残せるのは、生きざまだけ -11ページ目

佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その7(18日-1)

仮眠室から出ると、廊下には、マメをつぶして処理しているひと、食事をしているひと、風呂から上がってきたひと、沢山のひとが動いていた。一足先に出発するひともいる。

その中に同室のA田を発見。「どうですか?」「もうダメです。ここでリタイアです。」「ええ?、まだ時間がるのに…。」


トイレで大をすませるが、これが出ない。

長距離を走っていると、ウ○コは、消化されてしまうのだろうか?

あんまりしたいと思わないし、出ないのだ。

その代わり、オナラが出る。面白いように、ガスが出るのだ。


左足小指はマメをつぶして、ぐるぐる巻きにテーピング。

右足は小指はマメが大きくつぶせないと判断。そのままぐるぐる巻きにテーピング。

足裏に小さいがマメができているので、両足ともにテーピングをして、足の準備は完了。

新しい靴下をはき、まだ濡れたタイツ、ゲーター、そして、ランシャツと、着て行く。

「臭い!」思わず、言葉に出てしまった。

聞いていた女子が、笑っていた。

ここで、水を1リットル補給。

食料を出しやすくして、いらないものをしまう。


深夜12時35分、出発だ。

Y崎さんは、準備が早い。すでに靴を履いて待っていた。

靴ひもをぎゅっと締めて、出発。


外に出ると、雨は止んでいた。風が少しあり、気持ちよい。

足は、痛く、エンジンがかかるのに5分程度要した。

暗闇を懐中電灯を照らして歩く。

右手には海の向こうに、灯りが並ぶ。

「昨日、走ってきたルートが見えますね。」

何とも感慨深い。


しばらくして、少し走ることにした。上り坂は無理せず歩いた。

いろんな話をしたと思うが、何を話したか、覚えていない。

きっと、頭の中は、眠かったので、記憶回路がお休みしていたのだと思う。

1時間ほどで、自販機休憩。コーラをがぶ飲み。

仮眠所を出発時に頂いていた、おにぎりも食べた。

その間に、夫婦と、単身者一人が、先行していった。

競走ではない。自分とのサバイバル。

山を抜け、港に出て、そして、丘を登り、海を見て歩く。


「ああ、眠い。」Y崎さんが、言う。

「眠くてしょうがない。」

そう言いながら、Y崎さん、フィールドハンティング。

「ああ、久しぶりの野○ソだった、気持ちよかった!これ、ブログに書こう。」と、嬉しそうだ。

(注:今のところ、この話はブログに載っていない…。)


戻ってきたY崎さんと、「強強打破」

(カフェイン飲料:昨日MORIさんに教わって、コース上、唯一のコンビニでゲットしていた。)

を半分づつ飲んだ。

ボクは、効いたような気がしたが、体の大きなY崎さんには効果はなかったようだ。

しばらく行くと、Y崎さん「オレ、10分だけ寝て行く。」と言って、

トンネルで、とうとう、おさらばすることになった。


Y崎さん、また、後で会いましょう。」そう言うと、私は前を向いて歩き始めた。

そして、走れるところはトコトコと走り、また歩き、おなかが減ったので、

ソイジョイを食べる。


とぼとぼ走って行くと、一人のランナーに追いつく。

「良い走りしてますねえ、もう、走れません。」と言っている。

一緒にしばらく歩く。いろいろ話したが、やはり記憶が飛んでいる。。


そして、また、一人旅…。

空が明るくなってくる。夜明けが近い。本州が見える。

角田山だ。 弥彦山も見える。


残せるのは、生きざまだけ

そのころ、猛烈な眠気が襲ってくる。止まらない。

でも、眠い。地図を出そうと、うっかり、堤防に座る。一瞬で眠る。

1分くらい寝ただろうか。ほんの一瞬だ。

地図を出す。同じような海岸線、どこか良くわからない。



しかし、第3エイドはまだまだ先だと言うことはわかった。

朝焼けが、空を染める。

昨日は、雨だと思っていた天気が、一転、朝から晴れの予感だ。

サングラス、日焼け止め置いてきたことが、悔やまれる。

振り返り、振り返り何度も朝焼けを見る。携帯電話でパシリ、パシリと写真を撮る。

デジカメを出す元気は無かった。


5時15分

家族に写メを送るが、圏外で、送れず。


残せるのは、生きざまだけ


5時25分 日の出!

