リビアに来てから1週間が経ち、一緒に来てくれた友人ふーも

オーストラリアに帰ることになり、いよいよ仕事も始まった。
 

最初の何週間かは、会社の人がどのように仕事をしているのか

観察していたと言ってもいいだろう。
 

 

私がお世話になったこの会社は、インドネシア母体の建設会社で、

7つのプロジェクトが同時進行していた。

すべてリビア政府出資のプロジェクトで、トリポリ近辺の住宅プロジェクト、

砂漠地帯に巨大な水タンクを建設するプロジェクトなどが稼働していた。

 

 

リビアは内陸部のほとんどが砂漠の為、水の問題は大きい。

農業を発達させるためには、水タンクプロジェクトはとても重要なものであるようだ。

住宅は完成後かなり安い価格で市民に提供される予定だという。

 

 

 

オフィスの1階には、現金番と言ったらいいのか巨大な金庫部屋があり、

支払いなどはすべてそこで行われているという部署、

渉外部門、ドライバーの手配や職員の滞在先の管理、

文具などを扱う総務的な役割をしているPRがある。

 

 

2階には人事部、設計などの部署、3階に工事上のすべての物資供給を管理している部署、

キッチン給湯室があり、何をしているのかよく分からない人達の部屋がいくつか。

4階にそれぞれ幹部の部屋と経理、秘書デスクがあった。

 

 

 

カミル率いる経理部では、主に3名のスタッフが銀行からの借り入れに関する業務を担当し、4名が現金の出し入れや社員の給料、経費などを扱っていた。
 

 

 

私は日本で経理の経験があったわけではないが、

申請の流れ、決裁処理の流れくらいはわかる。

しばらく社長が現地入り出来なかった為、

カミルが取り仕切る経理部を手伝う事になった。
 

 

 

通常、各部署ごとに年間の予算が与えられ、

そのなかで年間の計画などを立てて予算を運用するのだと思うが、

カミルによると、ここではそれは出来ないということだった。

計画的に使うなんてことは彼らには皆無で、ある分は全部使ってしまうというのだ。

 

 

なので、その都度必要なものは申請して許可を出す、という方法で処理しているらしい。

カミルは資金とプロジェクトの進行状況をみて、

銀行と交渉し、物資を調達できるよう調整している。

お金に関するすべての書類、社内経費にいたるまで、

彼がすべての書類をチェックする必要があった。
 

 

 

驚いたことに、毎日のように各部署、プロジェクトから仮払い申請や

稟議書なるものが経理に提出されるのだが、

今まで(約2年ほど)の決済書類がデータ化されていなかったのだ。
 

 

 

そして、カミルが来るまで、決裁の有無を吟味することなく

会社の資金が垂れ流しされていたという。

尚且つ承認がおりた資金の報告などがなく、

決済処理がされていないものが多くあった。

これまでの使途不明金が膨れ上がり、

会社経営を脅かすほどにまでなっているということなのだった。
 

 

 

すべての決済書類のデータ化を行い、

何にどのくらいの資金が使われているのかを調べることが先決となり、

私がその役目を担うことになった。
 

 

 

 

仕事を始めて数週間後には、すべての書類が私のデスクを通り、カミルに渡される。

カミルの許可なしには通らないようになった。

 

 

驚くことばかりで慣れるどころではなかったが、

日本で当たり前だと思っていた事は当たり前ではないということを痛感させられた。

どうしてそんな状況を幹部がチェックできなかったのだろうかと疑問で仕方が無い。
 

 

よくよく事情を聞いてみると、リビアでの滞在が短い社長の代わりに、

インドネシアで雇われたビモ兄弟がここリビア支店を取り仕切っていた。

 

 

この二人は約2年ほど会社を任されていたのだが、

最近になって会社の多額のお金がこの二人によって横領され、

今後の事業に支障がきたすほどになってきているという。
その事実に社長が気づき、彼らの不正を暴き、

会社を立て直す為にカミルが送り込まれてきたというのだ。

 

 

なぜカミルが自分のビジネスもあるにも関わらず、

わざわざここまでやってきて、そして私のような特別な技術や知識が

あるわけでもない平凡な日本人がやってきたのか、周りの社員は知らないし

私もそういう事情があるとは露程も知らなかったのだ。


その為、極秘で調査を進め、

すべての決済権限をカミルに移行させることが急務となった。

 

 

 

なるほど最初に私がこの仕事の話を聞いたとき、

日本とも長年取引をしてきた社長は、日本人をとても信頼していると言っていたのだが、

社長が私を呼んだのは、日本人だからある程度常識的な判断なり、

やり方が出来るのではないかと期待していたのかもしれない。

 

これだけ内部で詐欺まがいなことがはびこっていると、

親類縁者以外はなかなか信用できないということなのだろう。
 

 

 

秘書なら私でなくても現地の女性を雇えばいいのだから。

何か新しいチャレンジをしようと思い切って飛び込んでみたが、

事情が分かるにつれとんでもないところに来てしまったようだ。
 

 

 

その後、私は淡々と過去の書類の山を処理する作業をしながら、

続々と申請書類を持って来る人達の対応に追われることになった。

どこの誰なのかもわからないおじさんが毎日押し寄せてくるのだ。

ベンダーといわれる買付業者だ。

 

 

早く早くとせかされ、作業に集中できないし、

お金がもらえるまで毎日来ると言って、とにかくうるさいのだ。

おっさん達を何とかあしらいながら仕事を続ける。

 

 

そんな日々が数ヶ月続いた。