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ミッションステートメントを書く件

お恥ずかしい話し(恥ずべきことでもないですが)、私は毎年抱負というかミッションステートメントというか、自分なりの目標や方針を記すようにしています。
その昔、「七つの習慣」を読み、ミッションステートメントを書くことを学んで以来、断続的に自らのミッションステートメントらしきものを更新してきました。

自分の現在地を確認して、先行きについて考えることは(当たり前ですが)とても重要だと思っています。
で、2019年の年初に書いた抱負(ミッションステートメント)を遅まきながらリビューしましたら、今年やりたいと思っていたことは大概やれていることがわかりました。
(オープンハウスは9月決算なので、すっかり体が9月決算ベースになったのか、このタイミングでリビューすることが多くなっています。この時点で、大概の目標が達成しているというのはペース的にもまずまずだったということになります)
これは正直なかなか珍しい。いつも消化不良で終わるはずの目標が大概やれているというのは、もしかしたら生涯初めてかもしれません。

今年54歳になる私ですが、当然ながら自分の先行きについて全く展望が持てないということもありました。あるとき、家族に(いちばん身近な家族に)「今年の抱負は何か?」と問われて「そんなもん、ないよ」と答えて自分で自分がとてもさみしく感じたことがありました。今思えば、めちゃくちゃ残念なのですが、その時は本当に展望を描けなかった。

人生はいい時ばかりではないということはよく承知しているつもりでした。しかし、良い時期を経験して、そこからすごく悪くなることがあるということはあまり予想していなかった。上り坂がきついのは仕方ないですが、ようやく登れたなと思った後に崖から突き落とされる(突き落とされるというか、勝手に崖を転げ落ちるというのが正しい気がします)。すると、また坂を上がっていく気力が奪われるものです。
そういう時に、また一歩ずつ上がっていこうと奮起するというのは、本当にしんどい。結局、一歩一歩どうにかしていくしかないわけで、目の前のことを一つ一つやっていくしかないのですが、それがなかなか受け入れられなくて苦労するものです。

先日、ずいぶんと久しぶりにお会いした大先輩。この方がどん底から這い上がってきたお話しを聞いたら、自分の苦労がいかに大したことではないことかを思い知りました。本当に絶望的な状態から逃げるわけにもいかず(こういう場合、逃げる方法は死ぬくらいしかない)、一つ一つ解決して気付いたら約10年経っていたということでした。すごいことだと思いました。その方が成し遂げた大事業よりも、その事業が失敗して、その後の約10年で全ての負債を返し切ったことのほうが数乗倍すごい。でも、そんなこと誰も知らないわけです。

いま、自分が思うことは、次の崖っぷちの件です。いつまた崖を転げ落ちるかわからないという緊張感です。人生は本当に気が抜けないものだなと、ちょっときついなと、思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

9がつく年に

突然の投稿再開、誰に読まれるわけでもなかろうとの前提にて。

 

2019年も残すところ3.5ヶ月となりました。振り返れば、2009年にインテリジェンスを退任(もはや、この社名を知る人も少ないであろうが)。遡って1999年にインテリジェンスの社長に就任。さらに遡ると1989年にインテリジェンスを創業と、なにかと9で終わる年に転機を迎えてきた私です。

 

さらにさらに遡りますと、1979年(いつですか?という感じですが)、それまで育った神奈川県小田原市を離れて都会のど真ん中に引っ越し。それは、おそらくそうでなければ、今とは全く違う人生だったはずの転機でした。

 

13歳で東京に来て、23歳で宇野さん、島田さん、前田さんと創業して、33歳で社長に就任して、43歳で退任。そんな人生を過ごしてきて53歳になりましたが、節目であるはずの今年、今日まで転機らしい転機が来ていません。

 

所詮、今までの10年周期がたまたまなのであって、その通りになるはずもなく。なんなら、インテリジェンスの退任も2008年に決まっていたわけなので、1年ずらして考えているだけとも言えます。したがって、何もないのも当たり前かもしれません。

 

