インキュベーションマザー 北條夏旭 『Mother's Note-マザーズノート-』 -7ページ目

第183回 「今更だけど、ホームページって」

 

 

インターネットという、FAXではない、摩訶不思議な通信機能に驚愕したのは、30年程前になる。

まだ、筆箱くらいの、すぐ電波がとぎれる携帯電話ですら便利だと思っていたころだ。

 

そんなものなので、初めてネットとやらに繋がった時には、自分の未来が明るいものに思えた。これからの時代は、これまでの商慣習や概念が急速に変化するだろうから、無手勝流の私にも

機会が訪れるという希望の光である。

 

 

それからというもの、それこそ光の速さで携帯電話が普及しだした。それにともない、ネットにつながる環境が整備され、ホームページ制作会社の起業が増えていくのに伴って、各企業がホームページを作り始める。当時は、企業のドメイン取得に下手を打った担当者に同情することもあった。

急激なネット環境の変化や進化に、対応できる知識が追い付かなかったのである。

そんな中、インキュベーターとしては、お会いする経営者の方々に、ホームページ制作の大切さを説明し、推奨してきた。

 

なのに!!!最近は、HPがあるのは当たり前で、当たり前すぎて。SNSにばかり目が行き

HPがなんの為に存在しているのかを失念していたような気がしてきた。

気付いた切っ掛けは、いつもながら自分事。

眼の不調に対して、近所の眼医者のアドバイスに頼りなさを覚えたので、ともかくも、ネット検索で情報取集に取り組んだ。結果、選択したのは自宅より遠距離で不便な場所にある眼科であった。

近隣に名だたる大学病院や専門医もあるにもかかわらず、そこを選んだ理由は、その眼科のHPにある「一人でも多くの人生を失明から守りたい」という思いが伝わるメッセージに惹かれ、掲載内容にも、その為の努力を感じたからだ。

ということで、改めてHP(特に検索された時に初めてでるページ)には、その企業や掲載する人の最も大切にしている思いを伝えるべきというのを思い出したのだ。

 

 

昨今、なんらかの出会いや切っ掛けがあれば、すぐに社名で検索される。どんな会社か、どんな経営者かと。殆ど、いや、必ずと言ってもいいほど相手は確認している。

ということは、その内容次第で、どれだけの機会を掴むか、あるいは残念にも逃してしまうのだ。

HPを見れば、経営者の姿勢、あるいは経営状態が見えるのである。営業のプロは、その事務所に行くと経営がわかるというが、同じである。言い換えれば、どんなに小さな会社でも、個人事業主でも、24時間365日世界中に自分の思いを表現できる場が持てるのが、ネット社会の素晴らしさでもある。

 

 

ましてや、今や、動画も当たり前になってきたし、

今後は、自動言語変換で、世界中に発信しても通じる時代になる、、と思う。

言葉でなく、テレパシー?で通じ合える機器ももうすぐそこまで来ている、、と思う。

だとすれば、益々、何のために何をするのかを明解に伝えなければならないのである。

その「思い」に沿ったデザインから内容の詳細に至るまで、初めて見る方にわかりやすく

伝える為にホームページはある。

 

本当に、全く、今更なんだけれど。

 

 

 

2019-12月

インターウォーズ株式会社
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第182回 「笑顔」

昨年あたりから、若い世代の採用関係者や経営者の方々から、マイノリティーの方の採用に配慮されている話を聞くことが増えた。福利、施設構造、設備、規則、法律や習慣に関する事等々。

英語でいうと、女性はShe、男性ならHe が、ここ最近になって「彼とか彼女どっちでも」を意味する「hir」や、Theyの単数形「Ze」という呼び方がでてきたという。

米の有名大学の中には、これらの代名詞でのID登録ができるようにもなっているそうだ。 さらには、Mr(ミスター)、Ms(ミズ)、Mrs(ミセス)、Miss(ミス)などといった馴染みの呼称の他に、「Ze」、「Mx(ミクス)」なる呼び方が、辞書に新語として掲載されるようになったという。

 

どちらも自分のアイデンティティが男性でも女性でもないと感じていたり、性別を特定されるのを好まなかったりする人のためのジェンダーニュートラル(中性的)な方用だという。

