永遠の電球
僕の部屋は、前の三年間に渡って電球が壊れているままだ。交換するのは面倒臭いし、ランプを点けて済む。約三年前、あの電球がぱっと発行して壊れた一瞬間後、部屋の全景を見下ろす視点から何を見たのかな。三年前、まだ日本語に全然興味なかった時から、突然教科書を持ってきた時も、宇宙語みたいな発音で初めて音読を噴出した時も、大学から戻ってきた時まで、ずっと僕の面倒を看ていた。今にも、その電球が壊れていることを忘れて、無理にスイッチを点けよとする。僕は帰宅する度兄が交換してくれるように約束するけど、その整備はもう既に何年間も遅いんだ。今から二ヶ月後、再びこの部屋に戻る時もこのままで、留学して以来も変わらない筈だ。
ファイト
春はもうそろそろ来るようだ。大分暖かくなったニューヨークに戻って、毎日留学の準備で色々なやる事に加えて、漢字の勉強や宿題もなかなか終わらない。しかし、大学からのニューヨーク行きのバスで決めた通り、今度の休みが終わらないうちに、夏の留学等よりも自分の挫折感を治さなくてはいけない。今学期初めて自分の事を可哀相に思って、思ったこそ自己嫌悪を痛感した。ブログのカレンダーを見て、散発的な更新も違和感を起こした。
先々週、気分が沈んでいたまま、何度も延期された留学のミーティング、やがって行われた。そこで、色々な事について話し合ったが、結局京都外国大学はホームステイを備えてくれなかったので参加した三人皆留学先を換えた。一人は関西外大に行く事にして、ボストンの人と僕がfee-paying studentとして南山大学に行こうと決めた。詰まり、留学生じゃなくて、唯授業金を払う学生として通う。ちょっと高いけど、ホームステイができるし、南山の留学生別科かなり面白そうで希望を込めて申し込むことにした。いけないことになったら留学先を換える時間があるように、受諾通知が普通の学生達より早く来るそうだから、行けたら4月頃判る。あのミーティングから帰ってから、ブログを更新しようと思いきや、宿題が終わらなかったまま机の上で眠ってしまった。
春休みが始まった約一週間前、寮の友達と義務的に太鼓コンサートに行っていた最中、全く偶然で三人ともが黄昏を見上げて、輝いていた流星を見た。瞬く間に天空から落ちて、不思議な感じだった。僕もボストンからの友達も飛行機とかだと思ったが、もう一人の男は見たことがあって流れ星だと教えてくれた。僕はつまらなそうに「南山に行ける兆かな」と言って、ボストンの子、普段は悲観的でもいきなり興奮して、跳び始めた。当時に元気がなかったが、勢いに巻き込まれて、跳びながら「南山万歳」と歓声した。三人で寮の坂道の峠で声を一致にして、周りの寮の壁からの影響が、他人一人もいなかった肌寒い冬空を染み込んだ。「南山万歳!南山万歳!南山万歳!」
今週ニューヨークを駆け回って、オペラの怪人を観たりパーティーで呑んだりした。相変わらず色んな知り合いに誘われて、パーティーであの人がどんな程変わった所を見てショックだった。濃い酒や麻薬を遠慮せず組み合わせる人も居れば専攻や性格を毎日気の向くままに換える人も居る。所詮酔っ払わないうちに早く帰って勉強した。そして何年前の曲を聴いていた途中気付いた―春が近付いているにつれて温度も上がっているし、今更ぐずぐずしてる場合じゃない。若くても、まだまだだ等と言われても、僕がやる事は全部トップになる為にやるんだ。年齢、学歴、経験にもかかわらず僕のとって一番じゃなかったら駄目だ。一生の体験を続々思い出して、その後頭に残った気持が一つに固まった。ファイトです!最後までファイトです!一生懸命ファイトです!
