佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その11(18日-5)
平野部に降りると、風が吹いてきた。
途中、トイレを借りた寿司屋のマスターが出てきて言う。
「これは、コチ風(と言ったように覚えている…)だ、北風だ。もう、涼しいぜ。」
海に沿って、走り出す頃、ワッキーが追いついた。
佐渡島数回走っている彼は、すごい健脚の持ち主。
ふつうに走れば、30時間で走りきる実力者だ。
しかし、今回は、いろんな人と話ながら、出会いやふれあいを楽しみながら走りたい。
とわざわざ、前日に二日酔いになる程飲んで、途中、佐渡金山で砂金堀り体験なんぞしながら、走ってきたのだった。
実は、KIさんが、夜のお供に期待していたのはこの人、ワッキーだったのだ。
そこから、数㎞一緒に走ったり歩いたりしたが、
走力のあるワッキーはそこから先行することになり、別れた。
30kmくらいから、距離が縮まらない、西に向かって走り出せないと、心に焦りが出てきていた。
ワッキーと別れてから、「少し走ろう。」と、走り出した。
苦しかったし、足は痛かったけど、「少し無理をしないと距離は縮まらない。」との思いで、10数分走り続けた。
KIさんが、「何時まで走るか決めて走ってるの?」と、聞いてくる。
時計を見ながら走っていた様子を確かめていたようだ。
「ちょっと、休ませてほしい。」口には出さないけど、KIさんもきつかったんだ。
先を急ぐあまり、無理をした自分を反省した。
そして、歩いたり、少し走ったり、そして、自販機休憩したり。
いろんな事を話した。
これまでのレースのこと、尊敬しているアスリートのこと。
リタイアした時のエピソード、ゴールまで行く決意、
KIさん特製の眠くならないスペシャルドリンクのこと、
子どものこと、夫のこと、家のこと、阪神淡路の大地震のこと(出身は神戸の西の方で、地震体験者だった。)そして、レースのこと…、
そして、疲れて黙々と歩いたり、少し走ったり。
ゆっくりで亀の歩みだが、確実に距離は縮まってゆく。
夜も深まってくる。しかし、またも、時間の感覚を忘れていた。「町外れまで来たら、10kmを切るねえ!」と、言った時は、すでに夜10時を回っていた。
2人ともかなり、消耗していた。
特にボクは燃費が悪く、すぐに腹が減る。
休憩のたびに、パワージェルやソイジョイを食べ、補給をする。
一方KIさんは、「私おなか空かないの。」と、大丈夫な様子。
町中を走るが、コンビニは一軒もない。
あれば、入ったのに。と思うが、あるのは自販機だけである。
午後4時過ぎに第4エイドを出発してからどういう訳か、自販機休憩はもっぱら、アクエリアス系であった。
それがたたったか、残り10kmのところで、足が動かなくなった。
足裏が痛いのはまた復活していたが、ついに、足そのものが疲労で動かなくなったのか…と思った。「ちょっとごめん、休ませて。」
バス停のベンチに腰を下ろし、休憩する。
ザックに入っている食べ物を手当たり次第に食べた。
最後のソイジョイ、笹だんご、あめ玉、そして、足がつらないように漢方、胃が疲れたので、胃薬。
何でも飲んだ。食べた。
しばらく行くと、元気が戻ってきた。足の痛みもゆるんできた。少し走るが、あまり走れず、歩く、歩く、歩く…。暗闇を手持ちのライトが照らす。坂をのぼり、下り、発電所に出た。
それを超えて、さらに歩く。
あと、5kmになったとき、また着た!
先ほどと同じように足が動かない。
その時初めて気付いた。
「ああ、これはハンガーノックだったんだ!」と、気付く。
そこで、あわてて、ザックの中の食べ物をあさる。
もう何もないのだが、あめ玉が4つの残っていた。
1つをKIさんにあげて、3つを自分で食べた。
どうだろう…効果テキメン!!足が動くではないか!
