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平凡でつまらない更新

ゼミの教授、最高!慌てて手術のことを断るのを忘れて、今日汗顔でメールを送った。すると、休日なのに返信が同じ日の数時間後に届いて、宿題を心配せずに回復に頑張るように書いてもらった。ああ、泣くほど嬉しい、こういう先生がいるなんて…!頑張りますよ、先生!

 

今日アスピリンを飲んで、頭の痛みを和らげて勉強した。時々トイレに行って、鏡に映った真っ赤に化けた目に見詰められた。目も頭も痛かったけど、何となく今日の勉強はもうそろそろ終わった。今晩もう少し漢字一覧表や能力試験の文法問題対策を勉強して済む。リハビリにもかかわらず頑張って勉強を仕上げたし、今晩は寝れるかもしれないし、満足感だ。

頑張れ、少年たち!

頑張るって言えば、その言葉に含まれた意味は何だろう。日本語の教科書や和英辞典によれば、英訳は幾つもあって、色々な場面には色々な意味がある。頑張るっていうと、「do one’s best」、「to stand firm」、「to insist on」、「to persist」っていう意味もあるが、確かに日本語の「頑張る」にぴったり合う言葉は英語ではないだろう。例えば、友達に「頑張れ」って言ったら、場面に依って「hang in there」、「don’t worry」、「do your best」になる。

そして勿論、言葉は人に依って違うニュアンスがある。僕にとっては、「頑張る」とは概況や限界を越えて非常に努力するっていうことだ。

昨日手術を受けた。8時病院に行って、5時頃帰ってきた。眼が赤くて痛くて、頭が痛くてたまらなかった。食べようとしたが、麻酔で食欲は全然なかった。今月の日程によれば無理をせず手術の日は勉強の休憩だが、今日から続けなければならない。友達に駄目だと言われたし、僕だってそういう元気はないから、健康がよくなるまでは休息しようと思った。

今まで自分自身できるだけ頑張っていると思っていた。しかし、健康も富裕も最良で、他のことを心配せずに勉強を集中して勉強した僕は、頑張っていたとは言えない。そして手術だからといって勉強をしばらく休もうと思った僕は情けないだけだ。頭痛、眼通より重い病気で苦しんでる人は沢山いる。そして何と言っても、手術や健康にもかかわらず、希望は同じだ。その夢を叶える為に、頑張るしかない。

やばいぞ

明日は手術だ。近眼の為じゃなくて、唯眼に繋がっている筋肉を操って、左の眼がつい上に浮かぶ異常を治す為の眼手術だ。麻酔が使われるので今日一日中何も食べさせてもらわない。食べたら、麻酔の副作用の所為でおなかが縮められて、消化してない食べ物を口まで吐いて、麻酔の影響下運動神経の為、食べ物がつい肺に吸い込まれちゃう。つまり、何か食べる場合は…

 

必死。

 

でも今腹減ってる、命をかけて何かを食べる気はあるぐらい…いやいや駄目だ。

選択

上智に行って、テストで優れたら日本人の学生とのクラスを取る。しかし、どの学科のクラスを取るかというのはまだ疑問だ。

数年間前に考え出した計画はもう今のペースには追いつけない。留学してからアメリカで卒業して、2年間に渡ってJETとして日本に行ってからは日本で大学院に入るとは前に作った予定だった。その予定に従ったら2010年、今から約5年間後、やがて日本で授業を取れるようになると思いきや、現況上は5ヶ月後のテストに受かったらすぐに未来の行き先に飛び込める。いきなり5年後についての微妙な勘定が現実上に移して、これからどうすればいいか、もうすぐはっきり決めなければいけない。というのは、僕の積極的な性格で、一学期のクラスのような単純なことでも、それからの1、2年間ばかりか、5、10年間後の具体策を定めようとする。

今一番悩んでるのは(悩むとは言えるけど将来を考えるのは結構好きで、今考えるだけ決めようとしていても、考えている間は愉快な時間だ)、上智大学のどの学部に入るかという選択だ。やがて望んだとおり日本語を道具として他の分野で知識を深めることができるけど、いきなり決めなければいけなくなったので困る。神学部、経済学部、文学部、外国語学部、総合人間学部、比較文化学部、法学部、理工学部、8つもある。日本語を中心として勉強していた間に色々な学習にすごい興味を持ち始めたが、他のことを勉強する時間はなかったので我慢したから、今1つには決められない。

消去法を使おう!

