憂さ憂さうさぎ -15ページ目

憂さ憂さうさぎ

世の中は憂さだらけ!
はき出す場所のない憂さを、ここで晴らしてみましょうか。

巷ではもうすぐゴールデンウィーク。

最近自分は無性に実家へ帰りたい。

決してマザコンとか○○コンとかいう類ではない事、これだけはしっかりと

理解してほしい。

自分の心の中の正直な部分をさらけ出してしまえば、震災後福島原発

の事故を知ってから、実家に逃げてしまいたかった。

いろいろな発表もどこまで信用出来るものなのか、自分はかなり疑って

いた。

『どうせ、パニックを避けるためとか何とか言い訳して、いろいろ隠して

いるんだろう。』 と。

だから、とりあえず福島原発から300km以上離れている、自分の実家へ

逃げたいと思ったのだ。

そんな風に考えた自分は、卑怯だろうか・・・?

しかし現実にはそれは到底無理な事で。

ガソリンは無い。

道路は通れない。

新幹線は止まったまま。

これが、その当時の状況。

だが数日前、高速道路が通れるようになった。

ガソリンも既に満タン入れられるようになった。

気分的にはもうホームシックに近いものがある。

福島原発の問題はまだ解決されそうにない。

これはもう帰るしかない。

よし!絶対帰るぞ!!

ゴールデンウィークには、どんな事をしてでも帰ってやる!

心の中で、一人意気込むのだった。

実のところ、3月の末からずっと体調が良くなかった。

現在既に4月末。

体調が悪くなった始めの頃は、

『また、いつもの扁桃腺か?震災の後しばらくの間は、毎日疲れるような

事ばっかりやってたしなぁ。』

くらいにしか思っていなかった。

実は恥ずかしながら、自分は扁桃腺が弱い。

過剰に疲労すると、大抵扁桃腺が腫れて熱を出し、具合が悪くなってしま

うのだ。

もう十年以上も昔からなのだが。

どうにも辛い時は、耳鼻咽喉科に行って治療してもらう。

ある耳鼻咽喉科では、「そんな弱い扁桃は、切っちゃった方がいいよ。」

と言われたが、断固拒否した。

命に関わらないかぎり、切った貼ったなど、ご免こうむる。

誰も信じてくれなくたって、自分は繊細でデリケートに出来ているのだ。

少々話が脱線したが。

いつもの扁桃腺炎ならば、1週間もすれば良くなるに違いないと放置する

事に決めたのがもう4週間近く前の事。

未だに右側だけ、のどが痛む。

加えて、ずっと身体がだるいし、やたらと疲れやすい。

やる気まで無くなりそうだときたもんだ。

今日は首のリンパ腺まで腫れているように思う。

とりあえずサロンパスを首に貼った。全部で3枚。

『剥がす時痛いだろうな・・・。』

半日程先の事を心配しながら、椅子の上でダラ~ッと過ごした。

だら~ん・・・にょろ~ん・・・ごろ~ん・・・。

一日経過、前日貼ったサロンパスは、まだ自分の首にしっかりとしがみ

ついている。

『剥がすの痛そー・・・めんどくさーーー。』

産毛が大量に抜けて行く痛みに悶絶しながら、何とかサロンパスを

剥がした。真っ赤である。

一応リンパ腺の腫れは少し良くなったようだ。

【補足】

ここに書かれている時期はまだ解らなかったのですが、東日本大震災

の後ストレスが原因で “疲れやすい・やる気が出ない・頭痛・耳鳴り”

