これは名作・迷作 -25ページ目
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『片づけられない女たち』; 30年間の悩みが解決された







もの忘れが多い、部屋が片付かない、計画が立てられない、人とうまくコミュニケーションがとれない・・・。今まで自分の怠惰な生活習慣から来ているのだと思い、それなりに努力をしてきた。そう、人の3倍は努力をしないと人並みの生活が送れないのだ。しかし人は結果だけを見て「できる人」というレッテルを貼る。そのギャップに罪悪感を覚えながら約30年間生きてきて、神経が磨り減りそうだった。そんな時この本に出会った。ADDという病気をはじめて知った。生まれつきの脳の病気だという。本書に書かれている症状を読んで自分もその病気なのだと確信した。
なぜこの病気の認知度が低いか、それは見た目には症状が分からず、社会生活上支障がないように見えるからだと思われる。しかし、この本がベストセラーになったのは、ADDという病気により社会生活がまともに送れない、または他人(身内を含む)から低く評価されるということで悩んでいる女性が全国に多数いたからではないか
日本にはまだ専門医がほとんどいない状況である。せめてこの本で今の状況を受け止め、心を軽くしてもらいたいものである。

「悪い男」;ほんとうに悪い男なのか?







「サマリア」に続き、キム・ギドク監督作品2作目を見ました。
2つの作品に共通するのは、音楽・映像・エロス・セリフの少なさはさることながら、いわゆる「普通の人(女)」が性に目覚めていくところである。この監督のすごいところはその性を肯定も否定もしない。そうなると何が善で何が悪なのかが自分の中で麻痺して分からなくなるのである。初めは悪い男だと思っていた男が次第に自分の中で悪いのか良いのか分からなくなる。そう、肯定も否定もしなくなる。まるで魔法にかかったみたいだ。
そして圧巻は、主人公の男のセリフが劇中1シーンしかないことである。表情としぐさだけで感情を表現できるものすごい俳優である。

しかし、ラストのほうで韓国映画にありがちなお涙頂戴のシーンがある。あんなことしなくても十分面白いのに。。。

「サマリア」;天才監督による記念碑的作品

サマリアの少女











この映画、韓国に旅行に行ったときビデオで見ました。もう最高。

援助交際(はっきり言うと売春)にどんどん手を染めていく高校生が主人公のお話なんだけど、はじめはそれを肯定、否定の立場のどちらにも立たずにただ淡々と話が進んでいく。その行為に気づいた少女のお父さんがこれまた執拗に売春相手を追い詰めていく。救いがない。途中見ていて苦しくなる。これじゃいけないんじゃないのって思っていると、ちゃんと最後に救いのメッセージを残してくれる。映画を最後まで見て、その場でしばらく動けなくなってしまった。こんな映画久しぶりに見た。想像以上に深い映画だった。

ところどころなんで?っていう場面が多く出てくるんだけど、この監督の手にかかると、そんな疑問も映画の手法の一つなんだろうなって自然と納得させられてしまう。

この監督は韓国の北野武って言われているみたいだけど、分かる気がする。映像美、キャスティング、先の見えないストーリー展開、衝撃的なラスト、どれをとってもセンスが光っている。静かな暴力シーンなんかも共通しているかも。ああ、面白かった。

ちなみに、、、韓国のビデオショップではこの映画がなぜかアダルトコーナーにあった!カバーが上半身裸体の主人公だったからかもしれないんだけど、それはちょっと内容とあわないんじゃない?と思った。日本でビデオが出るときはどうなるんだろ・・・

「マルコヴィッチの穴」; ありえない!!からおもしろい







まず7と1/2階で背中を丸めてまじめに仕事をする社員たちの姿に大笑い。このユーモア、私は好きだなーと思っていたら今度は映画俳優の頭の中に続く穴を発見してそれをビジネスにする。ばかばかしい設定をシリアスタッチで描くところに監督のこだわりを感じます。物語が進むにつれて、だんだんと(本当に)シリアスな展開になってしまうところでは興ざめしてしまいましたが、初めから全体的にシリアスな話をユーモアで味付けしたのだなと思うと納得できます。そういえばマルコヴィッチ語も面白かった。
それはそうと、本人演じるジョンマルコヴィッチの演技は見もの。別の人が入っているときはまるで別人になる。同一人物が演技しているとはとても思えないのだ!あんなに個性の強い顔しているのに。う~ん、素晴らしい。

