既にホットな話題から遠のいてしまったが、7/25、女優・島田陽子さんが亡くなられたと、「Yahoo!ニュース」で知った。

いつかこんな日が来るとは思っていたが、それは10年、あるいは20年位先のことだろうと漠然と思っていただけに、突然の出来事に思える。

享年69歳。古希にも満たない。

記事によると、実は3年まえから大腸がんを患っており、ストーマ装着を医師から勧められていたとの由だが、女優業に差し支えるとして、その選択はせず、人知れず闘病されていたが、7/21の大量下血後、急に容態が悪化し、還らぬ人となったとあった。

近年、当blogの更新も滅多にしなくなってしまったが、それはある程度の文章を纏めようとすると、かなりの長時間を要するからである。新型コロナ禍で時間が空くと当初は思ったが、生活スタイルが変われば変わったで、なかなか纏まった時間が確保できない。

とはいえ当blogを始めたきっかけを思えば、この方との早すぎる別れについては、やはり触れないわけにはいかない。

今はどんな長さになるのか、想像もつかないが、始めたいと思う。

 

俯瞰すれば毀誉褒貶が激しい人だったとはいえ、嘗ては「誉」、「褒」一色の好意的な捉えられ方をしたものだし、更には時の人となったことさえあった。

後年になればなるほど残念ながら「毀」と「貶」でしか捉えらえれず、“スキャンダル女優”、”お騒がせ女優”のレッテルを貼られ、近年ではめっきりメディアで取り上げられることもなかった。

この方が活躍され、人気を博していた頃を知るのは、今となってはかなり年齢のいった人たちであろう。

そんな中にあって、私は還暦にもまだ遠い、相対的に若い"島田陽子ファン”と言って差し支えないと思う。

同世代、同年齢でも、悪いイメージしか抱かぬ者も多いようだ。

それが十分わかっているので、私は滅多なことでは"島田陽子ファン”であることを周囲に口外しないことにしている。

 

実際、今から10年少し前、こんなことがあった。

高校時代の当時の友人たちと3人で会った時のことである。

Aはその少し前からふとしたことがきっかけで時折会ったり連絡し合ったりしていた。Bとは学生時代は寧ろより親しい友人であったが、この時会ったのが8年ぶりであった。

美術展の後、遅い昼食の席で、映画鑑賞趣味のある私に、Aが最近観た映画を尋ね、私は華麗なる闘い』を挙げた。

有吉佐和子の『仮縫』を原作とする本作。若き内藤洋子が、オートクチュールの縫子として勤め始め、野心を抱くも、岸恵子演ずる経営者に格の違いを見せつけられる話である。

Bが内藤洋子といえば『氷点』のヒロインだったが、『続氷点』では島田陽子に変わったと知識を披露した時、Aがすかさず「島田陽子といえば、〇〇君」と私に水を向けた。

私は内心、「余計なことを言うな」と思ったが、特に口止めしていたわけではないからこの事自体は仕方がない。

それを聞いたBは、すかさず私のほうを向き、こう言ったのだ。

「ありゃダメだ。女性の趣味、大丈夫か?」

Bは元々、くそ真面目で面白味はないが、硬軟含めた多様性への包容のある人物だと思っていただけに、まさかこやつがそんなことを言うとは全く想定外で、咄嗟に私は何も言えなかった。

「島田陽子については、言いたい事は色々あるが…」

そう言いかけたところで、Bに発言を遮られた。

人それぞれ、考え方の違いはあってもいい。

ただ、いやしくも大学で議論を交える経験と教育を受けてきた者同士。

反論するにせよ否定するにせよ、異なる考えの持ち主の意見も一応は聞いてからというのが、人としてのマナー、良識ではないのか。

それが真の教養というものではないのか。

ましてこの時、8年ぶりに再会した旧友同士。

偶々好きな女優の名が知れ、それが自分の考えと違おうが、"女性の趣味”云々まで言われ、マウントを取られる筋合いは全くない。

 

最初から彼らとは、互いに相手を無遠慮にけなしたり、乱暴な言葉をかけあったりする付き合い方をしてはいない。

それは互いを「君」付けで呼び合うことからも想像がつこう。

冗談口では済まされないのである。

 

それでも私は暫くは「理解されないのは仕方がない。俺が我慢すればいいだけだ」と思おうとしたが、何でそこまで悪しざまに言われなければならないのだろう。

又、議論を一方的に封じ込めたBという男の8年間の変貌ぶりに愕然とし、次には腹を立て、遂にはその人間性への信頼を失うという結論に至った。

「お前がダメだ。」

口にこそ出さなかったが、そう思った。

こんな横柄に成り下がった人物と、ただ旧友というだけで無理して付き合っていく意義は最早何もない。

 

結局、このBという奴とはそれきりで絶交することにした。

最後までこちらから抗議も反論も意見も一切せず、ただ一方的に関係を絶った。序に言うと、この時のおしゃべり男・Aともほどなく別のきっかけにより絶縁した。こちらは私の生き方について知った風な口出しをし始めたことを鬱陶しく思ったからだ。

 

それで良かったと思っている。

学生時代からの友達で、ずっとその感覚で付き合いが持続するとこちらは思っていても、相手が必ずしも同じとは限らない。

久しぶりに再会してみれば、妙なマウントを取り、自分のほうが優っていると主張したがる、料簡の狭い人間に堕してしまう者だっている。

 

因みにその席で、助け舟の積りだったのか、AがBに「じゃあB君は誰が好きなの?」と問うたら、綾瀬はるかと仲間由紀恵の名前が出た。

両名に恨みはないが、「何てミーハーな…」と内心思った。

思い返せば、このBという男は、学生時代から、くそ真面目なくせに、流行りものを追いかけ、取り敢えずそれに乗っておかねばならないという付和雷同型のミーハーな面があったことを後になってから思い出した。

