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感想も何もありやしない

今晩勉強する気はとてもなくて、村上春樹の「風の歌を聴け」という小説一晩を潰した。「本を読む直後は自分の感想をきちんと述べること」って、一度中学校の先生に言われたことはある。しかし何も一つも感想もないな感じをする。どうせ僕は、文章の意味を深く解析しようとする性格はない。唯深い意味を出さず小説を夢中に最初から最後まで読み終える性癖はある。確かに楽しくて、時々は感動して、一度は心がつい重く感じさせられて、心を潤した部分は幾つもあるけど一つ一つきちんと述べることは、する気もなければできるわけもない。



217 desk


今日は最高の日だった。勉強はあまりできなかったけど、何となく勉強より何倍も大切なことはできた気がする。時間さえあれば、勉強や宿題を遣りっぱなしに置いて、毎日のんびりと新聞やフィクションを読んだり、気に入った人々とあてもなく話したりしたい。勉強に飽きたわけではないけど、唯人との付き合いを改めて楽しみ始めた。できるものなら夏の間を気楽に過ごしたい。留学する予定だが、難しそうもない留学先には何も期待していない。やる気になれば、または行かせてもらえば、塾に行きたいけど、面倒だったら別に止めてもいい感じをする。どうせ今月の日程に従えれば、来月から本を読んだりホストファミリーとできるだけ話したり、易しくて退屈な中級の日本語のクラスで今学期必死に学んだことを鍛えていく、ゆっくりと。


しまった。勉強等のことについて話やしないと思いきや・・・

写真津津

sakurasakura thicket


先日勉強を遣りっ放しのして、カメラを手に取って外へ出かけた。僕が住んでるキャンパスのノースイーストの辺りには多くの日本人の留学生が居て、桜もあちこち植えている。うちの寮が花見の観桜会を催したが、結局その日には曇りがちで、前の日に友人と一緒に写真を撮りに行ってよかった。初めて実物の桜を自分の目で見た。


michael sakura highmichael sakura low

うちのかわいいマイケルっていう優しくて純情なマイケルです。木登りも上手であれば頭も良い。彼のブログはこちら です。

totmantotman spring

1月の上旬頃と4月の中旬頃との対照。僕冬、または寒さが嫌いだから後者のほうがずうっと気に入る。しかしこの頃も肌寒い風や夜の低温は僅かでも感じる。

welcome studentssakura trees

究極の対照。僕が冬休みから吹雪の下で大学に戻って、嫌味に見えた看板と、春はそろそろ来たと痛感させた咲き乱れた桜の枝との比較。

サラりマンになろう


sakura chapel


このブログを怠けてる気がする。どうせ記事を書けるほど元気があったらそれを勉強に向けって感じで、元気な時は勉強、疲れきる時は眠る。というわけで徹夜がてら僕らしく熱心な考えだけ考えて、疲れてからそんなに意気揚々と書けないから更新を止める。とにかく今日徹夜してから自習や殆どの宿題をやってきて、後は作文だけ。クラスは今から3時間後で、ブログを書いたりする余裕はあるから一応まだ生きているのを明らかにしよう思った。


先随分前の記事に目を通して、上達振りが少し見える気がした。日本語はともかく、少なくとも性格や日本語に対する眺望から見れば結構進歩してきた。


「いつも旅先を目指して、辿り着くように努力すれば、その旅は長いものだと毎日痛いほど感じる」等と、三ヶ月前にこのブログに述べた不平を今にもつどころか、漢字の練習を通じて読書が結構できるようになって、何かをすらすら読む度は日本語に自信をもたらす。常用漢字を一応勉強してからは駐日の時期を通してその知識を生かして鍛える。「継続は力なり」だとすれば、常用とは最良の鍛錬だろう。日本で日刊新聞に加えて毎週小説一冊を読むことにするつもりだ。それで文章はもっと自然に流れるようになる筈だ。「流暢」等とか分からないんだが、取り合えず読むのも書くのも適当に上達すると思う。


最も大切な改良とは、日本語だけで一生を尽くすつもりはもう全然ないということだ。日本人だって英語と専門を兼修するんじゃないか。訳分からないけど、日本語を専攻としてアメリカで勉強している大学生は皆英語を教える就職に就こうとするきらいがある。僕も同じ思いをしたが、英語を教えることにしたら、日本語を習うのは必要と言うよりも唯日常生活には役立つにすぎない。就職から考えれば英語を勉強しなければならなくて、何故皆は日本語を習っているかと言ったら変事が思いつかない。僕が今目指しているのは、日本語が上手になるのは言うまでもなくて、給料いい立派な職場だ。