ペパーミントキャンディ; 暗い!けど面白い







物語は主人公が自殺をしようとするところから始まり、話はこの男の過去にさかのぼっていく。3日前、5年前、10年前・・・。なぜこの男が自殺を考えたのか、という疑問は3日前にさかのぼることでもう解決してしまう。しかしこの映画では、どうしてこんな状況になってしまったのか?という聞いてもいないような疑問に答えるべく構成されている。

現代ドラマに慣れてしまった私たちにこの映画は気づかせてくれる。人生は日々の原因と結果によって成り立っているのだということを。あの時あんな行動をとらなければこうなっていたかもしれないのに、と自分の過去を振り返ってみたくなるかもしれない。

これはタイムスリップで自分のつらい過去を変えていくという甘い物語ではない。あくまでもつらい過去をこれでもかと観客に見せていくだけなのだ。そういう意味では救いがない。とことん暗い映画である。しかし見た後はずっと頭から離れないのである。

「春の日は過ぎゆく」;男と女ってこうだよね

harunohi

なんとも美しくて切ない映画だろう。ビデオでもう5回以上は見ている。また見てもぜんぜん面白いと思う。一言でまとめてしまえば、恋の始まりから終わりまでによくあるいわゆる「心変わり」と「未練」を映像にしたものなのだけれども、そんな平凡なテーマを平凡に見せないのは、「音楽」、「自然の美」、イ・ヨンエの美しさ、純朴な青年を演じるユ・ジテの名演技などが一体となっているせいだろうと思う。いや、本当に韓国映画のよさって音楽にあるんじゃないかなとつくづく思った。思わずCD買っちゃったし。

しかし、これはカップルで見たら見た後気まずくなるんじゃないかなーと思う。一人で見てね。

「エターナルサンシャイン」;豪華な俳優陣

eternal

レディースデイの今日見てきました!

ストーリーは置いておいてジムキャリーがかっこいい!!コメディアンのイメージしかなかったのですが、穏やかで誠実な青年を演じるジムは超はまってました。

それにしても出演者が豪華なこと。相手役の女優は「タイタニック」のケイト・ウィンスレット、脇役にあの「ロードオブザリング」のイライジャ・ウッド、「スパイダーマン」のキルスティン・ダンスト・・・。どこかで見たことのある俳優さんがたくさん出ている!

ストーリーも純粋に楽しめました。意外な人物が鍵を握っている!とだけ言っておきましょう。後は見てのお楽しみです。

「パッチギ」; 国境を越えられない歌が国境を越えた?

pattigi

この映画はただの恋愛映画だと思っていたら大間違いだった。

時は1968年、京都に住む普通の日本人の高校生が、隣にある朝鮮学校に通う在日朝鮮人の女子学生に恋をするという話だが、そこには在日朝鮮人の悲しみや怒り、苦しみなども同時に描かれている。

彼らは外国人であって外国人でない。かといって日本人でもない。お互いの差別、憎悪、偏見によってお互いの溝はどんどん深まっていく。しかしこの映画は教えてくれた。これらの差別、憎悪、偏見を生み出しているのは無知と無関心なのだと。お互いが関心を持って歩み寄れば壁なんて案外もろく崩れ去ってしまうんじゃないかって。主人公が「イムジン河」(南北朝鮮を分け隔てて流れている川について歌った歌。南北分断の悲しみを北朝鮮人の目から見ている)を朝鮮語で歌う場面、涙があふれ出た。

