
 
相手の領域に踏み込まないように、
棲み分けが出来ればいいな、
と思っています。
 

 

 

 

 

 

 

 


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今年の3月末で仕事を辞め、

実家とも縁遠くなっている私の、

現在の住所を知っている人は殆どいません。


そんな私に、先日、

クール宅急便が届きました。


現在、無職の私は、

世俗の行事から遠ざかっており、

クリスマスケーキの宅配なども頼んでおらず。


普通の宅急便ならともかく、

クール宅急便など、

届けられる覚えがなかった私は、

配達員さんが持ってきた時、

宛先間違いではないかと疑ってしまい、

配達員さんと一緒に届け先の名前を確認するほど、

クール宅急便で何かを受け取るような、

覚えがありませんでした。


この家に引っ越してきてから6ヶ月が経ちますが、届く宅急便は全て、私が自分で頼んだものばかりでした。


でも、確認したところ、

確かに私宛で、

そして送り主は、

先日、私に電話で現在の住所を尋ねてきた、

私が辞めた会社に初めて入社した時に、

私のことを何かと気にかけてくれた、

同じ部署で課を取りまとめていた大先輩の方でした。


この方は私が転勤の時期になると、電話で私の転勤先がどこになるのかを尋ねてこられる方で、今年の5月にも私の転勤先を尋ねてこられており、その時に、私が仕事を辞めたこと、その時点では引越す予定だけれども、まだ引越し先が決まっていないことを話していました。


5月に電話で話した時には、

新しい住所が決まったら教えて欲しい、

と言われており、

その時の電話では私は、


「引越し先が決まったらお知らせしますね」


とお伝えしていたものの、

私は6月に引越してから半年の間、

その方に新しい住所を連絡していませんでした。


なぜなら。


なぜ、この方が私に関わってくるのか、

理由が分からなかったからです。


私がこの方にお会いしてから、

30年という月日が経過しており。


この方は現在、

すでに70歳を超えていて、

会社も定年退職されていました。


定年退職された後も、この方が、

時期を見計らって、

私の転勤先を確認する電話を掛けてこられるのも、

何故だろうと、

不思議には感じていたのですが、

それでも私が勤めていた会社には、

会社の退職後に加入出来る、

年に1度は現役社員を交えて同窓会を開催するような、

活発なOB・OG会が組織されており、

この方もその会に加入していたため、


(私と今後も関わる可能性があるから聞いてくるのかな?)


などと考えながら、

今までは尋ねられるがままに、

新しい勤務先を答えていました。


でも、会社を、

しかも、穏便でなく辞めた私は。


もちろん、

そんな会社のOB・OG会に自分から加入することも、

誰かから参加を勧誘されることもなく。


会社とぷっつりと関係が切れるどころか、

むしろ敵対してしまっていたため。


この方が、

今の私に関わってくる理由がさっぱり分からず、

5月の電話で言われた、


「新しい住所が決まった教えて」


という言葉は、

私が会社を退職したと知らなくて電話してしまった、

その方の、

気まずさを誤魔化した社交辞令だったのではないか、

などと考えて。


新しい住所が決まったら教えるとお伝えした手前、

全く連絡しないのは、

私が自分の言葉を違えてしまうことになり、

落ち着かないため、

その方には来年、年賀状を出して、

しれっとその年賀状に新しい住所を記載することで、

新しい住所を知らせたことにしよう、

などと考えていたのですが。


来年を迎える前にその方が再度、

私に住所を尋ねる電話を掛けてきたことで、


「あぁ、本当に私の住所が知りたかったんだ」


と思ったものの、

その方の御年齢と真面目な性格を考えると、

毎年、私に年賀状を送ってくれていたため、


「毎年の年賀状を出すという習慣を行いたかったのだろう」


などと、

その方がまだ私に関わってくることについて、

自分の中で結論付けていました。


だから。


なぜ、その方からクール宅急便で贈り物が届くのか、

全く理由が分からず。


(その方が住まわれている地域の特産品が入ってました)


分からなかったものの、

お礼は言わなければならないだろうと、

意を決してお礼の電話を掛けたものの、

その方からの返事は、


「あぁ、届いたぁ。どーも、どーも」


的なものばかりで、

何で私に特産品を送ってきてくれたのか、

全く理由が分からず。


自分がその方にとって、

利のある人間で無いにも関わらず、

なぜ好意的な行動を取られるのか、

理由が分からなくて、

私は混乱しました。


ASDであり、

機能不全家族の中で愛着障害者として育った私は。


社会性を偽装していない、

素の自分が人に好意を持たれる人間などという、

大それた考えは持っていません。

(実際、私は原家族から要らない人間と言われて育っています)


自分を受け入れてくれない社会の中では。


人に嫌われないように、

人に好きでいてもらえるように気を遣って、

ようやく、

自分のささやかな居場所を与えてもらえるような、

そんな人間だと思っています。


だから。


理由の分からない人からの好意は怖いのです。


理由が分からなければ。


その方に対して、

好かれるようにするには、

せめて持ってもらえた好意を失わないよう、

嫌われないようにするには、

どのように振る舞えばいいか、分からないから。


思いもよらず得られた好意が嬉しくて、

でも、好かれた理由が分からないから、

何かの拍子に失ってしまうのが怖くて。


嫌われるのが怖いから先に手放してしまおう


と、

敢えて自分から、

離れてしまう決断をするほどに。


私は理由の分からない人からの好意が怖いのでした。


そのため若い頃の私が人からの好意で安心して受け入れられたのは、私の容姿が好きだという、分かりやすい理由を持った男性からの好意だけでした。……クズな男に引っかかる典型的なパターンだと、今なら分かります。


そんな私は、

この方に当初の予定通り年賀状を出すことさえ、

勇気が要ります。


この方に見せていた職場での私は、

もう存在していなくて、

来年の年賀状をこの方に出す私は、

頑張ることを辞めて特性に素直になった、

人に嫌われやすい、

素の私だから。


ここ数年はあまりの仕事の忙しさに、

年賀状は、

受け取ったものの返信だけを行っていたものの。


元々の職場での私は、

年賀状というものは、

どのくらいの関係値の人まで送るのが礼儀なのか、

よく分からなかったため、

人に嫌われない保険をかけるように、

薄い繋がりの人達にも年賀状を送っていたため、

パソコンで年賀状を印刷していたけれど。


多くのしがらみを手放した、

素の私が年賀状を出すのは、

この方1人だけだったため、

相手への心を込めて、年賀状を手書きしました。



ネットに、

「チャレンジしてみてね」

とアップされていた筆文字アートを真似して書いた、

謹賀新年。

いきなり年賀状に書くのはハードルが高かったため、

ハガキ大に切った厚紙に練習して書いてみました。


そして、本番。

年賀状に書いたのが、こちら。



何も気負わず書いた練習の方が、

上手くいったと感じるのは、

本番に弱い人間にあるあるな話(泣)


散々悩んだ末に書いた、


「今年もよろしくお願いします」


の文字の小ささに、


(今後も私と関係性を持ちたいと思っているのかな?)


と訝しんでいる自信の無さが現れているようです……


年賀状を全部手書きするなんて小学生の頃以来で、

この年賀状を書いている間は、

その時の子供の自分に心も戻ったようでした。


年賀状1枚書くのにも自信がなくて、

相手がこの年賀状を見てどう思うかを気にする自分。

(手書きの下手さを気にしてるところもアリ)


人と関わるのは怖いけれど。

それでも自分に優しい人達と繋がっていきたいから。


今後もおっかなびっくり、

人との関係性を繋いでいこうと思います。