2020年
2020年東京オリンピックが決まりました。
素晴しいことだと思いますが、
ALSという病気を患う私は素直に喜ぶことができません。
なぜなら、
ALSとは平均余命3~5年で現代医学では治療法がありません。
発症すると一度も改善はなく、
「死」までの時間を肉体で一つずつ感じ辛い日々を過ごします。
オリンピックをこの目で見ることができないかもしれません。
しかし、唯一の希望もあります。
海外でALSに関する研究が急速に進んでおり、
現実的な治療法が出現するのは時間の問題かと思われます。
そんな希望があるにも係わらず、
現在の日本のシステムではさらに3年にわたる日本独自の治験が課されております。
海外で治療法がでても、
我々ALS患者はすぐに治療を受ける事ができません。
(ヨーロッパではアメリカFDAの認可後、多くは80~90日で書類認可されます)
日本もヨーロッパ同様80~90日で書類認可できないのでしょうか?
私は思います。
七年後、東京オリンピックまでの日本医学はどうなっているのだろうか・・・
私は生きてるのだろうか・・・
そんな不安があります。
しかし、もし海外の最新治療を遅滞なく受けることができれば・・・
私は生きることができるだろう・・・
そんな希望があります。
今の現状は、
海外の薬が日本で認可されるまでは大きな段差や時間がかかります。
少しでも早くバリアフリーになり、
FDAで認可された治療薬をヨーロッパ同様、日本に招致して下さい。
オリンピックやパラリンピック、
そしてもう一つ
招致して下さい。
すべての難病患者が
笑顔で2020年を迎えれるように。
Always Living Strong
最近の身体の状態です。
左手につづき右手の指も曲がってきました。
(スマホに苛立ちを感じています)
腕が上がらないため、顔や頭の痒みには一苦労です。
(孫の手使ってます)
首も弱くなり、何度も下を向くと戻すのに一苦労です。
(歯磨きのことです)
飲み込みも悪くなってきました。
(食切りバサミは必須です)
小さくしなければ口に含めません。
何度か誤嚥して、食事の恐怖を感じるようになりました。
今は一口一口、慎重にゴックンしています。
とうとう・・・
食の楽しみ・・・失いました。
あたりまえのことがどれほどの幸せか、また改めて感じています。
不幸中の幸いか、呼吸は調子がいいです。
しゃべり過ぎてたまに酸欠になるくらいかな。
気をつけます(笑)
それと、
大学病院への通院が遠方のため大変になってきたので、
地元近くの病院に変えました。
家から車で10分、
新しい主治医は良い感じな人で気分は上々です。
こないだの「Brainstormへの道」
ブログを更新してから、応援メールをいただいてます。
「とにかくなんでも協力致します」
Kさん
「とにかく、できることないかもしれませんが、あれば連絡下さい」
Mさん
「出来ることはさせてもらいます」
Tさん
ありがとうございます。本当に励みになります。
まだまだ力不足ですが、HP作成も着々と進んでいます。
会や団体と言うより、同じ志を持つ「仲間」としてチームを作り、
「ALS JAPAN」と命名しました。

「Always Living Strong」 いつもたくましく生きて行くこと。
これをモットーに毎日頑張っていきます。
ホノルルマラソン
今日、私宛に荷物が届きました。
ティッシュペーパーくらいの変な箱。
中を開けると、
1通の手紙と分厚い封筒がありました。
開けてみると、
封筒にはお金(100万)が入っていました。
母はただ唖然としています。
その手紙には、
「お祝金とお見舞金」
と書かれていました。
匿名の男性からでした。
彼の手紙、そこには
「後悔の念」
と
「治せという信念」
がありました。
2年前のこと、
彼は私に病気かも知れないと聞いた時、
こんなに重い病気とは分からず、
親身になってあげれなかったことが
人として男として情けなかったと・・・
今でもあの日のことを後悔していると・・・
ごめんと・・・
これからの目標に
少しでも足しになるよう受け取ってくれと・・・
受け取っても連絡はいらない。
復活した時に名乗り出ますとのことでした。
私は思います。
病人に何と声をかけていいのか、
難しいと思います。
病人も何と感謝の気持ちを返したらいいのか、
難しいんです。
お金を貰って、ありがとうって
どうかなと思います。
けど、
その気持ちに
ありがとう。
○○君
三年前に約束した、
ホノルルマラソン。
近い未来必ず行こう。
また一つ、目標ができたよ。
ありがとう。
カジノで勝って(秘)、必ず利息をつけて返すよ(笑)
