テルアビブ
3日目、テルアビブへ
ちょうどこの時期にイスラエルへ来ていたオバマ大統領の帰国で、
イランがテルアビブを消し去るとか…怖いニュースが流れました。
今その場にいることが不思議な感じになり、
日本は平和で良い国なんだなと改めて実感しています。
ここは、海もありビルもあり世界遺産もあるイスラエルの新しい都市です。
港にはアウトレットや市場、海水浴場などがあります。
坂が多いですが、健康男児なら問題ありません。
御覧の通り、スロープもあります。
こんな感じで車椅子でも楽しめます。
安息日ということもあって、
お店はほとんど閉まっていたがモダンな感じが素晴しかったです。
安息日とは、ユダヤ教徒は何もしてはいけないという日です。
この日にかけてレストランは閉まりタクシーも少なくなります。
なるべく早めにタクシーをつかまえましょう。
この日の帰りのタクシーネタを1つ。
テルアビブからダン・エルサレム(ホテル)へ帰る時のこと、
イタリア系の運転手デニーロ(仮名)の運転でホテルへ。
デニーロは推定70歳、英語は片言、なぜかメーターはまわさない。
まわしてくれと言っても、オバマが帰るから渋滞で高くなるんだとか…
エルサレム周辺で何度も道に迷い、
信号待ちの度に窓をあけ道を聞いていました。
(計10回くらい)
私達はみかねて地図を見せてこの辺だと言ったが、
デニーロは「no no」もう大丈夫と言い地図を見ない。
もう分かったのかと思いきや、
三分後にはまた窓を開け道を聞いていました(笑)
やっとの思いで着いたのは…ホテル裏口!
逆にここに着く方が難しいだろと思いました。
OK?と言われたが、車椅子で行けなさそうなので「no no」と。
デニーロは笑みを浮かべながら、
Uターンして玄関口へまわりやっと到着です。
いくら?と聞くと、
満面の笑みで、、、行きと同じ値段でいいよと。
道が分からなかったからメーターをまわさなかったみたいですね。
ナイスキャラのデニーロと楽しいドライブタイムでした。
無事ホテルに到着です。
次はデッド シー
エルサレム
旅の始まりは予想外のスタートでした。
イスラエルへの出発前日に思わぬアクシデントに襲われました。
長旅になるので体調だけは崩さないようにと気をつけていましたが、
しかし…前夜の食事か、それとも風邪なのか…
夜中から朝までずうーっとリバースしていました。
家を出るまでに5セットほど吐き、伊丹に着いては下からも…
伊丹でのチェックインの時に不幸中の幸いなのか、
成田までビジネスクラスが空いてるとのことで、
ANAのご好意で私だけ変更してくれました。
ちなみに初ビジネスでした。
これも車椅子の特権ですかね。
成田に着いてからもリバースは治まらず、
もう帰ろうかなと真剣に悩みました。
人生でここまで吐いた事がなく、
なぜ今日なんだ?
なぜ今なんだ?
