書くべきだと思った。
書かなければならないと思った。
「溝口飛和」という人間が約80年かけて作り上げる「人生」という超大作物語の第1章、16年間に及ぶ「サッカー」が先日、華々しくそして自分らしい形で幕を閉じ、その瞬間から新しい第2章が始まっている。主演としてひとまず第1章を終えた思いなどをここに表現したいと思う。
第1章の中にも細分化された内容がある。
兄の影響でサッカーを始め、小学生では地元の小さな少年団に所属しサッカーの楽しさや魅力に触れ、監督に愛と厳しさのある熱烈な指導を受け、県内では名の知れたサッカー少年だったこと。
中学生では、大分県のJクラブ・大分トリニータの下部組織に所属し、重みのあるエンブレムに袖を通し九州を舞台に戦い、初めて全国を肌で感じたこと。プロへの道筋がほんの少しだけ見えたり、キャプテンを経験したり、毎週水曜日にグラウンド3周を3分50秒で全員が5セットタイムに入るまで走り続けたこと。学校生活にも全力で取り組み、生徒会長や体育祭実行委員長を務め、外部のサッカーと学校生活を両立したこと。
高校生では、大分トリニータのユースに昇格できず人生初にして大きな挫折を経験した。大分県チャンピオンとして選手権ボーイになるため、文武両道を実現するため大分西高校に進学した。青春とサッカーは確実に両立できたが、サッカーの結果はほとんど実らず、2年次の新人戦で優勝した以外はベスト4止まり。夢だった選手権ボーイにもなれず、学校生活でも大迷惑をかけてしまい、あの時の自分は本当に若すぎたなと心から思う。
小中高を振り返っただけでも文章を打つ手が止まらない。もっと一節ずつ細かく内容を振り返りたいが、これらの思い出はそれぞれの年代で出会った仲間たちとお酒を交わしながら話そう。全ての事柄は笑い話になり、様々な問題や事件は時間が解決してくれているはずだ。
小中高で感じた全ては、時が経ち忘れていることや薄れていった感情もある。だが大学生での思い出はひと味違う。直近すぎるし、強烈すぎる。4年間はあっという間だった。
大分から岡山へ。引越しを済ませ、キャリーバッグとリュックを持って「行ってきます」と両親に挨拶し、新幹線に乗った瞬間、意味も分からず溢れ出す涙とともに家族LINEに感謝を綴りながら始まった大学生活。入学前の遠征メンバーを見た時、Jユースや各地域の強豪校から入学してくるメンバーを見て、1人ずつゲキサカで名前を調べ、経歴や特集、プレー集を見て心の準備をしていたこと。
運よくAチームスタート。自分のキャラや多少プレーも評価され、3年間大学のトップレベルでサッカーをし、全国大会を3度経験したこと。中国リーグでの得点。新人戦中国大会優勝。県リーグ得点王アシスト王MVPを獲得したこと。いい経験もいい感覚も沢山経験したこと。
しかし、その経験とは裏腹にサッカー選手としての限界を感じたこと。夢と現実のギャップ。10数年本気で追い続けた夢がどんどん遠ざかっていく瞬間を何度も経験した。
先輩がプロになったり、新人戦で戦った早稲田大学や練習試合で戦った大阪体育大学を相手に結果、内容ともに大敗した試合。相手チームにいる超スーパーな一流選手を前に手も足も出なかったこと。サガン鳥栖、ファジアーノ岡山、ブラウブリッツ秋田など本物のプロクラブとトレーニングマッチを組んでもらい、小野裕二選手(現アルビレックス新潟)に完璧なトラップからゴールを決められ、「上手っ」と思わず声が出た瞬間「感心してるようじゃ上行けねぇわ」と呟かれたこと。樺山諒乃介選手(現ギラヴァンツ北九州)と横山歩夢選手(現ゲンク)に左サイドで鳥かごしてるかのようにボールを簡単に回されそのまま得点されたこと。ファジアーノ岡山の練習参加やトレーニングマッチで江坂任選手が訳の分からないタッチから訳の分からないスルーパスを出してたこと、一美和成選手のボールを奪いに行ったら軽くお尻で弾き飛ばされたことなど。
まだまだ思い出せば強烈なエピソードは山ほどある。夢を諦めるには十分すぎる経験が大学3年間にはあった。
夢を諦めた自分はサッカーをする意味があるのかと考えたこともあった。散々プロサッカー選手になると言って卒業文集や、数々のインタビューで夢を語り、地元を離れ、親や兄妹、親戚、友達、これまでプレーした仲間や指導者から応援してもらっていた分、夢を叶えられそうにない現実への悔しさ、恥ずかしさ、自身の無能さに押しつぶされそうになった。
夢を諦めた上でプレーする姿勢は確実にプレーに出ていたのだろう。大学3年時はほとんど試合に絡めずシーズンを終え、大学ラストシーズンを迎えると同時に、3年間在籍したAチームからの降格を告げられ、Iリーグのカテゴリーに移った。
大学トップレベルを3年間感じ続け、得た感覚や衝撃は全て自分の財産になるに違いないとも思ったが1人のサッカープレイヤーとしては悔しい気持ちでいっぱいだった。
そして始まった大学ラストシーズン。サッカー生活ラストシーズン。結果として、このカテゴリー変更は本当に良かったと心から思う。
カテゴリーが変わって初めての練習、緊張でいっぱいだった自分に声をかけてくれたI1の4年生。次の日のスピーチに指名してくれたり、いじってくれたり、練習内容を教えてくれたり、「オッケイ」は何がなんでも言うようにと教えられたり。あの一つ一つの声掛けでどれだけ救われたことか。その時にプレーする場を与えてくれ、仲間として迎えてくれたこのチーム、この仲間に恩返ししようと強く思った。