見方を変えれば、その時々で無難な好みを言っておけば、何か言われることもない。そんな小狡い料簡さえ感じ取れる。

結局自分がない奴なのだ。

こう記すと、途端に子供の喧嘩じみて滑稽に映るだろうが、どう考えても、少なくとも若い頃においては、この両名よりも、島田陽子さんのほうが、女性としての魅力は遥かに上。格の違いを感じる。

今もその見解に変わりはない。

 

聊か格好つけた言い方をするならば、私は自らの”島田陽子ファン”を貫き、代わりに旧友2名を捨て去った。

「そんなことで…」と思われたり、或いはBの意見に賛同する方もおられるかも知れない。結局自分が損していると思われる向きもあろう。

だが私にとっては、特に女性の好みの不一致というよりは、議論を一方的に遮断するという対話の否定こそが、決して捨て置けない許しがたい蛮行に思えてならなかったし、今もそう思えてならないのである。

 

そんな経験が、私の”島田陽子ファン”度をより強固なものにした。

 

秘すれば花。

そんな言葉が古くから我が国にはあるが、この機会を逸すれば島田陽子さんのことを詳しく記すこともまずないだろう。

以下は、相対的に若い一ファンの、私的な追悼文と回顧録である。

 

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島田陽子さんの顔と名前が一致したのは、私の場合、1981年春放映の『将軍 SHOGUN』によってであった。

 

それまで名を覚えた女優といえば、堺正章版『西遊記』による夏目雅子さん、『クイズダービー』による竹下景子さん位しかいない。

女優の名を本格的に覚え始めたのは、1983年のNHK大河ドラマ『徳川家康』、更にその後の昼ドラマ等がきっかけであった。

 

恐らくはその前にも、例えば幼少期『仮面ライダー』の再放送を見ていた時、初期にだけ登場する野原ひろみを意識せずに見ていたかもしれない。

 

少し時代は下って、角川映画『犬神家の一族』(1976)が大ブームとなった。今でいうメディアミックスの先駆けともいえる作品である。

島田陽子さんは言わずと知れた珠世さん役として名を馳せたが、小学生時代、横溝正史という原作者の名前すら怪しく、専ら志村けんの「八つ墓村のたたりじゃ~ひえ~」というギャグでしか横溝作品を認識していなかった子供の私には、凛とした佇まいの綺麗なお姉さんではなく、無表情な佐清のゴムマスクと、その下の恐ろしい傷跡、更には湖上に逆さYの字になって晒された死体の絵面、おぞましい真相が、強烈な印象に残った。

 

田宮二郎版『白い巨塔』は後に何度も見ているが、主演の田宮二郎氏が猟銃自殺を遂げるというショッキングなニュースを受けてか、最終回だけはリアルタイムで見ている。

転移、黄疸などという言葉を覚えたのはこの時である。
後に、「佐枝子さんが見たい」という特別な理由が生じたことも相俟って、随分と視聴回数を重ねたが、最終話放映当時は財前五郎の壮絶な死と苦悩の印象が強烈過ぎた。
最終話に限っては、前半に少し登場するだけの「お姉さん」に目が行くほど、ませた子供ではなかった。

 

『将軍 SHOGUNは、丁度中学入学直前の春休みにテレビ朝日の8夜連続で放映されているのを視た。


放映前に頻繁にテレビで宣伝をやっており、リチャード・チェンバレンの
「ワタシはサムライ!」(「サ」の部分にアクセントがある)
という台詞を、クラスメートが頻りに口真似していた。

余りにその台詞ばかり事前に聞かされたので、てっきり按針が、その決め台詞(?)を口に、敵役をバッサバッサ。
そんな痛快ものを勝手に想像していた。

小6で日本史を学び、男子は概ね、俄か歴史ファンになっているから、虎長=家康、石堂=石田光成…と、懸命に照合していく。
当時、思春期にはまだ少し早い年頃。それに当時は男尊女卑が今よりずっと強かった。
猛々しい武将や、按針ことブラッドストーンには注目しても、女性陣については触れないという「不文律」のようなものがあり、まり子さんを美しいという者は誰も周囲にはいなかった。
あまりに凛としていて、子供が安易に語ってはならぬ雰囲気があったからでもあろう。

ずっと母と一緒に見ていたが、
余りに有名な入浴シーンや、逆光に浮かぶ裸身を見て、
「…島田陽子がこんな役をするなんて…」
と母が言っていたのを、昨日のことのように覚えている。
随分後で、そのことを話したら、母はすっかり忘れてしまっていた。

物語後半の、虎長に命を賭して進言する場面で、白装束を纏ったまり子さんが、武将どもの前で、まさに自ら喉をつかんとする寸前のところで、進言が受け入れられ、自害を逃れるのだが、当時の曖昧な記憶で、「まり子さんが切腹しようとしている」と思い込み、それで亡くなったのだと、暫く勘違いしていた。

 

矢部というフランキー堺演ずる虎長の重臣が突如裏切り、それが原因で爆風に煽られ按針は一時的に視力を失い、まり子さんは非業の死を遂げることとなる。

 

役柄と役者の人柄は必ずしも一致せず、それを重ねて見てしまうのは、一種のバイアスなのだが、視聴者にしてみればどうしても避けることができない。

 

