こないだからのポッシブル配信を聞いたり、オプチャを眺めてたらつながったことがありました

 

 

 

人の気持ちが分かるってことは、神経が育ってるってこと

 

 

 

そして、人の気持ちや背景が分かれば、問題と思ってたことが問題じゃなくなる

 

 

 

 

オプチャでのできごと

 

 

きっかけは真理芝居参加者のオプチャ

 

 

 

久しぶりに見たら、スタンプだらけ。もうすぐオプチャが閉じられるということで、いままでの感謝を込めたスタンプのようでした

 

 

 

わたしはこういうのを見ると、「数千人が体験をシェアする場所でスタンプ連発とかやめてよね」と思っちゃう

 

 

 

ただ、そういうものだと思ってるので、ムカついてるわけじゃない

 

 

 

ここで気づいたんです。こういうのに神経回路の差が見えそうだな、って

 

 

 

スタンプする人たちは「オプチャに参加している数千人が、何を求めてそこにいるのか。どんな場所を望んでいるのか」を想像できてるかな?

 

 

 

スタンプ送る人がダメってわけではない

 

 

 

わたしみたいなひねくれ者がいる一方で、「平和な空間でいいね」と思ってる人もいるでしょうし

 

 

 

良いか悪いかという話ではなく

 

 

 

他人がどう思うか、ある程度想像した上で「でも、やりたいからやる!」っていうのはアリ。その人なりの神経が育ってるということだから。

 

 

 

でも、「みんなやってるからわたしも!」とか「みんなこういうの好きだよね!」と反射的にやっちゃうのは、神経が育ってない

 

 

これを無神経っていうんだ。っていうか「神経」って言葉が入ってるじゃん!って

 

 

 

(無神経かどうかは、人が決めることじゃないですけどね)

 

 

 

わたしはどっちかというと神経質。良い言葉でいうと「繊細」。細かいことが気になるんですよねニヤニヤ  いちおう、それを外に表明するかどうかは、時と場合によって判断してるつもりですけど

 

 

 

そういう目でオプチャをもう一度眺めると、悩みや実体験でも色んなレベルの人がいるものです

 

 

 

「そんなことで悩むの?」ということから、「それはものすごい体験だ…」と絶句するものまでさまざま

 

 

 

神経が育てば、人の気持ちが分かる。人の気持ちが分かれば、問題は問題でなくなるはず、なんですよね

 

 

 

神経が育つほどに、気づきも緻密になっていく

 

 

 

1万人を回す神経回路

 

 

 

ここで、HAPPYちゃんとか他の経営者のことが浮かびました

 

 

 

HAPPYちゃんは1万人の参加者を回すコミュニティの運営をしてる。たぶん、大きな問題はない。これは神経が行き届いてる証ですよね

 

 

 

わたしはコミュニティとか入っても、一番外側にいるタイプなんです。遠くにいる方が居心地がいいので、中心にはあまり近づかないのです

 

 

 

つまりわたしのいる場所は、コミュニティ運営者の神経回路の末端。主の神経がギリギリ行き届く場所。身体で例えるなら、足のつま先でしょうか。だからよく分かるの

 

 

 

遠い場所だから、十分にケアされない。けど、わたしは好きでここにいるから、手厚いケアを望んでるわけじゃない。毎日、高級クリームを塗りこまなくてもいいけど、”しもやけ”にならない程度には気遣ってほしいかな

 

 

 

でもね、これが神経が届いてない人の場合、わたしみたいなギリギリラインにいる人間を認識できないんですよね

 

 

 

わたしからしたら「同じお金払ってるのに、この差はなに?」とムカついてくる。それが3回続いたらもうサヨナラ

 

 

 

そういう人に苦情を言う人もいるけど、わたしは言わないんです。言ったところで、どうせ理解できないもの。「怒られた」「クレーム入れられた」と判断するのがオチ

 

 

 

過去にこういう経験があったんですけど、今なら分かる。この人たちは、神経が育ってないんですね

 

 

 

足のつま先はしもやけになってしまう

 

 

 

なぜこんなことが起きるかと言うと、神経に合ったサイズ感より大きいものを回そうとしてるから

 

 

 

巨人の身体じゃなくて、普通の人間サイズなら足先までケアが行き届くんですよ

 

 

 

たぶん、まずは背骨の神経を太くしていけば、勝手に細かい神経もできてくるはず

 

 

 

川が太くて勢いがあるほど、勝手に網の目状に小さな川も広がっていくもの

 

 

 

人間の場合は、体質とかその時々の状況によって、遠くに広く伸ばしたり、近くを繊細に感じ取ることもできるんじゃないかな、と思ってます

 

 

 

超能力系のマンガでも人によって得意ジャンルが違いますよね

 

 

 

神経が細かく隅々まで行き届いていれば、今まで通ってなかった場所や人のことが分かる。遠くにいる人のことが分かる

 

 

 

すると、神経が通ってない時代に「なんでこんなことになっちゃったの!?」と理解できたなかったことが、神経が通ったことで「そういうことか。だったら仕方ないよね」と思えるようになるんですね

 

 

 

神経について書きたいことはたくさんあるんですが、今日はこの辺で。

 

 

 

最近のこと

 

 

 

数日前、神経についてボケっと考えてきたら、自分的にものすごいインスピレーションが降りてきて、また「全部わかった!」っていうのがきました

 

 

 

「あれもこれも全部繋がる!やべー!」みたいな興奮状態で、「これはブログに書かねば!」って感じだったんだけど、情報整理ができず、書く気が起こらないまま熱が冷めてきました…伝えるって大変なことですね

 

 

 

数か月前にもこういうのがあったんですが(全部わかった!っていうの)、その後忘れたんですよ💦しかも、その情報すら今となっては古い 

 

 

 

今や「元祖引き寄せ」も「体感の引き寄せ」も古い。過去記事を読み返すと恥ずかしい。それを経ての今なので消しませんけど笑い泣き

 

 

 

「●●に違いない。これが最終決定事項だ!」って信じてることって、しょせんは”その時々の自分”にとっての事象なんですよね

 

 

 

フェーズが変われば―つまり神経が育ったら、すべてがひっくり返る。だから生きてるうちは、全てを決めつけることなく、変化を楽しみたい。生きてる間、どこまでも神経は育てられるはず!

 

 

 

何の話かよくわかんなくなったけど、また書きますてへぺろ