と自問自答していたら、
ふと頭の中で東進の
「今でしょ!」
が浮かび、なんだか少し元気になりました。
「いつ吐くの?」
「今でしょ!」って感じで指を突っ込んでいました。
トルコまでの長距離は不安でしたが、
プレミアエコノミーが快適でずっと寝ることができました。
脱水症状のせいか、
頭痛はありましたが12時間でトイレ1回と助かりました。
やはり、どこへ行くのにもトイレが一番気になります。
プレミアエコノミーは機内食も豪華で食後のフルーツもありました。

ちなみに、わたくし…
バターライス3口とカルパッチョ舐めただけです。
残念、機内食大好きなのに><
でも食後のフルーツは少し食べれましたよ。
そしてトルコ空港でのこと、
係員に車椅子を押してもらっている時にまた気分が悪くなり
トイレによってもらいました。
「下じゃなくて上からだ」と係員にジェスチャーで伝えると、
服が汚れないように、ハンドペーパーを首周りにかけてきました。
気分が悪い中、ちょっとした気持ちの良い瞬間です。
単純ですがトルコ人が好きになりました。
これが最後のリバースで、
段々回復へと向かいイスラエルへ入国です。
イスラエルのこの時期、
夜は少し肌寒かったですが、雨もなく日中は過ごしやすかったです。
これはダマスカス門
ここからいろんな道を歩きブラブラしました。
日本でいう商店街がずっとつづきます。
人混みと石段が気になりますが、スロープもあり車椅子でも大丈夫です。
(途中、車椅子できついとこありましたが、それはまた次回)
車椅子だと足を固定するベルトがあれば楽だと思います。
キリスト地区、ユダヤ地区、アルメニア地区。
宗教、文化、様々な人種、素晴しかったです。
行けるとこ行けないとこありますが、車椅子でも楽しめます。
2日目
この日は病院でした。
内容は省きます。
診察後には、あかねちゃんとかつみ君とエレナさんとランチ。

エレナさんは仕事中にもかかわらずビールをやっていました(笑)
アメリカはNGだと思いますが、
ロシアやイスラエルでは問題ないみたいです。
手前のパスタはイスラエルの一般的なパスタで、
日本風で言うと…きし麺カルボラーナ。
なかなか美味しかったです。
朝から三時くらいまでは病院関連にいて、
あっというまの一時でした。
そういえば、少しインタビューも受けましたよ。
イスラエルの印象や病院の印象、ここに来るまでの流れなどなどです。
危険な国という印象でしたが、
そうでもなく町も綺麗で人も親切でした。
イスラエル
イスラエルの治療について。
Dr.GOTKINE MARCの診察でした。
先ずは、
ニュースで流れていたあのご老人。
あのご老人はALSだけでなく他の筋肉の疾患もあったとのことです。
回復したのは確かだが、それがALSに効いたのか、
他の筋肉の疾患に効いたかのかは、分からないとのことです。
医者の意見ではなく、メディアの情報が先走ったとのこ数値?カフアシストとです。
次の治験はそれもふまえて、安全性を診る治験を行なうとのことです。
治験の期間は9ヵ月~1年とのこと。
治験は24人で行います。
もう20人は決まって、後4人はもうすぐ決まるとのこと。
発症1年未満の35点以上の状態が対象とのこと。
点数は筋力の強さを表します。
ちなみに私は33点でした。
Dr.GOTKINE曰く、
私は進行がかなり遅いとのことでした。
薬はちゃんと飲むべきだとも言われました。
もう一度リルテックを服用しようかと思います。
それと、
イスラエルのALS患者は600人くらいとのこと。
人口は770万人だから日本と同じ比率かなと。
一般診療については、
治験が終わらなければ何も分かりません。
後1年はただ待つのみという感じがします。
イスラエルへの渡航について。
関西からは、
関空→韓国→テルアビブの乗継ぎ1回で行けます。
体の状態によると思いますが、
エコノミーでは大変なのでビジネスクラスの方が良いと思います。
しかし、上記のビジネスだと50万とかなり高額です。
今回私達は、
伊丹→成田→トルコ→テルアビブの乗継ぎ2回で渡航しました、
成田→トルコ間をプレミアエコノミーで、後はエコノミーで行きました。
エア代は28万です。
プレミアエコノミーは座席も広いし、
リクライニングも充実しているので快適にフライトできました。
しかし、テルアビブに着くのは夜中になります。
ホテルで半日分の宿泊料がかかるのと、
体調面を考えるとトルコで1泊するのもありかなと思います。
それとイスラエルの通貨はシェケルで、
成田やトルコでは扱っていませんでした。
テルアビブの空港は夜中でもチェンジできたので助かりました。
念のため米ドルも少しあった方が良いかもです。
出入国について。
入国は問題ありません。
出国はかなり大変です。
予想以上でした。
タクシーで空港に入る前に、
マシンガンを持った私服のセキュリティーにパスポートを提出します。
運転手に聞くと、いつものことらしいです。
怪しかったらそこで鞄を開けられることもあるとのこと。
そして空港内、
普通なら車椅子の人ってそれなりにチェックは緩和されるものだと
思っていましたが…
逆に怪しいみたいで、
鞄の隅々までチェック、デジカメやipadの中身まで。
さらに私は個室に連れて行かれ、ボディーチェック。
車椅子もボディーチェック。
チェックが終わりお次は、
制服セキュリティー二人や
スーツのコワモテ三人に囲まれ質問攻めです。
イスラエルに来た目的は?
