自由な教育ってナンだ!? | A Day In The Boy's Life

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とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

もっと学校で、テクニックを教えてくれればよかったのに @ はてな匿名ダイアリー


確かに自分も小学生の頃は、絵を描くにしろ作文書くにしろ、先生からあれこれ細かく指示された記憶はありません。

読書感想文を書けなんて課題も、読む本の種類なんかは指定されていないわけで、幼稚園が読むような絵本の感想文を書いたところで、先生からは「もっとレベルの高いものを読みなさい」と怒られるだけです。

でも、自分にあったレベルって何?って小学生なら思うでしょう。

でも、先生がこの本を読んで感想を書きなさいというのも、型にはまった教育で子供の自由な発想を殺す事になります。


この辺は大人の視点と子供の視点とで、あまりにも考えが乖離してしまっていることに気づきます。


□ 大人から見た視点

・ そんなの自分で考えろ

・ 自由に考える事で発想の幅を広げるんだ

・ それを見たときの素直な感想を表現しなさい

・ 考える事で成長できる

・ やり方教えるとその方法しか使わないでしょ?


でも、子供から見ると・・・


□ 子供から見た視点

・ どこまで自由なの?

・ 何を使って良いの?

・ 感想文って何?写生って何?自由課題って何?

・ A君の絵は評価された理由は何?

・ (後から)「あ~そういうことやってよかったんだぁ」


社会人になって、自分の経験のない課題が与えられたとしても、知人に尋ねるなり、ネット使って調べるなりの事はすぐにできて、そこからこういうものかという理解を得る事はできますが、小学生が得られる体験と使える道具の中で、与えられた課題を的確に理解する事はかなり難しい事です。


小学生の頭の中では、「何?何?何?」でクエスチョンがいっぱいです。

なので、少なくとも先生もちゃんと子供にフィードバックしてあげる必要があると思います。


・ 課題の意図をちゃんと伝えてあげる

・ どこがよかったか褒めてあげる

・ 何が悪かったかを教えてあげる

・ 他の子の作品を見せてあげる

・ 他の子の作品と比べてどうだったのか伝えてあげる


とかはちゃんと伝えてあげた方が良いと思います。

そこで初めて、「何?」の一つが子供の頭の中から消化されるでしょうから。


最初からテクニックをきめ細かく教える必要はないと思います。

少なくとも、ある課題を与えた時、その課題の取り組み方を知っている子と知らない子とで評価が違うのは、それまでのその子たちの教育や経験から来たもので、そのまま評価するに値する事だとは思います。

でも、知らない子をそのままにしておくと永遠に差が縮まらない。

だったら、知らない子にはちゃんと教えてあげるべきかと。

それで成長できた子は高評価につながるだろうし、そうではない子は成長していないという事になる。


テクニックを教えてもらえなかったからというのは、いい訳としてはよくわかることですが、それは大人になってから気づく視点であって、小学生の頃にはそういったことはほとんど気づいていません。

先生の評価でそうだったんだから、そうなんでしょ。という考えしか頭にないわけですから。


まぁ、少なくとも学校教育なんて千差万別で、自分が受けた教育の事をあれこれ言っても仕方がありません。

テクニックを均等に全小学生に教える事ができたとして、結局それってその枠からはみ出るような自由な発想というのはその時点で殺されてしまうでしょうから。

大人になってから生まれる自由な発想というのも不均等である事の一つの賜物ではないかと思ったりしています。