ついに、中性という新しい性別が現れたのだ。

もともと、マイノリティーな感覚を持つ人は、人間が共同生活を営むころからの存在だ。そんなに珍しくも

奇異な事でもないのだから、正当に権利を主張することは当たり前だと思う。

もっと昔から、中性という性別が認められていたらとも思う。

ともかくも、性別による違い等もあるだろうが、人それぞれに思考も体質も違う、だからこそ、私たち人類は、価値観の合わない人と、無理に時間を共有する必要もなく、より自分の好きな人と時間を過ごすように生きるべきなのだ。

 

幸せの条件は、好きな人と一緒にいること。そして、好きな仕事ができれば、より幸せな人生だ。

仕事は、どんな仕事が好きなのか、どんな人が好きなのかで選ぶべきだ。

仕事に必要な知識は、特別な才能が必要な仕事でない限り、本人の努力で補える。

職種なんぞ、そんなに選ぶことはない。問題は本人のやる気だけである。

こんな仕事を、こんな人とやりたいと思ったら貫けばいい。

好きな会社に出会わなければ、自分でやればいい。

私生活も、好きな人と、好きな形で過ごせれば、より幸せだ。

むろん、その為には、自身の努力は不可欠である。

やりたいことには、やるべきことが必ずついてくる。

幸せは、ぼーっとしてても来てくれない。幸せになる準備がない人には来ないのだ。

 

それにしても、ダイバーシティー!!と声高々に言わなくても、普通に価値観を認め合って仕事も生活もできる社会により早くなるべきだとも思う。

 

年寄だろうが、若かろうが、LGBTQであろうが、XYZ?であろうが、身体に支障があろうが、人間というくくりの中にいる以上、誰でも皆幸せになる権利があるし、幸せになる義務もある。

 

 

 

 

 

なんて事を思っている矢先に、老人の為に、終の棲家としての施設や場所を紹介する事業を行っている、若者集団のTOPの話が聞けた。

彼の起業のきっかけは、福祉施設で受けた、老人達からの感謝の言葉だったそうだ。

老人に対する敬意と愛情を持った表現に、じーんと来たのは、私が既に日本国老人部に所属しているからだが、ともかくは、若い人が高齢者を大切にしてくれる事はありがたき幸せである。

そして、彼らは、LGBTの方々の職業相談も積極的にされている。

ともかく、人に優しい集団のようだ。

人間を大切にする人に共感して、優しい仲間が集まって仕事をされている。

仕事の苦労はあっても、きっと幸せな方々の集まりで、皆笑顔で仕事されていることだろう。

 

「笑美面」記憶に残る、いい名前の会社だ。

 

 

2019-11月

インターウォーズ株式会社
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第181回 「恕を持つべし」

 

人は、日々の生活の中で様々な理不尽に遭遇して生きている。

仕事関係においては取引先、上司、先輩、同僚との間でも「なんで私が・・」と溜息をつくこともあるはずだ。

理不尽な事は、豊かに暮らしていようが、つつましく生きていようが関係なく、その人生なりの課題や壁としてやってくる。

なので、自分が受けた理不尽は、自分で対応していくしかない。自分の心の中にしか解決策がないからだ。

ここのところ、そんな風に考えてしまう話を続けて耳に挟んだからか、ふと、10年前にお会いした、堀場製作所創業者の堀場さんの事を思い出した。

 

私は、人一倍臆病者なので、何か新しい事に踏み出す勇気に欠けまくるし、老いに対しても不安はつきないのだが、そんな時思い出すのは、堀場さんの恐怖に関してのお話である。

「人間が本当に怖いと思うのは、殺される事と、食べ物がなくなるという事だよ」

と、理不尽の極みの戦争を体験された方の本気の言葉が常に心に残っている。

堀場氏は、試練を乗り越えて事業を成功させ、ベンチャー支援も含めて社会に貢献された方である。そして私が「恕」を知る切っ掛けになった、まさに恕をもたれた方だ。

恕とは、思いやりであり、人として一番大切なものは恕であるという賢人の教えである。

言い換えれば、思いやりのない人は人として幸せなのだろうかと思う。

ともかく、恕を持たぬ人は、弱いものに対して強くなる。

自分の優位な立場を利用して人を追い詰めるのである。つまり理不尽な人間だ。

しかし、その相手にだけ非があるだけではないかもしれないのである。

では、その鬱積した思いはどうすればいいのかというと。

自分が理不尽な目にあっても、その因果関係を理解して、うろたえない為に武器を持つべきで、それは知識や見識を絶すことなく日ごろから学ぶということだと、遠い昔からの賢人や偉人の方々が教えてくれている。