一方、自分を取り巻く環境は一瞬で変わることもよくわかっています。それまでじっくり積み上げてきたものが突然失われる。あるいは、懸命に取り組んできたら一気に開花する。そういう急速な事態変化(一瞬は大げさ、短期的な変化ぎ本当)が人生には何回かあって、それがたまたま自分の場合、9のつく年の前後に起きているようです。

 

思い出すと、2008年の年初、手帳に「何かがおかしい」とメモしつつ、5月には呑気に2週間もアメリカに行き、当時経営していた会社のIRを元気にやっていた。高らかに将来を語り投資を呼びかけ、自信満々で人生を謳歌していたら、その秋には上場廃止。とんでもない迷惑をかけたものです(当時は自分のせいは半分くらいと見積もっていました)。

 

また、一緒に頑張ってきてくれたメンバーたちを置いて自分は辞めたわけで、今思えば、それも随分と無責任であったし(後悔はないですが)、違う方法がなかったかなと時々考えてしまう(後悔してるじゃん?)出来事の1つです。

 

社会人のスタートでバブル崩壊を経験し、会社が上場した時にはネットバブル崩壊を経験しました。そして、20年間やってきた会社(ある意味で自分自身と同義であった会社)を去る時にリーマンショック。あれからもう10年も経ちましたが、なぜなのか「激変」がない。

 

いま、オープンハウスという昨今稀に見る成長企業に身を置き、変化には相当敏感になっていますが、表面的な「波」の変化はあっても、大きなうねりというか「潮」の変わり目までに至りません。

 

いま、一体どうなっているのか、備忘方、誰に読んでもらうでもなく書いておこうと思います。

 

 

 

 

丸の内

ブログを開始したころは、まさか自分が丸の内と違う場所で働くようになり、それでも「丸の内で働く社長」という場を残したままにして、たまに思いついたようにそれを更新し、さらに数年後に再び丸の内で働くようになって、「丸の内で働く」というところについては結果として間違っていないという状態に復活するとは思いもよりませんでした。
しかし、いまは丸の内で働く副社長といったほうが、現状の立場を正確に照らしているわけで、その意味でいまだにこのブログが昔のままで存続していていいのかという疑問は多少残っています。

経緯が多少複雑であるために、説明するのが面倒だというのが正直な気持ちです。それでも断片ながらこのブログを通じて近況をお伝えしておこうと考えた次第です。
(というのは、開店休業状態は「よろしくない」という指摘を受けたためです)

昨年の12月22日ですが、私、オープンハウスの取締役副社長を拝命しました。
このオープンハウスという会社はとても勢いがあって、売上も利益も信じられないくらい成長しています。
今期の予想業績は売上2400億円で経常利益240億円。
いまどき、不動産という成熟市場にあって、なんと前年比30%以上も伸びるという驚異的な会社です。
(第1四半期だけみると、売上が2倍で営業利益は3倍……もうかなりたまげます)

オープンハウスの荒井社長とは1年強前に知り合いました。
そのストイックな仕事ぶり、強靭な組織の作り方、戦略の徹底はそう簡単に真似のできるものではなく、ただ感心するしかなかったのですが、昨年後半からお誘いをいただいて、急な形ではありましたが、年末の株主総会で正式に承認をいただいて仕事を開始しました。

なぜいまさら副社長なの? といった質問を結構いただきました。
これについては、えらく青臭いのですが、オープンハウスを1兆円企業にしたいという荒井社長の強い意欲に久々に刺激を受け一緒にやらせていただきたいと思ったからということに尽きます。
売上1兆円を突破するというチャレンジはなかなかできるものではありません。
実際、過去私も社長として「次は1兆円」などと口に出したことがありましたが、口に出しつつそれが達成できるとは思っていなかった。
情けない話ですが、次の目標をどう定めていいかわからず、取り敢えず次の大台というので1兆円と言ったまでのことでした。
その意味で、現実味を持って1兆円を目指すチャレンジができることは、マジですごくやりがいを感じています。

何をするんですか? とも聞かれます。
先月くらいまでは「さあ、何するんでしょうかねぇ」などとはぐらかしていましたが、いよいよそうもいかなくなってきました。
しかし、実際のところ、いま現在、具体的な役務はありません。
つまり、自分でやることを探し、必要じゃないかなと思うことを一つずつ実行に移しています。

