イルジメ〔一枝梅〕 公式応援ブログ -17ページ目

「イルジメ」は彼なくしては語れず!セドル編

アンニ・ヨン!


もうすぐ「父の日」ですが、皆さん、覚えていましたか? 

「イルジメ」のテーマのひとつが、まさに「父子の絆」。というわけで、強引ですが、「父の日」先取りスペシャルとして魅惑の父キャラを紹介!まずはセドルの巻と行きませう。


が、はじめにお断りを。実はわたくし、今、仕事がぱつぱつであります(苦笑)。で、今回の記事は、以前の ブログでのせたものの流用になります…。いわば、エコ企画。(エコの使い方、間違ってるか?)すみません!少しは加筆修正したかったのですが…挫折。というわけで、始まり始まり~。




息子はもとより妻より背が低くて、決して美男ではないが愛敬のあるこの男。名前はセドル。かつての職業はコソ泥で、自他共に認める塀越えの名人である(あまり自慢にはならないが)。ヨンの養父であり(が、実の父親と偽っている)、チャドル(シフ)の養父(こちらもまた、彼が9歳になるまで実の父親と偽っていた)という、いわば育て専門アボジ(父)。一見、「美女と野獣」「月とスッポン」な組み合わせだが、タンとの関係は一応、夫婦である。馴れ初めはといえば、ひょんなことからウォノ(ギョム=ヨン)にタンを託されたセドルが、彼女に一目惚れ。タンがウォノを慕い続けていることを知りつつも、彼女の夫となり、その子チャドルを育てるのである。10年以上も連れ添いながら、妻のタンに一度たりともナニさせてもらうことができず、それでも尽くし続ける、純情で一途な男、セドル。タンにぞっこん一筋、それこそ「タン命!」で、不器用な彼女の美しい心根を理解し、見守っている最高のダンナである(ルックスはさておき)。



純粋で心温かなこの男にも、隠し持つ罪、それに苦悩する姿があった。前述したように、コソ泥稼業で暮らしていた彼はウォノに頼まれタンを連れ去るのだが、騙されて殺されそうになるタンをすんでのところで救い出す。だが、自分を殺そうとしたのはウォノと思い込むタンに、そうではないことを正直に明かせぬまま、長年連れ添っているのだ。なぜって?ウォノを慕うタンに捨てられたわけではないことを話してしまえば、セドルに心を向けることはないと思ったからである。つまり、恋する男の自分勝手な嘘なのだ。そのため、ウォノにもタンにも申し訳ない気持ちがいつもある。


さらに、セドルは図らずもウォノの暗殺の片棒を担いでしまった過去がある。ピョン・シクに命じられるがまま、やってしまったこと(実行犯はチャドルだが)がウォノをピンチに陥れ、死に追いやってしまうことになる。つまり、ヨンの実父を間接的ではあるが、殺してしまったというわけ。その罪の意識から、ヨンをウォノに替わって立派に育てようとするのである。中盤で、セドルの前歯がなくなるが、このエピソードにはヨンへの愛情、そしてセドルに育てられた二人の息子たち、ヨンとシフの父に対する思いが描かれているので、必見である(前歯のないセドルは笑えるが)。ちなに、演じたイ・ムンシクはこのエピソードのために、実際に歯を抜いている。凄まじき役者魂に拍手!だ。



セドルは情にもろい男である。タンの息子チャドルに対しても、自分が取りあげたから実の子も当然(まるで産婆ノ)と、無償の愛を注ぐ。チャドルを手離すことになった時などは、実の母親のタン以上に悲しみ、木の陰から見送りながら号泣してしまう始末だ。偶然、助けてしまったギョム(ヨン)に対しても同様。この子はチャドルに替わりに授かったんだと言い、 「ヨン(龍)」と名づけて、無邪気に喜ぶような男なのだ。


ちなみに、セドルは初め、「犬の糞(ケットン)から龍(ヨン)が生まれる」という謂われから、ギョムを「ケットン」と名づけようとしていた。もちろん、それが歓迎されるはずもなく、タンのしかめっ面を見て、「ヨン」に変更。 「龍」はもともと中国で王を象徴するもので、そのまま韓国に伝わったため、王の涙を「ヨンヌ(龍涙)」とヨンだりしたそうだ。セドルは意識していなかったろうが、後にヨンがイルジメとなり、「庶民の王」と呼ばれるようになることを考えると、名づけセンスはあったようである。