角田山から登ってきた!

「巻のたっつあん!なじらね!オハよー。まだ、走ってるよ!」

一人つぶやいている。

海を見ながら、空を見ながら、気持ちが良い。最高に良い。

海岸線はつづく。続く。ツヅク。

続く…









佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その6(17日-5)

酒屋から、

仮眠所までは、1キロほどだった。


「お疲れ様、ご苦労様。」

好きでやっているのに、ねぎらいの声をかけてくれる、シルバー人材センターのボランティアスタッフに頭が下がる。

Y崎さんは行動が早い。

さっと、夕飯の席について、さっさと焼き肉弁当と、金麦を平らげる。おまけに、持っていたおにぎりも平らげた。

私は、天気予報を見ながら、ぼつぼつと食べる。かなり疲れている。

豚汁がおいしかったのでおかわり。

天気は明日の昼頃から回復基調だ。良かった!

この時点ではすでに、仮眠することを決めていた。

Y崎さんは「今から、風呂に入って9時。そこから3時間休憩して、12時に起床、12時30分出発するけど、どうする?」

「私もそうします。」即答だった。

外は雨、体力はかなりつかっていて、疲労がたまっている。

ここで、休まずに出発するメリットは一つも無い。

雨の中で眠くなったら大変だ。

蚊に刺されながら眠ることは、苦痛だ。

ならば、ここで、十分休み、行く方がいいに決まっていた。


タフマンさんは、離れたところに横になって休んでいた。

ラルムさんも、いたといらしたと思うが、声をかけるゆとりもなく…失礼しました!

風呂は熱かった。足をアイシングしようと水をかけ流すが、水がぬるい。

ぜんぜん冷たくない。

風呂を出ると、濡れたシャツやタイツは着たくなかった。

ユニクロの機能性パンツに履き替え、シャツは着ていたフラッドラッシュを着る。

フラッドラッシュは、優れもので、さらさらしてる。

これは買って正解だった。

今後も、雨の日には必需品になるだとう。

濡れたものはハンガーで干して、仮眠室に入る。足の裏がほてって眠れない。

壁に足を高くして立てかけて、横になる。

眠れないと思っているのだが、ふっと、眠っていて、足が落ちて目が覚める。

これでは危ないと思い、布団と枕を団子状に重ね、その上に足を乗せて眠る。

足が、ほてって、眠れない。その上、廊下では大声で話し声が聞こえ、

後から来たランナーは、容赦なく部屋の電気をつけたり、がさごそと荷物をまさぐる。

ああ、でも、気にしない。

誰かが、窓を開けると、涼しくなった。すーっと、眠りについたようだ。

ふと目が覚める。時計を見れば、12時5分前。なんと、正確な…。

足の火照りは嘘のように消え、楽になっていた。

Y崎さんも起き出して、いよいよ、第2ステージというか、第2日目の幕開けだ…。

続く…。

佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その5(17日-4)

17日、朝6時にスタートして、早11時間だ。

よくも長時間、体を動かしているものだ。

いわて銀河チャレンジ100kの時は、11時間37分でゴールだった。

今日のゴールはまだ、100km以上先だ。

17時を過ぎると、次第に日暮れを意識し始める。

二人とも、疲れている。私は、ペースが上がらず、平地では、Y崎さんにはなされる。

少し登りになると、Y崎さんは歩くところを、私は、同じペースでとことこと追いつく。

そして、一緒に歩き、そして、平地で走り始めるとまた離される。

この繰り返し。

日が暮れる頃に自販機で休憩。赤の点滅灯を出して、ヘッドライトを装着する。

反射シールの黄色いたすき(ダイソーで100円!)をかけて、再スタート。

一度休憩すると、スタート時にエンジンがかかるまでに時間がかかる。

何がって、やはり靴の中の痛みだ。痛みに慣れるまでは、歩くのもままならない。

2-3分で、普通に歩け、少しジョグすることができるようになる。

おなかがすいたので、、ソイジョイを少しづつ、食べる。

笹餅も食べる。

エイドステーションでゲットした、パワージェル(主催者の菅原さんがアメリカで入手したものらしい。)を流し込む。

まだまだ、胃は元気。大丈夫だ。

暗くなると、周りは見えない。

遠く、海の向こうに、海沿いの家々の明かりが、途切れ途切れ、一列に並んで見える。

(今日のゴールは、まだ見えないのか…)

