第110回 「諦める覚悟」
諦めるとは、投げだすことではなく、明らかに究めることであり、諦める事で、新たな覚悟が決まると五木寛之氏の本に書いてあったと記憶している。
今夏でまた、歳が増えた私は、数年前から年を重ねていく事に得も言われぬ恐怖と不安と哀しさを覚えていたのだが、そろそろこの諦める覚悟を決める時がきたようだ。なにしろ、生存する限り老いていくことは、抗いようのない事実である。高級化粧品でも、ゴッドハンドマッサージでも、貴重なサプリメントでも防ぎようがない。
そんな事で、なかば、覚悟というよりもやや捨て鉢的な考えでいたある日、本棚を整理していたら、10年前に立ち寄ったお店で頂いたご本が眼に入った。
「今宵もひたすら、一生懸命」という、100歳現役の銀座Barのママ有馬秀子さん。50歳で起業され50年の時を銀座で過ごされ、著名な方々との交流もあった有名なBarのママさんである。101歳で亡くなられてからも、お店は開かれていて、バーテンさんとの会話で、お人となりを垣間見ることができたのだが、上品で凛とした方であった事は店の雰囲気からも感じ取ることができ、今もお店にいらっしゃるような気がしたのを覚えている。
そして、あれから、10年、いまやメディアで取り上げられるスーパー婆ちゃんには目を見張るものが多すぎる。80歳で宅建免許を取得後、起業して3年で年商3億にした小柄な女性社長。90歳を過ぎてもカメラマンとして活躍している女性。現役美容院の先生。化粧品のセールスレディ。世界記録保持の女性ランナー。水泳選手。ありとあらゆるところで、超高齢の女性の活躍が目につくようになってきた。
なんなんだ、一体。女性の本性というのは、なんなんだ。
家事育児に没頭して世間から少しばかり遠ざかっても、この、物凄いエネルギーで、すぐに取り戻せてしまうのではないだろうか。若いシングルマザーさんもそうだが、覚悟を決めてしまえば、その女性の底力たるや果てしないものを感じてしまう。
諦めとは、誰も頼れない、国も家族も頼れないのだから、全て自分でやるしかないと決める覚悟である。
これは、フィクションだが、マルタの優しい刺繍という題の80歳を過ぎたスイスのお婆ちゃん起業家の映画がある。ここにもこのマルタを通じて、女性の覚悟が表現されている。
同じように苦労をしても、諦めや覚悟がないと、ひたすら苦しく辛いものなのだが、他に頼れないという覚悟があれば、なんとか乗り切れるものだと思う。
頼れない覚悟があれば、解決の為の知識を求めるし、具体的な行動を起こすものだ。超高齢でも、健康な体が残っていれば人の為の役に立つ仕事ができるのだ。
夢を持って挑戦することも出来るのである。
なによりも、有馬さんの「ひたすら、毎日一生懸命」の言葉通り、毎日を大切に、人の為に一生懸命に生きることが、幸せに長生きできる秘訣なのだ。
つまりは、誰かの役に立つことを考えている間は、老けないということだ。
これは、いい。一挙両得だ。
2013-09 |
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第109回 「必死」
なんとも、つき詰められた感がぬぐえない文字。
『必ず、死ぬ』生けるものすべてに与えられた最大の恐怖である死が、絶対に来るという逃げ場のない止めの文字。
葬儀業界に新風を巻き起こしているT社長の迫力満点の熱のこもった話に聞き入っていたら、突然の「必死に生きていますか?」との問いにたじろぎ、改めて必死を見直した。
昔から、経営は命がけでやるものだと言われている。
命がけでやらなければ、成功なんてありえないと。ましてや継続なんてありえないと。確かに、なにかと及び腰で引っ込み思案でいい加減な人が、自らの意思で立ち上がり成功者になった話等聞いたことが無い。
成功とは、自分の描いた夢や目標を社会に認められた上で達成することだ。
T社長は、自分の正しいと思った事を形にしようと必死で創業し、今も必死で経営をされている。だから、創業から10年で上場できた。だから今も日々業績を伸ばしている。
1兆7千億を超える市場、国内で8000社あるという葬儀社の中でも上場して、上位を占めていられるのは、創業者の彼が必死で頑張った結果である。
曰く、人は、あらゆる技術の全てを尽くして頑張っても必ず死ぬのだから、死を恐れることなくその終わりを意識して夢や目標を持てば、今生きる事の意義や有難味が湧く。
そして、躾とは繰り返し、その理由を明確にし、感情に任せずに行う事。なにより自らが律した姿を見せる事であるとも。
自分の仕事、自分の人生を語るT社長の精いっぱいの話し方に、胸が熱くなりながら、話題に共感しつつ、必死という事も真剣に考えさせられた。