話がそれた。



で、セドルは父性の男である。彼は自分が学もなく、稼ぎも少ないことで家族に不自由させていることを申し訳なく思い、息子には学堂(両家の子供が通う私立の学校)に通わせようと体を張って(その体の張り方が時に笑えたりするのがまたセドルらしい)頑張るのだ。チャドルに対してもそうだが、セドルはとにかく息子のためには、たとえ火の中、水の中。命がけでも守ろうとする。

かといって、セドルが息子に対して甘いわけではない。遊んでばかりで勉強をしないヨンを追いかけて叱ったり(叩かれ逃げまくるヨン、というかジュンギがかわいい)、いろいろと諭すことも忘れない。

一方で、他人には親バカぶりを発揮し、「うちのヨンは」「うちのヨンは」と自慢する。

情にもろくて純粋で、何があっても絶対的に息子を信じる、彼の素晴らしき父性愛には、泣いて笑って、笑って泣いての連続である。

さらには、愛情表現の下手なタンに替わって、彼女の本心をヨンやチャドルに代弁してやったり、逆にタンにヨンやチャドルの不憫さを語り聞かせたり、母子の仲介役、円滑油にもなっている。


物語の表の主人公がヨン=イルジメであるとしたら、セドルはその手であり足である、いわば陰の主人公だ。というか、「主人公の陰」といったほうがいいか。とにかくヨンとセドルはある意味、一体、2人で1セットなのだ。




そんな素晴らしき名演・熱演を見せたのは、イ・ジュンギ主演映画『フライ、ダディ』でもお馴染みのイ・ムンシク。ここでは、ジュンギ扮する喧嘩の天才カリスマ高校生に特訓を受けることになるへなちょこサラリーマンに扮し、やはりジュンギと絶妙のコンビネーションを見せていた。他には、『チェオクの剣』でチェオクに忠誠を誓うコソ泥、映画『ひとまず、走れ』でやはり間抜けな泥棒(笑)、『ビッグ・スウィンドル!』では詐欺師、もっとも新しいところでは、パク・ヨンハ主演の『男の物語』で伝説の詐欺師を演じている。コソ泥だの詐欺師だの、せこい犯罪者の役ばかり(笑)。根っからの悪役ではなく、小市民的でダメ人間だがどこか憎めないキャラクターを十八番とする演技派俳優である。


コメディの印象が強く普段もユニークな人間かと思いきや、カメラが回っていないときは至って物静かな男である。なんだか意外だが、本当に口数が少なく真面目な人だそう。そんなイ・ムンシクも、イ・ジュンギとは酒を酌み交わした仲のためか、抜群の相性を見せてくれた。どうもウマが合うらしい(笑)。役者として互いを認め、尊敬し合う関係というのも大きい。



このドラマの隠れベストカップルその1は、セドル×タン、その2はヨン×セドルだと私は思っている(隠れベストカップルはまだまだいるが)。

あぁ、長いなぁ。でも、もう少しだけ。




このドラマの特徴は、見る側には初めから、出生の秘密や人間関係(つまり因縁など)はすべて明かされて進んでいくことだ。なので、ギョム(ヨン)の父ウォノを殺した犯人が誰かも、第1話で明確にされる。知らぬは登場人物たちだけである。つまり、我々はすべてを知りながら、キャラクター達の動きを見守り、「あ?、そこ気づいて?!」「あ?、そこバレないで?!」とドキドキし続けるのである。すべてを知っているからこそ、ハラハラし、すべてを知っているからこそ胸が痛む。見事な脚本である。

なので、詳しく書いているようだが、ネタばれにはなっていないので、安心してヨンで頂きたい。あ、でもまるっきり知らないでゼロから味わいたい人は、読まない方がいいかも?




さぁ、今日はここでお開きです。「父の日」もお忘れなく(と言いながら、自分は何も準備しておらず。電話で一言でいいや、なんて…)

ではでは、アンニ・ヨン!

「弟」ヨンの「女の人を守る」意識を見よ!