先のことへ、心は行ってしまう。

しかし、足下の段差に躓かないように、後ろから猛スピードで帰路を急ぐ車に跳ねられないように、注意をしながらすすんでゆく。



何人かが合流し、前に後ろになりながら行く。

「両津港11km」道路標識に、喜んでいいやら…。

淡々と、淡々と、ただ進む。

そうだ!そのとき、答えが見えた。

このサバイバルレースに勝つための答えが見えた。

「徹底的に、楽天的であること。」


どんなに、足が痛くても、どんなに疲労困憊でも、

「ゴールには行くって決まっているんだから。」

と、頓着しないこと。疑わないこと。

どんなことがあっても、それを、ランを中断する理由にしないことだ。

そう、閃いたときから、先のことは心配しなくなった。


やがて、両津の信号に出会い、そして、アーケードに入ってゆく。

時間は、19時を少し過ぎた頃だ。

アーケードは明るいが、開いている店はない。

そうだよね、この町は、9時ー5時で働いて、19時には家族で団らんしているんだよね。

ゆったりした町なんだよね…。

果してそうだったかどうかは、わからない。

過疎の町の感は否めない。もっと、賑やかでもいいのにね、

日本で一番大きな島なんだから…。

途中、居酒屋?が1軒、賑やかな声が、そして、コンビニが1軒、高校生が数人。

とにかく、疲れている。

今日の仮眠所へ、心が急ぐ。

途中から、Y崎さんと、女性ランナー(年に3回はウルトラに参加しているという強者♪)と三人で急ぐ。


アーケードは終わり、古い町並みに入る。

「もうすぐかなあ?」

「いや、まだまだだよ」

「…」

暗い家並みにぽつんと明かりが。


見ると、酒屋。

「牛乳買っていきます。」

「じゃ、僕も。」

彼女は、先を急いだ。

「仮眠所は、ビール1本だけだから、ここで、飲んでいこうか!」

Y崎さんのうれしそうな笑顔に、10秒後には乾杯していた。

酒屋を出ると、それまで上がっていた雨がざーざざーっと、降り始めた。

「ばちが当たったかな?」と言う、Y崎さんの素直さに、

笑ってしまった。一人ニンマリと。

続く…。

佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その4(17日-3)


9月17日14時45分

2エイドを後にして、Y崎さんと一緒に走り出した。


前を、夫婦で走るランナーズ。

夫婦で、走るカップルは本大会では4~5組いる。

僕には驚きだった。

まず、二人が”走る”という同一の趣味を持っていること。

これって、なかなか難しいと思う。

さらに、ウルトラに出るような、気力体力楽天思想を持ち得ていることも、珍しい。

そして、なんと言っても、二人でいつも同じペースで走れるとは思えない。

あるときは夫が、そしてあるときは妻が、遅れたり進んだり、するであろうと思うのだが、

それを、ずっと、最初から最後まで一緒に、走りきるってのは、すごいことだと思う。

こうやって、苦労も苦難も、文字通り一緒に乗り越えてゆく夫婦、すごいなあ。

お互いを認め、尊重し助け合い励まし合い、優しい夫婦なんだろうなあ。

はじめは、そうは思わなかったが、次第に、うらやましくも感じるようになってきた。


それぞれの人生、それぞれの夫婦だね。


Y崎さんは、若く見える。旅の仕事を引退し、61歳で悠々自適とは、思えなかった。

昨年は、北海道を稚内から知床まで歩きの旅をされたそうだ。北海道1周を目指している。

ウルトラ歴は長く、フランスの100kウルトラにも参加している。

「ヨーロッパの大会はいいよ。ゆったりしている。日本みたいに、異常な時間にスタートしたり、制限時間が厳しかったりしない。

だいたい、8時とかにスタートで、制限時間は20時間とかだ。

みんな、それぞれ、思い思いにレースを楽しんでいる…。」

行ってみたい!!