現在、悪評高いNHKの朝ドラ『ちむどんどん』にしても、ヒロイン役・黒島結菜のことを”無神経で自己中心的なバカ女”、にーにーこと賢秀役・竜星涼のことを”金銭トラブルと騒ぎばかり起こす救いようのないがさつな駄目男”、ヒロイン相手役・和彦役・宮沢氷魚のことを”言うことだけは一丁前だが自分では何もできないクズ男”…役者自体のことをも役柄にダブらせてそう思い、既にかなりの割合で彼ら自身を嫌いになりつつある。

視聴をリタイヤするのも時間の問題であろう。

 

それと同様、フランキー堺のことも、顔を見ただけで私は随分後になるまで「こいつのせいでまり子さんが爆死した。裏切り者め!」と悪印象を抱いていた。

その見立てを拭うには、後年再放送されたTVドラマ版『あ・うん』の視聴迄待たねばならなかった。

更にもっと後で東宝ミュージカル映画『君も出世ができる』の視聴に及び、完全に"フランキー堺=矢部=悪い奴"という呪縛から、漸く氏を解き放つに至った。


ともあれ、この時、島田陽子という女優のことを、着物の似合う上品で綺麗なお姉さんだな、とは思ったが、後にここまでこの方の大ファンになろうとは、当時は夢にも思わなかったのである。

 

 

ついでだから記すが、私にとって『将軍 SHOGUNの視聴経験には、ちょっとした運命のいたずらがあった。

 

私は両親共々神戸の出で、父の転勤により東京に越してきた。

詳しく書きすぎると本文から逸脱するので端折るが、漸く東京暮らしにも慣れ始めた頃、父が近く神戸へまた転勤になるかもしれないと言い出した。

家は西明石にあり、当時は人に貸していたが、そうなるとまたそこに戻ることになる。だが地元の中学は駅前の、ちょっとガラの悪い学校で、それなら神戸の私立を受けようという話になり、私は否応なく受験戦争に巻き込まれることとなった。

その時受けたX中学は、俄か準備でパスできる代物ではなく、レベルも当時の私には高すぎて歯が立たず、結局受験に失敗した。

実力不足、準備不足は自分でもわかっていたとはいえ挫折経験は当時の私には大きなダメージだったが、一方で、小学校の友達らと地元の公立中学へ通うんだと主張し、時には受験勉強ストライキを起こしたこともあるほどだったから、結局その望みが叶うことにもなり、ショックはすぐに消し飛んでしまった。

 

受験直前期に、父が音量を小さく絞ってテレビを見ていたが、その中に

『加山雄三のブラック・ジャック』というTVドラマがあった。

時折隙を見て一緒に見ていたが、口うるさい筈の父が何故か何も言わなかった。

 

歴史に「if」は禁物だが、もしあの時X中学に合格していたとしたら、明石からは到底通えなかった距離だし、家の借主にいきなり出て行けとも言えなかった筈なので、多分神戸市内にあった祖父母宅に母、妹と共に住まわせてもらい、そこから通うことになったと思う。

 

そうなると、毎日のように阪神電車に乗ることになったことだろう。

今でさえ、阪急、阪神の両電鉄は私の鉄道趣味の原点であり、強い思い入れがあるのだ。もし毎日のように乗車し、接することになっていたら、どれほど強度な阪急、阪神ファン(勿論この場合は鉄道の)になっていたか知れない。

 

そして、何よりもこの時点で関西人に戻ることとなり、もしかすると、今の生活拠点も近畿圏になっていたかもしれない。

 

結局この春はおろか、後に至るまで、父の神戸への転勤はなく、1981年の春休みは、少なくとも大きな環境の変化を伴うことなく平穏に終わった。

 

『加山雄三のブラック・ジャック』は同年4月初頭まで放映され、中学受験の重圧から解放された私は、後半を毎週欠かさず視る機会を得た。

本作は、私の記憶する限り、翌1982年春以外、後に「スカパー!」で放映されるまで一度も再放送がなかった。

DVD-BOXが出、レンタルにも出回っている今となっては信じがたいことだが、長らく「幻の作品」として、何よりも異色作として一部ファンの間で語り草となった作品であった。

 

受験勉強の最中から、江戸川乱歩の少年探偵シリーズに傾倒していたが、同年4月初頭、天知茂主演『江戸川乱歩の美女シリーズ』『影男』が土曜ワイド劇場で放映され、家族皆で視た。

以来、同シリーズの視聴を欠かさなくなり、天知茂氏の急死(~自殺と記されているのを幾度か目にしたことがあるが、とんでもない!クモ膜下出血による急逝であった。享年54歳。この度の島田陽子さんよりも尚早世であった~)、北大路欣也氏が二代目明智を受け継ぎ、果ては江戸川乱歩原作ドラマも映画も、どんな駄作であっても全て視るようになった直接のきっかけが、当シリーズで、初視聴がやはりこの時なのである。

 

そして引っ越し準備に明け暮れていたら、勿論『将軍 SHOGUNの8夜連続放送の視聴も叶わなかったに違いない。

この時に島田陽子さんの名前を覚えたのだから、人間の巡り合わせというものはわからないものである。

 

私にとって、この1981年春という時期は、属性においても、後の映像系趣味においても、好きな女優の名を覚えたという点においても、紛れもなく人生の大きな転換点であった。

 

そして『将軍 SHOGUN』をきっかけに、島田陽子さんは一躍時の人となっていった。

 

次回へ続く。

以上一部を除き敬称略。

2年ぶりに訪れた駅弁大会の連載記事も、数えれば既に11回目である。

今回は、名付けて“甘いもの大会”。

 

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本わらび餅極み (200g) (1,188円)

抹茶極み (200g) (1,296円) (共に、京菓子・笹屋昌園)

