インキュベーションマザー 北條夏旭 『Mother's Note-マザーズノート-』 -14ページ目

第148回 「着る物」

また、新たな年が始まる。

今年は、酉さんを玄関に飾る事になる。ご近所でも会社でも、門松や正月飾りが飾られている。

日本人は面白い。行事や食や縁起物に関しては、なにかと文化を継承する気質であるにも

かかわらず、日本人の着衣として受け継がれて来た和装に関しては、日常着としてお目にかかる事が本当に少なくなった。いや、今や殆どないといってもいい。

もちろん、なんにでも、結果には原因がある。

 

着るものというのは、さかのぼれば、魏志倭人伝時代?に、布の真ん中に穴をあけて首を通しただけの簡易な物から始まっている。その後、平安時代あたりに、前で合わせたり、上下に分けたり、重ねて着たりという形態が、それぞれの時代の事情や文化によって変化してきた。

現代に残る和装の原型は、戦がなくなった江戸時代にやっと定着する。

平和であったからか、その時代の身分の高い奥方や侍女の方々は、屋内でのゆったりとした生活が殆どの為、ずるずると裾を引きずって歩かれていた。引きずって・・・。

その後、明治、大正、昭和初期までは、日本の女性の和装率は大変高く、江戸時代からこの期間和装のバリエーションは実に多く、かつファッショナブルであった。

現代は、和装する機会はフォーマルな場所が殆どであるため、なにかとルールに縛られるので、オリジナリティあふれるアレンジ等中々できないが、本来は長い和装の歴史の中、皆それぞれにおしゃれを楽しんで個性を出していたのである。

言い換えれば、本来の着物文化は、日常で楽しく着られるもう一つのファッションアイテムなのだ。

 

そんなアイテムが消滅し、現代のように和装を見かけなくなった最大の理由は、なんといっても戦争による強引な引き締めである。そして持ち物がなくなった後の海外の文化、製品の流入、生活の交流。そして、なにより女性の社会進出に伴い、日常着としての呉服販売が激減した事にある。

社会で仕事をするにあたり、和装でアクティブに動き回る事は、出来なくもないが、あえて着るには色々な覚悟や環境の条件がいる。

 

そんなこんなで、箪笥の中で眠っている着物を時折眺めてはため息をついていたのだが、ある時、目の前を、蝶ネクタイのワイシャツの上に単衣の着流し、帯は本革、その上にベルベットの羽織、そして、必須アイテムの山高帽をかぶられた、ブーツ姿の叔父様が通られた。

あまりに格好が良かったので、ついつい色々とお尋ねしたら、老舗和服店の会長様でいらした。

えっ?呉服店なのに?山高帽?ブーツ?と疑問を感じた自分に、いつのまにか、固定概念に縛り付けられていた己の感性の無さに気づかされてしまった。

「そうなのよ。別に好きに着ればいいのよ。なんで和服だけ仕来りに縛られるのよ。」

という、私の心の声が届いたのかどうか、」《きもの文化と日本》というご本をくださった。

和装もファッションアイテムであることが、すぐにわかる内容のとても良いご本である。

しかしながら、この私が、樋口一葉や白洲正子さんのようなモダンな着こなしは到底無理であるし、下手すれば、周囲にあらぬ心配をかける可能性もある。

なので、いきなりのオリジナルなファッション化は控えるにしても、今年は、日常の和装に挑戦してみようと思っている。

イメージはあるのだから、後は、勇気と覚悟なのだ。

問題は、その勇気と覚悟がいつ決まるかだけなのである。

 

本当にイメージはあるのだ。

ここに http://www.doublemaison.com/category/01.html

 

今年も宜しくお願い致します。

 

第147回「神々の国」

古事記(現代語訳)によるところ、日本の歴史は、高天の原に現れた天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)に始まるが、この方はすぐにお隠れになり、その後も色々な神様が現れては、なんか今一つうまくいかずで、幾神かの出入り後、伊邪那岐、伊邪那美の二柱の神が、不完全な状態の国を整えるよう他の神々に託されたことから、矛を垂らしてできた塩の島を拠点にし、国土や、海の神、山の神等の神々を産み出した。