今年は日本語学部のトップを目指す。ライバルは、対等なし断然優れているロレンス・ヘイル・スターリングというJCMUと南山両方の留学生別科を受けてきた、天才と呼ばれている人だ。僕が三百番台のクラスを取っていた間に彼のこと余り知らなかったが、同じ五百番台のクラスに入ってから常に彼と比べられることになって、腹を立ったんだ。むかついたのは比較じゃなくて、同じ経験しなかった僕は比肩できるわけはない等と思った人だった。「日本に住んだことはないから、彼とように話せるわけないでしょ?」とか。今学期が終わると共に、彼と勝負する。日本語能力1級試験の模擬試験より、今までの勉強を試すことにした。彼に負けても、その段差を確かめたい。負けるつもりは全然ないんだけど。実は、勝つ事には自信満々だ。「生とは、自分の限界を次々に破って超えることだ。」僕だって、超えて見せるよ。
先々週、気分が沈んでいたまま、何度も延期された留学のミーティング、やがって行われた。そこで、色々な事について話し合ったが、結局京都外国大学はホームステイを備えてくれなかったので参加した三人皆留学先を換えた。一人は関西外大に行く事にして、ボストンの人と僕がfee-paying studentとして南山大学に行こうと決めた。詰まり、留学生じゃなくて、唯授業金を払う学生として通う。ちょっと高いけど、ホームステイができるし、南山の留学生別科かなり面白そうで希望を込めて申し込むことにした。いけないことになったら留学先を換える時間があるように、受諾通知が普通の学生達より早く来るそうだから、行けたら4月頃判る。あのミーティングから帰ってから、ブログを更新しようと思いきや、宿題が終わらなかったまま机の上で眠ってしまった。
春休みが始まった約一週間前、寮の友達と義務的に太鼓コンサートに行っていた最中、全く偶然で三人ともが黄昏を見上げて、輝いていた流星を見た。瞬く間に天空から落ちて、不思議な感じだった。僕もボストンからの友達も飛行機とかだと思ったが、もう一人の男は見たことがあって流れ星だと教えてくれた。僕はつまらなそうに「南山に行ける兆かな」と言って、ボストンの子、普段は悲観的でもいきなり興奮して、跳び始めた。当時に元気がなかったが、勢いに巻き込まれて、跳びながら「南山万歳」と歓声した。三人で寮の坂道の峠で声を一致にして、周りの寮の壁からの影響が、他人一人もいなかった肌寒い冬空を染み込んだ。「南山万歳!南山万歳!南山万歳!」
今週ニューヨークを駆け回って、オペラの怪人を観たりパーティーで呑んだりした。相変わらず色んな知り合いに誘われて、パーティーであの人がどんな程変わった所を見てショックだった。濃い酒や麻薬を遠慮せず組み合わせる人も居れば専攻や性格を毎日気の向くままに換える人も居る。所詮酔っ払わないうちに早く帰って勉強した。そして何年前の曲を聴いていた途中気付いた―春が近付いているにつれて温度も上がっているし、今更ぐずぐずしてる場合じゃない。若くても、まだまだだ等と言われても、僕がやる事は全部トップになる為にやるんだ。年齢、学歴、経験にもかかわらず僕のとって一番じゃなかったら駄目だ。一生の体験を続々思い出して、その後頭に残った気持が一つに固まった。ファイトです!最後までファイトです!一生懸命ファイトです!
今年は日本語学部のトップを目指す。ライバルは、対等なし断然優れているロレンス・ヘイル・スターリングというJCMUと南山両方の留学生別科を受けてきた、天才と呼ばれている人だ。僕が三百番台のクラスを取っていた間に彼のこと余り知らなかったが、同じ五百番台のクラスに入ってから常に彼と比べられることになって、腹を立ったんだ。むかついたのは比較じゃなくて、同じ経験しなかった僕は比肩できるわけはない等と思った人だった。「日本に住んだことはないから、彼とように話せるわけないでしょ?」とか。今学期が終わると共に、彼と勝負する。日本語能力1級試験の模擬試験より、今までの勉強を試すことにした。彼に負けても、その段差を確かめたい。負けるつもりは全然ないんだけど。実は、勝つ事には自信満々だ。「生とは、自分の限界を次々に破って超えることだ。」僕だって、超えて見せるよ。
嘆きっていうか、それより文句