おっと、しかし、アメ粒3つでは、そのエネルギー量はたかがしれている。
「自販機を見つけて、甘い飲料を補給しよう!」行くこと1分、あるではないか!自販機が!!
甘い紅茶を購入し、飲みながら歩く。
KIさんは、地図を片手に、
「あと、3㎞だ、ボーリングのピンが見えると、残り1.2kmだ」と、教えてくれる。
前から、車が来て徐行した。
窓から懐かしい顔が、菅原さんだ。「もう少しだからね、大丈夫だね」と、言い残して、後ろの方へ去っていった。
まだ後ろを走るランナーを確かめに行くのだろう。
坂を下り、左に折れて、ボーリングのピンを過ぎ、大きな岩が見えてくる。
そして、ホテルめおとの灯りが…。
ついにゴールだ!最後は少しだけ走った。
ゴールラインのないゴールだけれども、そこには、ボランティアのスタッフが、カメラを持って待っていてくれた。
主催の鈴木さんもホテルのロビーでお待ちかねだった。
9月19日午前2時20分(だったと思う…。)
KIさんと、リタイア復活ペアのゴールの瞬間!
何枚か写真を撮って、固く握手を交わし、そして、金麦で、完走をたたえ合い、乾杯をした。
KIさん!ありがとう。
今夜、一人で歩いていたら、きっとまた、リタイアしたくなったかもしれない。
KIさんがいたから、ゴールできた。と言っても、過言ではない。
本当にありがとう、ありがとうありがとうありがとうありがとう…×100回以上!
続く…
スパルタスロン スタートして2時間が過ぎた!
日本人ランナーもい行く参加しているこのレース。
来年は、自分も参加するぞ!
それにしても、ギリシャはEUの査察団が入り、
現地では、交通ストライキ中とか、
開催の方は大丈夫なのだろうか??
選手には、最大の力を発揮してエンジョイしてもらいたい!!
佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その10(18日-4)
ベンチで、ふて寝をしたのは、「Kさかさん」から、逃れるためでもあった。
「一緒に走りましょう。」などと、声をかけられたく無かったので、背中を向けて寝ていた。
しばらくすると、「じゃあ、ボクは先に行きますから、後から来て下さいね。」
と、言葉を残して、「Kさかさん」は出発していった。
もう、走らなくて良い。走らない。
と、思っているのだが、何処かで、それが、吹っ切れていない。
「まだ、時間は十分にあるんだから、歩いてだって、間に合いますよ。」
「リタイアしたって、つまらないですよ。ゴールした方がいいですよ。行きましょう。」
「Kさかさん」の言葉が、頭のをかすめる。
小木からここに至るまで、そして、この第4休憩所で休み、足の痛みはかなり解消されていた。
まだ走れるかもしれない。
時間はある。でも…、折れた心が言い訳をしていた。
第4エイドには、ボクが到着してからずっと、走らない女子ランナーがいた。
それこそ、何人もが出発していったというのにだ。
主催の菅原さんとの会話を聞いていると、どうもリタイア組らしい。
それも、もうここに来て何時間もたっている。
そして、リタイアをやめて、走り出そうか、悩んでいる様子だ。
おっと、これはまずい!