しかし、火の神の時のお産が原因で伊邪那美命が亡くなられ黄泉の国へ。

未練の伊邪那岐命が連れ戻しに行かれたおり、実は変わり果てた伊邪那美を知ってしまい。

怖い話によく出てくる「見ぃたなぁ~」と始まる感の、あの流れにあって逃げまくる。

でも、やはり最終的に追いついた伊邪那美と大きな石を盾にした伊邪那岐で離婚の協議がなされた結果、何故か民がとばっちりを受けることになる。

そう。神の時代から、弱き者へのとばっちりはあるのだ。

そんなことで、伊邪那岐命が、いやぁな気分を清めるために服や体を洗い流しているうちに、左目から天照大神、右目から月読命、鼻から須佐之男命という尊い神含め十柱の神々がお生れになった。色々あったけど、最終的にいい神が生まれたと喜ばれた伊邪那岐は、大満足で高天原の支配権を天照大神へ譲られる。

そして、その後、といってもかなり後、天照大神の子孫としていよいよ、神武天皇が誕生される。

神武天皇は、全国を歩いて稲作を伝承され、民の食が安定するように力を尽くされた。

なので、現在も天皇家は稲を育て、衣の源となるものを大切に扱われ、民の為に長く続いた仕来りを継承されて祈り続けてくださっているのだそうだ。

日本は八百万(やおよろず)の神がいらっしゃる、それは、自然現象も神ととらえるからであるが、昨今といっても千年くらい前からは大抵の神も仏も基は地上人だ。

卓越した能力を持ち、優れた功績をあげた方、あるいは、人間離れした修行をされた方々が神様や仏様として、天に昇られた後に地上の人々から崇拝され奉られているのだ。

しかし、現代は、地上の間も神と呼ばれる方もいらっしゃる。

ネットの普及も世界中の神業を瞬時に知らしめてくれるので、様々な神様が増える一方である。

 

個人的にも、多くの実在する神を感じる方々とお会いしてきたが、中でも特に、全く持って羨ましい才能をお持ちの経営者がいらっしゃる。

ドレッシングと言えば、殆どの方がご存じのメーカーの創業オーナーだ。

一軒のレストランからの経営手腕はもとより、なんと、音楽、絵画、陶芸、ゴルフ、書道、なんでもござれの、どれもプロ並みの多才である。

勿論、料理も社員の方々が社長は天才だと確信されている。

なんでも、なにをやっても、ご本人は趣味とおっしゃるが、並はずれていらっしゃる。

しかも、確か数年前に新たに始められた陶芸は、ここ数年??まじか!!と驚くくらいは序の口で、陶芸をアートと感じた作品群を拝見した時には、つい拝んでしまった。

その作品群に表現された、真剣さと大胆さ、繊細な配慮と暖かな愛を感じて、〔強くなければ生きていけない、優しくなければ・・・〕というダンディな探偵の名セリフが浮かんでしまった程である。

創業30周年、昇格上場記念を兼ねて出版をされたご本の結びに、仕事も遊びも一生懸命というくだりがある。

「仕事の為にプライベートを犠牲にしたり、また、その逆も寂しいではないか。

忙しくてもおしゃれする余裕は捨てずに、稼いだお金はしっかり使う。

好きな事の為に、好きな人の為に」と書かれている。

好きな人って、誰かわかんないけど。物凄く羨ましいけど。

もう、格好良すぎるのである。

やっぱり神じゃなかろうか。

 

 

2016-12

インターウォーズ株式会社 取締役 Incubation Mother 北條夏旭のブログ-北條サイン

第146回「会社を知ってもらうという事」

なにはともあれ、会社は、売上による利益が無くなると存続不可能である。

売り上げ利益を継続するために、社内の人間は様々な業務と役割を持ち頑張る。

しかし、自社にしかない価値あるサービスや物を持っている会社は、限られている。

多くの会社は競合と、ある意味仲間的な気分で切磋琢磨しながら売り上げを競う。

 

数ある競合よりお客様を獲得する方法は、自分から積極的に動くことであるが、その前に初対面の方にその会社が認知されていたら、より早く核心にふれた会話ができる。

会社を知っていてもらうのは、肝心なことなのである。

 

といっても、会社の何を知って頂くかである。

世界中の誰でもが情報発信できる便利すぎる世の中になったからこそ、整理して伝えることが出来ずにいるとやっかいなのだ。どうでもいいことばかりが目立っても意味がないのである。

そこで、これから益々、会社の規模にかかわらず広報、宣伝、という業務が必要になる。

なにしろ、ネット社会は、諸刃の剣。

都合の悪い情報やデマまでも、根こそぎ無くすことなど出来ない。

逆に、本当にいい会社は、自分が言わずとも、世間が推してくれるという利点もある。

ただ、世間の方々が推してくれるにも最初のきっかけがいる。

やはり、自らの行動が結果を呼ぶのだから、まずは、お客様に喜んで頂ける仕事をしていなければ、どんなに優秀な広報担当者も力を発揮できない。

 