再びニューヨークに帰った。親友との待ち合わせがあったので着いたばかりでも荷物を下ろして着替えて出かけた。彼に電話して、ウェストバージニアの寮で寝ていたと判った。どうせ僕もあまり会いたくなかったし、せっかく街に戻ったので買い物してた。一週間の春休みは勉強でも健康診断でも全て、夏からの留学の為の準備だ。A|Xのフィッティングルームの鏡に映った顔は、疲れ切りそうだったが、本当に休憩する場合じゃないんだ。最近日本語の発音や会話力には自信なくて、今更非常に頑張らないと全然駄目みたい。
若い頃、僕はよくこう言った。「人生とは、自分の限界を次々に破って超えることだ。」それは、夢にも思わなかった辛い。自分の欠点に接する度、直すように頑張りたくよりも、唯振り向いて忘れたく思う。それでも毎日頑張っても、必ず役立つ訳もない。今日帰った時、父が僕を見て、ちゃんと運動してるかと訊いた。一見で分かる程筋肉が柔らかくなったなんて、或る時レスリング部の125lbs級の体重最低制限に近い僕をがっかりさせた。最近運動ばかりか、宿題も寝るのも怠ってるんだ。寝不足と共に落ち込みがちになるし、一日中短所ばかり考えるのは健康に悪い。
先学期が終わった頃、冬休み中この部屋に帰って勉強していた。あの時、多忙や過労で寂しく痛感したと思った。しかし再びこの机で勉強し始めたら今更気付いた。寂しく思わせるのは、体の具合じゃなくてこの部屋こそだ。昔のことを思い出させて、一生の経験を考えて、今にも何も変わらなかったと判る。新しい友達は居ても、この部屋に帰ると改めてこの世界には一人だと思う。上達する為に自分の戦いは、自分で済まなければならない。
若い頃、僕はよくこう言った。「人生とは、自分の限界を次々に破って超えることだ。」それは、夢にも思わなかった辛い。自分の欠点に接する度、直すように頑張りたくよりも、唯振り向いて忘れたく思う。それでも毎日頑張っても、必ず役立つ訳もない。今日帰った時、父が僕を見て、ちゃんと運動してるかと訊いた。一見で分かる程筋肉が柔らかくなったなんて、或る時レスリング部の125lbs級の体重最低制限に近い僕をがっかりさせた。最近運動ばかりか、宿題も寝るのも怠ってるんだ。寝不足と共に落ち込みがちになるし、一日中短所ばかり考えるのは健康に悪い。
先学期が終わった頃、冬休み中この部屋に帰って勉強していた。あの時、多忙や過労で寂しく痛感したと思った。しかし再びこの机で勉強し始めたら今更気付いた。寂しく思わせるのは、体の具合じゃなくてこの部屋こそだ。昔のことを思い出させて、一生の経験を考えて、今にも何も変わらなかったと判る。新しい友達は居ても、この部屋に帰ると改めてこの世界には一人だと思う。上達する為に自分の戦いは、自分で済まなければならない。
無題
今日一日中勉強してた。昨夜酒呑んだりした。日本語が下手だと言われた、相変わらず。二年間前から、日本語を勉強し抜いてきたが、結局もう駄目みたい。話せなくなってしまった。数日前から色々な人が、「初めて会った時は半分ぐらい全然分からなかったが、今は90%通じてるよ、細かい所に間違いが一杯あるけど」等と言われて、自信を失ってしまった。言葉を噴出す度、安心できなくて口ごもる。そして、口ごもれば口ごもる程どんどん絶望感を痛感してゆく。今日、細かい所を直す為に御飯も食べずに勉強した。起きてからはずっと地下のラウンジで勉強した。その部屋では、窓は小さくて外が見えなくて、朝日を眺めて座ってから、再び立ち上がったらもう既に星一つない夜空だった。
昔は、落ち込むとジョギングに行って来た。力を込めて、汗を掻くと共に悩みを溶かした。そう思って、スニーカーを履いて、極寒な冬空の下に走り出した。坂道を下って、交差点を渡った時、無闇に飛び出した。左に曲がろうとしたが、速過ぎて、横倒してしまった。昔のように、足から血が出てきた。昔のように、支えようとした左の腕が痛くて、自然に動けなくなってしまった。昔のように走り続けた。
一日中勉強してたんだ。しかし、細かい所を直すのはまだ何年間だろう。人一倍勉強したら、先輩達を超えて優れられると思ったが、今は、どんなに頑張っても上手になれない恐れもあるだろうね。毎日勉強したり徹夜したりして、時間を計れなくなったが、二週間前ぐらい日本人お知り合いがこう言った。「XさんもYさんも、日本に住んでいて、ずっと日本語を勉強していたから、ブライアンが二年間だけで同じように話せる訳ないでしょ?」って。確かにその二人が留学した事があるし、只者じゃあるまいし日本語が物凄くうまいけど、僕にはどうだ?僕だって、二年間勉強してきたんだろう?その辛い勉強から生まれた成果は?間違いだらけ片言で、言いたい意味を何となく通じるだけか?