→観光と病院です。
病院のカルテは?
→向こうの鞄にあります。
いつからALSに?
→三年前です。
この車椅子は誰のだ?
→レンタルです。
いつ? 誰から? お金は誰が払っている?
→二ヶ月前に日本の会社から借りて、お金は自分で払っている。
仕事は?
→デスクワークです。
なぜ二ヶ月前にレンタルした?
→手が弱くなってきたからです。
じゃあ二ヶ月前はどうしてた?
→自走式でした。
レンタルしてから誰かに預けてないか?
→はい。
などなど…
(通訳がAさんの優しい声で良かったです)
質問だけでなく、
動揺をしていないかじっと観察されます。
最後にカルテを確認して終わるとのことで、
鞄へ取りに戻りました。
すると…
封筒を開けて勝手に見てました(笑)
その書類を確認してから、
ハダッサ病院に連絡して矛盾がないか確認してたと思います。
問題がなかったのでここで終了しました。
私たちの
拘束時間は3時間以上で5~10人の人と接しました。
この拘束理由は、
恐らく過去のテロと電動車椅子が原因だと思います。
爆弾テロに日本人が利用されていないかと警戒された感じです。
自国を守るための当たり前の行為なのでしょうがないですが、
少々疲れます。
出国の3時間前には、
空港に行かなければならないというのも納得です。
電動車椅子の場合、もう少し早めでもいいかなと思いました。
飛行機も1時間出発が遅れたりと、いろいろ驚かされました。
遅れたことで、トルコでお土産を買う暇もなかったです。
お土産は前もって買っときましょう。
それと、ギフト品などは綺麗に包まず別々にしときましょう。
もちのろん、ビリッとあけられます(笑)
Hadassah Medical Centerについて。
敷地内に病院、ホテル、ショッピングモールがあり、
すべて繋がってます。
日本にはない病院という感じでびっくりしました。
中は綺麗ですが、エレベーターは少し古く表示はヘブライ語。
まったく読めません。
日本からの診察の流れです。
ショッピングモール内にiMERという会社があります。
この会社はハダッサ病院に来る外国人患者を仲介します。
こことアポをとり診察日程を決めて支払いなど行ないます。
診察するにあたって、
日本での診断書やパスポートを画像にしてメールで診察日を決めます。
診断書は翻訳して、筋電図や呼吸器の検査表はそのままでもいけます。
もし診察に行ってみようと思う方はココに連絡してみて下さい。
(正直、もう少し有力な情報がでてからの方が良いかなと思います)
この名刺の人はミハエルといいます。
英語が得意な方は彼に連絡してもいいと思います。
それと、
嬉しい事にここには日本語ペラペラのロシア系イスラエル人
エレナという人がいます。
京都大学出身で京都に5年住んでいた生花好きの36歳、
同世代でした。
すごく親切な人で、いろいろ力になってくれると思います。
ブログにアドレスと写真をのせてもいいとのことなので。
左のイケメンはここの部長で名前は知りません。
ALS関連の情報があれば連絡してくれとお願いしているので、
これから最新情報を届けてもらいます。
よろしくエレナさん。
まだ先の話ですが、
治験が終わり一般診療が始まることになって、
ほんとに効果があるか見極めて、
詳しく情報を収集して、
回復の可能性が大ならイスラエルへ行って治療をしたいですね。
個人で行くより、チームを組んでいけたらなと思います。
まだ先の話ですが、
遠い未来の話ではないので
希望を持って過ごせたらなと思います。













