どうも最近は、ひたすら東電(に限らず、電力会社全部か?)を叩けば正義の味方だ、とでも思っている馬鹿が多くて困る。


先日、東電が発表した原発事故被害の補償について基準を発表したところ、救済される範囲が小さいなどというクレームが多くて、中でも農水省の人間がそういうことを言うもんだから(例の牛生産者の問題である)、自分たち、即ち農水省などの対応のマズさを棚に上げて・・・とツィートしたら、さも私が東電の味方のようないいぶりのレスがあった。


この手の馬鹿には、馬鹿と応えるしかないのだが、いちおう背景を説明しておく。



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そもそもの間違いは、現在では多くの識者が指摘している通り、原発事故発生直後に政府が避難地域を過小指定してあとは自主避難・・・でお茶を濁したところから始まる。Speediの予測発表が大幅に遅れたこともその一つ。



結果として、牛だけではなく、人間も本来被曝しなくて良い人や牛たちが被曝することとなった。もちろん、これは主たる原因は農水省にはない。もっぱら経産省や科技庁を主管する文科省の問題であるし、就中、政府官邸のアホが最大の原因であることは言うまでもない。



しかし、その後、北関東・東北地域の牛肉が汚染されている、という問題に発展した経緯を考えれば、農水省の責任は決して小さくない。そもそも家畜に与えるエサについて、被曝している恐れのある飼料を与えないように、とのお達しは出ていたし、ほとんどの畜産農家は指示に従っていた。



しかし、飼料には気が回ったものの、牛が何も飼料だけを口にしている訳ではない、ということを『本来専門家である筈の農水省が』気が付かなかったのか、無視したのかは知らないが、結局、”稲わら”が漏れてしまって汚染拡大を防げなかった。



何で、この問題を口酸っぱく言うか、というと、狂牛病/BSEの問題と何も変わっていないから、である。あの時も、なぜ日本で見られない羊スクレイパーに起因すると考えられた狂牛病が日本で発生したか、というと、欧州で製造された肉骨粉が輸入され、飼料として与えられていたからだ、ということになっている。このときも、農水省は肉骨粉の輸入状況や畜産農家がどの程度飼料に混ぜて牛に与えていたかの実態把握が疎かで被害が拡大した。



また、決して古い話ではなく、宮崎での口蹄疫拡大においても消毒方法その他を巡って、農水省対応に問題があった、ということも、このブログでも詳しい方々と議論したことがある。



狂牛病・口蹄疫・放射能汚染と原因は全く異なるが、結局、我々が口にする国産牛肉の安全性の確保、という観点からは農水省の問題体質は依然として変わっていない。


*なお、口蹄疫については仮に感染発症した牛の肉を食べても人間には影響しないとされているので、同列に扱ってよいかについては意見が分かれうるだろうが。



この問題を、だな、もう何がなんでも東電が悪者なんだ!と叫んでいても、仕方がないのである。



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また、畜産農家の一部には汚染を分かってて、稲わらを与えた、と思われる方々がいるらしい。彼らも被害者で可哀そう・・・という感情論で報道されているので余りこの点、大きく取り扱われないが。



しかし、である。個人の零細経営だろうが何だろうが、「業として」牛肉用牛を飼育し、市場に売りに出す以上、彼らも立派な”業者”である。経営形態の大きい、小さい、は関係ない。



個人経営の小さな飲食店でも、食中毒を出せば責任はきっちり問われるし、たいてい潰れる運命に晒される。実際、そうでなければ消費者としてはたまったものじゃない。



稲わら汚染は知らなかった、なら兎も角、牛が口にするものが安全かどうか、愛情もって育てている畜産農家ならば業者責任として知ろうとするべきだし、ましてや、農水省から注意喚起が為された段階で疑うべきなのだ。それを無視して、あるいは軽視して、牛が食べるものがなくて可哀そう・・・という感情論だけで牛に与えたとするならば、それは消費者に対する責任を放棄したと捉えられても仕方ない。すべては『風評』で片付く問題ではない。




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こうした様々な問題を捨象して、とにかく東電が悪いに尽きる・・・と言っている段階で、この人は思考停止と言わざるを得ない。世の中、ハリウッド映画や水戸黄門みたいに単純じゃないのである。



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さて、東電の賠償スキーム及び基準であるが、こんないい加減なものにしたのは民主党政権である。



以前にも書いたが、本来的には原賠法は、自然災害時の事故について『無過失責任』を定めて、国が前面に出ることを予定していた。



予算が無い、財源が無い、そして恐らく最大の要因は’自分たちが前面に立ちたくない’という政治家・官僚の思惑で、とにかく東電を前面に立てよう、ということになった。国もバックアップします・・・と言っているが、東電にカネが無くなったら、この国債を現金化して使っていいよ、その代り、将来の利益から返してね、というに過ぎない。結局のところ、被害者に対して国は基本的には『無責任』の立場の新立法になってしまったのだ。



で、またぞろ、当たり前の話だが、独占大企業とはいえ、「民間私企業」に過ぎない東電が前面に立てば、本来的に「過失責任(民法709条の不法行為が大原則)」の域を越えられないし、しかも過失を立証したところで、因果関係と寄与割合の議論に入らざるを得ない。元々、原賠法の精神だった無過失責任が飛んでしまったのだ。



法的に賠償すべきものを越えてカネを払ったとすれば、例えば税務上も損金算入できない寄付金扱いされかねないし、株主責任も免れない。だから被害者の請求手続きも極めて事務的に煩雑なものとならざるを得ないし、時間が掛かる上に、不十分な賠償しか得られない可能性が高まる。



だ・か・ら、 元々の原賠法の精神で国が無過失責任で前面に立って、被害者と一律に向き合うべきで、その上で、東電の過失分については国が求償権を行使して東電から徴収する、という方式であるべきだったのだ



こんなことも分からないで、ひたすら東電バッシングしてれば自分は正義の味方で気持ちいい、と考えている馬鹿にはやはり馬鹿か?としか言いようが無い。