着陸してから1時間ほど経って、ようやくゲートの外に出ることができた。




カミルが首を長~くして待っていた。到着してから随分時間が経っていたので、心配していたようだ。

 

着いてからの顛末を説明し、とりあえず無事に着いたことを喜び合う。空港内は大勢の人でごった返していた。ムワッとした空気、熱い大気が全身を包んだ。

 



空港のロビーもまた、とても簡素で古めかしく、壁側には椅子が並んでおり、中はがらんとしている。

搭乗手続きの入口と反対側に小さなお土産屋とジュースや軽食を販売している売店があった。
そして搭乗手続きを行う為長蛇の列にはロープが張られ、制服を着た厳しい表情をした男性が2、3人立っていて、何やら空港に訪れる人達を監視しているようだった。警備員のようなものなのか。

 



カミルとふーが話している間、辺りを見回し様子を見ていると、大きな荷物を持った女性と一緒に入ってきた男性が奥のカウンターに行こうと進むのを、警備員と思われる男にパスポートとチケットはあるのかと咎められている様子で、物凄い勢いで連れ戻されていた。

あの人達は書類に不備があったのだろうか、犯罪者を連れ出すような勢いだった。

 



あーなんだか、本当に別世界に来てしまったんだ。私は今得体の知れない場所にいる。

そんな不安な気持ちと、まだ見たことのない世界に対する好奇心とが織り混ざった気持ちになる。

 

 

 



空港の外に出ると、全身がムワッとした空気に包まれる。

空港前の広場は駐車スペースになっており、多数の車が停まっていた。

車が走り去ると一面に砂埃が立ち煙い。甘ったるい空気と強い日差しに、フライトと出国までの長時間に疲れた頭がクラっとする。

車を駐車している所まで歩いていき乗り込む。

 




砂煙をあげながら車が走り出すと、窓からは殺風景な景色が目に入る。

ガランとした何もない土壌に時折ヤシの木がポツンと生えている。

しだいにコンクリートの味気ない家が時々見えてくる。





しばらくすると海岸沿いの道に入り、海が見えてきた。幹線道路は海側と内陸側の2本くらいしかなく、いつも大渋滞らしい。



 

町の中心地に近づくと、軒並み商店の看板やブランドの文字が見えてきた。


中心にある高い城壁の建物が目に入る。それを横目にみながら、緑の広場を突っ切り中心地に入っていく。西洋風の建物が並ぶ。かなりの数の車でごった返している。



カダフィ大佐の姿が描かれた大きな看板が幾つか目に入る。

コカコーラ並みの人気なのだろうか…

砂埃と車の排気ガスが舞っていて窓は開けられない。
 




リビアはイタリアの占領地であった歴史もあり、特に中心地には西洋風の建物がたくさん残っている。

地中海に面しヨーロッパも近いためか、店のウィンドーには流行りの色鮮やかな衣装をまとったマネキンが飾ってあった。どの国でも女性のお洒落心は変わらないようだ。

 



なんともいえない別世界に呆然とする私達を乗せて、車は中心地を抜け海岸沿いの道路を走り会社に向かった。





空港から40分ほどかかっただろうか、大通りから一本奥に入った住宅街の一角にある大きな4階建ての一軒家だった。





エレベーターはない。1階から外階段を使って3階まで上がると、中は中央部分が空洞で吹き抜けになっており、建物の中央に少し曲線を描いた階段がありそこから4階の部屋に上がった。


四方を囲むように部屋があり、小さな部屋に分かれている。部屋毎に各部署でまとまっているらしい。総勢100人近くこのオフィスにいると聞いたが、どこに人がいるのやら全く見当もつかない。

トイレは建物の中に2か所しかなく、しかも1つは壊れていた。

 

さらっと建物の中を見学し、カミルのオフィスに行く。

これから一緒に働くことになるMr.テッドとMr.ガートを紹介してもらう。カミルは来てからまだ数週間だったので、自分のオフィスがなく、2人の部屋にパソコンを持ち込んで仕事しているようだった。

 


 