これはもう本当に、荒井社長の「人使い」のうまさとしか言いようがありません。
具体的に役務範囲を特定してもらったほうが、私としては楽ができます。
フリーハンドで具体的役務なしとなれば、際限なくやることが生まれます。
私も経営のプロを自認してやってきましたので、成果を収めなければいる資格がないと思っています。ですので、この際限のない範囲の中で、最大にやって成果を出すしかありません。
つまり、私を働かせようとすれば、フリーハンドが一番なのです。
(ちなみに、フリーハンドで人を使うというのは、経営者として相当自信がなければできないことだと思います。この点でも、私としては感心するしかありません)

さて、オープンハウスでの日々は常に緊張の連続です。
一種のプレッシャーです。
これは想定していたことではありますが、やはり知らない組織で知らないビジネスについて語るなど、よほど面の皮が厚くなければできません。
おかげさまで、私の場合、多少面の皮が厚いので、どうにか図々しくやっていますが、やっぱり正直に言えばおっかなびっくりです。
こういうおっかなびっくりを繰り返す日々が、ちょっと楽しい。そんな毎日をここのところ過ごしています。
それにしても、常にパラダイム転換ばかりです。自分の常識がどんどん覆されている。俺って柔軟だったんだなと思う今日この頃でもあります。

最近出会ったレストランたち

私もわずかではありますが、飲食関係の経営に関与しています。
これが良かったかどうかは評価が分かれますが、少なくともワインを中心にした酒類の知識が広がったことと美味いレストランの情報が入手しやすくなったというのは利点として数えることができます。

最近、巡り合った(あるいは再会した)お店について諸々思うところがあります。
というわけで、自らの備忘のためにも記しておこうと思います。

まず青山の閑静なエリアに佇む「I・K・U青山」。
こちらは10年近くお付き合いのある村田育生さんが出されたお店です。
読み方としてはイクということになるのでしょう。
育生さんが経営しているのでイクとなったのだろうと理解しています。

正式オープンはこの9月ということでしたが、私はすでに二度ほどお邪魔した次第です。
何事にも追及の手を緩めない村田さんがオーナーだけあってロケーションは旧岡本太郎邸近辺。骨董通りをちょっと入った真新しいビルの3階です。内装はモダンシック。実に上品な空間が設えられています。

料理としてはイタリアンに属するでしょう。
コールドプレスした3種の野菜から始まって全体に極めてヘルシー志向。食材も吟味されているので安心して美味いものが食べられます。
世の流れにマッチした今風のお店ということになるでしょう。
落ち着いた場所柄デートによし、わいわいと集まるによし、家族でしっとりでまたよしという感じでしょうか。

次に最近出会った新しいお店で印象的なのは「金蔦」です。
こちらは六本木ミッドタウンにほど近いビルの地下1階。
ロケーションこそやや猥雑、そして内装こそやや無骨ではありますが、コスパ最高のここでしか味わえない料理を出してくれます。

たまたまお呼びいただいた日本酒の会で、この隠れた名店のシェフ盛山貴行さんと知り合い、行ってみようというので行ったら良かったというパターンです。
なんでも盛山シェフはニューヨークの和食レストランで修行していたとのこと。コースで頼むと彼が手がけた前菜が出てきますが、こいつが値段以上のクオリティ。

そして、メインが「博多炊き肉鍋」なる料理。
個人的には豚だけがいいと思いますが、ガッツリ行きたければ牛もありでしょう。ジンギスカンとしゃぶしゃぶを合体させたような食べ方です。
コースで5000円以下からの設定でパフォーマンス最高じゃないでしょうか。
ここは大人数で行くのが良いかと。

さて、最後ですが、こちらは「再会」です。
誰でも知っているというか、この店を誉めても、だれも意外に思わないお店です。
白金から品川に移転した「カンテサンス」。

私のようなものが言うことではありませんが、カンテサンスは移転してグッと良くなったと思います。
もともと岸田シェフの作るものはオリジナリティもあり、かつ、肉の火入れなんかも丁寧で繊細という売りがあったと思います。
完全なカルトブランシェで、隣と違うものが出るとかなんとか、開店当初はそんなちょっと気をてらったような部分も評価されていたと思います。