今回初ではないか。

お店のホームページを見ると、大正7年創業で、元はあの笹屋伊織の流れを汲む長い歴史を有する店のようだ。

実演販売で、職人の兄さんが鍋をヘラでこねこねしている様子が見て取れた。

わらび餅は、プレーンタイプと、抹茶タイプの2種類があり、プレーンタイプは量が多いものもあったが、抹茶はこのサイズのみであった。

抹茶が何となくプレミアム感を持たせているように思われたので、小ぶりでよいので両方試してみることにした。

抹茶は、きな粉からして抹茶入り。

わらび餅自体は、常温保存で2~3日。冷蔵庫には入れないで下さいとの売り子のお姉さんの弁。

箱の中でぷるぷるとし、スプーンで力を込めて掬おうとしても、これが弾力性が強くてなかなか掬えない。

漸く掬っても、今度は千切れない。

そんな悪戦苦闘の結果が、ご覧の写真の乱れっぷりである。

これに比べれば、日を改めて味わった「プレーン」のほうは、そこそこ綺麗に掬えたとは思うが、それでも実際は相当苦戦している。

さてお味の方は、甘すぎない上品さで、きな粉も甘みは殆どない。

ぷるるんとした舌触りが心地よく、専門家じゃないので本わらび粉の味がどうたらこうたらはわからないが、そこらのスーパーで売られているトレハロースが何ちゃらという、普段100円で食べているものとは別物の食感であることだけはわかる。

 

…しかし、こんなことを書くのは極めて不謹慎かつ失礼なのだが、特に「抹茶」のほうは、掬い上げる時のぷるんぷるんとした弾力性、深緑の色合いが、どう見ても大昔、小学生時代に流行った「スライム」(…って言っても、「ドラクエ」のキャラのほうじゃないよ)に見えて仕方ないのだ。

ポリバケツを模した容器に入ったぬるぬるしていながらベトつかない、手で触り続けていると、その内手垢がつき、元の透明度が損なわれ、沼みたいな色に変わってしまうアレをどうしても思い出してしまうのであった。

 

お店は京都北西、嵐電の龍安寺駅そばにあるらしい。

金閣寺方面のついでに、次に京都へ行く機会があれば、一度行ってみるか。

 

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味のくらや・からいも団子 (ミックス6個入) (宮崎)

2年前に続き、リピート。

蒸したサツマイモ(宮崎ではこれを唐芋(からいも)というらしいのです)を練り込んだ餅に、きな粉をたっぷりまぶしたもの。

つぶ餡入りと餡なしの2タイプあり、都合よくそれらが3個ずつ入った折詰があるようなので、迷わずそれを選ぶ。

元よりきな粉好き、あんこ好きゆえ、これが気に入らないわけがない。

全体的に甘さを抑えた上品な甘さで、唐芋本来の仄かな甘みをよく活かしている。

餡入り、餡なしどちらとも捨てがたい。

丁度お隣、鹿児島のかるかんが、あんこ有無どちらも捨てがたいのと同じである。

 

尚、上のわらび餅共々、どうやって食べても、きな粉が余ってしまうので、少量のお湯で溶き、きな粉牛乳にして後で全部飲んだ。

ヘルシー、ヘルシー!きな粉大好き!!

 

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えがわ・水羊かん (福井) (800円)

駅弁大会を訪れるたびに毎回1度は食べている。

これも超お気に入りの「うまいもの」。

この後の福井物産展へ行けば、他のメーカーの水羊羹も数種類出展されており、食べ比べができるが、結局ここのものが一番好みに合う。

福井では真冬に炬燵に入って水羊羹を食する風習があるのだそうである。

冬の冷たい甘味が昔から市民権を得ているとは実に羨ましい。

この「えがわ」の水羊かんは、上品な瑞々しい甘さに加えて、黒糖の鮮烈な味わいが絶妙なアクセントになっており、ただの甘い水羊羹よりも数段美味い。

平べったい半透明プラ容器の型に流し込んで作られるのであろう。その幅にぴったり適合した木べらで1マスずつ掬って食べる。

他のメーカーのものの中には、ボール紙箱に直接水羊羹が流し込まれていたり、黒糖味がしなかったり、薄かったりで、味わい、食べやすさ、保存性、全てにおいてやはりこの店の品に軍配があがる。

そう思っている。

但し、ここ10年ばかりで、600円だったものが800円にまで値上がってしまった。

 

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玉出木村家・パン各種

 

今回も懲りずにこの店の甘いパンの列に並び、予定外の大量購入をした。

これまでだと7階売り場から長い列ができ、ピーク時は3階くらいまで伸びるのだが、コロナ禍対策で、専用入口が用意され、駅弁大会会場とは隣接していながら切り離されている。

 

例年11時半頃迄は並ばされ、空輸を待つのだが、今回は10時半過ぎには既に列が動き始めていたから、随分と出足が早い。

もしかすると、コロナ禍対策で、少しでも行列という"密”を避けるための方策かもしれない。

並んでいる時、いつものように大将が客に声を掛けて回ることはなかったが、代わりに眼鏡の背の高い中年男性が声を掛けて回っていた。

最初は店の人かと思ったが、店の袋を持っていたので、どうやら事情通の一ファン氏らしいのである。

何回か前に記したように、"玉出木村家版・シュトーレン”ともいうべき「雪山パン」を3人差で逃してしまったのが、残念ではある。

 

それでは各パンのレビュー。

 

・(左)クリームパン (216円)

・(右)モカロール(216円)

クリームパンは、後から来る常連客への配慮か、売り場に陳列されず、欲しい場合、お店の人に頼んで出してもらう。(トレイと受け取って順に流れていく時、店屋の人から説明がある)

