適度な諦めがネットとうまく付き合っていくコツかもしれない | A Day In The Boy's Life

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とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

GWの前半戦、旅行に出かけていて4日ばかりネットに触れられない生活をしていたのですが、帰ってきてPC立ち上げて普段回っているようなサイトを巡回しようとしましたが、結構な未読の量があってちょっとうんざりしてしまいました。


普段であればたいした量と感じないのですが、それが積み重なるとちょっと一気にそれを処理する気にはなれなかったりします。

毎日1時間で見回っていたことを、帰ってきて一気に4時間かけてみると言うのはさすがにちょっと・・・と言う気分になります。


時間だけの問題でもなく、普段でも色々なサイトのRSSを購読してアンテナを広げてたりしますが、それでも全てに興味を持つわけではなく、その中から自分に興味がある記事をピックアップするという選別作業をしてたりします。

毎日1000件の情報の中から自分にとって有用であると感じる10件あるかないかの情報を選別する作業が、5000件近い中から50件を見つけようと言うのは少し骨が折れます。

例えそこに普段の5倍近く興味のあるものが含まれているとしても、母数が大きくなるとその探すと言う作業の労力を考えて少し億劫になったりするわけです。


旅行行くときもPCを持ち歩いておけばいいという考えもあるかもしれませんが、行く相手によってはその行為自体に不満をもたれることもあります。

例えば彼女と旅行に行ったとして、観光名所でPCを立ち上げてサイトをチェックするなんてことしてたらキレられるかもしれません。

会社の同僚と団体で旅行に行っている間、PCを立ち上げて1人でモニターを覗いてたらもう呼んでもらえないかもしれません。


なので思うことは、適度な諦めが必要なんだなとということです。

ネット上の情報を追いかけ続けることは、無限の作業を繰り返すことに等しい行為です。

1日にネットに上がる情報量に比べると、人間の1日の時間は果てしなく小さなものとなります。


大きな話題は、ネットの中でもしばらく余韻が残ることがあります。

派生して次の話題が持ち上がることもあります。

たとえ元ネタを見失ったとしても、その後に持ち上がる話題によってソースを追いかけることはできたりします。

なので、その辺はきっぱりあきらめて今を楽しむことに集中したほうがよいのだろうなと。


何か大きな話題があったのかもしれない、と旅行中にそわそわした気分になるかもしれません。

ですが、それを追いかけることは、旅行に行っている意味がありませんし、突き詰めるとなぜ旅行に行こうという事になったのか、快適な部屋でネットに興じておけばよかった、という問答をする羽目になります。


もしネットの世界にどっぷりつかりたいなら、極論としてリアルをあきらめるというのもあるかもしれません。

私自身、ネットもリアルもその境界線と言うのはなくって、ネットの中の活動も(例えばブログを書くとか、サイトを巡回するとかも)、「買い物に行く」とか「お茶する」っていうリアルの行動と並んで成り立つものだと思ったりしています。

なので、その選択肢もあながち間違いではないのかなという思いもあります。

それは、全て個人の優先度のつけ方によるのでしょうが。