ここで、彼女が走ると言い出したら、ボクのリタイアの立場が無いじゃないか…。
「いや、無理しない方が良いよ。せっかくリタイアしたんだから。」
そう言って止めては見るが、油に火を注いでしまった。
「リタイアやめます!走ります。」
とうとう、いや、やはり、こういう運命だったようだ。
観念した…。と言うか、チャンスを得た。
「よし、オレも行こう!!」 ボクも、リタイアを返上し、走り出すことにした。
途中の分岐が分からないので、とのことで、
彼女ことKIさんが、そこまで、一緒に道案内をしてくれることになった。
16時41分
菅原さんに別れを告げて、家族にメールを送り、ジョグでスタートした。
足の腫れはかなり改善され、緩く履いた靴では、痛みはない。
時速7キロくらいのペースで走り始めることができた。
不思議なくらい快調だ。
ものの30分で、「Kさかさん」に追いつき、追い越した。
「先で待ってます。」とは言ったが、どうなるか分からなかった。
KIさんは、若いかわいらしいママだった。
出産をはさんで、これまでに2回、佐渡島を完走されているウルトラママ。
トレール大好き、ロング走大好きの、すごいランナーだ。
何がすごいって、意志の強さだ。
引き締まった目線から鼻筋にかけて、彼女の意志の強さを表している。
そのくせ、笑顔がすごいチャーミングだから、男はイチコロだ…。
彼女は、今回、リタイアするにあたり、人知れず、悔し涙を流していた。
そして、何よりもゴールにこだわり続ける人でもあったので、リタイアは、受け入れられなかったのだ。
(だいたい、彼女のブログのタイトルは「その一歩は、ゴールへと続く一歩」
これが彼女のポリシーなのだから。)
ボクは調子がいいとは言っても、KIさんの方が速いので、「先に行って下さい。」と、言って別れた。
残り50km、フルマラソン1本とちょっと。
走り始めたものの、その距離は大きなものだ。
このコースでは、どの区間も、30~35kmだ。
なのに、一番最後のこの区間が、一番長い区間で、約50kmなのだ。
しかし、これを走ればゴールだ。と思うと、
50kmは長いと感じないのは、もう、感覚がマヒしてしまっているとしか言いようがないですねえ。
実際、マヒしていなければ、午後4時からフルマラソン以上の距離を走ろうなどとは思いませんよ!!
コースは、日暮れの漁村をとおり、丘を越え、稲刈りの終わった田んぼをぬうように続いて行く。
佐渡島の自然を満喫できる良いコースだ。
気持ちよく走ったり、上り坂は歩いたりしていった。
野良仕事帰りのおばあさんに挨拶。
「こんにちは!おじゃましてます。」
「どこからきなはりましたか?」
「東京です。」
「まあ、遠くからようこそいらっしゃいました。」
とても、ゆったりとした、会話に、心安らぐ一時だ。
次第に、夕暮れが迫ってきた。
お花つみに行っていたKIさんに追いつくと、今度は併走した。
そしてボクに「ゴールまで一緒に走って下さい。お願いします。」と頼まれた。
「ええ!こちらこそ、すごく遅いんで、迷惑だったら置いていって下さい。」と言った。
暗い夜ラン、女子一人のランは、避けたい気持ちは、痛いほど分かった。
これで、ボクも一人ではなくなったので、とても安心した。
何しろ2回完走の経験者だ。心強い見方を得たもので、大感謝だった。
ずっと田舎道を走っていった。
距離は、45k…42k…39kと、目に見えて縮まって行く。
嬉しくて元気が出る。
夜の帳の降りる前に、ザックを下ろして、腹ごしらえと照明の準備をした。
この先、土砂崩れで通れにため、2㎞の大回りを強いられる。
えっちら、おっちら坂をのぼり、えっちらおっちら坂を下る。
自販機で休憩し、また出発。
KIさんは股関節を痛めているとのことであったが、私よりも強い。
正確には、「痛みに耐える身体を持っている。」と言える。
50男が足が「痛い」「痛い」。とほざいているのに、KIさんは、痛いとは、口にしない。
