憂さ憂さうさぎ -36ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

スーパーの隣の八百屋も店の前に商品を出していたので、友人と

交互に偵察に行く。

八百屋では抱き合わせ販売をしていた。

数種類の野菜や果物を白い袋につめて、“一袋〇〇円” という

形式で売っているのである。

しかし、ライフラインが何一つ復旧していない自分のマンションに

おいて、そんな危険な冒険をするわけにはいかない。

「リンゴとバナナだけ売ってもらえないだろうか?」

と聞いてみたが、もう袋につめてあるので無理だと言われた。

仕方なく友人の所へ戻る。

さてスーパーでは買い物の説明が始まった。内容は昨日とほぼ同じ。

今日も一人10品まで。商品の並べ方も昨日と同様で、スーパーの前に

商品の入った買い物かごや段ボールが並んでいた。

しかし、昨日より種類は多い気がする。

まず豆乳を手に取った。豆乳は賞味期限も長く、常温で保存出来るので、

この場合便利なのだ。手書きのシールで200円。

今日スーパーが始まった時には、18ロール入りのトイレットペーパーが

いくつかあったはずなのだが、自分が商品を選ぶ順番になった時には

すでに見当たらなかった。

店の人に聞くと、「すみません、もうないんです。」と言われる。

『確かにここにはないけどな。』

店の出入り口からは、時々発掘されたと思われる商品が運びだされてくる。

今運び出されているのは、ちょっと上質そうな箱ティッシュ。

という事は、今発掘をしている場所が紙類の辺りということだ。

ならばそのうち、トイレットペーパーも姿を現す可能性がある。

そう考えて、少しばかりその場をうろうろしていたら、・・・当りだ。

18ロール入りのトイレットペーパーがいくつか出てきた。

手書きのシールで500円と表示されたそれを受け取る。

店員の言葉で諦めなくてよかった。

その後、“シーチキン” や “リッツのような菓子数個” “2リットルのお茶”

等を選び会計を済ませた。

購入出来たものは昨日より良い気がする。

既にスーパー前の通りは長蛇の列で、最後尾が見えない。

知らないうちにこんなに並んでいたのか。

行列の横を、それに逆行しながら帰る途中の事。

列の中から一人の女性が駆け寄ってきた。

「すみません、そのトイレットペーパー何処で売っていたんですか?」

「これは、そこのスーパーで売っていました。」

と答えながら、ふと考える。

先ほどのスーパーの状況と女性が今並んでいる位置。

『トイレットペーパー、この人までまわらなそうだな。』

そして言った。

自分:「もう無いかもしれません。少しくらいなら分けられますよ。」

女性:「でも、そちらも必要でしょう?」

自分:「2,3個くらい大丈夫です。」

女性:「小銭、130円くらいならあるんですけど。」

トイレットペーパーのビニールを破り、女性が手にしていた買い物袋に

3ロール入れながら、自分は少し考えた。

・・・ 18ロールで500円 ・・・。

そして考えるのが、ふとめんどくさくなった。

自分:「お金はいいです。」

女性:「じゃあせめて100円だけでも。」

自分:「それじゃあ、4つあげますよ。」

そんなやり取りの最中に、横を通りかかった老婦人が話しかける。

「そのトイレットペーパー何処で売ってたの?」

何故か自分はその老婦人に好感が持てなくて、

「ああ、そこのスーパーですよ。」と答えて終わりにしてしまった。

老婦人の聞き方が、“トイレットペーパーをもらえるかも” という期待

を含んでいるような気がしてしまったのだ。

老婦人は 「あ、そう。」 と言い去って行った。

トイレットペーパーを4つ受け取り、自分に100円を渡した女性は、礼を

言って頭を下げると、もとの列に戻って行った。

ちょっとひどい奴かな自分・・・。

よく眠れる方法、教えて ブログネタ:よく眠れる方法、教えて 参加中

自分は昔から寝付きがとてつもなく悪い方ですが。
朝方、明るくなり始めてやっと寝付いて、すぐに起きなければいけな
かったり、全く眠れない時もあります。
それで、昼間寝てしまって、夜にまた眠れない悪循環。