つい平凡な夢になってしまったよな。

話題なんざ面倒臭い

 

clark shadow

 

 

「どうせ送れてんならもうしばらくせんでも何も変わらへんやろう」とは僕の本性の本性、頑張る建前に深く埋まった性格が関西弁で語る考え方だ。ペッパーや宿題、手紙、誕生プレゼント、一日分の勉強まで及ぶこの致命的な怠慢が今にも人生の流れを乱そうとする。かろうじて今月の日程にしみじみこつこつと従っていた僕は、少し遅れている今日非常に頑張れば何となく追いつく筈等と思いきや、帰ってからふざけて、花見したりウィリアム・S・クラックの記念碑を見回したりして、急に9時になった。気付いたそばから勉強し始めたとしたら今はあまり大変もないだろうが、結局4時まで何もしなかった。今日の勉強、二日遅れている作文、6日のご無沙汰になったブログ、一ヶ月遅れている手紙、遅ければ遅いほどやり遂げる気は消えていく。それが分かっても、今日勉強に励む気分は必ず弾むと切に信じて、14時間も無駄にしてしまった。

 

続きを書こうにも書けない。普通のように嘆いたあげく、「これから勉強するぞ!」等と心強く決心をしたいものだがやる気はなかなか出てこない。外には真夜中みたくても小鳥のさえずりがイヤホンを貫いて、嫌な響きと耳に触れる。今から勉強しようがどんどん疲れていくと能率が下がって、また時間を無理につぶす。その一方で、今更寝ることにしたら、結局寝不足で明日も元気ないだろう。こんな悲観的な思い、絶頂を目指す僕ながら情けないだろうが・・・

こんなに書くと筆者ながら辛抱強く校正できない

今日勉強の最中に、ふっと頭に浮かんだ思いを、漢字の練習を乱さず後検討するように欄外で筆記した。今更この受験生には僅かな不安で悩むわけにはいかない。そして、検討というものの、頑固な僕はこのまま勉強し続ける筈だと随分分かるから、このぐらいの軽薄な考えの為時間をつぶすことはない。しかし、空しく経った一日中には他の考えもなかったことから、そのたった一つの思考がふと閃いた一瞬からやがて心に重く押さえられた夜にかけての経緯を、ここできちんと述べるよりしかたがない。

最初に思ったのは、一覧表から目をちょっと見上げて外に照り映えていた立春の夕焼けを見たと共だった。「確保」という単語の左に「命を無駄にしちゃったのかな」という、結構暗い一筋を書いた。夕焼けを見たその時、その太陽の下にはしゃんでいる若人や、春の夕映えをのんびりと眺めていた人々が心に浮かんだ。勿論誰でも勉強していると思うけど、勉強と楽しみとのバランスを失ったのだろう、僕が。

悲観的な思いを契機に、そこからいろいろ厭世的に考え始めた。「根暗」等と言われたことはあるが、それは大体他人や僕には関係ないものにかけての思想だが、自分の出来事や将来性にかけては誰にも負けないぐらいの楽観の態度をもつと思う。三日前の言葉からいうと、「無限な可能性は僕の前に広がっている」っていう感じだね。しかし哀楽にかかわりなく、何と言っても僕は勢いに巻き込まれやすいものだ。真夜中の徹夜中には、溜息を出すほど悲しむこともあれば絶叫するほどわくわくすることもある。というわけであのたった一つの思案から不安な思いが川のように流れてきた。

殆どは上智のことだった。プレイスメントテストの受験から、授業での成功まで悩んでいた。結局、プレイスメントテストや日本語能力試験1級に受かっても必ず日本の大学での授業で成功できる程度でいるわけはない。それに大学院のことも大学での遂行に依るし、受かるばかりか、Aを取らなければいけない。今の程度ばかりか、このまま一年間も勉強を続けるとすればその時の程度でも無理だろう。そして、これからどんなに勉強しても直せないところもある気がする。

今学期末のパーティーを楽しみにするしか何もできない。日本語能力試験1級の模擬試験を受けてからすぐその日、及落にかかわらず呑もうよ、皆。そして明くる日二日酔いの間に荷物を詰めて寮を出かける。