もっとも、女子の耐痛性能は、出産で鍛えられているから、
男なんぞヘッポコが、対抗できる相手ではありませーん。
坂を下りきると、今度はまた登り、そして、下り、そして登りまた下り…と、繰り返す。
暗闇の向こうから、波のざわめきが聞こえる。
東京ではありえない、不思議な感覚だ。
風が出てきた。
何度か自販機休憩を繰り返しながら、前進する。
女子2人組と、行きつ、行かれつしながら、進む。
海の向こうに、灯りの列が見える。
ゴールはあの左の端をぐるりと向こう側に回ったところだ。
それなのに、我々はこちら側を右方向へと向かっている。
距離は着実に縮まりつつある。すでに30kmを切っているのだ。
しかし、見えている対岸は長い。
本当に後30kmなのか?と疑いたくなるほどだ。
続く…。
佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その9(18日-3)
リタイアしよう!と、決まったら、行動はひとつだ。
主催者に電話をして、リタイア宣言し、迎えの車を待つ。
携帯電話の、「あ」の一番先頭に、主催者の菅原さんの携帯電話が登録してある。
13時30分頃 菅原さんに電話する。
「…この電話は、電源が入っていないか、パケット通信中です…」
パケット通信するわけがない。電源が入っていないか、圏外だ…。
体中の力が抜けて行く。
小木の町を抜け、畑の一本道を上がり下がり。ここでは、こちらも圏外だ。
こうなったら、宿根木の町まで行かなければ、ダメだ。
日差しはじりじりと暑い、体力を奪って行く。
途中、農家のおばちゃんに声かけられる。
「どこまで行くの?」「大丈夫かね?」「ものすごくしんどそうに歩いていたよ。」
そこで、リタイアする旨を話すと、
「そうだねえ、それじゃ歩けないねえ」
さらに、もう少し歩いて行くと、やはり、農家のおばちゃんに、
「大丈夫かい?しんどそうだよ。」
よほど、しんどそうに歩いていたのだろう。
そのころ、自分は、足は痛いし、リタイアの連絡は付かないしで、
かなりふてくされて歩いていたことは間違いなかった。
端から、そう見えたとは、何とも分かりやすい性格なんだな、オレは…。
女子ランナー2人に抜かれる。
彼女たちは、道を右にそれて、千石船を見に行った。
コースで唯一、昼間に通過する観光地だと言うのに、その気は全くない。
見る気はないが、証拠のために写真を撮る、14時12分だ。
千石船はこの建物の中に、どっかと据えられている。
そのまま、宿根木の旧市街に降りてゆき、細い小路の市内を巡る。
巡ると行っても小さな町、あっという間に休憩所だ。
トイレに寄り、ベンチに座ってアイスを食べる。
日陰で気持ちが良い。海を見ながら食べるアイスはおいしかった。
少し、機転が利けば、ビールでも飲んだのだろうが、そう言う頭は全くなかった。
完全に、ふてくされている。
何度も電話をかけるが、繋がらないのは変わらない…。
これは、第4エイドまでは行かねばならない。
あと、7kmくらいはある。
日差しの中、半袖の両腕はすでに赤く日焼けし始めていたが、
これ以上ひどくしないようにと、長袖に着替えることにする。
着替えると、臭い汗のニオイが消えて、その点だけは快適になった。
あきらめて、坂を上り始めると、坂の下に歩いてきたランナーが見えた。
手をふると、しばらく躊躇してから、走りながら登ってきた。
走りながらと言っても…、歩くより遅いペースである。
登ってくると細身のいかにもランナーである。
名前は「Kさか」さん。
「ボクは、いつもはトライアスロンに出ているですよ。」
「じゃあどうして、佐渡島へ?」
「今回はギリシャを走りたくて、エントリー資格を取るために参加したんです…」
ニコニコしながら、ひょうひょうと、おっしゃるではないか。
「なんだ、ボクと一緒じゃないか…。」
