インキュベーター社長日記 | インターウォーズ株式会社 吉井信隆のブログ -20ページ目

第199回 企業内起業家 

 GWに、愛知県の豊田市を訪ねました。
豊田市は、トヨタ自動車を創業した起業家豊田喜一郎の誕生の地です。

 喜一郎が自動車事業をやろうと決意した頃、関東大震災の復興に向けて大量の自動車が必要でした。しかし、国内の自動車工業はまったく育っておらず、フォードからの輸入に頼っており、1929年の世界恐慌によって日本も不況が深刻化していました。
 豊田自動織機製作所は業績不振に陥り、自動織機だけでは生き残れないと考えた喜一郎が、再興の為に立ち上げた新規事業が、トヨタ自動車の起点でした。

 自動車工業が将来、経済の中心になると見抜いた喜一郎は、自動車への挑戦は、技術も設備も無い上に莫大な資金が必要で、三井や三菱などの大財閥も手を出せない大きなリスクを伴う事業だということ認識していました。
 
 スタート時は、出島のような形で自動織機工場の片隅で小さなエンジン開発に取り組み、ひたむきに「いいクルマ」作りを続けた新規事業は、様々な試練やイノベーションを繰り返しながら、今日のトヨタブランドを築き上げました。

 過日、「2014年3月のトヨタの決算は、2兆2,921億円の営業利益」になったと発表がありました。この額は、上場企業全体(金融機関を除く)の一割に相当する純利益を稼ぎ出した数値です。
 前例のない、誰も経験したことがない未知の新技術で夢のクルマ創りに挑戦し続けているトヨタは、たった一人の企業内起業家の熱狂から始まりました。

 日本は今、これまで繁栄を支えてきた産業が衰退期を迎え、一部アベノミクス効果はありますが、経済は停滞から脱皮できないでいます。 

 日本は、明治維新や敗戦をバネに、ハングリー精神と高い志を持った起業家達によって、世界の奇跡と言われる経済大国日本を築き上げました。
 豊田の地で、クルマに夢を託し挑戦していく起業家豊田喜一郎の精神に触れ、一人でも多くの挑戦者達へのインキュベーション機会の窓を開いていきたいと思いました。

トヨタ株式会社の前にて

  撮影:トヨタ株式会社前にて  


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第198回 「破壊と創造」

 創立80周年を迎える富士フィルムのCEO古森さんの話しを聞く機会がありました。
 2012年1月、同業界の世界の巨人と言われたイーストマン・コダックが、写真フィルム市場の急激な変化の中で破綻しました。
 両社の明暗を分けたのは、4万人もの人員削減によるコストダウンに走ったイーストマン・コダックと、企業の存亡をかけ、事業構造改革のために企業内起業をやり抜いた富士フィルムの違いにあります。


 古森さんが社長に就任した2000年、世界の写真フィルムの需要はピークで、「写ルンです」という商品の売れ行きは順調だったと言います。
 この頃、グローバル化に向け中国、インドを始めとするASEANのマーケットでは、まだまだこれからといった見方を多くの経営人達はしていました。


 古森さんは、社長に就任してから徹底して現場でカスタマーと向き合っていたメンバー達の声を聴き、市場データを分析したところ、変化の兆候があり、デジタル社会の大波が押し寄せてくる予兆を感じたといいます。
 未来の姿を嗅ぎ取った古森さんは、生き残っていくには「破壊と創造」を同時に進めることで、新たな成長エンジンを創り上げるしかないと覚悟したとのことでした。


 富士フィルムの強さは、樫村を始めとする「4特」と言われる特約店による強力な販売ネットワークを持っていたことにあります。
 しかし古森さんは、過去のしがらみを断ち、直販体制に切り替え、社名から写真という2文字を消し、起業チームを立ち上げ、全社を挙げて新たな市場に取り組む決断をしました。


 自社の経営資源の強みを生かした「アスタリフト」ブランドは、アンチエイジング化粧品として業界のタブーといわれた赤色容器で、松田聖子を起用し、市場に新風を吹き込んだ姿は記憶に新しいところです。
 見事に事業構造を変えた結果、3年後の売上高は、2兆8,468億円、営業利益は2,073億円と過去最高となっています。


 「本業の稼ぎ部門事業の喪失に直面し、市場が激変する予兆があったから決断できた。」という古森さんの言葉に、デジタル社会の中で生き抜く覚悟をした心の内を見る思いがしました。


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第197回 「挑戦者たちと」

 3月1日土曜、第8期イントレプレナー塾の最終日、塾生の皆さんから熱の入った事業プレゼンを受け、社会の流れが変る予兆を感じました。


 歴史のHistoryは、His+Story=彼の物語とも読むことができます。
 アップルの創業者スティーブ・ジョブズの試みは、たった一人での「熱狂」から始まり、世界の人々のライフスタイルを変えました。
 いつの時代も、一人の挑戦者の企てから、物語がスタートします。