でも、今は月に1回メニューが入れ替わり、固定された料理が安定的に供されます。
これはもう、まさに顧客との明確な約束を自ら提示し、それを裏切らないという表れだと感じます。

メニューが固定されて安定しているということと関連しているかもしれないのですが、岸田シェフの料理には二つのとても感心するポイントがあると分析しています。
一つには極めてオリジナルなのにどこかで食べた「おいしいもの」の印象が脳内でつながるという点です。

例えば、今月出ている(どうやら比較的定番のようですが)クレープ生地の上にフライされたエビと粗くすりおろされた別種のエビがのっていて、そいつを自分で手巻きして食べるという絶品な料理。
これはもう美味いんですけれども、エビのフライされた部分は高級なエビセンを食べている香ばしさだし、その風味は食べ方からも連想できるように北京ダックのような味わいなのです。

また、デザートに出されるメロンのシャーベットは子供の頃に食べたメロンシャーベットを高級にしたような(もちろん味わいは別格ですが)懐かしい気分とともに食べられるわけです。
いくらオリジナルでも理解できないものはうまくともなんともありませんし、いくら食材がいいからといって、まったく想像できない組み合わせを持ってこられても美味いとは思えない。
この店、岸田シェフの料理は必ず理解できる範囲でオリジナルだというのが凄いところだと思っています。

そして、もう一つのポイントは温度です。
私は個人的にフレンチで「魚」は難しいと思っています。
いくら新鮮な最高の魚であっても、うまい和食屋以上のクオリティで出すのは不可能だというのが私の意見です。

最近フレンチで出される白身魚は、皮の部分をカリッとした食感に仕上げ、身の部分は半透明くらいの微妙な火入れにとどめるというのが典型じゃないでしょうか。
ソースはそれぞれの料理人の個性が出る部分ですが、基本調理のスタイルは今風なら身は半透明です。
すると、だいたい身の部分の温度が低い。
これが問題になります。

私はプロではないのでわかりませんが、おそらく、身を半透明程度に維持しながら、提供温度を人肌以上にするというのが困難なのだろうと推測しています。
もちろん、それでうまければいいのですが、半透明部分の温度が低いとなぜか生っぽさが引き立ち食感も悪くなります。
それが普通の料理人の仕事なのですが、岸田シェフの場合、その半透明部分も完全に火が通っている部分と同じくらい温かいのです。
これはもう、腕以外の何物でもありません。

くどくなりますが、例えば、豚を提供する場合、中をほんのりピンク色に仕上げるというのが、今風のフレンチの流れだと思います。
岸田シェフも同じように出してくるのですが、そのピンクの部分もしっかり温かい。
どうしてできるのかわかりませんが、提供温度に文句のつけようなないのです。
だから、最後まで美味しく食べられる。
凄いことです。

もちろん、ディナーでの活用をおすすめしますが、お得に岸田シェフの料理を味わいたいならランチじゃないでしょうか。
2ヶ月待ちでも行って後悔しないレストランだと思います。

ちなみにご紹介したレストランは……
>I・K・U青山
>金蔦
>カンテサンス

忘れる技術

さて、8月が終わり9月になりました。
今年の8月は(私見ですが)、なんだか例年とは違って、上旬までやけに暑く、ところが下旬になっていきなり秋のようになり、連日太陽を見ることもないままでした。
子供たちも夏休みを惜しんでさあ最後のプールだと勇んで出掛けることもできなかったはず。
じわじわと気温が下がってくれれば「秋の訪れ」などとありがたがるはずなのに、こう連日不順な天気ではむしろ夏を返せと言いたくなります。

私の仕事でいうと、今年の8月はまるで1ヶ月夏休みを取ったかのように、実に動きが少ないままに終わってしまいました。
進めたい仕事もありました。完遂するはずだったこともありましたが、どれも消化不良のままです。
なぜこうなった? と色々振り返るのですが、あまりまともな分析に至りません。