また、会社も、完璧な人間ばかりではなく、ミスを犯すこともある。その時の対応も広報になる。

最近は、この広報という業務の重大さに気づきだした中小企業も多くなったようで、広報担当を求める会社が増えているが、なにしろ、企業広報は歴史の浅い職種でもあり、経験者が少ない。

そんな企業の悩みを解決するために、広報人材を育成したり、発掘し紹介するという事業を始められた、私共ともご縁のある方の会社がある。講師の方々が的確な指導をわかり易くされるので依頼が殺到しているようだ。

 

私たちは、こんな会社で、こういう仕事を、こういう方々の為にしています。

と言えばいいだけなのに、案外、自分の会社をすらすら紹介するのは、難しい。

 

そういえば、創業時、インキュベーションを説明するだけでも、時間がかかり、結果、「ところで

何をやってくれるの?」となった時には、わかりづらいかぁと肩を落とした事もあった。

最近は、社長が紙面でも取り上げられることが増えているし、メンバーが様々な手段でネットでの告知も増やしてくれているので、ご理解を深めてくださるのが早くなり助かっている。

 

中々、売り上げが伸びないと悩んでいる会社や、創業して間もない起業家の方も、新しい事業を始める会社も、積極的に広報を学んで、より早くお客様のお役に立てるように会社や事業の事を正しく知って頂く事が、将来の道を決めるのである。

 

会社の仕事を、より多くの方に知ってもらう事は商売の基本と言っては、大袈裟ですかね。

 

 

2016-11

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第145回「やはり魔女でなければ」

最近、魔女らしき方が頻繁に目に留まる。

人類史上、時折人間離れした特別な人間が現れ、様々な伝説が残っているが、その中でもある時から魔女もしくは、神秘の物という括りを受けた方々の歴史があり、軌跡があった。

Wikipediaによると、魔女とは超自然的な力を持ち、妖術を使う人間となっている。

そうはいっても、人間だった。

物の本によれば、そもそも、魔女とは、男女ともに賢い人と呼ばれていた人達が始まりだという。

長い伝統に支えられた豊かな知識を持つ賢い人々は、人々の窮地を救う事もできる半面、苦痛を与え死滅させる術も持つと嫌悪され、その姿もなるべく恐ろしいイメージに定着させられたのである。

しかし、今日の薬学には、魔女として迫害された方々が残した、様々な薬草の効能や調合方法等が、現代の治療に通じている。

つまり、魔女とは、医学、天文学、生物学に精通した薬剤師のような人々であったと考えられるのだ。

知識だけではなく、それを適応させる知恵も兼ね備えた、つまりは、人並み外れて賢い人であった。

 

確かに現代のように文明が発達した時代でも、並外れた賢い人には、なんとなく恐れを感じる。

例えば、世界の、特に女性リーダーの方々のお顔を浮かべても、凄いというのを超えている。

事実、某国の首相は魔女ではないかと本当に疑われているが、私は、間違いなくそうだと思っている。

身近なところでも、この方は、特別な能力を持っていらっしゃると感じる女性達が増えてきた。

ただし、魔女にも、種族があるというのも、感じている。

 

年齢を感じさせない、むしろ加齢も美に変えるような美魔女。

並外れた身体能力を持つ強靭な運動系魔女。

政治、経済で手腕をふるう政経型魔女。

学術で功績をあげる博士型魔女。

医術界の医療魔女。

 

 

たまに、人を虜にして悪行を重ねる女性を魔女とされるが、それは、本物ではない。どのタイプの魔女も豊富な知識を駆使して日夜課題に取り組んでいらっしゃる。

 

本物の魔女は、個人的な事情や都合で術は使わない。

ちなみに、魔女になったらどうなるかというと、特別に擬態ができるとか、容姿を自在にできるとか、そんなオカルト的なことはない。魔女はあくまで人間だから。

でも、並外れた読心術は共通してお持ちのように感じる。AIには当分無理だと思う術である。

 

そして、魔女といえば、空を飛ぶ箒だが、あれは箒ではなく、魔女の軟膏を体に塗ると体が浮かぶという期待に満ちた説があったが、その軟膏には幻覚を見て浮遊感を味わえる薬草が使われていた。

なによりも、そんな昔にこの効能を知った上で軟膏が作れることそのものが驚きである。

 

本当に空まで飛べたら、理不尽に排除される魔女なんているはずがない。

魔女は、並外れた物知りの賢い人であっただけなのだ。

でも、その知識や培われた術は必ず次世代の発展の役に立つのである。

 

