タイムカプセル・ドットコム
それは、いわゆる遺言信託とも異なるし、単なるメッセージングサービスでもない。
タイムカプセル・ドットコムとは、今となっては、いささか古めかしいサービス名称だが、一方、わかりやすいことも確かだ。
そもそもは、誰でも経験のある、「同級生とともに丘の木の根元から北に10歩進んだところに埋めた”ブリキ製の箱”」の発想である。
同級生たちと卒業の記念に寄せ書きを行う。その寄せ書きとともに、自分が大切にしている”宝物”を一つづつブリキの箱に収めて土中に埋める。
これをサイバティカルにサポートするのがタイムカプセル・ドットコムだ。
残念ながら”宝物”を収める物理的な空間はないのだが、同級生(時に恋人同士、あるいは家族…)どうしがそれぞれメッセージやデジタルコンテンツを寄せ合い擬似的な”ブリキの箱”を作る。そして、10年後なら10年後、15年後なら15年後に”ブリキの箱”の参加者たちに届けられるという寸法だ。
タイムカプセル社はタイムカプセルの送信は、送信時点の技術環境に応じてカプセルを届けるとしている。
基本サービスにおいては、参加者は単純にメールアドレスの登録に限定されている。つまり、デジタル的な”ブリキの箱”が設定された時期に(10年後なら10年後に)電子メールで届けられる。
タイムカプセル社によれば、物理的に埋められた”ブリキの箱”が実際に掘り返される率はわずか15%
程度であり、せっかく掘り返したにもかかわらず「見つからなかった」「壊れていた」というものが約半数に達しているという。
そんな事情からタイムカプセルサービスが生まれたという。
当然、インターネットだからできるサービスも付帯している。「実は君のことが好きだった」といった”今わかる真実”を同一コミュニティー内の特定人物に対して届けられる。甘酸っぱい秘密が長時間掛けて届けられるというわけだ。
タイムカプセル社は最近、強い要望にこたえる形で新サービスを開始。ある決められた日に(基本的には1年以上経過後の日と決められている)何が何でもメッセージを届けるというサービスだ(物理的に届けるサービスのため、持ち運べるサイズのものであればプレゼントも可能)。大手物流会社といくつかの調査会社との提携によって、受信者にメッセージを届ける2週間前から所在地確認を開始。仮に受信者を捕らえきれず届けられなかった際は料金を返金するという。タイムカプセル社によれば「北極点以外たとえ地球の裏側でも確実にメッセージを届ける」と強気である。
さて、あなたなら10年後に絶対届くメッセージ配信にいくら払いますか?
※ご注意※
ホンモノのタイムカプセル・ドットコムは、新生児誕生や結婚の際にメッセージを残すための「専用の缶」などを売っているようです。
http://www.timecapsule.com/
"Time Capsules for your personal milestones such as a new baby or wedding."
だそうです。
単純回起なのか…
最近、マラソンというのか…ランニングというのか…私の周囲に走る人が多い。
日常的には気付かないが、我々現代人は本当に満ち足りた毎日を過ごしています。
勿論、時に恵まれない方の悲劇をニュースなどで目にすることはありますが、大きく社会レベルで見れば、私たちは満ち足りていると思います。
そんな満ち足りた環境におかれているからなのか…
単純なことに単純に向き合うことを好む人が増えているように思います。
マラソンというかランニングというか…えらく単純ですよね。
走るだけ…。
これからは、単純で無垢なものが受ける気がします。
気がするだけですけど…
来週の更新は相当きつくなりそうです…
ただただ走るランナーの心境になってまいりました。
新卒採用チーム
昨晩、当社新卒採用チームのメンバーたちと2006年採用打ち上げ&懇親会を行いました。
今年は300名採用を目標にしておりましたが、目標を大きく上回って、大変優秀な学生さんを採用することができました。
大変に喜ばしく、内輪の話題で恐縮ですが、新卒採用チームの活躍に目を細めております。
因みに、昨日は昼も夜も中華料理でした…。
クールビズ?