でも、口に出しては言わなかった。
だって、リタイアするって決めていたから、ここで、言っても恥ずかしいだけだと思ったのだ。
リタイアする旨を、彼に話すと、
「まだ、時間は十分にあるんだから、歩いてだって、間に合いますよ。」
「リタイアしたって、つまらないですよ。ゴールした方がいいですよ。行きましょう。」
彼も楽天家だった。
足の痛い私が歩くより遅いスピードで走っているのに、何の心配も頓着もしていないのだ。
ボクは、返す言葉がなかった。
早く、この人と別れたいと思ったほどだ。
このころ、まだ、じんじんとしてはいたが、顔をゆがめなくては歩けなかった時に比べれば、
足の痛みはいくらか引いてきていた。
だらだらと、それでも、一人よりは楽に、第4エイドに到着することになった。
15時30分頃、第4エイド到着。
開口一番
「菅原さん、リタイア宣告しようと、何度も電話したのに、通じないじゃない!」
すると、「え~?」と、携帯を見ながら、「ああれ、ここは圏外だ、うハハハハハハハ!」でした。
とりあえず、靴を脱ぎ捨て、腹ごしらえをした。
おにぎり、パン、梅干し、ミルクティー、コーラ、お茶、バナナ…相変わらず、同じ食料に、飽きないわけではなかったが、食べられるものは食べるのだった。
そそれから、大きなベンチで、横になり、睡眠に入った。
続く…。
佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その8(18日-2)
朝散歩の人に会う。
「おはようございます」
「…」
まあ、そんなもんでしょう。
あの岬を過ぎれば、第3休憩所=エイドだ。
岬を越えたところで、ランナーに遭遇。
そしてその先で、もう一人ランナーが。
でも、追いつかない。距離が縮まらない。地図を見る。まだか…。
何度も思うが、まだだ。集落に入り、しばらく行ったところ。
18日 午前7時 ようやく、公園のエイドに到着。
ベンチに身を投げ出し、痛む足を靴から解放し、エネルギーチャージ。
ミルクコーヒー、コーラ、お茶、おにぎり、バナナ、パン、うめぼし、カステラ…。
机にあるもの片っ端から、食べて行く。
いい加減おなかがいっぱいになったところで、用意してくれていたシートにごろり。
足が痛い。眠い。休め!身体が命じている。
トイレで、座る。いや、しゃがむ。こちらは洋式のトイレは少ない。
しゃがむのには、一苦労である。思わず、うめき声がもれてしまう。
それでも、成果は少なく、充分に出した感じはない。実際、あまり出ないのだ。
やむを得ないよね。オナラで出ちゃってるんだから…。
トイレから出て、さらに休憩。7時50分靴を履いて、出発準備。
そこへ、リタイアされたKさん。「足の裏のマメがむけて、走れない。」
今、出立しようとしていた、72歳の最高齢のランナーが、
「マメならオレにも、売るほどあるよ。」と、ひげ面に満面の笑顔で出かけていた。
この人はすごい。上条恒彦みたいなひげ、とても優しい赤ら顔、72歳って、見えないんだなあ。
結局、ボクよりもずっと早く、ゴールされた。
そこに、Y崎さん到着。
「トンネルは蚊に邪魔されて寝られなかった。
その先のベンチで寝たり、もう少し先で寝たりした。」そうだ。
「会えて、良かった。またあとで、会いましょう!」握手をして別れる。
ここで、私は勘違いをした。次のエイドまでの地図を見て、
「ああ、3枚で次のエイドだな。」と思ってしまった。
実は、4枚あったのに…。
それでも、この区間をクリアできれば、ゴールは見えてくる。
陽のある内にはゴールしたいなあ。などと、漠然と考えながらスタートした。
今度は、地図を見ながら、歩いたり、走ったり。
筋肉痛は無いのだが、やはり、靴の中の足が痛い。
陽が昇って暑かったり、雲がかかって助かったり、単調な海岸線をひたすら行く。行く。行く。
自販機で休憩し、地図を見て、また、歩く。少し走る。歩く。「足が痛い!!」
