「法人税引き下げ」
新たな新内閣が、誕生しました。
これからの日本の成長を描くには、企業が成長し、雇用を拡大して、富を創出してゆくしかないと様々な場面で、語ってきました。
企業の国際競争力を高める為にも、法人税率を引き下げ企業活力を強化支援をしてゆく意思決定が、未来の日本を元気にしてゆくことを合唱してゆきたいものです!!
「益田孝」
日本初の総合商社を誕生させた三井物産社長「益田孝」は、新潟の佐渡出身で、日本の近代資本主義の発達を生き抜いた実業家である。
明治維新の頃、フランスに徳川幕府が、使節団と派遣した随行員の一人だった。
その後、井上馨や渋沢栄一と出逢い三井物産の初代社長として、グローバルな視点を持って、世界に日本の扉を開けた。
事業にとって、人が最大の経営資源であり、「企業は人なり」の益田孝の精神は、今ますます求められている。
「挨拶のいい会社」
いろいろな会社に出かけると、「元気な「挨拶で迎えてくれる会社は、何故か業績がいい。
挨拶の語源は、禅宗のお坊さん同志がお坊さんに出会うと、お互いの力量などを確認しあう問答からきていると、永平寺に行った際に、聞いたことがある。
「一挨一拶」
日々の始まりと、終わりは挨拶で成り立っている!
[何のために仕事をするのか」
私は、会社勤めを18年間してきました。
30代の頃、働く意義や、使命感を真剣に考えることなく日々を過ごしていました。
しかし、数字が上がっても、心が何かザワザワする日々を過ごしていました。
満たされない思いから、一度だけの人生納得感を持った仕事をしたいと、会社を設立しました。
使命感は、心に安らぎや誇りを与えてくれます。
いい仕事をした際に「ありがとう」の言葉は、幸福感を感じます。
社内に、ありがとうのいただいたメールや手紙いただいた感謝ボードを作り、今も、掲示しています。
“仕事”とは、事に仕える”ことであり、働くとは、傍を楽にすることだと思います。
“事”とは、“言”と同源だと。
自分に与えられた役割を果たすメッセージに仕えることが、“仕事”なのだと思います。
第151回 「会津藩士の心」
GWに、下北半島を訪ねた。幕末の戊辰戦争後、朝敵の汚名を着せられ廃藩となった会津藩士が、藩の再興を夢みた斗南藩のあった場所だ。
私は、現地の空気を吸い込み、歴史を感じながら未来を想うことが好きだ。特に幕末期、激動の中で志を持った一人ひとりの人々がその地で生き、地域を変えた姿を思索してゆくと、昨日と今日の繋がりが見えて来る。
5月のむつ市の地は、桜はまだ蕾で、肌寒かった。
明治2年、版籍奉還によって、当時3万石といわれ痩せた領地に、旧藩士家族1万7千人余りが移住した。当時この地は、火山灰土の風雪厳しい不毛の土地であった。斗南藩の人達は、農業施策を展開するが、慣れない農業と寒冷な自然を前に、飢えと寒さで病死者が続出、蒸発するものもあったと聞く。しかし、会津人は挫けず、原野を開墾し、教育・人材育成に努めた多くの人材が育っている。
20世紀の初めに国際社会に向けて、世界に通じた日本人、内村鑑三、新渡戸稲造、陸軍大将になった柴五郎や、教育界で明治の基礎を創り、多くの人を育てた山川健次郎、偉人の野口英世と始めとする人達は、何故か、旧幕臣であったり、東北の雪深い地の出身が多い。
日本は今、大きな岐路に立っている。明治維新、そして敗戦を経験し、その中心の政治や経済から排除され、立身出世のキャリアに希望が持てない状況下でハンディのあった人々が、志を持って挑戦し、世界の奇跡と言われる日本を築いた。
昨今の日本人は、幕末を生きた人達の様な、身分によって制約された生き方はなくなり、自分探しといった言葉が生まれ、多様な生きる選択肢が可能になった。
しかし反面、志や意志の無い人々にとっては、むしろ解放された自由な生き方に苦悩している。
主体的に自己の責任によって、自らの人生を創り出してゆかなければ、ますますこれからの時代生き抜いていくことは、困難になってきている。
厳寒の地で再興に夢を託した斗南藩の史跡に触れ、自分の出生や運命に嘆くこともなく、逃げずに、不条理に正面から向き合った人たちの気迫ある生き様が、今の、私達に求められていると思った。
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