アンニ・ヨン・ハセヨン!

今日は、「イルジメ」第5&6話を流しっぱなしにしながら、原稿を書いていた。ヨンと姉ヨニのエピソードが描かれる回である。

ヨンには様々な顔があるが、このあたりのエピソードでは「弟」という顔が出てくる。私事でなんだが、私にも弟がいて可愛くて仕方ない(笑)。よって、このエピソードでのヨンを見ていると、どうしようもなく愛おしい肉親の情が沸いてしまう。

姉を持つ男の子(弟)というものは不思議なもので、姉より年は下のくせに、女の人である姉を自分が守ってやろうという男気を見せるのだ。姉だけでない。母親にしても、自分が守るという強い意志を見せるのが、男の子というものらしい。

ヨンは、父亡き今、生き別れた母と姉を捜し、自らの手で守ろうとしている。こういった「女の人を守る」という気持ちは、男の子特有のものだろうか。特に、姉や妹といった女兄弟を持つ男の子に強く見られるように思う。いや、男兄弟だけで育った男の子も、「母親」に対しては、「守る」という強い意志を見せる。小さくても、また、年が若くても、男の子が「女の人を守ろうとする気持ち」は、健気でたまらない。だから、ヨンが姉を必死で捜す姿、彼女を助け出そうとする懸命になる姿に、きゅ~んとなってしまう。

姉を持つ男の子は、総じて女性に対する細やかな気遣いのできる子に成長する。女の生態を見て育つせいもあるが(苦笑)、「自分は男の子」というのを自然と意識しながら育つことが大きいように思う。なにせ「あんた、男の子なんだから、これ持ちなさいよ」みたいに重い物を持つ役割を子供の頃から強いられたり(笑)、「やっぱり男の子だわね」と事あるごとにおだてられたりするのだから。

ヨン(というかギョム)がそのように育ったかは分からないが、父の代わりに家族を守るのは男の子である自分、という意識を強く持っているのは確か。あ、これには、韓国特有の「男性至上主義」の考え方もあるだろうが。

とにかく、ヨンを見ていると、その「女の人を守る」という意識の強さに、女子としてかなりキュンとなってしまう。そういえば、子供の頃にもヨン(じゃなくギョム)は、ちびポンスンを守ってやろうと、手を握り締めてあげていた。そういうところで、子供でも「男たるもの、女子を守るのが当然」といった考えが表れていて、下手なレディファーストよりよほど素敵だと思うのである。

ヨンにとっては、自然に身についた「女の人を守る」という意識。姉との関係で、それが特に浮き彫りになっている。弟っていいなぁと、あらためて思うのである。

ちなみに、イ・ジュンギ自身は妹を持つ「お兄ちゃん」。こちらも、また「女の人を守る」意識を強く持って育ったタイプである。

というわけで、今日のイルジメ所感でした。ちゃんと推敲せずにアップしちゃうので、文章は変かもしれませんが、許してくださいませ。

では、アンニ・ヨン!

血以上に育った環境がキャラクターを作る!

アンニ・ヨン・ハセヨン!

昨晩は某誌用の原稿のため、イルジメの各キャラクターになって心のうちを語るということをやっていた。そう、各人の気持ちを、恐れ多くもわたくし、代弁させて頂いている。しかも、150字内という短さで!そんな収まりきれん!

そのキャラクターの魂が乗り移り(巫女か!)、心の叫び、つぶやきをうぉーっと書きしたため始めたものの、すぐに制限いっぱい。人の心には様々な感情、思いが渦巻いているものだから、短くまとめるなんて無理があるのだ。(って、自分で言い出した企画だが)

が、この作業、なかなか面白い。真夜中に、セドルになったり、ポンスンになったり、コンガルになったりし、彼らの人生を反芻しながらヨンについて語ってみたりする。私の脳内で彼らの思いを言語化しているので、どこまであっているかわからないが、なかなか面白いので、雑誌が発売された後、ここにもう少し長文で各キャラの心の叫びを書いてみたいなーなんて思っている。