先ほど触れた夏の天候不順くらいしか、8月の不調の原因が見当たらない。
仕事の低迷を環境のせいにするわけにはいかないし、それをやってしまうと前に進まなくなるので、もう一度原因を追求するわけですが、そこにもまた隘路が待っている。
こういうとき、私は「忘れる」という究極のビジネスツールを使うことにしています。

覚えていた方がいいことがあるのと同じくらい、忘れた方がいいことが、人生にはあります。
ところが、人間、持っていないものを得ようとするのは日常でも、持っているものを捨て去ることを日常にはしていません。
また、これまで受けた教育からしても、何かを得るように努力せよと言われたことがあっても、何かを捨て去れと言われることはそう滅多にない。

つまり、獲得することよりも放棄することの方が困難であり、覚えることよりも忘れることの方がはるかに難しい。そのため「忘れる」には、それなりのスキルが必要だというのが私の見解です。
私のやり方はだいたいこんな感じです。

1)反省しない
忘れるとは開き直ることでもあります。
従って、反省をやめてしまうこと、過去を振り返らないことがポイントだと考えます。

2)努力しない
これも開き直りですが、努力するのをやめます。
要は制御不能なことにやきもきするのはやめて、他のことをやろうよと。雨が降り止むのを待つ間、グランドには出ない。練習は中止です。

3)感情に結びつけない
感情的なことほど、記憶として脳みそに沈着します。
従って、起きてしまったことに感情を付帯しないことです。まるっきりマシーンになって起きてしまったことを冷静に見ます。もっと簡単に言うと、くよくよしない。

4)今までと違うことをする
リズムを変える、習慣を変える、滅多に会わない人に会う、いつもとは違う経路を使う、異なる経営課題に取り掛かるなどなど。新しい発見や気づきを自分に与えて「目先」を変えます。

5)忘れていたことを思い出す
原則に戻るという言い方もできます。忘れるためには違うことを思い出すのは効き目があります。放置したままの長期課題はないかとか、夜10時以降に食べるのはやめるとか、そういうことです。

そんなこんなで、気分を変えるわけですが、やはり時節というのは、忘れるきっかけをくれるものです。
もう月も変わったことだし、先月のことは忘れよう。
とまあ、こんな感じで9月をスタートした次第です。

恋愛小説と片付け

私、ときどき「USA Today」の「Bestseller」を検索します。
そこで何か新しい本はないだろうかと見てみるわけです。
なぜ、USA Todayかというと、それは当然ながら英語で書かれている本を探すことを目的にしています。
以前なら、随分と高い価格を払わなければ「洋書」は買えませんでしたが、今ではKindleやらなんやらと便利なものができて、すぐに欲しい英語の本が手に入ります。

問題はなにを読むか。
一時期はどういうわけか「恋愛小説」というか「ラブコメ」的なものをよく手にしました。
理由はわかりませんが、USA Todayのベストセラーでも「恋愛小説」は必ず上位にあって、検索者の目を引きます。それが手にする要因の一つだろうと思います。
そして、もう一つはこの手の本はすごく読みやすいというのが理由です。

ストーリーに親しみたいというニーズ以上に、英語に触れたいというニーズを持っている場合、母国語では読まないようなこの「恋愛小説」がうまくはまります。
なかでも、ソフィー・キンセラの作品は実に読みやすくて、おまけに結構面白いときています。
ただし、どのストーリーもだいたい同じような展開ではありますが……

ちなみに、私は「洋書」のペーパーバックの感触がとても好きです。
ああいう、安っぽい紙というか。子供の頃学校で配られたわら半紙の感触がなんとも心地よい風合いを感じます。
日本の場合、紙でも印刷でもすごく質がいいので気付かないのですが、ああいう雑でぶっきらぼうな印刷物を手にすると、かえって人間味が感じられて可愛く思えます。

そんなことでときどき活用するUSA Todayのベストセラー検索ですが、最近、堂々のベスト10を維持し続けている日本人作家がいます。
ジャンルはPsychology。当初見つけた時には、在米の日系人が禅か何かを題材にして書いたスピリチュアル本だろうと推測しました。