一般的には、レタスが睡眠効果があると言われているらしいです。
しかし、寝る直前にレタスをもしゃもしゃ食べるというのも・・・。
それから、牛乳も良いらしいですよ。
ホットミルクにしてちょっと砂糖を加えて飲むといいみたいです。

さんざん肉体労働して疲れきっている時はぐっすり眠れたりしますよね。
意図的に寝不足にしておいたら眠れるとは思いますが・・・。
夜全く眠れなかったら、また夜が来るまで頑張って起きているって感じで。

お腹がすいて眠れない時は、太る事は気にせず腹を満たすという手段
もあります。

自分の場合は、眠れないのにしつこくベッドにもぐっていると、かえって
具合が悪くなってしまったり、片頭痛になったりします。
そんな時は、とりあえず一度起きて、頭痛薬を飲み、ついでに何か少し
食べたりして、気楽にぷらぷらしてから再度ベッドのもぐると眠れたり
します。

何故眠れなくなるのか。
横になってから、なぁーんかいろいろと考えてしまったりして、それが
ぐるぐる頭の中をめぐりめぐり・・・眠れない地獄ですわ、はい。
だから、とにかく横になったら何も考えない努力をする。何も考えないの
が無理!っていうなら、自分とは関係ない世界の、気持ちが鎮まる
妄想をしながら目を閉じてリラァ~クス。
『ねむらなきゃぁ~ねむらなきゃぁ~』 ってあせるのは逆効果です。
『もし、眠れなかったら、それはそれで・・・』 くらいの方が良いと思います。
リラックスするためには、リラクゼーション用の音楽や香りを利用する
方もいらしゃいますよね。
音楽や香り以外にも、自分が気持ちよくリラックス出来る、物・状況・人等
を用意してもよいかもしれません。

どーーーしてもダメな場合は、心療内科にでも行って睡眠導入剤的な
ものをもらってくるしかありませんな。
睡眠障害なるものもあるそうで。
精神的な問題がある可能性も考えられますから。
眠れない事を伝えれば、以外に楽に出してくれますよ。たぶん。
自分が思いつくのはこのくらいです。
以上の中に、もし当てはまって役に立てる方法があれば、嬉しいですが。

ふと見ると、狭い道路の反対側に、避難所にいたボランティアの人達が

見える。

スーパーの行列の方を向いたまま3,4人で談笑していた。

少しして、その中の一人の男性がこちらにカメラを向けているのに気づく。

あの距離からだと、人物の特定も出来るような画像が撮れるだろう。

ずっと、カメラを向け続けているところをみると、ビデオなのか。

ボランティアが何のためにこの列に並ぶ人々を撮っているのか?

今はボランティアの最中じゃないから、関係ないとでも?

後に誰かに見せるのか?そして自慢でもするのか?

撮った映像を個人で楽しむのか?イイ趣味してるな?

映像をどこかに提供したり売ったりするのか?

自分の前に並んでいた男性も、

「何のために、こっちにカメラを向けているんだ。」

と、不快感を露にしている。

ボランティアの男性はカメラをかまえたまま、ゆっくりと列に向かってくる。

道路の中央をすぎ、かなり近くまで列によると、先頭からゆっくりと

後ろの方までカメラを向け、それを下ろした。満足したのだろう。

自分はカメラに気付いてすぐに、出来るだけ陰の方へ隠れた。

自分達は並びたくてここに並んでいる訳ではない。

ましてや、見世物になった覚えもないし、見世物扱いもごめんだ。

急に自分がとても惨めになった気がする。悲しい。腹立たしい。

この列に並んでいる人々はみな、生き抜くのに一生懸命なだけなのだ。

この時期に、避難所となっている小学校の体育館でボランティアをして

いるという事は、その小学校の教員か或いはこの地域の人なのだろう。

ならば、その男性も多少は被害にあったはずだ。

それなのに、列に並ぶ人達の了解も得ず勝手に撮影し、相手の心を

土足で踏みつけるような事をして平気でいるのだ。

その男性がもし教員だったなら、彼の教えを受ける生徒に同情する。

彼がボランティアをする理由はなんだ?

