憂さ憂さうさぎ -35ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

電気が復旧したおかげで、いろいろな情報が入るようになった。

テレビも見られるしパソコンでインターネットも見られる。

そこに映し出される映像は、どれも酷いもので。

東北地方を中心に太平洋沿岸はみな壊滅である。

自分は、今までの人生の約半分を仙台で過ごしてきた。

だから、それなりにいろいろな所にも行った。

いろいろな思い出も出来た。


友人と電車で松島へ行き、何処を見たら良いのかもわからずに、長い階段

を上って神社へ辿り着いた。そのまま階段の最上段に腰かけて松島の

景色をただボーっと眺めて帰った。


職場でいろいろあって自分が打ちのめされていた時、友人が松島の海岸
へ自分を連れて行った。堤防の上で、「大声で叫べ!」 って言われた。
躊躇している自分を見て、先に友人が大声で叫んでみせた。
何とさけんでいたかは忘れたけど。
その後自分も大声出した。濁点つきまくりの 「あーーーーーーー!」
あまりの声の大きさに、友人もちょっと驚いていたな。

季節はずれに七ヶ浜の海岸で、こっそり花火をしたことも。

勿論近所に迷惑がかからないように、手持ち花火だ。会話をするのも

こそこそと小さい声で。


夜友人とドライブで、仙台港へも行ったな。

ただボーっと真っ暗な海を眺めて帰った。落ちたら怖いなとか言いながら。


七ヶ浜では、波打ちぎわでお約束の遊びをした。

これが意外と楽しかったっけ。


他にも結構、海に行ってるんだな。


仙台空港のすぐ横で、飛行機の離着陸を日が暮れるまで眺めた。

車の中で、ケンタッキーのフライドチキンを食べながら。


三井アウトレットパーク仙台港にも数回行った。

一度来仙した母を連れて行った事も思い出される。


それらの場所はみな津波に襲われ、今は瓦礫で覆われているだろう。


この思い出のつまった場所に、自分は二度と行けない気がする。

本心から、行きたいと思える時は来るのだろうか。

億万長者になったらしたいことBEST3 ブログネタ:億万長者になったらしたいことBEST3 参加中

なれるもんならなってみたい。
なったらやることは、

現実的には
①家を買う
②老後の生活費に貯金
③親に少しおすそ分け

したい事となると
①旅行
②美味しい物を食べる
③FXの資金

う~ん、したい事がしょぼすぎる。自分のような庶民には、億という
単位のお金をどのように使えば良いのかがよくわからん。
億単位のお金でどんな事が出来るのかのイメージすら出来ん。

どうせ、自分では使い切れそうにないし、残った分は、困っている
人のために役立てる事を考えたいかも。

誰かお金の使い方を教えてくれないか?


田んぼに落ちたり、ドブにはまったり、電柱にぶつかったことある? ブログネタ:田んぼに落ちたり、ドブにはまったり、電柱にぶつかったことある? 参加中

田んぼに落ちた=ない

ドブにはまった=ある

電柱にぶつかった=ある

田んぼに落ちた
自分自信が落ちた事はないが、田んぼに落ちている車なら
何度かみたことがある。

ドブにはまった
小学生の時、雨の日に友達のお母さんが車で学校の近くまで
送ってくれた。
車は、ドブの真横によって止まり、それに気付いていなかった
自分は、見事にはまった。
雨でドブは増水していたためか、臭わなかったため、そのまま
学校へ。
勿論膝下はびしょぬれ。
なにくわぬ顔で一日過ごした。

電柱にぶつかった
中学生の時、折りたたみ傘を丁寧にたたみながら歩いていると、
突然顔面に衝撃が。
電柱には黄色と黒の表面ぽつぽつのものが巻かれていて、
やたらと痛かったが、恥ずかしいので何もなかったような顔で
また歩き始めた。
幸い、周りにいた人は誰も気づいていなかったようだ。
あまりの痛さに時々顔をさすりながら、頬を真っ赤にしている
自分を見て、さすがに変に思った人はいただろうが。

都知事に期待できる? ブログネタ:都知事に期待できる? 参加中

私はなんとも言えない 派!


自分の家の電気が復旧しテレビが見られるようになった頃、都知事

の発言が話題となっていた。

この津波を上手く利用して我欲を一回洗い流す必要がある。

積年たまった日本人の心のあかを。

これはやっぱり天罰だと思う。

そりゃあ、被災者の方々は可哀相ですよ。

その後の記者会見において、同氏は次のように述べていた。

被災された方には非常に耳障りな言葉に聞こえるかもしれませんが、

と言葉を添えた。

正確に言葉を聞き取って、正確に報道してもらいたい。

日本人の我欲が政治を左右している。

(例をあげる)

日本に対する天罰。

大きな反省のよすがになるのではないか。それをしなかったら犠牲者

も浮かばれない。

“天罰” は、天が下す罰。悪事に対する自然の報い。だそうだ。

ならば、この震災で亡くなった方々や被災した方々が、どんな悪事を

はたらいたというのだろうか。なぜ彼らが罰をうけるのか。

人間としてのささやかな幸せと平穏な日々、そして極稀にほんの少しの

贅沢を求めただけではなかったのか。

日本中、世界中にいる多くの人々がそうであるように。

今回の震災が我欲に染まった日本に対する天罰だとでも言うのであれば、

なぜ被災した人々が辛い苦しい思いを一身に背負わなければならないのか?