たっぷりと入ったカスタードクリームが嬉しく、油断してガブリとやると、クリームがむにゅっとはみ出すこと請け合い。パンの上にのったアーモンドスライスが良いアクセント。細長い形が特徴。

 

モカロールは久しぶりに食べた。

バターの入った甘じょっぱいコーヒークリームが入った、コーヒー味の長いパン。

ヤマザキ・ナイススティックの上等版と思えば、当たらずとも遠からず。

 

・(左)ロールデニッシュ・りんご(216円)

・(右)メロンパン (237円)

ロールデニッシュは過去幾種類かがこの京王・駅弁大会に出品されており、今回は「りんご」であった。

過去にあった「アップル」と恐らく同じであろう。

りんごは、ほんのり甘いりんご味が、シュー皮に粉糖、中の甘いカステラの中にあって上品な味わいとなる。

甘×甘の「バナナ」を最初に食べたが、ややもするとしつこくなるのに対し、この「りんご」はほどよい甘さである。

個人的には「オレンジ」や「みかん」の酸味とのコントラストが一番の好みである。

ブルーベリー味、カシス味などを作ったら絶対美味いと思うんだが…。

 

メロンパンは久しぶりに食べた。

この店には他に「マルガリーテン」という太陽というか星型というか向日葵みたいな外形に、中が丸くくり抜かれた油っこいメロンパンが別にあるのだが、このメロンパンは白あんが中に入った上品な甘さで、グラニュー糖がまぶされたオーソドックスなタイプに近い。

 

・(左)ポテトジェノベーゼ (237円)

・(右)ピザデニッシュ (216円)

今回初めて試したピザパン2種。

この店からの京王・駅弁大会出品としては、甘くないパンは極めて珍しいのではないだろうか。

両方とも小ぶりのピザパンで、実は隠し味にチョコ…みたいな変なアレンジなしのオーソドックスな味。

空きっ腹には、甘いのよりも、寧ろこうした惣菜パンが有難いこともあるのだ。

ポテトジェノベーゼ」のほうが微妙に値が張るのは何故なのだろう?

 

ベネティアーナ・ハーフサイズ (518円)

この店の看板商品。

メロンパンを思わせるサクッとした表面にはアーモンドが多数埋め込まれ、粉糖がまぶっている。

中はふわふわと柔らかい。

この手の大ぶりのパンは、表面はあれこれ工夫を凝らしても、中が単調で飽きるものだが、このパンはそれを補うべくオレンジピールが随所に練り込まれている。

それでも、いつも中央のオレンジピール・パンの箇所を集中的に手でちぎって食べ、最後に皮の部分を極限まで薄くしてから一気に甘いところを口に放り込むのが、私のこのパンとの付き合い方だ。

店屋は懸命に「よそではすぐ完売してしまう名物のパンですよ~」と購入を促すが、実際のところはこのパンがいつも最後まで売れ残るようだ。

甘くて美味しいんだけどねぇ…。

デカいだけに値も張るところがネックなのかしらん。

 

ウィンナーショコラ (259円)

柔らかいパンの表面をご覧の通り、実に気前よく分厚いチョコレートでドーンと覆い尽くした甘~い甘~いパン。

カップケーキよろしく薄紙カップが敷かれているが、そのひだひだにまで惜しみなくチョコレートがかかり、写真のようにお皿で受けるか、ビニール袋に入れたままでカップを剥がすかしないと、横に垂れたチョコレートが全部ボロボロと零れ落ちることになり、実に勿体ない。

パンの中にはカスタードクリームに加え、チョコレートも底に隠れている。

最後に零れ落ちたひだひだ沿いのチョコレートを丹念に指にくっつけては口に運ぶ。

お行儀は悪いかもしれないが、チョコ好きなら絶対にそうしないわけにはいかない、チョコレート好きのためのパンだ。

レンジで温めると、チョコレートが溶けて、また違った味わいになるが、個人的には固まったチョコレートのまま、これも中身から先に食べ進め、チョココーティングの皮をなるべく残してから、一気にガブリとやるのが好きである。

 

今回、調べてみたら玉出木村家のInstagramができていて、その中にこの店の多彩なパンの数々の名前と値段が一覧になっているのを発見した。

これは実に画期的なことだ。

岸里玉出の本店まで行ったことがあるが、そこでもわからない情報を知ることができる。この店のファンの方は、是非一読をお勧めしたい。

 

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以上をもって、当blogでの今回の駅弁大会関連の食べ物紹介は全て終わりである。

今なお増え続けるオミクロン株の猛威を、ギリギリのところで掠めるように避け、無事開催してくれた印象である。

売場をあちこちに分散させ、密を避け、百貨店全体でこの人が大勢集まるイベントを乗り切ろうという工夫が感じられた今回であった。

 

昨年から見られた、一部の駅弁に対してインターネットによる事前予約制を本格導入したことが最大の工夫であろう。

出来立てとは限らないが、行列必至の品々が予約引取できるのは、大いなる時間と労力の節約となってくれた。

 

2020年頃からだが、携帯端末を以て場内を巡回する“カード決済部隊”の充実ぶりは、地味だが画期的な変化である。

意外と駅弁大会は現金が出て行っていた。

それを軒並みカード決済で済ませられるのは実に有難いことである。

今回、現金が出て行ったのは、ソフトクリーム、ぶどうジュース、玉出木村家のパンの時くらいであった。

政府が急速に推し進めるキャッシュレス決済が、こんなところにも影響を及ぼしている。

 

客の側としてみれば、会場で食べることができなくなってしまったことが一番の影響である。

今回紹介した食品は全て持ち帰って自宅で食べたものばかりだ。

対面での食事が、感染拡大に大きな影響を持つと言われるこのご時世では致し方ない話だが、お蔭で牛焼肉系実演販売の弁当が、温かい状態で食べることができなくなってしまった。