そういえば、IT起業家として高名なN女史とエステ業界の女帝と健康食品界きっての中興の祖で有名な女性社長、今を時めく女性知事となられた方々の対談を拝見させて頂く機会があった。

それぞれの個性を隠さずに明快で自由なトークだったが、その場で披露された表現や姿勢に次世代へ継承されていく素晴らしい術をお持ちであることを確信させて頂いた。

やはり、この方々も・・・。

2016-10

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第144回「宴のあと…」

なんだかんだと、リオで開催された、世界の競技人の才能と努力を称賛する週間は終了した。
並外れた精神力と能力を持つ人々の大会が残っているが、それも月中にはすべて終了する。
後は、この大きな宴が始まるまでにかかった莫大な資金やあらゆる事情に見合うだけの、出来れば上回るだけの物や事が、開催国にもたらされるのを願うばかりである。
なにしろ、次は日本なのだ。猛暑の中、狭い地域で、一時的に膨れ上がる人数のお客様方を「おもてなし」しなければならない日が近づいているのである。
日本のブランドを守る為にも、できるだけ最高の「おもてなし」をしなければならない。
猛暑の中であろうが、狭小区域であろうが。
そんなこんなで、大きな力が働いて、あちこちでビルが建ったり、道を広げたり、歴史ある場所の移動をしたりして、風情のある景色をぶっつぶしまくったりされている。
まあ、いつまでも、郷愁にひたっていても意味がないので、新しい物を楽しむという、ゆとりのある人間の振りをしようと思ってはいるけれど。
しかし、…の、後はどうなるんだ?という素朴な疑問が出る。
ホテルの部屋やお店が増えても、またそれに見合うだけの働く人を増やしても、お客様が激減したら、かけたもとは回収できるのだろうか、誰がいつどんな時に使うのかしらん。
まあ、私には何の責任もないが、疑問には思っているのだ。
世界からの観光客の皆さま方が、日本は素晴らしいとつぶやいたり、写真や動画で絶賛してくださったりして、その後も絶え間なく、観光客でごったがえす日々を期待されているのだろうか。
なにしろ、年々、高齢者は増える上に徐々に消滅し、人口減少が止まらない日本に比べ世界人口は増える一方である。現在70億が25年後には少なく見積もって90億なのである。
なので、日本には、沢山の外貨、いや外国の方々が遊びに来ていただくしかないのである。
人口が減っても、いろいろ維持しなきゃなので。

ということで、いずれにしろ、日本には必ず多くの空きスペースが出来るのである。
今でさえも、未使用の部屋や家屋はあちこちにあるが、関わる業界の方々にはそれぞれの規制があって、直近の課題に取り組めないので、当然ながら、新たなビジネスが生まれる。
その一つに、民泊という方法がある。
もちろん、あらゆる反対やリスクの提示はされている。
けれど、壁は必ず壊せる。壁があるという事は、その先があるという事。限界ではないのだ。

そもそもこれまで、何のリスクも無い事業があっただろうか?
皆それなりに想定外の事故や事情は抱えながら仕事をしてきているのだ。
民泊ビジネスの方々も、同じように実績を重ねながらノウハウを蓄積されている。
民泊なんて、自分の家に赤の他人が?知らない国の人が?えーっなんて思ってしまうが、話を聞けば、ありなのである。自分流の宿泊業を始めたと思えばいいのだ。
旅行者の立場に立って自分なりのおもてなしを考えた空間を用意すればいいのである。
なぜなら、それをサポートしてくれる民泊サポート企業が現れたからである。便利な世の中である。
ただし、小さい額でも事業を行う覚悟が無い人はやらないほうがいい。
何もしないでいいことなどありえないからだ。

民泊ホストになる方々は、空き家や保有施設の有効利用や投資対象と、目的は様々だが、リタイア後の楽しみとして自宅民泊をされている人気ホストもいらっしゃるようだ。
不安材料を並べ立てることも無駄ではないが、民泊は、あるものを活用しながら、日本の文化も理解してもらうに適した方法ではないだろうか。
自分のお部屋が、家が、どなたかの思い出として残ると考えれば、より大切な空間になる。
いろいろと、配慮することも楽しみになるかもしれない。
人々の安全の為に、老朽化したビルや道路の改築、解体は必須だけれど、知恵を生かした既存の施設活用で、日本ならではの「おもてなし精神」や文化を海外の人々に伝えることが、観光国としての務めであるし、この機会が、2021年~を、素晴らしい国として、次世代につないでいく基盤になるようにしなければである。
なんにしても、…の後を考えるのが、責任者の大事な仕事である事は間違いない。






2016-09


インターウォーズ株式会社

取締役

Incubation Mother
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