俊輔は、シスター達に救援物資が間違いなく届くような手段を確立しようと
奮闘していた。
夫の懸命の努力を黙って見ている里美ではない。
自らもまた、行動を起こした。
彼女はまず、日本から納税者番付を取り寄せた。
そしてその番付に掲載された人物に対して、
支援要請の手紙を送り続けたのだ。
200通近く手紙を送り続け、返事があったのは僅かに十通。
億という資産を持っている筈の政治家や高級官僚からは全く返事が無かった。
中で一つ、どこをどう回ったのか判らないが、
直ちに実行できる案を持ちかけてきた男がいた。
男はスーパーやデパートの店頭で実演販売をしていると返事してきた。
そのついでに、村の子供達が描いた絵を絵葉書にして販売しようというのだ。全国を渡り歩き、契約している店舗数は100を超えるとも書いてある。
その全ての店舗で展覧会を開催したいと提案してきたのだ。
手紙には、以前にもそうやって地雷撲滅キャンペーンの
手助けをしたとも書いてあり、任せていただければ、必ずや成功させると結んであった。
里美には、その提案は子供達の現状を日本に知らしめる、
またとない機会に思えた。


男の名は山崎。
彼が自信に満ちて宣言した通り、最初に贈った絵葉書は完売した。
どうやら、言葉通り凄腕の販売員のようである。
絵葉書が売れた金で、山崎は貴重な物を大量に送ってきた。
マラリアに対して最も有効な防衛策、日本の蚊帳である。
このおかげで、特に乳幼児に対する被害が激減した。
今日届く荷物は、その第三回目の蚊帳である。
今にも分解しそうなプロペラ機が、空港に降り立った。

「来た来た。さて、太陽。力出せよ」
「了解、お母さん」
頼もしい返事を残し、太陽は飛行機に向かい走り出した。

シェラレオネ。最初に相談を受けた時、里美は珍しく不安を覚えた。
あまりにも危険な土地なのだ。世界で一番、平均寿命が短い土地と呼ばれ、
五歳まで生き延びる子供は、日本と比べると絶望的に少ない。
当然、教育が完備している筈がない。
そんな場所にも日本人が居る。
宣教クララ修道会のシスター達だ。
シェラレオネには世界でも有数のダイヤモンド鉱山がある。
豊かな未来を約束する筈の鉱山は、皮肉な事に凄まじい内戦をもたらした。
少年達ですら無理矢理兵士にされ、逆らう者は両手首を切断されたという。
ようやく内戦が終わり、国は落ち着きを取り戻したかにみえる。
だが、人々の暮らしはまだまだ厳しい。
そんな状況下で宣教クララ修道会のシスター達は、子ども達の未来を守る闘いを続けている。

シスター達の闘いは至ってリアルだ。
今日、子供たちが食べる物が有るか無いか。
まずはそれである。
彼等にとって何よりの楽しみであり、栄養補給の源は日本からの救援物資で賄われる学校給食である。
子供達は皆、給食を食べる時には「神様と、日本の皆さんありがとう」
そう言ってから食べるのだという。
少ない栄養補給の機会であるが、中には給食を全部食べてしまわず、
家にいる幼い兄弟達に持ち帰る者も居る。
互いに助け合うのが当たり前であり、例えば飴一つをもらっても、
皆で分けようと細かく砕く。
過酷な状況に於いても、子供達は懸命に勉強し、己の未来を信じて
日々の努力を惜しまないのだ。

それほどまでに日々を感謝して生きる子供達だが、長生きは出来ない。
彼等を容赦なく襲うのは伝染病である。
HIV、マラリア、ありとあらゆる伝染病が蔓延している中、
僅かな栄養しか与えられない子供達が、どうやって命を永らえることが出来るというのか。
それこそが『五歳までしか生きられない国』と呼ばれる由縁であった。
シスター達の悩みの一つ、医療器具や薬品の充実を図るのが今回の俊輔の目的であった。


ムリンディの広場は朝から子ども達の歓声が飛び交っていた。
母国語であるバンツー語に、時々異なった言語が混ざる。
それは確かにこう聞こえた。
「次、俺が鬼な。行っくぞーっ」
「太陽、ずるいっ!ちゃんと目ぇ閉じとけよ」
太陽と呼ばれたのは、真っ黒に日焼けしてはいるが日本人の少年だ。
八歳ぐらいだろうか、元気そのもので走り回っている。
一緒に遊んでいる子供達は、ムリンディの村の子供達である。
不思議な事に、彼等はバンツー語と日本語の両方を使っていた。
誰が教えたわけでもない。
子供同士が遊んでいるうち、互いに言語を学びあったのだ。

いつの時代でも、どんな言語でも、現地の者と仲良くなるのが上達する秘訣であることに変わりはない。
村人は、日本語を話す子供達に最初は戸惑っていたが、今では諸手を揚げて歓迎していた。
時折、ムリンディを訪れる日本人観光客は、巧みな日本語を操る子供達に喜び、観光案内を頼む。
貧しい村人にとり、それは馬鹿にできない副収入となった。
何よりも、親にとって嬉しいのは子供たちの笑顔である。
それは、この村では終ぞ見られなかったものであった。

笑顔の中心には、いつも俊輔たち一家が居る。
村人達にとって、最早彼等は掛替えの無い存在になっていた。
その信頼関係は俊輔達の弛まぬ努力の賜物であるのは確かだ。
だが、それだけではない。
現地文化を理解しつつ、客観的に将来を考え、人々と適度な距離感を保つだけでは、ここまでの信頼関係は築けない。
最も役立ったのは彼等の底抜けの明るさと強さである。
特に、里美。
彼女は村人からバハリと呼ばれている。
スワヒリ語で言うところの海。
正に里美は海であった。
大きく、強く、時に恐ろしく、そして何より優しい。

「太陽ーっ!そろそろ出かけるよ」
「はーい、今行くよ、お母さん」
今日は日本から待ちに待った荷物が届く。
それを受け取る為、里美と太陽は町に行く約束だ。
俊輔は、同行できない。何故なら、一人でシェラレオネに向かっているからだ。


麦さんも樂ちゃんも大きさ同じですなぁ。





今日はお義母さんに抱かれて、こんなんなってます(笑





なにをしてるかっちゅうと、爪切り。
うーん…犬の爪切りって怖いよねぇ




さ、次は樂ちゃん。

『い、痛くしないでくらさい』

帰宅して、とりあえず飯をかっこみ、寺へ行く。
送り火である。お経をあげて貰わねばならない。
朝早くから沢山の人達が、それぞれの想いを胸に頭を深く垂れる。
母の墓は、何だかようやくこの地に落ち着いたように見える。
水を替え、線香を供え、近況を報告。
母からは、たった一言『まだまだやな』、確かにそう聞こえた。

本堂に座して順番を待つ。幸い、爽やかな風が吹き込んでくる。
丁度、母が眠る方角からの風だ。
何だか、優しく背中を押されている気がした。

思えば、母は常に優しく温かく見守り、けれど躊躇無く俺を見送ってくれた。
感謝の気持ちを言葉に乗せるのは簡単だ。
そうではなく、何らかの形に残すのが恩に報いるということだろう。

あなたが懸命に守り続けたのは温かい家庭だ。
どんな陰口を叩かれても、己を踏み台に変え、子供達を押し上げてくれた。
だからこそ俺は、ひねくれもせず、素敵な家族と友達に囲まれてここに居られる。

優しい風は汗を乾かせ、木立を撫で、空に向かった。