そもそも人間は四苦八苦(思うようにならない事)で生きている。(生老病死の4つ。そして、愛する人と別れ、嫌な人と出会い、欲しいものが手に入らず、思うように体や頭が動かないという4つの苦、合わせて八苦)
つまり人間は生きているというだけで日々自分自身と戦っている。
そんな四苦八苦の人生も、夢や目標を掲げて期限をきった未来に向かって生きていたら、より充実した人生になる。人に喜ばれて、感謝されて仕事ができるようになる。
成功への道に、必死は必須なのだ。
そうはいっても、人の人生はそれぞれなので、分相応の目標もありだと思う。
ただし、終わりのある人生を後悔しない事、其の為には、自分で決めた正義を貫く事である。なにしろ自分で決めたら、後悔のしようが無いからね。
2013-08 |
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第108回 「侍」
いつの頃からか、侍に憧れるようになった。人は自分にないものを求めるというので、私には絶対に無い質実剛健の侍精神を崇拝しているのかもしれない。
世界に向けて何かを発信する時も侍という名をつけるではないか。私に限らず、多くの人は、侍を特別に思っているはずだ。侍を武士と捉えると、武士たるものは、人を頼らない。我慢強く、無駄話はしない。贅沢は好まない。信じた人の為に命をかける、常に真摯に学ぶ。女性に優しく(武士の心得には、女性に暴力を振るうのは恥と記されている)守り抜く事を美徳としていた。
そして、侍の妻となった女性達も大和撫子と尊ばれる精神で尽くしていた。
しとやかで、強くて、健気で、賢くて、旦那様を立てて家内を納めていた、実に素晴らしい女性達である、凛としている姿が浮かぶはずだ。
経済社会の思想が世界共通になりつつある今は、男女平等は当たり前。その上、女らしさ男らしさという考えは無しにするべきとまでいわれている。
それはそれで、人として必要な権利は主張して、結果、世の為になれば時代に合わない規制など常に変化進化すればいいと思っているが、やはり、男にしか、女にしか醸し出せない雰囲気は保ってほしいと願っている。日本独特の侍魂と、大和撫子魂はその雰囲気を保つ軸のようなものではないだろうか。
本人は認めないが、私が勝手に昔から侍と思い込んでいる人の近況を聞ける機会があった。
珍しく創業時の苦労話も聞かせてもらって盛り上がった。「僕も少しは話ができるようになったのです。昔は気恥ずかしくて社員が大切だとか口に出せなかったのですが」と言いながらも、まだ少し照れていた。何年たっても変わらずにシャイなのだわ。私が、この方を侍と思うのは、こういうところも含めてなのである。
人一倍に事業を考え、具体的に動き、受けた恩は返す、有言実行の男だ。若くして社長になり、宣言通り上場しても、相場の変動で大騒ぎされ、中傷されても、辛抱強く戦い抜いて今がある。そして、今、最も大切にしているのは会社の仲間であった。
嬉しかった。だから「侍」って言っているのよと思いながら、楽しくお酒が飲めた。これから先も何があるかわからないけど、持ち前の武士魂で跳ね飛ばしてくれると思う。男は男らしいのがいいよね。男という字は甲斐性があるという意味があるからね。
ジェンダーフリーなんてない昭和の時代から、勝手にフリーで生きてきた私は最近になって家事を一から勉強している。そして解った、主婦は凄い。
家の中の仕事と言ったら、あらゆる知識が必要なのだ。この知識を詰め込んだ奥方達は最強だ。長年専業主婦だった人が起業して成功できるのがよくわかる。
なんでも出来るけど、旦那さんを立てる。大和撫子の強さはこういうことだ。
男は侍、女は大和撫子と願うのは、やはり自分にないものに憧れてしまう心理だった。
2013-07 |
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第107回 「負けない為に」
生きている人間の数だけ、それぞれ困った事情があって悩みがある。それなのに、家族でも家族同様でも、身代わりになれない。仕方がない、自分の問題は、自分が解決していくしかない。
けれど言い換えれば、自分次第なのだから、考え方で事の大小は決められる。
楽な方法は、同僚や仲間や友人と競争や比較をしなければいいのではないだろうか。世相に惑わされなければいいのではないだろうか。対象をつくるから負けた気になる。
私に対して遠慮という大事な言葉を知らない人達は、「あなたのように、どんな目にあっても、脳天気で生きたい」とか、「いけしゃあしゃあとか、ぬくぬくといえば、お前の事だろう」とか、「君は確実に人一倍長生きする。すでに100歳超えているのではないか」とか好き勝手な事を言っている。まあ、概ね合っている気もするので反論はしていない。