校庭の限度に達して、元気はまだ出てこなかったので走り続けた。今日は土曜日で、うちの大学の落ちこぼれは皆、バーに行ったり楽しく呑んだりするんだ。それは、僕が二年間前から勉強の為に止めた事だ。この頃は偶に呑んでも、酔っ払う迄もなくて、明日勉強し続ける為に遠慮する。同じ道を歩いていた酔ってた学生達は、僕が走ってる所を見てから冷笑し始めた。雪投げたり、叫んだりした。昔のように。
今迄日本語を勉強したから、今更諦める訳にはいかない。しかし、二年間経っても、余り上達しないと別に止めてもいいんじゃない?何となく日本に行く事にしたが、日本語余り話せなく僕には無理じゃない?確かに先生と言葉を交わしてから自信が出てくるけど、それは実力がある訳じゃなくて、唯先生達が理解できるように話してくれるんだろう。ほめられてからちょっと喜ぶけど、それは刺激になる為に御世辞をおっしゃってくれるんだろう。今日、そう思いながら勉強した。
一時間過ぎが経って、あの坂道の底に戻ってきた。足が疲れていても、頑張って登り切った。寮に入って、階段に座って息の音を聴いた。昔は、こういう時に、最高の幸せだった。しかし今度は、不満に過ぎなかった。ラップトップを地下からインターネットが使える二階に運んでブログを書く事にした。何か心強い事を書こうとしたが、最近はいつもこういう風に考える。書いてからは、もう一度地下に戻る。そこで、気付かぬうちに夜明けが出て、本をじろじろ見るうちに夕焼けがそっと消えて行く。これは、僕の人生だ。話せなくなった外国語に為に、こうなってしまったんだ。細かい間違い、御了承下さい。
昔は、落ち込むとジョギングに行って来た。力を込めて、汗を掻くと共に悩みを溶かした。そう思って、スニーカーを履いて、極寒な冬空の下に走り出した。坂道を下って、交差点を渡った時、無闇に飛び出した。左に曲がろうとしたが、速過ぎて、横倒してしまった。昔のように、足から血が出てきた。昔のように、支えようとした左の腕が痛くて、自然に動けなくなってしまった。昔のように走り続けた。
一日中勉強してたんだ。しかし、細かい所を直すのはまだ何年間だろう。人一倍勉強したら、先輩達を超えて優れられると思ったが、今は、どんなに頑張っても上手になれない恐れもあるだろうね。毎日勉強したり徹夜したりして、時間を計れなくなったが、二週間前ぐらい日本人お知り合いがこう言った。「XさんもYさんも、日本に住んでいて、ずっと日本語を勉強していたから、ブライアンが二年間だけで同じように話せる訳ないでしょ?」って。確かにその二人が留学した事があるし、只者じゃあるまいし日本語が物凄くうまいけど、僕にはどうだ?僕だって、二年間勉強してきたんだろう?その辛い勉強から生まれた成果は?間違いだらけ片言で、言いたい意味を何となく通じるだけか?
