このブログは、社会に適応しようと頑張った結果、うつ病を発症した愛着障害持ちASD (自閉スペクトラム症)が、無理するのを辞めて「アラフィフから自分の特性に素直になって理想の人生を生き直したら幸せになれるのか?」を実験した結果を綴ったものです。
⚫︎私の発達障害(ASD/自閉スペクトラム症)診断結果→こちらです。
(前回からの続きになります)
それは、3歳の孫と居間の隣の部屋で遊んでいた私を、
7歳になる上の孫が呼んだのがキッカケでした。
「ひぃばぁば(母)がばぁば(私)のことを呼んでるよ」
この時点で、何か嫌な感じがしました。
なぜなら隣の部屋といっても、
居間に座っていた母と私の距離は4mほどしかなく、
しかも和室で間の襖も開け放していたため、
孫を介さずとも普通に母が私を呼べば、
私に聞こえる距離だったことと。
その少し前まで私は居間で母の隣に座っており、
いつでも母から声を掛けられる状況だったからでした。
自分では直接私に言い辛いことを言うために、
敢えて孫を挟んで、私が拒否し辛い状況にしたのだろう
そう予想はついたものの、
孫の呼び掛けを無視することもできず、
そこまでして母は、
私に何を言ってくるつもりなのかと身構えながら、
でも間に入った孫が嫌な気持ちにならないよう、
極力明るく何気ないふりをして、
私は母に声をかけました。
「(孫の名前)ちゃんから、
お母さんが呼んでるって言われたんだけど何かな?」
そう言う私に、
母は笑顔を浮かべてこう言いました。
「タバコ買ってきてくれる?」
タバコ切れちゃって、
前にコンビニに行った時は疲れてて買えなくて、
などと、
私をパシリに使う理由を並べ立てて笑う母の顔は、
2日前に1年9ヶ月ぶりに母に会った私を見た時と、
同じ笑顔に見えました。
は?
私はまた、怒りで目の前が真っ暗になりました。
私は2日前に会った時に、
母が自分へ笑顔を向けてくれただけで、
生涯の負動産を引き継いでもいいと思う位の人間です。
色々理由など並べてなくても、
普通にタバコを買ってきてと母に頼まれたなら、
快く、何なら母の役に立つのを喜びながら、
買いに行っていたでしょう。
孫を間に挟んで断りにくくするという、
手段さえ使わなければ
1年9ヶ月ぶりに会った2日前の、
母に対して少しぎこちなかった私ならともかく、
母が寂しい思いをしないようにと、
会いにきた今日の私に、
直接お使いを頼んでこないということは、
私に対してお願いをすることに、
母は気まずさを感じていた、ということでした。
そして、母のその気まずさの理由は勿論、
私が泣いて母に自分の扱いの酷さを訴えたからでした。
母が私に対して、
何事も無かったかのように振る舞っていたのは、
高齢で物事を忘れ易くなっている為か、
私の訴えを軽く考えていたからかと思っていましたが、
悪く思いながらも、
敢えて私の訴えをスルーしていた
のだということが、母のこの行動で分かりました。
私は母の
じゅんの訴えを有耶無耶にしてしまおう
という考えも嫌だったし、
有耶無耶にすれば、
またじゅんは、
自分のために動いてくれるだろう
という考えが透けて見えたのも嫌でした。
そして母は、
私が1年9ヶ月前に泣いて訴えた時もそれ以降も、
自分の行いの酷さを認識する言葉を発することはあっても、
私に対して謝罪の言葉を口にすることは1度もありませんでした。
私に何かを頼む前に、
自分の言動を私に謝罪する方が先だろう、
そう口を開こうとした時、
私と母の間のおかしな空気を察した孫が、
不安そうに私を見上げている姿が目に入りました。
自分が関わった内容で、
自分の好きな人達がケンカをすることの罪悪感は、
私が子供の頃に散々経験し、
幼かった私を苦しめた一因でもありました。
あの思いを、この子に味わわせてはいけない…