私にとって「自己啓発?」は埒外のジャンルですから、特別な関心を持って見ることはありませんでした。ところが、毎回検索するたびに上位にいるので、いくら興味のない私でもその中身がなんなのか徐々にわかってきました。
タイトルは「The Life-Changing Magic of Tidying Up」
日本でもベストセラーになっている近藤麻理恵さんの本でした。

アメリカ人は家が広いせいか心が広いせいか、概ね片付けが苦手に見えます。
その気質が近藤さんの本をベストセラーに導いたということでしょうか。
なんであれ、日本流の行動様式がアメリカ人に受け入れられているというのは気分のいいものです。
(近藤さんの片付けノウハウがどんなものかわかっていませんが、多分日本的エッセンスがあるんだろうと勝手に思っています)
それに、日本人の作者がアメリカのマーケットで売れ行きの上位を占めているというのも嬉しい話です。

読書の秋。
面白い本に出会いたいものです。

10倍ジャムを買ってもらうには

同じような実験は数多く行われていると思います。
行動科学だとか、行動心理だとか、そうしたことに部類される実験です。

スーパーにやってきた買い物客にジャムを試食してもらいます。
第一の実験群には6種類を試食してもらい、第二の実験群には24種類を試食してもらう。
さて、どちらの群がジャムを買う確率が高いでしょう。
この実験では6種類を試食した群が24種類試食した群よりも10倍ジャムを買ったというのが結果です。
人は多くの選択肢があればいいわけではないということでしょう。

とまあ、結構知られた実験ですが、全く同じ実験で色違いのシャツというのがあったように思います。
ユニクロに置かれた「こりゃ一体何種類か!」という色のバリエーションを見ると、それだけの種類を作ることが売上の最大化に寄与しているのかどうか知りたくなるのは私だけではないと思います。

マンションを買う方に「購入までに何件の現物を見ましたか?」という問いをしますとおよそ5~6件という答えがメジャーです。
これだけ情報が溢れる時代ですから、選択肢は無数だろうに、実際に見た現物は10にも満たない。
一般的にライフタイムにおいてそう何回もないはずの家選びがわずか5~6件でいいのかと感じる人もいるかもしれません。
ところが、さきほどのジャムの話ではありませんが、実際に勝っている人は片手に余るかどうかという絞り込まれた選択肢から家を選んでいるというわけです。

すこし、ずれますが、人の満足追求についての実験というのがあります。これは、私の昔の仕事に絡みますが、転職に対してすごく要求度の高い群とほどほどの要求度の群に区分します。
そして、その後をずっと追跡するわけです。

その結果、転職に対して要求度が高い群(つまりポジションやら、勤務形態やらなんやらについて妥協しない人たち)のほうがほどほどの要求度の群(つまり、そこまでガタガタと条件について言いませんという人たち)よりも、20%も高いサラリーを得たそうです。
ところが、その後さらに追跡を続けると、転職に対して要求度が高かった群はほどほどの要求度だった群よりも「就業満足度」は著しく低いという結果が出たそうです。

行動科学から哲学にすっ飛ぶと、どうやら人はほどほどの欲求度で行動すべきだということになるかもしれません。
さきほどの家選びでも、手に余るほどの件数を検討対象にしても、結局、購入にはつながらないということでしょう。
家選びのゴールは購入ですから、この意味では、多くを望んでたくさん見ても目的を達成するわけではないということなのです。

ウィキ活用

つい先日ですがWikipediaに少額ながら寄付をしました。
みなさんも目にすることがあるでしょうか?
Wikipediaを使っているとふとバナーが出て「このサイトは寄付で運営されているので……」と。
以前も寄付したから出てくるのかもしれませんが、一人のユーザーとしてやり過ごすことができずにカード決済しておきました。