1. イムジン河水清く とうとうと流る

  水鳥自由に むらがり飛びかうよ

  我が祖国南の地 思いははるか

  イムジン河水清く とうとうと流る

2. 北の大地から 南の空へ

  飛びゆく鳥よ 自由の使者よ

 誰が祖国を二つに 分けてしまったの

  誰が祖国を 分けてしまったの

1 . リムジンガン マルグンムルン フルロフルロ ネリゴ

  ムルセドゥル<ムッセドゥル> チャユロヒ<チャユロイ> 

  ノムナドゥルミョ ナルゴンマン

  ネゴヒャン ナムチョクタン カグポド<カゴパド> モッカニ

  リムジンガン フルマ ウォナンシッコ フルヌニャ

2 . カンコンノ カルバテソン カルセマン スルピ ウルゴ

  メマルン トゥルパネソン プルプリルル ケゴンマン

  ヒョプトンポル イサッマダ ムルキョル ウエ チュムチュニ

  リムジンガン フルムル カルジ モッタリ

『阿弥陀堂だより』; 映画とは違う小説の印象

仕事に追われる毎日に疲れ、会社を辞める決心をしたときに、友人に勧められて観たのがこの本の映画版でした。私は医者というような立派な身分ではありませんが、生きることに疲れ、心も体も病んでいくという女性の立場と気持ちは痛いほどよく分かりました。自然が多い環境で心が癒され生きる喜びを得て自信を取り戻していく主人公の姿に安心感を覚えました。しかし不思議なことにそれはこの女性への共感とは別のもので、他人事のような気持ちでした。その後ふとしたときにこの小説を手に取り読んだとき気づきました。ああ、これはこの女性が主人公なのではなく、それを支えるふがいない男性が主人公の話だったのだと。私が女性に共感できなかったわけがやっと分かった気がしました。小説では映画と違い、夫の生い立ちや妻との出会いなどが詳細に書かれています。妻の病気との直面や戸惑い、自分自身と向き合う葛藤、そして妻への無償の愛が美しい文章に包まれて淡々と描かれています。表面的には妻が病気を克服して強い自分を取り戻す話が大きく取り上げられているように見えますが、私にはそれらの過程は一つのエピソードにすぎないように感じられます。むしろこの物語の主軸は主人公の男性の幼少からの人間の成長の記録のように感じます。なによりも、おウメ婆さんの人生の格言のような便りををまずはじめに読み、それに感銘し、読者の心に訴えかけさせるのはいつも必ず男性のほうなのです。仮にあれらの格言が女性の立場らから語られていたとしたら私たちはそこまで感銘を受けなかったことでしょう。そしてこの小説は私に男と女の違いは何かということも考えさせました。女性は強いようでもろく、壊れやすい。そしてまた立ち直りが早い。男は一見弱くても自分の役割をきちんと理解していて、そしてそれを律儀に守る。そして互いが互いを必要としているのだと。女性の進出が拡大して、男女の役割が逆転してしまったかのように見える昨今の世の中で、原点に返ったときにその本来の姿が現れるのではないかと考えさせられました。

「オールドボーイ」;マンガの世界

old boy いきなり本ではありませんが、映画の感想から。

私は韓国映画が好きでたくさん見ている。どこの国の映画でもそうだけど、韓国映画は特にあたりはずれが大きい。この映画は。。。はずれ。

復習がテーマの映画なのですが、根本となる復習の原因が弱い。他にもきっとあるんだろう、と見続けたが、なかった。結末も衝撃を受けるどころか、途中で想像がついてしまう。それから日本映画に影響を受けているのか(原作が日本の漫画ということもあるだろうけど)、暴力描写がむごすぎて直視ができなかった。そういうのは元祖である日本に任せておいて、韓国では韓国らしい美しい映画を作って欲しい!!


主演は「シュリ」のチェ・ミンシクと「春の日は過ぎゆく」のユ・ジテ。二つとも大好きな作品・俳優なのでこの映画ではずしてしまったのはあまりにも悲しい。しかし、実年齢がかなり離れているこの二人が、映画の中では同級生だという設定もすごく無理があるのではないかと思う。そう思うのは私だけか?

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