 塾に集った挑戦者の皆さんに、次のようなことを語りました。


・起業は時代の洞察にあり、事業成功は選んだドメインによって大半が変わる。
・脳をいったんオールクリアーにして、メンタルブロック(固定概念)を壊す。
・社会と人の「不、悩み」を解決するテーマに生命力が宿る。
・自分を信じ、脳がちぎれる程25時間考えた奴が勝つ。
・会社の金や資源を使うのだから、経営ビジョンと自分がやりたいテーマとのベクトルを合わせないと経営は取り上げない。
・アイディアをソリューションするには、繋がる編集力に着目することだ。
・顧客は誰か、顧客を知ることがすべてだ。とにかく顧客に会いまくり、顧客の心のヒダが見えてくるまで徹底して寄り添うことだ。必ず球筋が見えてくる。顧客を絞ると、エッジが刺さって広がる。絞ることは、狭くすることではない。
・世界と戦うスタンスをとる。
・何が強みか?一言で言えるか。これがなければ、存続できない。
・経営アセットを活かす。これが、最大の企業内起業の競争優位だ。
・どのように儲けるか。儲け方が変わった。利益の源泉は何か、この設定が勝つ秘訣だ!儲け方の組み立てで勝利したビジネスモデルはクックパッドだ。
・失敗の要因を、歴史や先輩から学ぶ。成功者のマネをしても、上手くいかない。
・始めから一発で成功するビジネス計画などない。事業は修正を繰り返し、磨き続けて人と組織が育ち成長する。人が、すべての原点だ。
・メンターは、誰か。成功者には必ずこの存在がいる。


 起業とは、不退転の覚悟で「やる」精神がすべて。


 日本経済の新陳代謝には、「起業社会」を創り上げていくことだと信じて、起業家の皆さんと共に、創業以来様々な挑戦をしてきました。
 インターウォーズは、多くの皆さんに支えられ、今年20周年を迎えます。
 「挑戦」する者にのみ将来は開かれます。これからも、起業家の皆さんと共に「挑戦」し、インターウォーズの物語を創ってゆきたいと思います。


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第196回 「台北」

 過日、久しぶりに台北に行ってきました。
 2月の台北の街は雨で肌寒く、人口当たりのコンビニ店舗数が世界一といわれるだけあって至る所にコンビニがあり、世界で最も高いといわれた高層ビル101を始めビル群が立ち並び、地下鉄が整備され国際都市へと変貌し、規律を守る人々の姿がありました。


 現地の方から、「ユニクロは日本より高いが人気があり、また、モスのライスバーガー(450円位)も大変人気で、台湾では235店舗を展開している。吉野家の牛丼は(280円位)ビジネスマン達が利用しているが、あまり混んでいない。
 ここ15年、新卒の初任給は8万円位で上がっていないのに、物価は上がり続けマンション賃料は20坪で20万前後、タワーマンション3LDKは平均2億前後と高額で、とても庶民には買えない。皆一時間以上かけて台北の街に通勤している」との話を聞きました。
 以前訪ねたクアラルンプールのマンションは、100㎡で800万~(金利2.4%)で、クアラルンプールに比べ台北市内は空間が不足し価格が膨れ上がり、富裕層と一般人との格差が拡大していると感じました。


 台湾はオランダ植民統治時代から、日本、中国統治による文化が混在し、独自の街が育った歴史を持つ国です。日本の植民統治時代が50年あったせいか、親日風土と見慣れた漢字や日本語が通じる人が多く安心の国です。


 北投温泉の銭湯で、台北でエステ会社を10年経営する日本人と風呂に入りながら、「海外で仕事をする日本人は、和僑といわれ世界で200万人程いる。最近、フェイスブックの影響もあり和僑ネットワークが構築されてきている。今、台湾は世界で3番目に和僑が多い。台湾モスバーガーを起業した桜田さんは、この国で独自の商品を開発し地域密着展開して、200店を超える規模にまで成長させた。その姿をモデルにし、尊敬している。
 私達にとって、国境などまったく関係ない。世界は一つの市場だと皆思っている。最適と思えるところに、ビジネス展開していくことが当たり前の感覚だ。成熟した日本の息苦しい所で、何故皆さんが薄利でやっているのか理解できない。どうして日本国内にこだわるのか解らない。どうしてですか?」と尋ねられました。


 時代は今、境目のない世界になってきました。様々な国籍の人々が至る所に移動し、ビジネス機会の多い所に意欲ある人々が集っています。


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第195回 「プロフェッショナル経営者」

 昨年末、元日本コカコーラ社長の魚谷氏が、資生堂の再建社長として今年4月に就任するとの発表がありました。


 資生堂といえば、日本を代表する化粧品メーカーの優良企業です。


 2011年4月、52歳で就任した期待の社長が2年で突然降板し、前田会長が再登板する人事は異例でしたが、今年、140年の歴史の資生堂で、外部から社長を迎え再生を託すことになりました。







 以前、日本電産の永守さんに企業再建の話しを伺った際、「誰が再生にあたるかで大半が決まる。再建の成否は3年を目安にしている。売り上げ増、黒字化などは、3年程でメドがつく企業でなければやらない。グループ会社にすべきか、短時間で判断する。今後の事業に陳腐化しない技術をもっているかを見極める。不振企業の社員は、給料分も働いていない。社員に『赤字は悪だ』と、徹底的に意識改革を求め、1~2年で変わる。これまでデフレの上に過当競争。オーバーサプライ(供給過剰)が続けば、健全な企業も国際競争力を失う。再生にはスピードが問われ、企業は生鮮食品のようなもので、立て直すなら早いほどいい。こういったことを理解し、実践できるプロフェッショナル経営者で、再生の成否が決まる」と、永守さんの考えが強く印象に残りました。







 日本には、名経営者は多く存在しています。しかし、現在の日本の経営者の多くは、年功序列組織の中で、上から引き立てられて社長になった方々です。


 こういった経営者は、前任の社長の決定を覆すと、永年仕えた主君を否定し、裏切ることになると考え、大胆な企業変革ができないまま任期を迎えてしまっています。







 産業構造変化のスピードが速まり、「伝統の承継」では、会社が立ち行かない時代です。


 一過性の帳尻合わせのV字快復ではなく、事業再生をアラウンドする、「経営のプロフェッショナル」として、魚谷氏が今後どう資生堂の経営を立て直してゆくか注目してゆきたいと思います。







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