佐渡島の参加は3回目、昨年は好調につき、飛ばしすぎで、途中リタイアだったとか。

「このレースはね、誰かとの競争ではないんだよ。時分自身との、サバイバルレースなんだ。」

なるほど、60kmを過ぎて、その意味が、少しわかり始めていた。


その頃、ランは登りは少しの登りでも歩く。平地と下りは走る。

という佐渡島ランの基本に忠実な走りをしていた。


このレースは、人生みたいだ。そのときに、出会った人、併走した人と、時間を共有し、何でも無いことや大切にしていること、気になっていることなんかを、素直に話す。面と向かってではなく、同じ方向を向いて、走りながら話すのは、とても話しやすいかもしれない。

また、ここにいるだけで、同士という感情を共有できるのもおもしろい。

まさに、ライバルは、励まし合う仲間なんだ。


相変わらず、足が痛い。足と言っても、筋肉痛や、膝、腰が痛いわけではない。

靴の中、足の裏が圧迫され、痛いのだ。

一歩一歩、進むたびに、じんじんと、痛む。

まるで、修行のようだ。

「自分とのサバイバルレース…」Y崎さんの言葉が、頭の中を反復する。


どうしたら、このサバイバルレースに勝てるのか…?

そのことが、ずっと、頭の中を巡っている。


南下を続けるうちに、左前方、海の向こうに、陸が見えてきた。

佐渡島は、サツマイモを2つ合わせたような、つぶれた形のヒョウタン島だ。

見えてきたのは、明日、走るところ。

そして、右へずーっとたどった、付け根に、今、目指している両津の仮眠所がある。

しかし、そこは、まだ見えない。


走っていて、車はそれなりに通っているが、人に出会うことは、少ない。

しかし、そんなところでも、自動販売機は結構ある。

給水には事欠かない。先輩のアドバイスは間違いなかった。

佐渡島は、コカコーラ1社の独占。

スポーツドリンクはアクエリアスだ。

しかし、明らかに、補充されていない感じで、アクエリアスは売り切れが多い。

皆、コーラを好んで飲んでいる。

自分もコーラを飲む。うまい!シュワーっという清涼感、そして、いつもは甘くていやと思うのが、

このときばかりは、その甘さがうれしい。

ランナーにとっては、敬遠されがちな高カロリーも、この時ばかりはうれしいものだ。

水分補給と、糖分補給を兼ねている、結構、機能的なドリンク!?なのだ。

レース中に飲んだコカコーラの量は、これまでの20年に飲んだコーラの量を遙かに超えている。

続く…。



佐渡島エコジャーニーウルトラ遠足206改め208km完走報告 その3(17日-2)

第1エイドをスタートして、しばらく行くと、後ろから女性に追いつかれた。 

日焼けして、しっかりした足取り、いかにもウルトラウーマン!

「どうも…」などと話したかどうかは覚えていないが、世間話をした。

岐阜から来たこと、初めての参加であることなど、わかった。


むむむ???この人もしかして、ラルムさん?

ジョグノートで、佐渡島参加者を検索し、僕にコメントをくれた方。

ブログもあって、そちらを見ると、このレースの後、北アルプスを縦走し、

翌週にもレースに出るとか、スーパーマンかと思っていた方だ。

昨日から、どんな人かなあ?って気になっていたけど、わからないでいた。


「もしかして、ラルムさんですか??」

「ええ、そうです。」

「パラボンです。」

「え~!? 昨日から、違う人だと思っていた…。」

あまりの驚きように、どんな風に違うと思っていたのか、そのときは、聞きそびれてしまった。

(どんな風に違うと思ったのか、教えてくださいね!)


残せるのは、生きざまだけ
途中、滝もありました。お見事!