そして、人に優しいというのは素晴らしい事だが、恕を持つ思いやりが深い人と、気が弱くて優しい人とは違う。

 

ふと見た、TV番組の中で、はっとしたシーンがあった。

「なんで、わたしばかり、こんな目に会うのでしょうか?」

と、泣きながら訴える気の弱いサラリーマンに、笑いながら答える悪党のセリフは

覚悟のない人はどこまでもつけこまれるという内容だった。

もちろん、ドラマなので軟弱なサラリーマンがついに覚悟を決めて行動をおこし、

少し強くなっていくという設定であるが。

 

世の中には、そういう優しい人間を利用したり、自分より弱い立場の人との約束をたがえたり、自分本位で差別をしたり愚弄する方々がいるものだが、そういう方は、恕を持てない気の毒な方だと思いながらも、近づかないように自分の心を強く持てばいいのだ。

 

気が小さくても強ければ、小さくても恕を持てれば、より幸せに生きる事ができるのだから。

恕はもつべし!なのである。

 

 

 

2019-10月

インターウォーズ株式会社
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第180回 「芸術の秋」

芸術という言葉に、なにやら、特別な存在価値を持たれたことはないだろうか。

私は、アーティストとか、デザイナーとかクリエイターとか呼ばれる才能を持つ方に憧れる。

なにしろ、芸術家はことごとくライフスタイルそのものも格好いい、独特なセンスで自分の周りを取り囲んでいるように見える。

なにしろ、あの方々は、無名の卵の頃から、何か知らん、独自の感性を持っている。

そんじょそこらの物や、廃棄されたガラクタまで、おしゃれな雰囲気に変えることができる。

 

 

アートというのは、私の思い込みでいうと、物に命が宿る事なのだが、どうにもなりそうもない、ガラスの破片やゴムの切れ端や、布の切れ端でも、アーティストの手にかかると、手放せない宝物として命を吹き込まれる。実に羨ましい才能である。

しかし、その才能を世間一般が賞賛するまでの間は、大変な道のりを過ごしていくのも確かである。なにしろ、製作するためには、材料代が少なくても、自分の時間は絶対に必要だ。

働いて稼ぐことができないから、多くの方が資金難となる。

心豊かなパトロンに恵まれない限り、自力だけでの成功は困難を極める。

 

 

なので、大抵は、生活費をきりつめるしかなく、自然と家賃や物価の安いところに、芸術家の卵たちは集まってくる。言い換えれば、低所得でも生活が可能な地域へとだ。

 

すると、あら、不思議。その町が、徐々におしゃれな街へと変化していくのである。

古びたお店や、さびれた倉庫やビルや、舗装されない道路や、道端や、壁面が、ファッション性を持っていくのだ。こじゃれたカフェや、店舗を目当てに段々と人が集まり、話題になり始めると。商機を見逃さない、大手デベロッパーの目に留まり。

マンションを建てよう!大型施設をつくろう!となって、街の再開発とやらが進むのである。

 

 

そして、高級マンションに合わせて、高級スーパー、高級レストランが徐々にできてくると周辺の地代や物価が急激に上がっていき、結果、もともとの地元生活者は、住み慣れた街を後にしていくという現象がおきる。

なんでも、ジェントリフィケーション(gentrification)とか言うらしい。

それは、海外でも同じような事が、多々起きているということなのだ。

地元の方々全てにとって幸運だったかどうかは、わからないが、街の変化に芸術の魅力が関わっているのは間違いない。なんにせよ、芸術家&卵の方々の才能はすごいのである。

このご時世、人口的にその才能を創る事ができる日がくるのかもしれないが、やはりそこは、そこだけは人類の特徴として残して、いや更に成長して頂きたいものである。

 