ジャスダックのIR表彰式
本日はジャスダックのIR表彰式に出席してまいりました。
ありがたいことに我が社インテリジェンスがジャスダック市場におけるIR優秀賞を受賞しました。
何であれ賞を頂戴するということは大変にありがたいことです。
流行のテラテーメント
セラテーメントあるいはテラテーメントが世界的に広まりつつある。
(ここではテラテーメントと表記する)
Theratainment(テラテーメント)とはTherapy(テラピー)+Entertainment(エンターテイメント)の造語であり発祥は定かではない。
この手の造語にエデュテーメントがあるが、これはご存知の通りEducation+Entertainmentであり、遊びながら学ぶソフト、サービス、施設、コンテンツなどを指している。
テラテーメントとは遊びながら癒される(遊びを通じて精神的な治療活動に寄与する)サービスやコンテンツを指し、ストレスの蔓延する社会において日常から楽しみながらストレスを克服することを目指す活動だ。
「ペットで癒される」ということが言われて久しいが、動物テラピーもテラテーメントの一種と位置付けてよい。
動物と共に戯れることを通じて心理的な癒しを受けるというテラテーメントにおいては比較的プリミティブな部類に入るだろう。
また、インプロと呼ばれる即興劇もテラテーメントと考えられている。これは、適当な設定に基づいて、シナリオなしで演じ手が全て即興で劇を進行するというもの。こうした自由な発想を開放的にやり取りすることや日常を忘れ一時的に何者かを演じることでテラピー効果を生み出すと考えられている。
インプロについては、それを観劇することでも擬似的に即興劇を演じることができる。観劇を通じて演じ手に感情移入することによって、十分なテラピー効果が得られるという研究結果もある。
最近のテラテーメントのトレンドは、「現代人のストレスは激しさを増すばかりであり、もはや完全に克服することはできない」という前提に立っている。
つまり、いかに日常的に上手にストレスと付き合っていくかということを前向きに考えるアプローチが主流だ。
実際、日本社会の(とりわけビジネス社会の)神経質ぶりたるや凄まじいものがある。
(※この社会現象を研究者たちは「A型社会」と呼ぶ。「A型社会」とは血液型A型の神経質な気質から由来している。「A型社会」については、いずれ機会があれば詳述したい。)
こうした熾烈きわまる、まさに神経が参ってしまう状態を楽しみながら軽減しようというプログラムが人気となっている。
代表例は「本音セッション」だ。
そもそも現代ビジネス社会は、本音だけで生きていくことなど2000%無理といえる。仮に全て本音だけでやっていこうなどと甘い考えでビジネスに臨めば、荒波に飲み込まれて藻屑となるだけだ。そうした本音などという戯言を忘れて生きていかなければならないことこそが「A型社会」の本質とも言える。
そうした本音禁物のビジネス社会。つまり、反省していなくても反省しているように見せる。故意でやったのに不可抗力であったように見せる。逆に、本当に不可抗力だったのに故意だったように見せる。また、全く評価できないのに大げさに賞賛する。さらには、全く責任はなかったような状態であったにもかかわらず、全面的に責任を負っていくなどなど…
こうしたもはや常人では耐えられない状態を少しでも軽減すべく、言いたい放題本音を吐きまくるというのが、「本音セッション」である。
「本音セッション」を”愚痴”と誤解するケースがあるが、それは大きな間違いだ。そもそも、日本のビジネスパースンには”仕事上の愚痴は恥”という意識が強く、その結果、新橋で泥酔した上でベロンベロンになって、ようやく本音を吐くという具合である。高度成長期までのビジネスパースンであれば、これでよかったが、いまどきの社会のA型ぶりは新橋で酒を飲んで腹の虫が収まるほど甘いものではない。
現実さながらのシチュエーション設定を行って、言いたいだけ本音を吐くプログラムが本格的な「本音セッション」。テラテーメント研究者によれば、設定が現実的であればあるほど高いセラピー効果が得られるという。
たとえば、心の底から嫌いな顧客にできるだけ似たシチュエーション・アクターを用意し、言いたいことを言う。あるいは、全く考えていないことについて執拗に突っ込んでくるアナリストそっくりさんとのミーティングを設定し、「そんなことイチイチ考えてねぇよ」などと不良高校生のごとく毒づくなどである。
一方、テラテーメントはあくまでもテラテーメントであり、「楽しむ」ことが重要である。「楽しむ」という要素を忘れた場合、とてつもなく陰湿な後味の悪さだけが残ったり、セッション後、激しい現実とのギャップに耐え切れないということが起きる。要は洒落にならない状態にしては逆効果ということであり、専門家のアドバイスは欠かせない。
テラテーメント研究者によれば、こうしたセッションはプロとしての学術的訓練を受けたセラピストがコーディネイトしなければ大変に危険であるという。「素人はヘタに実行しないことだ」と強く警告を発している。
作り話です。信じないでください。
長文のメール
ある知人が昔で言うユーゴスラビアに写真を撮りに行っている。
それで、寂しいんだと思いますが、長文のメールがやってきます。
その文中に、マケドニア、セルビア、モンテネグロ、アルバニア、クロアチア…と出てくるわけです。
非常に丁寧に彼の行動を伝えてくれているのですが、出てくる地名が全くどこ何だかわからないので、何が何だか…
どうも、昨日、彼はコソボを通過したらしいのですが(コソボと言えば、紛争があって危なそうな感じですが、実際、危ない雰囲気がたっぷりだったらしい)、そのコソボもどの辺なのか皆目わからない。
それで、外務省のwebページで、一体、彼がどういう風に行動しているのか調べたわけです。
マケドニアからコソボを抜けてセルビアを横切ってモンテネグロを通過してクロアチアに行くという話しでした。
ところが、外務省のページ上の地図では、コソボはまだ独立していなかった。
でも、コソボを通過した彼の話だと、しっかり国境があり独立国家としてスタートを切っていたという話。
世界は動いているんですなぁ。
陸続きで同一国家だった存在がいきなり国境を作って独立する。
陸上で国境と言うものが無い国で生きているとわからないことがあります。