 

毎年のように出店していたお店が姿を消してしまったところも見られる中、駒乃家の釜めしが相変わらず頑張っており、いつものお姉さんもおられたが、楽しみにする「焼き釜」が熱々の出来立てを味わえず、一度冷めてしまったものを温めたのでは風味がやはり違うだろうし、釜めし容器を持ち帰るとなると、重たい上にごみ処理に困る。そんなこともあって今回は断念せざるを得なくなった。

 

気になった弁当は他にも多数あり、その筆頭はやはり美人社長の出現が拍車をかけたのか、元々人気行列店だった森駅の「いかめし」の新形態・「3代目のいかめし de 丼!!」であろう。いかめしとチーズ、洋風野菜の取り合わせが果たしてどんな味だったのか、気になるところであったが、あんなに長蛇の列では到底並ぶことはできなかった。

 

他には「ながさき鯨カツ弁当」、豊橋駅の「稲荷寿司」たち、「氏家かきめし」、西明石の「たこ壺カレー」(~果たして蛸とカレーは合うのか?という気はするが…)、

武将駅弁」は、以前のヘッドマーク同様、個人的には興味をそそられることはなかったが、後で評判を読んだ限りでは、「明智光秀」の栗めしはなかなか美味かったという。

「うまいもの」では「縄文おやき」、「梅ヶ枝餅」、「台湾カステラ」などである。

 

駅弁に限って言えば、何といっても、今回は一気に牛肉弁当の高級化が進んだ印象がある。

・「佐賀牛サーロインのみで作った極みステーキ&すき焼き弁当」(武雄温泉駅) (3,780円) を筆頭に、

・「常陸牛 極上ステーキとローストビーフ弁当

・「常陸牛 極すき焼きとステーキ弁当」(水戸駅・各2,500円/2,300円)

・「近江牛にぎり寿司とステーキ焼肉弁当」(草津駅)(2,500円)

・「松阪牛三昧弁当」(名古屋駅)(2,500円)

などが、今回私が選択しなかった高級牛肉弁当である。

 

かつては宮島口の「うえののあなごめし」が最後まで2,000円の大台を突破しなかったこと、佐賀牛駅弁の数々が例年2,000円ぎりぎりの寸止めにしていることなどから、駅弁として売れるかどうかのラインが2,000円以内と考えられていたふしがある。

ところが今回訪れてみると、2,000円超えが連発。

このイベントに行くと、金銭感覚が麻痺し、少々の出費はいいやと思えてしまうのだが、流石に上記の弁当たちを委細構わず買っていたら、いともたやすく諭吉が2枚は飛んでしまう勘定になる。

 

ともすれば際限なき消費活動に走りそうになるのを、物理的に持って帰れないという制約が歯止めになったのは、考えてみれば実に皮肉なことだ。

 

それでも数えてみれば今回、弁当は延べ40食。

1回飛ばした反動とはいえ、随分買ったし、食べたほうだと思う。

冬季ならではのことだが、自己責任で購入から最大3日後に食べた弁当もある。

パンはもっとである。

 

百貨店のスタッフの方々は大変だと思うが、いつの日かコロナ禍が明ける日が訪れた後も、予約制を続けてもらえたら、非常に有難い。

 

数年前の「牛肉対決」の時を上回る、かつてないほどに高級牛肉弁当百花繚乱の今大会であった。

 

次はどんな食べ物に巡り会うことができるのだろうか。

1年後は今年、去年ほどには神経質にならず、このイベントを愉しめる世の中になってくれていることを願いつつ、当連載の締め括りとしたい。

前回の続き。

 

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ぶりかまめし (富山駅) (1,200円)

駅弁大会を訪れだした最初から、唯一欠かさず食べている弁当。

ブリかまを丸ごと圧力鍋で煮て、骨まで柔らかく噛み切れるようにしたものがメイン食材。

わっぱめし様の容器中央にドーンと鎮座するが、これでも昔よりは小ぶりになったのだ。

甘辛味のぶりかまに、付け合わせの山椒をかけると、さながら鰻のかば焼きのような味。

脇を固めるのは富山名物白エビ浜焼き、甘酢生姜刻みとわかめ。

控えめな酸味を効かせた青菜入り酢飯が全体を受け止め、下手をすれば生臭くなりかねないぶりかまを絶妙に中和している。

 

一度、魚屋でぶりかまを買ってきて、手持ちの圧力鍋で煮てみたが、この弁当のように柔らかくはならず、無理すればどうにか骨ごと噛み砕けるレベルにしかならなかった。

やはり素人には真似できない調理法があるのだろう。

 

冬季限定の弁当で、できれば現地に出向いて味わってみたいものだが、富山といえば名うての豪雪地帯。

幾ら北陸新幹線が通ったとて、大の寒がりの私は、足が雪にズボッと埋まるのを想像しただけでも、気持ちが萎える。

一度、8月初旬に富山へ旅したことがあるが、夏の富山は豪雪とは打って変わって滅茶苦茶暑いんだ、これが。勿論、ぶりかまめしは猛暑にはなし。

 

やはりこの弁当を味わうには、駅弁大会が性に合っている。

因みに、近年では京王百貨店中地階や、東京駅でも買える模様。

 

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松阪名物黒毛和牛モー太郎弁当 (松阪駅)(1,500円)

これも近年リピートし続けている駅弁。

黒塗りの艶々とした、かわいらしさを排したリアルな牛さんの容器が一大特徴。

掛け紙ならぬ掛けカバーを取ると、あらら…意外とつぶらな瞳が潤んでいらっしゃるのネ…。

続いて牛さんの顔の蓋を取ると、どこからともなくメロディーが…。

 

〽う~さ~ぎ~ お~いし か~の~やま~

 

あわわ…牧歌的というか、郷愁をそそられる。

こんな懐かしい気分で、しかもこんなにつぶらな潤んだ瞳の牛さんなのに、この子を切り刻んで鍋にして喰っちまってよいものなのか…?!