それにしても、技術の進歩は留まるところを知らない。

最近、驚いたのは、microsoft hologlam speaking japanese  で検索するとみれる、等身大の分身が目の前に現れ、世界数か国の言語が自分の声と言葉として話せるという技術である。

この技術が更に、進歩したら、外国語を習う必要が無いということなのかもしれないが、

そこは、自分で習ってこそ、習得してこその自分だと思いたい。

芸術も自分で感じてこそのものである。

 

街を変える力を持つ芸術の力を、なにかの形で自分の生活に取り入れるのは、いかがだろうか。

より豊かな生活のために、この秋、自分の中のアートを見つけてみませんか。

 

2019-09月

インターウォーズ株式会社
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第179回 「人間通」


幸せな人生を送る一つの条件として、「人間通」という感性があるほうが良い。
何故なら、人を知る、知ろうとする事で、自分を見直せるし、仕事の上では、今求められている要望をより正確に掴むスキルとなるからだ。
なんと言っても、ビジネスの花形ともいえるマーケティング業務に最も必要な要素でもある。
そして、優れたマーケティングで得た情報に対し、即時行動に移せる人が事業家として成功を収める。というのは、頭ではわかっている。
でも、しかし、この具体的に動くことが、中々、いや、大変難しい。
 

時代のニーズを感じたり、人心を察したりするだけではなく、その課題を解決しようとすると様々な障壁にあたる。強者の権利や意見、法律の縛り、思いがけないお金の問題、等々。小さな事から大きなことまで解決していかなければ事業の成功はあり得ない。それは、もう中途半端な気持ちでは無理なのだ。

でも、本物の人間通なら、自然体でその波を乗りこなしていく、という事を私は知っているのだ。
何故かというと、久方振りにお会いした起業家の、日々のSNSから伝わる熱気に、人間通という言葉を思い出したからだ。
多分上場される前後に、その若手社長の営業や面談に同席し、敏腕振りを垣間見た。

 

なによりも初めて会社訪問した時の、 それはもう超絶的な人懐こさと、人をしっかりと見つめる姿勢、折々に発する人を動かす言葉、そして、速攻の決断力に頼もしさを感じていた。
久方振りにイベントでご一緒する機会を得たのだが、相変わらずの人間通を感じさせるひと時の中、まだまだ、新しい事業の構想が頭の中にあると、キラキラした瞳で話されていたのだ。
世の中の理不尽に対抗する新しい販促方法で世に出た方なので、その発想の根源は変わらないようだ。より多くの人が楽しく、嬉しい思いをする事業を開発していかれる事に喜びが溢れていた。
可能性を秘めた若者への支援も、応援も積極的にされている。
そして、今話題の女性マーケッターをブレーンにされている。旬の人ならではの、的の射方ができるからだ。
様々な分野の方々との交流を日々欠かさないお姿を拝見する度に、やはり、幸せの秘訣は「人間通」であること、そして、具体的に行動を起こし、周囲の人間を巻き込む人間力がある人が、仕事も成功すると思わざるを得ない。

そういえば、数々の起業家や実業家の成功者は、周辺の色々意図のある評判よりも、実際にお会いすると、人間としての魅力のある方ばかりである。特に爆発的な勢いで成長したベンチャー企業の創業者は、人並み外れた魅力を兼ね備えている。びっくりするほど、チャーミングなのである。
昔からファンドの世界でも、支援する経営者の条件として、魅力的な人であることは、暗黙の条件なのだ。
しかし、人間力や人間通は、そう簡単に身につくものではない。
だからこそ、それを持つ、あるいは持つ努力をする人の方が、より幸せな人生を歩む。
 

それにしても、近年は、幼少期からグローバルな感覚で成長してきた若者が、ビジネスの世界の中核を担いだしてきた。おかげで、働き方改革がどんどん進んで、私らの時代の「24時間働けますか?」なんてのは、人間性を疑われる時代である。
仕事ばかりではなく、気を抜く事も大事にする、ワーキングスペースも出来てきた。
 

若者の感覚は、ともかく面白い。
物が無い時代の商売と、物に溢れた時代の商売の違いもあると思うが、いずれにしろ人の要望を汲み取って形にすることは、いつの世も変わらないのだ。

 

どうせ生きるなら、どうせ仕事するなら、人間通を目指して、より幸せに過ごしましょう。