むしろ、図太い私だからこそ、起業する人や独立する人を応援できると思っている。目の前が真っ暗になっても、傷だらけでも、必死に動いていたら、可能性はあるのだから。なにがあっても、あきらめずに何度でもやり直せばいい。
無一文になっても自分を捨てずに生き抜いている人も大勢存じ上げている。なにより私でさえ、なんとか生きているのだから、安心してもらえるという自信がある。人生は自分次第だ。可能性はゼロではない。
先日も恒例の会で、株式会社ニュートンの荻野氏から頼もしいお話が聞けた。
荻野氏は、事業拡大の読みが外れて莫大な負債を背負いながらも、最後の砦となったお店の現場を見直した結果の徹底的な現場主義の戦略があたりまくり、今では首都圏中心で、多業態、多店舗展開されている優良企業のオーナーである。茶目っ気たっぷりで愉快な話ぶりなので、重苦しさなど微塵もなかったが、信頼を失墜し、負債を抱え金利に追われる日々のご心中は、察するに余りある。しかし、どんなに辛くても、必ず、明ける日が来る。その人の心根一つだと、改めて思わされた。もしかしたら、荻野氏の辛さを救ったのは、現場で遭遇したお客様の笑顔だったかもしれない。お客様との接点にはそういう力がある気がしている。
荻野氏の事業の目標は、お客様から、何かの時の神頼みの神様になることだそうだ。その言葉には、ものすごく深い本物の心意気を感じた。
現場とは、今、事が動いているところだ。どんな仕事もそこに問題解決の全てが詰まっている。その問題を、お客様から、神様と言われるような解決をすることこそ、プロの仕事であり、矜持なのだと思う。
やはり、負けない人の目標は競争でも、勝負でもなく、目の前のお客様の要望であった。むしろ終わりのない勝負に挑んでいるから、他の対象が眼にはいらないのかもしれない。大は小を取り込んでしまうのだ。
2013-06 |
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第106回 「余暇事業」
人生には遊びが必要だ。ホルモンの分泌も促すし、遊びも極めれば、自信につなげられるかもしれないではないか。
孔子の教えにも、芸で遊ぶというくだりがあるくらいだ。
芸で遊ぶとは、一つの文化を追及して得た技術や技能や教養を覚えるだけでなく自由に使って(遊ぶ)ことが人格を広げるという。無念なことに私はこの遊びに匹敵する芸を持ち合わせてはいないが、余暇時間を楽しむ能力はある。
例えば、身近なギャンブルは限度を持てば、安易に経験できるわくわく型の遊びだ。なにしろ、世界一のギャンブル大国は日本である。
公営ギャンブルや宝くじでもかなりの市場を占めるが、なんといってもパチンコ等の日本の遊技は、世界有数のカジノの市場をしのぐのである。
遊技業界は、ピーク時からみると下降したといえども、未だに29兆円近くある。余暇事業の市場全体では85兆なので約3割は遊技業界が占めている。
それにしても、1930年頃に初めての台ができた後、いつから、急成長したのだろうか。私的には、幼少期から大人にまとわりついて遊ばせてもらうのに始まり、それなりの歳からはそれなりの仲間と共に通いつめ、業界の成長に貢献した記憶もあるが、継続には根強いファンも必要だし、新たな顧客獲得も必須である。それを可能にしたなにかの切っ掛けがあったはずだ。
まずは、不況に強い産業である事に気づいた大手銀行を筆頭にした金融面の支援ではないだろうか。大型店舗出店が可能になり、コンピューター制御の魅力的な機器が増え、店舗イメージを一新したことで顧客層が増え、なにより、高収入、安定企業ということで、優秀な人材を揃える事ができた、今から20年ほど前の事である。
遊技業界の人材には、理工系の優秀な人が多い。何故なら、彼らのビジネスは、データー分析のもと機種を導入していく緻密な工程と判断を伴う事業であるからだ。
世界一の遊技業であり、34万人以上を雇用する成長産業にまでなるように、先駆者となった経営者の方々が命がけで開拓、変革されてきた事もよく存じ上げている。
あまり知られていないが、遊技業界は、未来に向けての環境保全、社会貢献、災害支援に多大な金額を投じているし、あらゆる事故防止や遊技依存症に対する具体的な政策も行っているのだ。
余暇事業の成長に欠かせないのは、人々に安心な娯楽を提供し、収益を社会に還元する為の強靭な組織のルールづくりなのだと思う。
そして、今後の余暇事業の課題は、余暇にまみれてくる程、どんな内容も興味を感じなくなることだ。忙しい合間の余暇ほど魅力的な時間はないのだから。
2013-05 |
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