やっと一息着くことが出来、彼らと一緒に昼食をとる。

近くにあるトルコ料理店のチキンケバブとライスをテイクアウトしてくれた。ちょっとピリ辛で美味しい。食事に関してはなんとかなりそうだなと少しほっとした。
 



昼食後、これから寝泊まりする家に移動する。

リビアではアパートメントなどは少なく、家族単位で暮らしている為、一軒家もしくはコンプレックス住居が多い。


会社からあてがわれた家の一階には社員のインドネシア人の家族が住んでいて、私は2階を利用することになった。

日本でいう3LDKといったところか、バスルーム(トイレ・シャワー)は2か所あり、寝室になる部屋が2部屋、応接室、広いダイニングにキッチン。それぞれの部屋も大きく、日本のアパートというより一軒家に相当するくらいの広さだ。

 



誰も住んでいなかった為、もちろん手入れもされていない。誇りっぽくてひどい状態だった。

かろうじてベッッドとマットレス、シーツ、布団は用意されていたけれど。


ここで生活していくのかーと一気にテンションダウン。

これから必要なものはすべて揃えていけばいいからと、会社から3,000LDY支給される。(およそ25万円)


キッチンには古びた備え付けのガスレンジと冷蔵庫が置いてあった。水が出るかチェックする。

ガスはつながっていない。やれやれ生活できるようになるには時間がかかりそうだ。


荷物を置き、ゆっくりするにもお茶も飲めないので、早々に数日分の着替えを買いに出かけた。
 

 

 

夕方、日が落ちると一気に活気を増す街。

車道はどこもいっぱいで、排気ガスが充満していて臭い。

この日は特別に会社の女の子達が私達のショッピングに付き合ってくれることになった。
先ほど会社に行った際に簡単に挨拶をした3人の女性たちが、彼女達のお勧めのスポットを案内してくれた。


流行に敏感な彼女達が案内してくれたのは、ヨーロッパのブランド店。シスレー、ベネトン、スペインのブランド・マンゴー、イギリスのスーパーマーケット、マークス&スペンサーなど。
 


姉妹のザラとナディアそしてアマールの三人は同じ会社で働く仲良し。

ザラとナディアはパキスタン人で、お父さんを早くに亡くし、エジプト出身のお母さんお兄さん妹の合計5人で暮らしているそうだ。

彼女達は頭にスカーフを巻かないけれど、肌は露出しない。


  一方、アマールの家族はリビア人。厳粛な家庭の彼女の家では、女性は顔以外肌を見せてはいけないので、頭から肩にかけてスカーフを巻いているそうだ。

 

彼女たちはとってもおしゃれで、スカーフと洋服をうまくコーディネイトしていた。

同じイスラム教徒であってもそれぞれの家庭によって、服装も異なるそうだ。

肌を露出しない彼女たちは、今時のファッションを重ね着したりして上手く取り入れている。


ショーウィンドーを見ると、ミニスカートやノースリーブもあるから、一体アラブの女性がいつ着るのかと不思議に思ったのだが、長く黒いスカートやワンピースのような上着を着ていても、その下にカラフルな衣装を身にまとっていたりするそうだ。

 


 

そんな彼女達の案内で、ヨーロッパでショッピングしているかのような(言い過ぎかな)気分でいろいろなお店を見てまわる。


普段彼女達は、家族で出かけるか、特別な時でないと買い物には行かないというから、こうして女の子達だけでおしゃべりをしながら、夜の街を歩くというのは、楽しいひと時となったようだった。

 


そういえば先ほど、ザラとナディアのお兄さんが車で通って、妹たちの様子を確認してたな。

アラブ世界では女性蔑視などが色濃いと聞いていたが、彼女達をみていると大切に守られている存在というふうに感じられた。特に家族とのつながりが濃いようだった。

 

 


リビア滞在初日は、スーツケースの紛失に始まり、シャワーやトイレの具合をチェックして、埃だらけの家でのスタートに意気消沈し、会社の女の子とショッピングをして束の間の楽しみがあったにしろ、いろいろな面でこれからの生活の大変さを予感させるのに十分な幕開けとなったのだった。