本当に誰かの力になりたいのなら、何故そんな事をする?

この地域の人間ならば、ここにいる人達の状況が理解出来るはずだ。

それとも彼は教員で、上から言われて仕方なくボランティアをしていたの

だろうか?

あまりに無神経な彼の行動に、別の意味で感動だ。

今朝も昨日のスーパーの前に列が出来ていた。

最後尾に並んでいる男性に「スーパー開く予定なんですか?」

と聞くと、「ああ、昨日の時点では9時頃に始めると言っていたらしいよ。」

と教えてくれた。

今日も早速並ぶ事にする。今日は買い物袋もバッチリ用意してある。

しばらく並んでいると、前の方から新聞が二部回されてきた。

自分の後ろにもかなり並んでいるのが見えたため、あまりじっくりと読む

訳にもいかず、さらっと目を通しただけですぐに後ろの人へ回す。

前日お弁当屋さんで見せてもらった新聞の内容から、更に悪い状況が

次々と明るみになってきているようだ。

津波の被害が無かった地区にいるせいか、自分自身に実感は無い。

しかしそれは、ここから数キロしか離れていない場所での現実なのだ。

テレビを見ていると、コメンテーターや司会者達が

“よくわかります” とか “心中お察しします” などと言っているのを

目にする事がある。日常においても、そのようなセリフは時々聞く。

自分はそのセリフがあまり好きではない。

本当の当事者の気持ちは、当事者にしかわからないのだ。

たとえ全く同じ状況にあったとしても、受け取り方は人それぞれで、みな

寸分違わず同じということはないだろう。

“相手の身になって” も聞こえはいいが、自分が相手と同じ状況に実際に

なるという事は出来ない話で、結局は想像するだけなのだ。

だから自分には、津波によって被害を受けたり何かを失った人の気持ち

を “よくわかる” “心中を察する” といった言葉を使う事は出来ない。

勿論 “相手の身になる” のも無理だ。

ただ、少しでも理解したいと思う事、少しでも理解するために努力する事は

出来るし、自分がその状況におかれた時を想像する事も出来るだろう。

先ずはそれが第一歩なのだ。

朝早いうちに目が覚めた。友人は眠っている。

思いの他床の固さが身体に伝わったらしく、腰や肩の骨が少々痛い。

ここ数日いつも着ている上着を今日もまた着る。友人はまだ寝ている。

『おーい。そろそろおきろー。』

昨日から常連となったヒップバッグを装着。

さっきまでくるまっていた布団の上にボスッと座り、友人を起こす。

友人が着替えている間、ボーっと座って待っていた。

着替え終わると、適当に布団を片付け、炊き出しへ出発。


避難所へ到着すると、炊き出しはまだ始まっていなかったが、人は

並んでいた。自分達もそろって並ぶ。

自分達の前に並んでいたご老人が話しかけてきた。

“ご老人”と言ってもまだしゃきっとした感じで、ここで “老人” という言葉

を使うのを迷うほどである。その方は80歳を過ぎているそうだが、とても

そんな感じには見えなかった。


そのご老人は、昔病院に勤めていた頃の事、その頃大きな地震にあった

時の事、この地域が昔はどんな感じだったのか等、いろいろな話をして

くれた。その目は昔を懐かしむようで。

途中、そのご老人の知り合いらしい男性が声をかけた。

その男性は、「大きな余震がくる可能性が高いから、まだまだ気をつけた

方がいいよ。」等といった話をしている。

自分達も一緒になって話を聞いていた。

話をしながら待っていると、炊き出しが始まった。

その日は、会釈をしてご老人とわかれた。


その日の炊き出しにも、豆腐が沢山入っていた。始めておにぎりももらう。

いつものように乾燥わかめを多めに入れて、少しでも腹を膨らませる。

全体的に量は少ないが、それでもないよりはずっと良い。

水飲み場で軽く器を洗い、まだ満たされない腹を抱えて、家へ戻る事に

する。