ポンスンとかコンガルとか、ちゃらんぽらんに生きているようで複雑な事情を抱える人の心の内や、逆にシワンのように単純極まりない、だからこそ相手への感情が素直な人の心の内なんて、書き甲斐があるし面白い。彼らの目から見たヨンを検証していくと、さらにヨンという人間の様々な面が浮き彫りになり、魅力が、愛される理由が分かってくる。

あ~、でもヨン自身になることは難しい。というか、ヨンはすでに見る人の心に入り込んでしまっているものだから、代弁するまでもないのだ。いじりたくない、というのもある。なので、雑誌でもヨンだけは心の内を語らせていない。

さてと。

前回、「イルジメ」を見ていて発見したことがある、と書いた。初めに断っておくが、「発見」というほど大袈裟なものではない。すみませぬ。

で、1~2話をだらだらと流し見していて、あらためて気づいた(感じた)のだが、子供チャドル(のちのシフ)と大人シフとは、顔つきも性格もえらく違うのである。賢さは変わらないようだが、子供チャドルはややおっとり君で純朴、人当たりのよさそうな少年だ。どこをどうしたら、あの人を寄せ付けない冷たい雰囲気のシフになるのか。性格は育った環境によって影響を受けるのは分かるとして、風貌がねぇ。

対して、子供ギョム(のちのヨン)と大人ヨンはどうかというと、風貌にしても性格にしても、シフのようにまるで変わってしまったわけではなく、ギョムを残しつつヨンをプラスした感じに成長している。賢く、品があり、正義感が強いが、ややカッとなりやすい点、剣術を父に習っているときに見せたような悪知恵のきくところなどは、大人ヨンにそのまま残っているが、それに加えて周囲の人たちに愛されるような明るさ、茶目っけをプラスしている。

ちびポンスンも泣き虫で臆病、甘えん坊の末っ子という感じだったが(この子役、本当に可愛い。「ワンダフルライフ」でキム・ジェウォン×ユジン夫婦の子供シンビを演じたときも思ったが)、大人になったポンスンはと言えば、体は相変わらず小さいが、男顔負けの腕力を持つたくましき乙女となっている。人を騙して春画をはじめ怪しいものを売りつける図々しさもある。(笑)幼少期と、大人になってからとでは、こうも変われるものなのだ。

と思えば、変わらない人々もいる。シワンとウンチェ兄妹だ。これは育った境遇に変化がなかったためだろう。

こうしてみると、人間の性格や顔つきというものは、血以上に育った環境が大きいことが分かる。どんな親の背を見て育ったか、これが最も大きく人格形成に影響するようである。セドルがヨンに、コンガルがポンスンに、そしてピョン家の環境がシフに与えた影響はおそろしく大きいのだ。

そんなことを考えていて、ふと「ファッション70s」の子役の話を思い出した。このドラマでは、2人のヒロインが幼少期に入れ替わって育つことから起こる悲恋を描いているのだが、

視聴者から「子役2人のイメージが逆じゃないか」という意見が多く寄せられたというエピソードがある。痩せてすらっとした子役が、大人になると(太ってはいないが)丸顔の愛らしい女性に、逆に(太ってはいないが)おっとりした感じの子役が、大人になると痩せ型のすらりとした女性に成長するのである。ルックスのイメージが逆なのだ。が、これに対して監督は、「入れ替わって育てば、性格も逆転し、それにともない外見も逆になると考えた。だから、子役の配役は意図して逆のイメージにした」と語っていたのだが印象的だった。

そう考えると、シフの外見が大きく変わったのも納得だ。穏やかで人の良さそうな風貌だったチャドルはおそらくセドルに育てられてそうなったのであり、ピョン家の息子となって以降は、家族の中での孤独感から神経を張りつめた険しい表情になってしまったのだろう。こういうところまで、ひとつひとつ細かく演出しているのだな、きっと。

というわけで、子役時代と大人になってからの彼らのキャラクターを比較しながら見ていくと、どのように育ったのかが浮き彫りになってくる。そして、どのように育ったかが、このドラマでは非常に大きなキーとなっている。ヨンの成長物語として考えたとき、ぜひ子供時代から思いをはせながら見て欲しい。セドルをはじめ、ヨンを見守ってきた人たちの血肉が彼の体、魂の中に生きているから。

では、今日はここまでで。アンニ・ヨン。