 

〽かーわいそーな子牛~ 売られてゆ~くよ~

「ドナドナ」の哀愁漂うメロディーのほうが似合うんじゃないかしらん。

 

生ある者を弑することに我ら人類、生命の源あり。

そんな哲学的な思いを短時間で馳せてしまうが、無論空腹には抗えないのである。

そんなわけでさっさと喰っちまえ!!

かくも人間様とは残酷な生き物なのだよ。

中身は、牛脂がよく効いたすき焼きの牛肉だけ引っ張り出して白飯に乗っけた感じのやつがメイン。

ずっと食べ続けていると、口の中が甘ったるく脂っぽくなってくるので、付け合わせの紅生姜の酸味が実に有難い。
この辺りは、そこらの牛丼屋と同じ理屈だが、こちらはさしずめ“高級牛丼”の趣き。

さっぱりとした切干大根、しば漬けの酸味もまた、良い箸休めとなるのが有難い。

多分脂がよく効いた牛すき煮の味が他の弁当よりも強いのだろう。

牛すき焼き系駅弁では、他では味わえない満足感が得られる。

 

レンジでチンする際は、「ふるさと」の元=基盤は勿論取り外すべし。

コイツを脇に放置しておくと、後で思いがけない時に、「〽う~さ~ぎ~ お~いし」とお間抜けな電子音が鳴り、脱力させてくれるのも、この弁当ならではの味わい。

この基盤の奴がなかなかタフで、牛さんは跡形もなく胃袋に消えちまった後も、しぶとく何度も何度も意外なタイミングでメロディーを奏でやがるのだ。

 

牛さんよりも何よりも、一番丈夫で強いんじゃないか?!

 

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ここからは今回リピートした駅弁記事の再掲。

 

近江牛大入飯 (米原駅)(1,200円)

カレー味のご飯に牛焼肉という唯一無二の個性派駅弁。

特にお気に入りにつき、今回他の選択肢を敢えて蹴って再購入したもの。

近年、駅弁大会へ行く度に食べている。

 

先日の記事内容をコピー&ペーストするのも芸がないので、この弁当については、更にその前の2020年の記事から引用する。

 

名前からはちょっと想像がつかない、カレー味のご飯が一代特徴の個性派牛弁。

牛肉は脂身がたっぷりの肉厚で、玉ねぎを絡めた甘辛炒め。

カレーピラフとまではいかない、あっさりめのカレーご飯が食欲をそそる。

付け合わせは彩メインの赤かぶ漬けとパセリのみという潔さ。

ガッツリ系の食べて満足の駅弁だ。

 

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たかのののどぐろめし (金沢駅)(1,350円)

4階輸送コーナーで、残数がものすごく減っていたため、思わず衝動買い。

後半はチラシに載っており、やはりチラシ効果は絶大である。

しかし、チラシ画像のほうが更に焼き色がついて香ばしそうで、具材もびっしりに見える。…まぁ仕方ないのでしょうが…。

そう思ってカゴに放り込み、会計の列に並びながら衝立の向こうの様子を見ていたら、バックヤードからデパートのおっちゃんが山ほど補充していた。

何だ…。

 

以下、今年の「その5」からの再掲。

 

のどぐろといえば高級魚の代名詞で、今回は提供されていないが、新潟駅弁で「のどぐろとサーモンといくらの弁当」という駅弁を毎年のように食べていた。それでのどぐろの味を覚えたものだ。

駅弁に使われるのどぐろは小ぶりだが、タレをつけて焼いたのどぐろがこれだけ一面に咲き誇っているのは壮観としか言いようがない。

宮島口の超有名駅弁「あなごめし」を思わせるシンプルで潔い内容。のどぐろが好き、のどぐろを思いきり味わいたいという向きには絶対にお薦めしたい弁当だ。

 

尚、過去の記録を調べてみたら、2017年に同じ名前の駅弁を食べていた。

その時も「輸送」で、“瞬殺”アイテムだったのだが、今回のものは全くといってよいほど別物である。

(参考画像:2017年1月)

 

…そういえば、数年前、某日本人庭球選手で馬面歯茎が特徴的な男が、「のどぐろが好き」とのたまい、それで付和雷同的ミーハー庶民の間でこの魚の知名度が増し、一気に人気が出て、値段が高騰するのでは…?などとまことしやかに囁かれたものだが、彼は不調なのか、その話題すら耳にせず、近頃とんとそんな発言も多くの人々の記憶の遥か彼方へと押しやられてしまった。

まぁこういう駅弁が出てくるということは、一有名人の発言を契機とした“のどぐろ特需”は杞憂に終わり、変わらぬ高級魚としての地位を維持し続けながらも、枯渇や需要逼迫という水準にまでは達していないということなのであろう。

 

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次回は甘いものの予定。

前回の続き。

 

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米澤牛焼肉重松川辨當 (米沢駅) (1,600円)

牛肉弁当の力作を次々と輩出する松川弁当店の、これは店名を冠した、もしかしたらフラッグシップかもしれない弁当。

白飯の上に白ごまをまぶした牛焼肉がたっぷり載ったのがメイン。

通常の駅弁なら、付け合わせは煮野菜というところだろうが、何とこの弁当は付け合わせが肉団子と、何とも肉肉しい弁当なのである。

香ばしい焼肉と、甘酢餡のかかった大きめの肉団子。

牛焼肉ご飯のおかずが肉団子なんて、この弁当くらいしかないだろう。

 