等々、いろいろな症状を訴える人が多かったという事を知りました。

自分はひたすら、『扁桃腺炎だ。すぐに良くなるさ』 と気にしないように

努めるばかりだったのですが、上記のような記事を発見した時に、

『もしかして、自分のも・・・?』

と思い、とりあえずこの経験内容を書く事にしました。

今現在、我が家はライフライン全てが復旧し、以前と同じ生活が出来る

ようになっている。

違う部分といえば、トイレの事と気持ちの部分だけである。

海沿いの地域では今でも浸水している住宅が沢山あり、そこには汚水も

流れているのだという。

下水処理場も復旧には数年かかるらしい。

正直、排泄行為自体をしないというのは無理なので、せめてトイレット

ペーパーは流さないようにしている。

トイレに専用のゴミ箱を設置し、使用済みの紙はそこへ捨てるのだ。

また大地震が起こっても、物がいろいろ落下しないようにと、未だに

殆どの物が床に並べられたままになっている。

玄関のへ行く扉には、ガラスがはまっているため、そこには段ボール

を張ったのだが、それも未だにそのまま。

しかも、すぐ玄関に辿り着けるようにと、扉は常に開け放してある。

毎日頻繁に起こる余震に少々びくびくしながら、常に手の届く場所に、

貴重品・笛・懐中電灯・ライター・薬・・・等々が入ったヒップバッグを

置いている。

日々テレビで報道される福島原発の動向にも目を離せない。

現在自分が最も恐れているのは、まだいろいろ隠蔽されている可能性

が考えられる、原発事故の方なのかもしれない。

海側に住んでいる人達と比べれば、こんなにも恵まれた状況にある自分

が、こんな贅沢な事を考えたら怒られるかもしれないが、出来るだけ早く

原発と地震の不安から解放されたいと望まずにはいられない。

マックスバリュー郡山店へよった。

店内は地震の前と同じような状態。

野菜と豆乳を購入した。


今日の夕食は 『すき屋』 にしようという事になり、南仙台駅方面へ。

『すき屋』 のすぐ近くには、以前ゲームセンターがあったと思ったのだが、

ふと見ると『ダイソー』になっていた。

そういえば、懐中電灯がほしかったんだ。

実は、現在自分が持っている懐中電灯、本当は車のダッシュボード

に常備してあったもの。

だからこの懐中電灯はまた車に戻して、家で持ち歩く用の懐中電灯

がほしいと思っていた。


電気用品コーナーへ行ってみる。

懐中電灯は一つも見当たらない。

2~3m程の棚を見ると、約半分くらいがガラ空き状態だった。

『もしかして、ここに懐中電灯があったのか?』

周りを見回しても、他にそれらしい物は何処にも見当たらない。

『う~ん、今度は懐中電灯不足なのか・・・。』


諦めて、他に必要な物を物色する事にした。

棚をおさえるための突っ張り棒GET

更に店内をうろつくと、

“子供がやたらめったら冷蔵庫開けないようにするやつ”