校庭の限度に達して、元気はまだ出てこなかったので走り続けた。今日は土曜日で、うちの大学の落ちこぼれは皆、バーに行ったり楽しく呑んだりするんだ。それは、僕が二年間前から勉強の為に止めた事だ。この頃は偶に呑んでも、酔っ払う迄もなくて、明日勉強し続ける為に遠慮する。同じ道を歩いていた酔ってた学生達は、僕が走ってる所を見てから冷笑し始めた。雪投げたり、叫んだりした。昔のように。
今迄日本語を勉強したから、今更諦める訳にはいかない。しかし、二年間経っても、余り上達しないと別に止めてもいいんじゃない?何となく日本に行く事にしたが、日本語余り話せなく僕には無理じゃない?確かに先生と言葉を交わしてから自信が出てくるけど、それは実力がある訳じゃなくて、唯先生達が理解できるように話してくれるんだろう。ほめられてからちょっと喜ぶけど、それは刺激になる為に御世辞をおっしゃってくれるんだろう。今日、そう思いながら勉強した。
一時間過ぎが経って、あの坂道の底に戻ってきた。足が疲れていても、頑張って登り切った。寮に入って、階段に座って息の音を聴いた。昔は、こういう時に、最高の幸せだった。しかし今度は、不満に過ぎなかった。ラップトップを地下からインターネットが使える二階に運んでブログを書く事にした。何か心強い事を書こうとしたが、最近はいつもこういう風に考える。書いてからは、もう一度地下に戻る。そこで、気付かぬうちに夜明けが出て、本をじろじろ見るうちに夕焼けがそっと消えて行く。これは、僕の人生だ。話せなくなった外国語に為に、こうなってしまったんだ。細かい間違い、御了承下さい。
上の下のブログ
今日友達と会話練習をしたが、最近勉強してるばかりで、一時間も話そうとしたが話題が浮かばなかった。あの人との一週間一回の練習で、普通は前の一週間の出来事について話すけど、今日日本語の勉強に過ぎなかった。それは、先週勉強以外余りしなかったからだ。特に面白いことがなけりゃ喋れない訳じゃないけど、昨日徹夜してからの寝不足の影響で自信喪失もあった。自分の言ってる事は正しいと思わない時は話せなくなっちゃう。
春休みの間に会話力を試す試験を受ける事にした。そのテストの事について冬休みの塾の先生が教えて下さった。それは、一人対一人の会話の工夫に従って、話し手の会話の実力に応じて加減する、特殊なテストだ。上級の程度では、面接者は色んな質問を訊いたり、好きな趣味やスポーツの事について説明させたりする、規則とか。具象的な物を記述するよりも、抽象的な事を説明したり、自分の意見を論議ではっきり伝えるのは流暢な話し手の特徴だ。会談の話し合いをもとに検討して、会話でどれぐらいできるか定められる。超級、上級、中級、初級、この四つ位に分けてる。そして、各位は又上、中、下に分けている。今どの程度かと言えば、上の下、それとも中の上ぐらいだと思う。しかし、テストの工夫、それによく出てくる質問やロールプレイ試練がよく知るし、うまく行けば、上の上迄受かれると思う。
そう思うけど、今日みたいに簡潔に喋れない時は不安を呼ぶ。時折理由もなく日本語が下手になっちゃう事もあるし、若しあのテストを受ける時も駄目だったらと思って心配する。他方は、性格の長所を利用して、会話の流れを自分の好きな所に強いて優れる事も多い。どうせテストの前はできるだけ会話練習して、テスト日は12時過ぎ眠っとく。
しかし今更眠ってる暇はない。1時半だけど、今日クラスも会話練習も多くて、今から宿題や自習をしなきゃいけない。今日2時間ぐらい昼寝した。明日はどうだろう。近頃、「眠」を儚くて美しい雪花のように追い求めている。雪花が手に触れると消えてしまうように、頭が枕に揃えて目を閉じて眠ると、瞬く間に何時間が経っちゃう。
春休みの間に会話力を試す試験を受ける事にした。そのテストの事について冬休みの塾の先生が教えて下さった。それは、一人対一人の会話の工夫に従って、話し手の会話の実力に応じて加減する、特殊なテストだ。上級の程度では、面接者は色んな質問を訊いたり、好きな趣味やスポーツの事について説明させたりする、規則とか。具象的な物を記述するよりも、抽象的な事を説明したり、自分の意見を論議ではっきり伝えるのは流暢な話し手の特徴だ。会談の話し合いをもとに検討して、会話でどれぐらいできるか定められる。超級、上級、中級、初級、この四つ位に分けてる。そして、各位は又上、中、下に分けている。今どの程度かと言えば、上の下、それとも中の上ぐらいだと思う。しかし、テストの工夫、それによく出てくる質問やロールプレイ試練がよく知るし、うまく行けば、上の上迄受かれると思う。
そう思うけど、今日みたいに簡潔に喋れない時は不安を呼ぶ。時折理由もなく日本語が下手になっちゃう事もあるし、若しあのテストを受ける時も駄目だったらと思って心配する。他方は、性格の長所を利用して、会話の流れを自分の好きな所に強いて優れる事も多い。どうせテストの前はできるだけ会話練習して、テスト日は12時過ぎ眠っとく。
しかし今更眠ってる暇はない。1時半だけど、今日クラスも会話練習も多くて、今から宿題や自習をしなきゃいけない。今日2時間ぐらい昼寝した。明日はどうだろう。近頃、「眠」を儚くて美しい雪花のように追い求めている。雪花が手に触れると消えてしまうように、頭が枕に揃えて目を閉じて眠ると、瞬く間に何時間が経っちゃう。