作家として活躍し数々の賞を受賞している石原慎太郎氏が天罰という言葉を

使った事。彼は言葉のプロであり、現在は東京都知事という重要な立場。

多くの人が聞く事となるであろう自身の発言において、言葉のプロとして

熟慮の上で言葉を選択しているはずである。

同氏は過去にも、配慮に欠ける発言によりたくさんの人の心を傷つける

という事を繰り返している。

弱者を否定し見下している。異なる文化を持つ人々を見下している。

人を労わる心が感じられない。総じて人々を見下し、過激な印象を与える

発言を繰り返している。

それを “歯に衣着せぬ発言” と評し支持する方々もいるようだが。

ならば、その人達も彼同様自分以外の人間を見下しているという事になる

のではないか。または、そんな彼の態度を容認しているという事になるの

ではないか。そのような人達が彼に一票を投じたのだろうと推測する。

福島第1原発の20km圏内にある福島県楢葉町の町議会副議長が、

町内に残る住民の命を守るためにと、自ら防護服を着て自衛隊員を

先導している。

自分が防護服を脱ぐのは、町の最後の一人が町を出た時と決めていると。

又、福島第1原子力発電所から約45kmにある福島県相馬市の市長は、

国が逃げろっていうまで、俺たちは絶対に逃げない。

ここで逃げたら相馬市はなくなってしまう。

地震と津波で犠牲になった市民や消防団員への「償い」として郷土の再建を

約束したそうだ。

これをネット上で読んだ時、人々の長となる人間のあるべき姿というものを

垣間見た気がした。

ずっと他者を見下すような言動を続けてきた人間に、果たしてこのような

覚悟をもって都政に臨むという事が出来るのかどうが、疑問を抱かざるを

えない。


都知事に期待できる?
  • できる
  • なんとも言えない

気になる投票結果は!?

夕方近くになって、玄関の電気がついた。

「おお~!!」 二人の声がはもる。

今日は平日月曜で、管理人も来ているだろうから、うまくいけば今日辺り

電気が復旧するかもしれないと思っていた。

それで、電気が復旧したらすぐわかるようにと、玄関の電気のスイッチを

ON” にしておいたのだ。

嬉しい!興奮する。

電気がついただけの事が、こんなにもエキサイティングだなんて。

部屋の電気をつけると、めちゃくちゃになった台所の全容が浮き彫りに

なった。でも・・・、それでも、明るい室内が嬉しくて、めちゃくちゃになって

いることなど、今は問題ではない。

テレビをつけてみた。ついた!

パソコンもつけてみた。ついた!!

地震の時、パソコンは起動させたままだった。その状態で停電になって

しまったため、少々心配していたのだ。

前進していた冷蔵庫も、元気そうでなによりだ。

家には、2ドアの一人暮らし用冷蔵庫があって、他に1台フリーザー

を物置に置いている。安い時の買いだめに最適なのだ。

そのフリーザーは地震以来開けていない。

凍ったものがある程度入っていれば、それが互いに冷やしあって

長くもつため、冷気を逃さないようにと開けないでおいたのだ。

今こそその扉を開ける時だ。

中は融けた霜のせいで、少々水びたしな感じだが、その霜は融けきって

いない。肉類も、ほとんど融けている感じだが、触るとしっかり冷たかった。

『うん、大丈夫。煮込んでしまえば問題ない・・・事にしておく。』

一応友人にも意見を求めたが、判断は任せると言われた。

『ならば、再び “問題ない・・・事にしておく。” 』

そうだ、今は食材などなかなか手に入らない。肉は特に貴重品だ。

そんな貴重品を、そう易々と捨てる訳にはいかないのだ。

今朝近所のスーパーで野菜を売っていた。

その野菜を買っている人もいた。

きっとその人達の家では、昨日の時点で電気がついていたのだろう。

自分も、今日電気が復旧するとわかっていたなら、野菜を買っていただろう。

しかし今更嘆いても仕方が無い。

冷蔵庫の中には避難所に提供を断られた白菜と長ネギがある。

実家から、いろいろ送ってもらった干物もある。

5年以上も前に、鍋でもやろう!と買ってはみたものの、ほとんど使った事

のないホットプレート(深型)もある。

いい感じだ。

電気様々だ。

久しぶりに 『炊飯器、出動!』

その日の夜は、家にあった食材をホットプレートにぶっ込んで適当に

煮た “鍋” と炊きたての “ごはん” を二人で食べたのだった。

久しぶりの満腹感は二人にささやかな幸福をもたらした。

そして幸福がもう一つ、今日からは水でいっぱいのバケツを両手に

階段を上らなくてもいいのだ。エレベーターが動くのだから。

電気、ありがとう。本当にありがとう。