私は言いたかった言葉をグッと呑み込み、
母へのせめてもの抵抗で、
「タバコの名前が分からない」
と言うと、
母は私がパシリを受け入れたことに気をよくして、
親切そうに手元のタバコを渡しました。
「これ持って行って、同じものって言えばいいから」
母の嬉しそうな笑顔に、
私はどんどん気分が悪くなっていきました。
母が笑えば笑うほど、
母の笑顔であんなに喜びを感じていた自分が、
悲しくて堪らなくなり、
「これで買ってきて」
と母が渡してきたお金を私は思い切り拒否しました。
家で笑顔の母に渡されたタバコと、
コンビニで買った、母所望のタバコ1カートン。
どんなに母に自分の気持ちを訴えても、
母の自分への扱いは変わることは無いのだと、
思い知らされているようで泣きそうな気持ちになり、
そんな気持ちで母の家に帰るのが嫌で、
タバコを買いに来たコンビニの駐車場で、
私は心が落ち着くまで、
奥歯を噛み締めて滲んでくる涙を堪えました。
家に帰って母にタバコを渡すと、
母はまた私にタバコ代を渡そうとしてきましたが、
私は頑としてお金を受け取りませんでした。
5,400円のタバコ代を私に6,000円渡したことで、
母の私に対するなけなしの罪悪感が、
昇華されてしまうことが私には耐えられませんでした。
それからすぐに私は母に暇を告げると、
娘と孫達を連れて母の家を出ていこうとしました。
母は玄関まで後を追ってきて、
今度は私に1万円札を渡そうとしてきました。
その姿に、私はまた強い怒りが湧きました。
母がそこまで執拗に私にお金を渡そうとするのは、
お金を渡したことで、
私が断れないように孫を間に挟む形で、
私をパシリに使ったことに対する罪悪感を、
手放したいからだ、と感じたからでした。
そうでなければ。
お金の受け取りを拒否するたびに金額の上がる理由の、
説明がつきません。
私の欲しいのはお金ではなく
「ごめんね」という、
母のたった一言だけなのに。
それが、こんなにも難しい。
私は娘と孫達が玄関を出ていくのを見計らってから、
玄関に立っている母の元に戻って、
語気荒く母に言いました。
「前も泣いて訴えたけど、お兄さんに頼まないようなことは、私にも言わないでください!
お金なんか要りませんから、大切なお兄さんにでもあげてください!!」
そう言い捨てて踵を返した私に、
母は少し気圧されたようにこう答えました。
「分かったよ」
分かった?本当に?
50年以上生きてきて、
母が兄の世話を焼く姿を見ることはあっても、
兄が母の世話を焼く姿を見ることはありませんでした。
高齢で体の弱ってきた現在の母は、
兄の世話を焼くことは出来なくなってしまっても、
兄をアゴで使うことはありませんでした。
玄関から外に出ると、
娘が立ったまま私のことを待っていました。
私と母のやり取りの様子を伺っていたと察した私が、
娘に対して、
「嫌な思いをさせてごめんね」
と謝ると娘は、
「色々あるんだろうからね」
と返してきて、
それ以上何か言うことはありませんでした。
母の家を後にしながら、
ほんの2日前に母の笑顔を嬉しく思っていた自分と、
今日見た母の笑顔を思い返しました。
お母さん、
私に会えて嬉しかったのは、
使える人間が戻ってきたからだった?
そんなことを考えながら、
私は母の家を離れてようやく、
母に笑顔を向けられて浮かれていた哀れな自分の為に、
涙を流すことが出来たのでした…
※これらの出来事はあくまで私の主観であり、 起こった事実に即した内容ではあるものの、母の本当の心理は分かりません。そして、母のことを好きな気持ちは未だに私の中にあるので、このブログで私が書きたかったのは母への悪感情ではなく、母に大切にされない悲しみだと、理解してくだされば嬉しく思います。