先学期の最中に心理学を興味深く思って、今学期心理学のクラスを取ろうと思ったが、結局難しそうな日本語のクラスがあったので無理せず遠慮した。あの時からその興味は薄まったが、今にも心理学について知りたい気持は偶に浮かぶ。しかし面白いのだからといって勉強するわけにはいかない。何と言っても専攻する学科は実用的に使えなければならない。というわけでほとんどの分は空想に過ぎない心理学ではダメ。

その風に考えれば、神学部、外国語学部、比較文化学部はみんなNG。

残っているのは文学部、総合人間学部、法学部、理工学部だ。確かに文学部ではあまり実行できない知識を得るかもしれないけど、国文学科で日本語も日本文学の鑑賞を深められて、作家になる為に肝心だろう。何故総合人間学部も残っているかというと、教育学はあるからだ。実と言えば他人を好きな専門に成功するように教えるのが好きだけど、どうやって人の上達を進められるか、また講演と教える方法論以外に教育学にはあまり興味はない。しかし、それで中学・高校教諭1種免許状も取れるし、役立てない勉強には限らない。

子供の頃から両親に経済や法律上の仕事するように迫られた。今にも父親が、基本的に日本語を勉強することに反対しながら、経済や法律みたいな学科の勉強から後翻訳には役立つ。入学した時まで毎週水曜日決まって法律に関したニューヨークの地方検事についての、「Law&Order」というドラマを観ることにしていた。それは取り合えず楽しみに過ぎなかったけど、毎週の裁判を巡る出来事を観ることをきっかけとして、夢中弁護士の職場での日々をゆっきり考えてみた。経済ならば、今は算数は苦手でも子供の頃色々暗算の州大会に出た。(つづり字競技会みたいな感じで、12歳未満の若い挑戦者が並んで、代数まで及んだ質問に答えた。時間制限もあったし、試験管に質問を繰り返してもらわなかったし、皆若かったのに結構厳しかった大会で、優勝戦に出たことはあるけど勝ったことはない。)あの時から随分鈍くなった僕は、とても数字を使う気はないので、経済学部、または理工学部に入るのは無理だろう―どうせ数字を通す分野は皆言語を問わず同じだろうと思うから、日本語で勉強する利益はないだろう。

じゃ、文学部の国文学科、総合人間学部の教育学科、法学部(法律学科、国際関係法学科、地球環境法学科―興味深い学科ばっか!もしこれに決めたらどっちにするのはまた考えなきゃ)は消え残った。要すると、不定でも作家になるという夢を追い求めて国文学科にするか、今まで遺伝な英語力が利用できるように作った計画に従って驚愕学科にするか、就職の可能性と潜在能力を同時に広げて法学部にするか、とても決められない。

どっちだってわくわくするんだけど。無限な可能性は僕の前に広がっている!そしてその可能性を磨く為には勉強する…今日も徹夜だ!

熱心

ホームステイや様々な日本語のクラスを提供する僕の愛しい南山大学。名古屋にいる大切な人が通っている南山大学。秋から9ヶ月に渡って上級になる為の留学先の南山大学。受け取る志願者制限が既に越えられたので、行けなくなってしまった南山大学。

先日名古屋である南山大学か、東京である上智大学か、留学先はどっちにするか迷っていた。やがて南山に決めたのは、上智で行われた上級の日本語クラスが、取りたかった学生がいなかったので止められた。それに、残っていた中級の授業から一つのクラスしか取れなくて、一週間に3時間だけの日本語のクラスを取ることになっている。他の14単位は英語で教えられたクラスで埋め合わせるよりしかたがなかった。その一方で、南山での日本語クラスは三つも取るのは当然で、クラス時間が一週間で少なくとも15時間に達する。そして何よりも、南山に行く人は今の大学で作れた友人ばかりか、どうしても離れたくない親友もいる。

しかし僕の決定にもかかわらず、しかたなく上智に行くことになった。そこのCCIEという留学別科は日本語を教える建前で、本音は何よりも上智の学生の英語力を上昇させる為に作られたプログラムだというのは明らかだ。昨年までは留学生や英米学部の学生が区別のキャンパスで英語で行われた講演や授業に通うことになっていて、日本語で話す機会はほとんどないという話をそこに行ってきた旧ライバルから聴いた。英語がありえないというほど上手な上智学生に圧倒的に英語で話されて、日本語で話しかけても返事はいつも完璧な英語で返ってくる。今年から前に区別されたキャンパスはもうないんだが、状況が変わったとは思えない。何といっても、上智に行くのと、バイリンガルの日本人がたっぷりいるニューヨークで勉強するのと、ほとんど同じことだ。

しかし、この僕にはまだ希望はある。日本語を教えるクラスはほとんどなくても、日本語で話す機会はなくても、万一のチャンスはある。もし普通の日本人の学生と一緒に普通のクラスに行くことができたら、日本語を実行する最高の勉強になる。その上、普通の学生として日本の大学から卒業したい僕には良い準備になる筈だ。

しかしそう簡単にはいかない。特に厄介な障害は二つ。第1番は、上智の係りの人は恐らく外人を普通のクラスに行かせる気もないし、そのクラスを取る外人に対象する手続きもない。第2番は、僕は日本語での大学のクラスで成功できる才能はあるまい。

前者ならばそれは仕方がなく、日本に行ってからは解決しようとする。

後者はまた別の問題だ。今の程度で必ず成功できるわけじゃなかったら、これから必死に勉強するしかない。ライバルとの勝負よりも、先生に自分の才能を証明したい気持よりも、今からの努力は僕の将来を確保する為に努めるものだ。もし今から5ヶ月後の上智のプレイスメント・テストで日本人並みの日本語能力が表せないと、1年間に渡っても、中級の日本語のクラスで腐ることになって、今まで一生懸命勉強したことは全て無駄になってしまう。

興奮だ。何て凄い興奮だ。