半分ほど行っただろうか、自販機で休憩していると、ランナーが歩いてくる。
あれ!!101日連続マラソン記録保持者の「Wなべ」さんだ。
これにお供することにした。早歩きのペースは、時速5~6km程度。
結構早いのだ。
「Wなべさん、靴はどうしてます?紐は?サイズは?」根ほり葉ほり、いろいろ聞く。
でも、いろいろ答えてくれる。
そこで、靴ひもを緩めることにする。
しばらく行って、連れションをして、また歩く。
速いペースだが、話しながら歩くせいか、一人で歩くより、はるかに楽だ。
紐を緩めたおかげで、足も楽になった気がする。
「Wなべ」さんも、実は夫婦でランナーだ。いつも、ウルトラも2人で参加するそうだ。
さくら道260kmも2人でランデブーランしたそうだ。すごい。
今回は、奥さんは足の故障で一人参加とか。
「靴は、カカトを修理して使っている。年金暮らしで、靴もそうそう買えないからねえ…」
しかし、レースは出ている。
お金がないんじゃなくて、ケチ?いいえ、ものを大切にするンだと、分かりました。
地図と前方の港や、町を見比べながら、歩く。
「あの向こうが小木だねえ。」
次第に、またも、足が痛くなってきて、顔をしかめつつ歩く。遅れまいと、結構必死。
「Wなべさん、ゴールできますか?」
「この時間だったら、歩いてでも、十分ゴールできるよ。」当然、というか、何の心配もしていない。と言った風だ。さすが、ウルトラランナーは、心持ちが全然違う、典型的な楽観主義者だ。
足の痛みに加え、「大」がしたくなってきた。
しばらく行って、みそ工場に、トイレの看板を発見。
「じゃや、ゆっくり歩いているから…」Wなべさんとは、これきり、ゴールまで会えなかった。私より1時間早くゴールしていた。
翌朝の宴会の席での話だが、「小木の町のフェリー乗り場で、アイスを食べながら、ゆっくり待っていたんだ。どこかで、抜かれたかと思って、出発したんだよ。」心優しい、ウルトラランナーであった。Wなべさん、ありがとうございます。
工場は、休日のせいか、お休みで、たぶん、見学者用のトイレだと思う。
やはり、しゃがむのには、うめき声を上げながら、だった。少々の物を残し、感謝をして、スタートする。
が、足の痛みは極致に達していた。
それでもWなべさんに追いつこうと、一生懸命に歩く。途中、2人のランナーに抜かれる。
顔をゆがめて、歩く。歩く、歩く。しかし、Wなべさんは姿は見えなかった。
あれだけ、サバイバルと思っていたのに、ここで、弱気の虫が出てきた。
それほどに、足が痛かったのだ。
「こんなに痛む足では、次のエイドまで行っても、ゴールまでの50kmは行けるはずがない。」
「無理だ。だめだ。」そういう気持ちが持ち上がってくる。
そして、今思うと、この時、自分に時間の感覚がなかった。
今何時なのか、時計さえ見ていなかった。
それほど、余裕がなかったのだと思う。
小木の町の入り口には、スーパーがあって、もし、その時、昼時だと分かっていれば、店に入って、食料を調達し、食べていたことだろう。
もしくは、反対側にあった、フェリー乗り場で、うどんかラーメンでもすすっていたに違いない。
しかし、その時は、全くそう言うことすら考える事ができなかった。
スーパーを見ても、足が痛いから寄るのは止そうぐらいにしか考えられなかった。
何しろ、少しでも早く次のエイドで休みたい。そればっかりだった。
冷静に考えればエイドはまだ、10km以上先、ここは、一発、大休止をすべきところだったのだ。
この時点で、地図4枚あったことに、まだ気付いていなかった。
小木の町で、牛乳を飲み、その先の神社の入り口で腰を下ろし、
足を緩め、ソイジョイを食べ、その先の50mの自動販売機のベンチで、
また、足を休めエネルギージェルとコーラを飲む。
合計1時間近くだらだらしていたと思う。
その中で、心が決まった。リタイアしよう。
続く…