このWikipediaを運営し、そして、そこに有益な情報をアップデートしてくれているボランティアの皆さんには本当に頭が下がります。
(Wikipediaが、本当のところどうやって運営されているのか理解できていませんが、一般の人たちというか市井の専門家がそれぞれの分野について勝手に書いて入れているわけですね?)
とりわけ最近、私が興味を持って調べている事項については、おそらく鉄道マニアの方なのか、あるいは、地域行政に知見のある方なのか、とにかくなんらかのオーソリティーが書いて頂いているのだと思います。
(日々助かっております。この場にて御礼申し上げます)

さて、ここ最近やたらとウィキっているネタとは何かというと駅ごとの「乗降人数」です。
(ありがたいことに、直近では2013年度、過去に遡ること30年分くらいはWikipediaでフォローしてくれています)
ACSでは良質なコミュニティを戦略的に選択し、そこに良質なリノベーション物件をお届けするという方針を採用しています。
そうしたコミュニティの質を測る指標として最近注目しているのが駅の「乗降人数」です。

そもそも「流入人口が多い地域は活性度が高くコミュニティの質が高いか、あるいは向上していると見るべき」だろうという仮説を持っています。
例えば、江東区。
江東区は過去10年以上、区への流入数が他地域への流入数を上回り人口が増え続けています。
となれば、江東区は行政区として健全性が高いというか、コミュニティとしての評価が高いと見ることができると踏んでいるわけです。

しかし、こういう行政市区レベルですと、ACSが手掛けるようなマンション再販事業においては、大味過ぎてしまいます。
どうしてももう少し細かな単位での判断指標が欲しかったわけですが、その中で最近使えるかなと考え始めたのが、先の駅ごとの乗降人数ということになります。

わかりきったことですが、日本のマーケット人口は減少しています。
住宅についても、それを必要としている人は大きくみればずっと減少していきます。
恐ろしいことですが、日々、どこかで住宅が余り続けていると見なくてはなりません。

ある駅は年ごとに乗降人数が減っているとします。逆に別の駅は乗降人数を増やしている。
すごく単純ですが、減少している駅は増加している駅に人口を奪われているわけです。
強い存在がより強くなり、弱い存在がより弱くなる経済上の定説に従えば、乗降数が増加している駅は今後ますます増加する可能性があり、減少傾向にある駅はさらに減少していく可能性があるということではないでしょうか。

あまりクドクドと書くほどの奥行きではありませんが、もし、今まで住んだことがない地域に家を買うことを検討するなら、是非、その駅名をウィキって利用者数を確認することをお勧めします。

進化系いらっしゃいませ

ここ最近、行っていないお店に神谷町のインド料理屋があります。
インド料理屋というのも実にたくさんございます。
その遠い親戚がCoCo壱番屋をはじめとするカレー屋さんということになるのでしょうが、まあそれはあまりにも遠すぎることになるでしょうか。

さて、このインド料理屋さん(店はニルワナムと言います、都内にいくつかあるようです)、私が信頼を寄せる一つの理由に、行くと必ずインド人がいるということがあります。
まあ、もちろん、海外で日本人が行っている和食屋だから必ずしも旨いとは限らないということはありますが、ネット上の書き込みよりは確かではなかろうかと思っています。
(ネット上に流れる「うまい」「うまくない」といった情報がいかにあてにならないかを実感することはありませんか? 私の場合、自分の判断か信頼出来る筋からの情報しか信じなくなっています)

ここで今日、私はインド料理の質について書くつもりはありません。
(ニルワナムはまずまず良質な店とは思っていますが)
この神谷町のインド料理店で衝撃的出来事として記憶に焼き付いているのは、日本でも最も短いであろう「いらっしゃいませ」との出会いです。

店に入った瞬間の「さーせー」という掛け声。
「いらっしゃいませ」とはまるで違うというのに、「いらっしゃいませ」と言っているんだろうなと確実に想像させる端的さと率直さが短く集約されていました。

言葉にうるさい私としては、そのあまりにも短い「いらっしゃいませ」を可笑しくかみしめたのが一つ。そして、もう一つ思いを馳せたこととしては、その「さぁせぇ」のインド人の彼は聞こえた日本語をおうむ返ししながら言葉を覚えていってるんだろうなということでした。

ーーー最近、私も"china may want to have…”という英語のくだりを聞いて中国にメイワントという都市があるんだと思ったものです。
 メイワントが都市だと思うとchina's Mei-wang-to hasと勝手に聞き違えるから恐ろしいものです。

まあこんな具合に、海外から日本に来て「さぁせぇ」が少しずつ「いらっしゃいませ」に近付いていくという話はとても微笑ましいことだと思います。
(私は、こうしてどんどん海外から働き手がやってくることを期待している一人です)
その一方で、日本で生まれ育っているであろうサービス業従事者が使う「接客語」の酷さはどうにかならないものでしょうか?

