近代建築と市民の会が主催するセミナーのため日曜日の朝早く上野公園へ出掛けた。
一時間ほど早く着いたので、時間調整迷った末に初めてのJR上野駅駅エキュート2階のスタバで☕️ということに。
窓の外には今日のセミナーのテーマにも登場するモダニズム建築の大御所前川國男の設計した東京文化会館が見える。
そして、朝の公園散策を兼ねて南の上野の森美術館方向へ。
大ゴッホ展に相応しい大きな看板の前には10時の開館を待つ長い列はこの右手後方にも続いていた。
そして、東京都美術館へ。
建物に似合った100周の垂れ幕と窓には記念パネルも。
入館前に北西の角から眺めると整然とした立方体のデザインと各階の角にある休憩所のアクセントが良い。
前回の訪問は今年の1月だった。
会場はいつもの地下一階の講堂だ。
フランクロイドライト「明治村帝国ホテル」1(1923年竣工)
丹下健三「万博お祭り広場」(解体済み)に残された
岡本太郎「太陽の塔」
(1970年竣工)
丹下健三は大屋根を開けて岡本太郎を受け入れたらしい。
(2012年5月撮影)
ミノル・ヤマサキ「ワールドトレードセンター」(1973年建造)
1階から4階部分の曲線は日本的とも言われている。
117階展望台より(遠方にエンパイアステートビル)
(1992年5月撮影)
残念ながらこのビル(ツインタワー)は2001年9月11日のアルカイダの同時多発テロにより完全崩壊。
日系米国人建築家のミノル・ヤマサキについては初めての講義だったのでメモも添付します。
この事故の時は私は上海にいて家からの電話ですぐテレビの生中継をつけて、これは映画じゃないのか?と信じられなかった。
因みに、広島平和大通りの平和大橋(1952年)の欄干(高欄)もイサム・ノグチの設計だ。
戦勝国の彼が設計した経緯について:(Wikipediaより)
建設省は橋の施工途中に、「平和公園の入口になる橋なので、欄干だけでも平和記念資料館や公園と違和感のないものにデザインしてみてくれないか」と、広島平和記念施設をデザインした丹下健三に相談した。丹下はこの仕事を日系アメリカ人デザイナーであるイサム・ノグチに提案した。ノグチは以前丹下と出会った際に、「原子爆弾を落とした国の人間として罪悪感を感じ、日米の血が流れるものとして、広島で平和共存の夢を託す仕事がしたい」と伝えていた経緯があったため、この橋のデザインを引き受けることになった。
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以前のセミナーで購入した小川先生の著書:
左:2024年9月購入(2022年1月刊行)
スケッチの場所を探して動物園との間の道を地下を走る京成本線の電車の轟音を聞きながら北へ進む。
東京藝術大学の交差点へ。
この先を直進すれば国際子ども図書館がある。
博物館前の広場では今日もイベント開催中。
夕焼け酒場のジャンボ版?
帰りがけに前川國男設計の東京文化会館(1958年竣工)を改めて眺め直し。
そして、インバウンド観光客や家族連れで混雑する上野公園通りの歩行者道を下ってJR上野駅のターミナルの風情がある中央改札口へ。
大きな壁画は猪熊玄一郎の1951年の作品。
ということは、私より1歳若い?































