サラりマンになろう | long island sound

サラりマンになろう


sakura chapel


このブログを怠けてる気がする。どうせ記事を書けるほど元気があったらそれを勉強に向けって感じで、元気な時は勉強、疲れきる時は眠る。というわけで徹夜がてら僕らしく熱心な考えだけ考えて、疲れてからそんなに意気揚々と書けないから更新を止める。とにかく今日徹夜してから自習や殆どの宿題をやってきて、後は作文だけ。クラスは今から3時間後で、ブログを書いたりする余裕はあるから一応まだ生きているのを明らかにしよう思った。


先随分前の記事に目を通して、上達振りが少し見える気がした。日本語はともかく、少なくとも性格や日本語に対する眺望から見れば結構進歩してきた。


「いつも旅先を目指して、辿り着くように努力すれば、その旅は長いものだと毎日痛いほど感じる」等と、三ヶ月前にこのブログに述べた不平を今にもつどころか、漢字の練習を通じて読書が結構できるようになって、何かをすらすら読む度は日本語に自信をもたらす。常用漢字を一応勉強してからは駐日の時期を通してその知識を生かして鍛える。「継続は力なり」だとすれば、常用とは最良の鍛錬だろう。日本で日刊新聞に加えて毎週小説一冊を読むことにするつもりだ。それで文章はもっと自然に流れるようになる筈だ。「流暢」等とか分からないんだが、取り合えず読むのも書くのも適当に上達すると思う。


最も大切な改良とは、日本語だけで一生を尽くすつもりはもう全然ないということだ。日本人だって英語と専門を兼修するんじゃないか。訳分からないけど、日本語を専攻としてアメリカで勉強している大学生は皆英語を教える就職に就こうとするきらいがある。僕も同じ思いをしたが、英語を教えることにしたら、日本語を習うのは必要と言うよりも唯日常生活には役立つにすぎない。就職から考えれば英語を勉強しなければならなくて、何故皆は日本語を習っているかと言ったら変事が思いつかない。僕が今目指しているのは、日本語が上手になるのは言うまでもなくて、給料いい立派な職場だ。


つい平凡な夢になってしまったよな。