ここに来なければ出会えなかった同期、後輩、指導者。ここに来なければ感じられなかった新たな感覚。言葉では表せないが、自分の中のサッカーの在り方、人間としての在り方が大きく変わった。チームメイト、指導者に変えてもらった。
歳を重ねるにつれて「全力」「本気」「100%」なんてどこかでダサいと思っていた自分が、「全力で本気で100%の力を出し切って勝とう」と、これができる奴が結局一番カッコいいと思えるようになった。
今シーズンはかなり充実度の高い1年だった。
これまでサッカーをしてきて、試合に出続けることができればいい1年、あまり試合に出られなければ悪い1年と定義していた。
確かに今年は公式戦はほぼスタメン、フル出場し、目標だった全国大会にもI1として4年ぶりに出場でき、充実度が高いことが目に見えるように分かる。でもそれだけではない。
サッカー以外にも理由はある。ボランティアをたくさん経験させてもらい、「めんどくさい」「だるい」「時間の無駄」なんて思わず楽しんで活動出来たからだ。活動それぞれに自分で面白さを見つけ、全力で馬鹿をしてみたり、人助けをしてみたり、盛り上げてみたり。そんな一つ一つをI1のメンバーと行い大変だったけど、でもどこか楽しくて面白くて、そんなことが毎日続いた。だからこそこの1年は充実していた。そんな1年だった。
大学4年間はほんとに短く、文章量でも伝わるようにほんとに濃い内容だった。
また16年間をある程度の文章にまとめると、これだけでは物足りない。それでもこうして振り返ると、感謝すべき人、16年間サッカーを続けてこられた理由が浮かんでくる。
引退が決まった時、「16年間何不自由なくサッカーをさせてくれてありがとう」と両親に電話した。すると「16年間も続けられたことが凄いよ。ご苦労さま」と言われた。自分にとって短くあっという間でも、第三者から見れば膨大な時間だったのだろう。特に家族は。多くの時間と労力、お金を使って支えてくれた。家族の時間も犠牲にしたと思う。小学生の頃は年に一度行っていた家族旅行も、サッカーが忙しくなるにつれ行けなくなり、妹は家族旅行の記憶なんてほとんどないんじゃないだろうか。それなのに遠征費、部費、用具代はかかり、送り迎えや弁当作りなど大変なことを全て任せきり。自分は練習や試合帰ると風呂に入り飯を食って寝るだけ。日中に体力を使い切ってしまい、家族と話す時間もほとんどなかった。少し大人になった今、本当に親不孝で、たくさん苦労と心配をかけたんだなと気付く。いつも応援し、背中を押し、ときに愛情を持って叱ってくれた。そう思うと溢れるものがあり、感謝でいっぱいだ。ありがとう。
そして、こんなにもサッカー大好きになり熱中できた理由。
サッカーができる。練習ができる。試合ができる。点を決める。アシストする。試合前日、緊張で眠れないベットの上。朝起きて絶対勝ちたいと思う気持ち。勝つ喜び。負けて強くなりたいと思う気持ち。応援が聞こえる心強さ。真夏も真冬も関係なくピッチを走り回る爽快さ。選抜や昇格の合否。ピッチに立てる喜び。優勝の喜び。全国に出る喜び。メンバー外の悔しさ。ビッグチャンスを外してしまう悔しさ。全国に行けなかった悔しさ。痛かった怪我。新しいスパイクを買ってもらった時の嬉しさ。様々なタイプのグラウンド。練習場へ向かう時に聴くいつもの音楽。グラウンドに行けば仲間がいるという高揚感。
ここには書ききれないほど、サッカーをしていて感じた感情・感覚がある。それら全てが嬉しくて、悔しくて、それでも楽しくて大好きで、気付けば16年間続いていた。
その中でも、サッカーを通じて友達ができる、友達と仲が深まる、新しい出会いから新しい友達が増える、この感覚がたまらなく好きだった。サッカーをプレーすること自体ももちろん好きだったが、今思えば、部活中に友達とちょけたり、時にヘラヘラしたり、点を決めて馬鹿騒ぎしたり、部活後に部室やグラウンドで談笑したり、リフティングしたり、自主練したり、ジュースじゃんけんをしたり、河川敷をチャリで帰ったり、その道中にコンビニで買い食いしたり、そのまま飯に行ったり、遊びに行ったり。
そんな楽しい当たり前の日々が楽しくて、友達に出会えたことが嬉しくて、これこそが16年間サッカーを続けてこられた理由であり、サッカー生活の一番の収穫だったのだと思う。
本当に素晴らしい人たちに恵まれた。サッカーを始めて良かった。16年間続けて良かった。出会った友達との繋がりを一生大事に、全ての人に感謝と愛を伝えたい。
本当に、第1章のサッカーという内容はこの人生を綴った物語の中で最も濃くて思い出深い内容だったのではないかと思う。だが多分そんなことはなく、これからまだまだ楽しくて、面白くて、時に辛く、悲しい内容が様々なタイミングで始まりや終わりを迎え、第2章、第3章と続いていくのだろう。
頭の中全てサッカーの生活から頭の片隅に少しサッカーがある生活へ。
時間が長くかかっても本気で熱中できる新しい何かを見つけ、その環境で起きる新しい出来事、新しい友達を大切に全力で楽しみたい。
今回は長々と綴った溝口飛和の第1章・サッカー編を読んでいただきありがとうございました。
第2章でお会いしましょう!
「今日も一日niceな方へ!」