を見つけた。

こんな表現では、何の事だかさっぱりわからないと思うが、要するに

そんなやつである・・・。

ほら、あれ、柔らかいプラスチックの棒の両側に、両面テープのついた

パチンと留める部品がついたやつだ。

あああ、うまく表現出来ない。

気になる人は、ダイソーで探してみてくれないか・・・。


自宅の扉付きカラーボックスに取り付けるために購入。

実はこのカラーボックス、大地震の度に扉が開いて、中の物をみんな

ぶちまけてしまうのだ。

それを阻止するためのアイテムとして使う予定。

ひとしきり物色し終わり、会計を済ませる。


次は、向かいの 『イエローハット』 へ。

そこでも、一応懐中電灯を探してみた。・・・なかった。

ここでの本当の目的は、別にあるのだが。


それから今日のディナーをいただきに、『すき屋』 へ。

平日にもかかわらず、何故か店内には親子連れが多かった。


『これからしばらくの間は、懐中電灯を探して彷徨うはめになるだろうな。』

そんな思考は、牛丼を前にした時木端微塵に散った。

先ずは牛丼である。

『牛丼!牛丼!!牛丼!!!』

頭の中は既に牛丼コールが轟いている。


かなり久しぶりの牛丼は、本当に美味かった。

頂きます・・・合掌。











4月21日。今日は約2週間ぶりの外出。

地震の後、太白区の大型ショッピングセンターばかりうろついていたが、

今日は久しぶりに、いつも行っていた激安スーパーを目指す事にする。

地震後その地域へ行くのは初めてだ。

その地域とは南仙台方面。

さあ、車で出発。

長町駅前を通過し、あすと長町方面へ。

そこでは広い範囲で工事が行われていた。

良く見ると、同じ形の白いプレハブが並んでいる。

『そういえば、ここも仮設住宅の建設地だったな。』

仮設住宅を見た友人が一言いう。

「今まで静かな所で生活していた人達が、急にこんな大通りの真横で

生活するようになったら、きっとうるさくて眠れないし大変だろうな。」

少し走ると、崩れた壁や塀の残骸、屋根をブルーシートで覆った家が見える。

それも1,2軒ではない。

普段行っていた激安スーパーに到着。

スーパーはやっていなかった。

ガラス越しの店内は真っ暗で、中の状態はわからない。

店の外側はところどころ壊れているようだ。

仕方なく、そのスーパーに近い 『ドン・キホーテ』 へ。

そこの店は開いていた。友人と共に店内へ。

店の入り口付近では、被災した商品が激安で売られている。

一通り物色してみた。

自分が購入したいと思うようなものは、被災した商品の中には見当たらな

かったが、ミニサイズのホッカイロが10個入りで50円だったので、購入

する。寒い時期にまた何かあれば役に立つだろう。

店内に入っていくと、滑り止めのマットが目についた。

震度6以上で毎回テレビ台から落下し、畳の上で突っ伏している自宅の

ブラウン管テレビを思い出し、購入する。

これで、多少は違うだろう。

更に店の奥へ進み、食品コーナーへ到着。

そこには、大量にレトルトカレーが積まれていた。

良く見ると、被災商品で、どれも箱が多少つぶれている。

中身は問題ない。

賞味期限を見ると一年近く大丈夫。

値段は一つ50円。買いだ。

自分の横にいた年配の女性が

「○○さんにも配るから。」 等と、横で見ている彼女の御主人らしき男性

に言い訳しながら、大量に買い物かごへ投入しつづける。

『すんません・・・もうちょっと寄ってもらえません?』

ど真ん中に陣取り、激安レトルトカレーをかごに投入し続ける御婦人に

苦戦しながら、自分もレトルトカレーをかごへ投入。

ふと見ると、そのエリアの横に、ワンランク高級なレトルトカレーが

80円弱で売られていた。

それも含めて、自分は全部で10個のレトルトカレーを購入する。

『地震対策、着々と進行中。』

会計を済ませて店を出る。

次はマックスバリュー郡山店へ行こう。

仙台バイパスを走る車の窓から、海の方向を眺めた。

自分の視界には、テレビで見るような酷い状況は入ってこない。

しかし、ここから数キロの地域には、まだまだ酷い光景が広がって

いるに違いない。

そう考えると、今はまだ海へ向かって車を走らせる勇気は出てこない。

あとどれくらい時間が流れたら、自分はその地域へ足を運ぶ勇気を

振り絞る事が出来るのだろうか。

自分が普段行き来する地域では既に、一見地震前とさほど変わらない

と思える情景が広がっている。

しかしそのすぐ隣では、まだまだ沢山の人達が苦しい状況に置かれ、

瓦礫の撤去もままならない状況におかれているのだ。

震災の復旧・復興は終わっていない。

もしかしたら、まだスタートラインにも立てていないかもしれない。

復旧・復興の本番は、まだまだこれからなのだ。

【補足】

先日友人がある方から言われた言葉を教えてくれました。

「津波の被災地の状況は、ちゃんと自分の目でみておいた方がいい。

テレビの画面を通して見るのとは、やはり違うから。今はまだ、ほとんど

復旧が進んでいない状況で、仙台東部道路を越えた途端、海が見える

状態 (遮る構造物が何もない) だから。」

確かに、このような大災害に見舞われた状況を、自分の目で見て、

しっかりと心にとどめておく事は必要だと感じています。

もう少し、自分に勇気があったなら・・・。

でも今はまだ、その地域に足を運ぶという気持ちにはなれません。

その気になれば、車でなら10分や20分程度で行ける距離なのに。

いつになるのか今はわかりませんが、津波に襲われた地域の状況を

その現実を、自分の目でしっかりと見ておくために、いつの日か行かな

ければと思っています。