ムリンディの広場は朝から子ども達の歓声が飛び交っていた。
母国語であるバンツー語に、時々異なった言語が混ざる。
それは確かにこう聞こえた。
「次、俺が鬼な。行っくぞーっ」
「太陽、ずるいっ!ちゃんと目ぇ閉じとけよ」
太陽と呼ばれたのは、真っ黒に日焼けしてはいるが日本人の少年だ。
八歳ぐらいだろうか、元気そのもので走り回っている。
一緒に遊んでいる子供達は、ムリンディの村の子供達である。
不思議な事に、彼等はバンツー語と日本語の両方を使っていた。
誰が教えたわけでもない。
子供同士が遊んでいるうち、互いに言語を学びあったのだ。

いつの時代でも、どんな言語でも、現地の者と仲良くなるのが上達する秘訣であることに変わりはない。
村人は、日本語を話す子供達に最初は戸惑っていたが、今では諸手を揚げて歓迎していた。
時折、ムリンディを訪れる日本人観光客は、巧みな日本語を操る子供達に喜び、観光案内を頼む。
貧しい村人にとり、それは馬鹿にできない副収入となった。
何よりも、親にとって嬉しいのは子供たちの笑顔である。
それは、この村では終ぞ見られなかったものであった。

笑顔の中心には、いつも俊輔たち一家が居る。
村人達にとって、最早彼等は掛替えの無い存在になっていた。
その信頼関係は俊輔達の弛まぬ努力の賜物であるのは確かだ。
だが、それだけではない。
現地文化を理解しつつ、客観的に将来を考え、人々と適度な距離感を保つだけでは、ここまでの信頼関係は築けない。
最も役立ったのは彼等の底抜けの明るさと強さである。
特に、里美。
彼女は村人からバハリと呼ばれている。
スワヒリ語で言うところの海。
正に里美は海であった。
大きく、強く、時に恐ろしく、そして何より優しい。

「太陽ーっ!そろそろ出かけるよ」
「はーい、今行くよ、お母さん」
今日は日本から待ちに待った荷物が届く。
それを受け取る為、里美と太陽は町に行く約束だ。
俊輔は、同行できない。何故なら、一人でシェラレオネに向かっているからだ。