かつて「とんでもございません」を使っちゃいけないと部下に指摘されたことがありました。
「とんでもない」は一つの形容詞なので、とんでもございませんは成立しないと。
「とんでもないことでございます」が適切な表現だと「部下」に教わりました。

まあ、もはや「とんでもございません」はとんでもなく流布している表現なので、それに目くじらを立てている場合ではないでしょう。
(私の感覚としては、すでに「とんでもございません」は日本語の一形態として広く定着してしまっていて、それを正しくないと指摘することが憚れるほどに市民権を得てしまっているように思います)

しかし「4名様でよろしかったでしょうか?」はどうしても気になります。
「4名様でしょうか?」で十分に丁寧な接客になっています。
ところが「よろしかったでしょうか?」などとさも丁寧かのように見せて、その実、おかしくなっているという点がどうも許せません。

これは接客語ではないのですが、もう一つ嫌だなと思うのが、役所の人が堂々と「続柄」を「ぞくがら」と読む点です。
「続柄」を「ぞくがら」にしてしまって、日本語は良いのでしょうか?
「続柄」はやはり「つづきがら」であり、「老舗」は「しにせ」であるべきじゃないでしょうか。

役所ではもはや「続柄」は「ぞくがら」と読んだ方が通じがいいという判断でそうしているんじゃなかろうかと思いますが、これではやがて、役所でも「さぁせぇ」と迎えられる日がくるのではないかと思ってしまうのです。

中華の進出力

国としての存在感はその国がどんな形で他国に受け入れられているかによって測ることができるでしょう。
その代表例がその国の料理ということになります。

中国の場合、相手国を饗応しようと思って不自由を感じることがないそうです。
たいがいどんな国にも中華料理店は存在しているからというのがその理由です。
(入りたいかどうかは別として、確かにどこに旅行しても必ずと言っていいほど中華料理店は目にします)

さて、それだけ浸透度の高い中華料理店ですが(中国発祥の料理を「中華料理」と一つに括るのは間違っているのは承知の上で)、これほど店によって差の大きい料理屋もないなと思います。
先日、久しぶりに入った瞬間に出たくなるお店に入り、すぐに理由をつけて出てきました。

ーーー料理を食べる前に、そのレストランの質を見分ける方法として「おしぼり」があります。
おしぼりが以下に該当する場合は期待レベルが大きく下がります。
(個別包装された不織布ではなく、いわゆる布製のおしぼりの場合)
1)臭いがやばい(雑巾臭?)
2)色がやばい(黄ばみ?)
3)温度がやばい(人肌?)

その一方、常に確かなレベルの料理を質の高いサービスととともに提供してくれるお店もあります。
しかも、決して高いコストを支払う必要もない。

もっともらしい理由で、おしぼりがやばいレストランを後にして、向かった先は赤坂四川飯店でした。
その日のテーマが「辛いもの」でしたので、そのテーマを達成するために想起されたお店が、かの陳さんのお店であったというわけです。

赤坂四川飯店はちょっと不便な平河町にあって(そのくせに赤坂)、おまけに古いオフィスビルの中に、普通の会社に挟まれるように存在しているので、知らないで行くということは不可能と思います。
それでも、アイアンシェフの陳さんのお店なので、なんやかんやと調べて行くという人も結構いるんだろうと思います。
このお店は、はっきり言ってコストパフォーマンス最高だと思います。
少々ビルが古く、調度がシャビーだという点さえ我慢して貰えば、料理はだいたい何でも旨いですし、もちろんおしぼりもちゃんとしています。
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