どうしても書いておきたいこと(その1) 「4つの窓」
先週、I嵐さんに教えてもらった。どうしても、書き留めておきたい。
人のコミュニケーションギャップは価値観の違いから起こる。
縦横に十字を切って、
左上 自分が知っている+他人も知っている 自分
左下 自分は知っている+他人は知らない 自分
右上 自分が知らない +他人は知っている 自分
右下 自分が知らない +他人も知らない 自分
と、書く。
の4つに分けることができる。それぞれを、順に「明るい窓」「隠された窓」「盲目の窓」「暗い窓」と呼ぶ。
「明るい窓」は、
周知の事実だから、ギャップはない。「おまえはアホやな」「そうじゃ、おれはアホや」
「隠された窓」は、
人に話していない自分。プライドや見栄などで、お金がないのにあるふりをしたり、恋人が居ないのに居るふりをしたり。…私はここがけっこう大きいと感じている。
「盲目の窓」
周りの人は気がついているのに、自分では全くそのつもりがない自分。無意識に人を傷つけたり、人から誤解を招いたりすることになる。
「暗い窓」
自分も他人も気づいていない…と言うことは、未だ見ぬまどだけに、今は問題ではない。
いろんな窓のうち、「明るい窓」がどんどん大きくなり、「隠された窓」や「盲目の窓」が小さくなって行けば、コミュニケーションギャップは少なくなり、心の負荷も少なくなるという。
自分のことを、包み隠さず何でもオープンにすることは、一番ストレスがない。
人に嘘をつかない隠し事をしないと言うことは、自分に嘘をつかないことであり、自分の気持ちを最も楽にできることではないかと思う。
ところが、これができないが故に、いっぱい背負い込んでいるものがある。 あなたは、いかがですか?
ディスクロージャーせよ。とは、このこと。
ブログもそれが不得意な、僕のトレーニングマシンだと思っている。
ペタ の旅
ふっと、ペタの旅が最近の習慣。
お気に入りのブログにペタをしたときに、並んでいるペタ面へ飛んでみる。
へー、なるほど、そういう人もいるのね、ペタ。
今度は写真につられて、へー、こんな所に写真出しちゃって大丈夫なのかしら?でも、モデルさんならそれはそうだよね。ぺた。
名前が、おもろいねえ、あれ、結構マジなタイトル。内容は良いこと書いてるじゃん。頂き!ペタ
何となくこれは? へえ、毎日人生訓、結構な文字数書いてるねえ。ぺた
これはどうかな? はあ、そう、ケーキ、美味しそうだねえ。ペタ
「面白くて金のない男」と「つまんないけど、金のある男」結婚相手には、へエーそっちかよ!ぺた
これは? 走った。 走った。 走った。 走ることだけで、こんなに書けるなんて、お見事。ペタ
…すぐに1時間くらいは過ぎてしまう。
何故、ブログを書くのか?何がしたいのか?を探る事もできてしばらくは続きそう。
一日は長いようで短い。
そう、一日は短い。だけども、午前中はそうとは気づかないで居る。それも毎日…。おれ、アホか!?
午後になり焦り出す。「ああ、時間がない。」すると、あれもできない、これもできない。とできないことで埋め尽くされる。走行している間に、すぐに夕方。尻に火がつくように、今日の仕事をさばき始める。気がつくと、夜。風呂にはいると、もう眠くなり、反省も計画もなしに眠りこける。
追われる人生から、追っかける人生にローテーションを少し変えるだけだと思うんだけどなあ…。
GOOD NEWS
ぎすぎすしている世の中だから、グッドニュースが欲しいのです。
他人に言われても、何ともないでしょう。だって、右から左へ受け流せばいいのですから。
でも、あなたの口から、出てくる予想外のきつい言葉に、「あれ、僕は何か悪いことをしただろうか?」
と思わず身構えてしまう自分がいます。
所詮はどうでもいい様な事柄で、何でこんなに不快な感情に陥らなければならないのか、感情の無駄遣いです。そんなにとげとげしていたら、周りの人が気を遣ってくれるかな?
心配です。家はシェルター。家族みんなが下駄箱に自分の殻をしまって、裸で居られるところ。
だからこそ、ふだん押し殺しているゆがんだ感情が暴れ出すこともあるかもしれないね。
でも、もっと笑顔で楽にしていたいよね。
仕事が忙しくてつらいとき、家で笑って元気を充電。
お金が無くって、惨めなときは、家で笑ってお金よりも家族が大切だと、惨めさなんて跳ね返せ。
成績悪くて、さえないときは、家族で答案じっくり楽しみ、100点にしたら元気が出てきた。
「お母さん、頑張ってるから、私がやるね。」
「おまえたちも大変だから、お父さんがやるか。」
「子どもたちの笑顔を見てると、疲れも吹き飛んだから、お母さんがやるわよ」
そんな会話ができたらいいな。
いつの間にか、下駄箱の殻は、溶けて蒸発しているでしょう。
それがね、
「おい、何回言ったら分かるんだ? ちゃんとやれよ。」
「この家には、母親は居ないのか?どうなってんだ?この家は?」
「あんたは、いつもそうなんだから!いいかげんに覚えなさいよ!」
「いつまでやってんの?あんたはいつも遅いわよ!」
「あんなにやってるのに、何でできないの?」
「一家の大黒柱って、こんな稼ぎでどういうつもり?大きな顔しないで!」
「それは、君がやさしくないからだ。もっと優しくしてやったら?」
こう言った否定や決めつけ刀で、互いを傷つけていたら…、そして、笑うのはテレビを来ているときだけでは、
外に出て行く元気が充電できず、自分を無感動、不感症にするための殻ばかりが大きく育ってしまう。
良いんだ良いんだ。全てが、これがよい。
ぎすぎすした言葉や、刃を持った言葉がいやならば、自分から優しい言葉をかければいい。
心穏やかになる話をすればいい。グッドニュースを流せばいい。
家族にはそれができる権利があり、また、良い家族を作って行くには家族一人一人のの責任なんだね。
読み返しているうちに、自分自身の問題点に気がついてきた。
”思わず身構えてしまう”私は、家の中でさえ、”防衛本能”という殻を脱ぎ捨てていないのではないか?否定や決めつけ刀を隠し持って、土足で家の中を歩き回っているのではないか?
”所詮はどうでもいい様な事柄”と言うのは私の解釈。あなたはそう思っていないところにギャップがあるのではないか?全ての事柄に、どうでも良いことなどはなくて、平たく均等に大切なことばかりだ。それが、丁寧に生きて行くコツだ。
だから、グッドニュースを、流そう。
貧乏を楽しむ時代 沖縄空手 カッコイイー
スポーツジャーナリストのS口さんとランチをしながら、話した話題。
野球バカ(失礼!)、専門の氏が、沖縄空手にはまっていると言う。
子どもと一緒にと思って始めたが、今は自分一人、他の小学生に混じって週2回1.5時間が待ち遠しい。
弧を描くような型は、直線的な空手の動きとはだいぶちがう。
型は難しく、頭を使うという。体でできないから、頭で覚え、体に落とし込み。そして自然にできるようになるそうだが、まだまだらしい。
段持ちの空手家の型はかっこいい。無駄がない。強い。強くなると、優しくなれる気がするとも。また、少々のことでは動じない腹ができる様だ…。
クー!かっこいい!武術を身につけることは体と心のバランスを保つ事にもつながる様だ。
心なしか、いつもよりどっしり見えたのは気のせいではなさそうだ。
近くの学校の体育館で講習しており、月に何と2000円と言うからうれしいねえ。