そこからは、また、いろんな話をしながら、併走。

ラルムさんは、子供の頃から走るのが好きで、早かったそうだ。

高校時代のエピソードを聞かせていただいた。

高校時代は、バスケットをやっていたが、陸上部の顧問から、何度も何度も誘いを受けていたそうだ。

その高校は、スポーツが強く、その中でも陸上部は強かったそうだ。

その顧問は、ものすごく怖い人で、誰も逆らえない、ビンタなんて当たり前、

あまりに怒られて、二階の窓から落ちて骨折した生徒もいたそうだ。

自分は、絶対にあの人の元ではやりたくないと思っていた…。

そして、担任の先生が、「おまえは、自分のやりたいことをやればいい」と、守ってくれたそうだ。

ある日、ラルムさん、学校をサボって(だったかな?)、サザンのコンサートに友人何人かと行ったとか。

絶対にばれるはずのないコトなのに、新聞の切り抜き文字を使った”チクリの怪文書”が、その陸上部の顧問に…。

(すごい、陰湿!!)

ラルムさん、鬼の陸上部顧問の呼ばれ、低い声で「おい、誰と行ったんだ?名前を言え。」と、

何時間も問われたそうな。しかし、ラルムさんは、勇敢にも一言も口を割らず、とうとう、その場を切り抜けた。

(おおおおお、すごい、友だち思い、かつ、正義感、かつ、つよい!)

しかし、お土産に「反省文、100枚書いてこい!」と言い渡された。

「コンチクショウ!!そんなの書けるわけ無いだろう!!コンサートは最高だった!と書いてやろうかと思った。」

「でも、担任の先生が、『反省文は書かなくていい』と助けてくれた。」そうだ。

なんとも、正義感で、仲間思いの姉御肌のラルムさん、頼もしく見えました!

(もっともっと、いろんな話をしましたが、終わらなくなるので、またの機会にしましょう。)


レースを走りながら、こんなにもいろんなコトを話できるのも、佐渡島ならではかもしれません。


ゼット坂と呼ばれるきつい坂を上ったり、降りたり、途中、タフマンさんも合流。

タフマンさんは、佐渡島は何度も経験されており、今後のことなどを聞いた。

「登りは歩く。下りは走る。」

Q「仮眠所では、寝るんですか?」

A「基本、寝ない。レースは、何が起こるかわからない。

仮眠所で眠った数時間のためにゴールに間に合わないことも考えられる。

食事をとって、少し休むけど、寝ないし、風呂にも入らない。」とのことだった。

そっか、寝ないんだ…。じゃあ、俺もそうしようかなあ…。などと考えた。

仮装したキティーちゃん(どう見ても、かわいくない。白猫?狐?)も合流。


小用を足すために、少し遅れたら、そのまま、タフマンさん、ラルムさん、キティーちゃんとも離れてしまった。

賽の河原入り口前で、お花畑から戻ったラルムさんに、追いつく。

賽の河原は海に面した、岩場。嵐の日にはここは、海の中だろう。

今日は、おだやかでよかった。




14時20分頃(時計をきちんと計測していなかった。)

なんだかんだと、第2エイドに到着。

いやあ、けっこう来てます。「へろへろ」と言う表現がぴったし。

やはり、最初の30kmに飛ばしたのが影響している。


ここは、畳の部屋はなく、靴を履いたまま休憩。

靴の中がじんじんしている。痛い!

小指にはマメができている。

靴紐を緩め、うどん、おにぎり、ささもち、梅干し、バナナ、水、コーラ、コーヒー

手当たり次第に詰め込む。

「食べれるうちは、大丈夫。」誰かが言っていた。

「ああ、まだ、俺は大丈夫だ」と、言い聞かせる。


思い立って、家族にメールを送る。

これで、だいたいのタイムを残せる。

そして、家族に応援してもらえる。

一体感を、感動を、共有できる??

セルフポートレートをぱちり。添付して送る。

残せるのは、生きざまだけ

無理して笑ってる??

返信は「楽しそうだね!良い顔です。二百いけどうだね。」


よし、いけるぞ!!

ここで、休むこと25分。

靴紐を締め直して、よっしゃー!

「去年はこれで助かった。」という女性ランナーの言葉に従い、笹もちを2つリュックにしまう。

後から来て、休憩していたY崎さんと一緒にスタートする。

Y崎さん「僕と一緒だと、遅いよ。早い人は、先に行かないと。」

自分「いや、私は目標を完走に切り替えました。早くなくていいんです。一緒に行ってください。」


14時45分

そんなんで、今度はY崎さんと併走が始まった。

次の休憩は、両津の仮眠所だ。


続く…