レトロなイラストの掛け紙も良い雰囲気。

 

以前、どこかの機会に同じ調製元の似て非なる駅弁を食べて、感激した憶えがあるが、はていつのことだったか…。

そう思って過去の記録を辿ってみたら、「米沢牛炭火焼特上カルビ弁当」という駅弁があった。こちらは牛カルビ焼肉メインに焼売。

(参考画像:2018年)

更に加えて、「米沢牛牛づくし弁当」というプレミアム版まであった。

(参考画像:2018年)

…すごすぎる…松川弁当店。

牛肉駅弁の西の王者が佐賀牛のカイロ堂なら、東の王者は間違いなくここだ。

 

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常陸牛厚切りカルビ焼肉弁当 (水戸駅)(1,600円)

4階輸送コーナーで見かけ、衝動買いした一品。

3年前に一度食べている。(→その時の記事

以前食した時と同様、白ごまがまぶされた甘辛ダレの肉厚の牛カルビ焼肉がドーンと白飯に乗った豪快さ。

付け合わせは梅肉をあえた蓮根、別トレイに小松菜のナムル、玉子焼のみ。

前回の写真と見比べてみると、牛焼肉の密度が薄くなった気が…。

こんなところにも原材料費高騰の波がヒタヒタと押し寄せ、国全体の景気は回復基調だの何だの言われているが、庶民生活感覚レベルでは、不景気続きでしかない。

 

追記:

2020年にも食べていた。その時既に今回と似た切り方になっていた模様。

→当時の記事

 

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厚切黒豚角煮弁当 (鹿児島中央駅)(1,180円)

薩摩といえば黒豚。黒豚といえば薩摩。

それを前面に押し出した弁当。

甘辛ダレの豚肉がたっぷり乗り、きんぴら牛蒡が脇を固め、ご飯は容器全体にびっしり。

食べ応えのある弁当だが、肝心の豚の角煮があまり角煮という感じがせず、大半が豚薄切り肉の甘辛煮といった印象なのと、付け合わせの玉子が加工品のいわゆる偽卵なのが残念なところ。

偽卵なだけに彩りは良いし、味も決して悪くはないんですけどね…。

 

やはり豚の角煮弁当といえば、長崎・坂本屋の「角煮めしが恋しい。

 

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三千院の里監修ちりめんごはんとおばんざい (京都駅) (1,380円)

これまでの肉弁当とは打って変わって、京都のおばんざいと一緒にちりめんご飯を食べましょうというあっさり味の駅弁。

“ちりめん”とは関東風に言うとしらす干しのこと。

焼鮭、(甘くない)玉子焼、ニシン昆布巻、焼豆腐、椎茸煮、人参煮、がんもどき煮、蓮根煮、唐辛子甘辛煮、さつま芋甘露煮、湯葉…と煮野菜中心の中、小ぶりの串揚げがひと際目を引く。

あわ麩田楽串揚げというのだそうである。

食べた時、何やら分からぬ食材だったが、その正体はお麩だったのだ。

この串揚げが、全体的に大人しめのおかずにパンチを加えている。

パッケージを見て驚いたが、製造者は今年だけでも結構取り上げてきた近江牛駅弁を多数出している草津の南洋軒であった。

 

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松山名物醤油めしと真鯛三種盛り弁当 (松山駅)(1,280円)

醤油めし」といえば、愛媛・松山の名物駅弁で、私も10年以上前に、四国を旅して回った時、現地で2度食べたが、本品はいわばそのグレードアップ版。

容器は3つに分かれ、左から鯛の甘辛揚げにきんぴら牛蒡、鯛の塩麴焼に真鯛の醤油漬イクラ乗せ、通常の醤油めしの順。

鯛は上品な味の、換言すればインパクトの出にくい白身魚だが、その食材をあの手この手で色々アレンジし、飽きさせない工夫がみられる。

一番右側の、オーソドックスな醤油めしに辿り着くと、何故かほっとする。

今回は、この弁当が登場したあおりを受けたか、通常版の「醤油めし」が多数売れ残ってしまっていたのが残念。

できれば両方とも買って帰りたかったのだが、1度しか訪れなかった後半で、18個の弁当とパンの数々その他諸々を抱え込んだ身には、通常版は断念せざるを得なかった。

 

以前、「えひめみかんブリの西京焼き弁当」という駅弁を食べた。

やはり松山駅弁であった。

他でなかなかやらない、海鮮ではない焼魚を上手に使った駅弁が松山にはある。

道後温泉といい、坊ちゃん列車といい、伊予鉄道の平面交差といい、松山へまた旅してみたくなった。

 

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次回へ続く。

前回の続き。

土曜昼にまたしても4個続けて食べたら、夜になっても腹が減らず、甘いものにしておいたが、構成の都合上甘いものは後に回し、翌日以降食べ進めていった弁当のレビューから始める。

 

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どっさり牡蠣めし (姫路駅) (2,160円)

牡蠣の蒸し焼きがどっさり。これだけ並ぶと壮観である。

ご飯も白飯ではなく、牡蠣のだしで炊き込んだご飯である。

味はシンプルな薄味で、どんどん食べ進められる。

付け合わせは玉子焼、椎茸煮、大根甘酢煮。

姫路といえば関西圏で、かつての新快速の終着駅、山陽電車の終点だが、玉子焼は確か甘かった。

 

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北海道グルメ丼ぶり 豚丼 (南千歳駅) (1,500円)

大会記念特製丼が付いたスペシャルバージョン。

中身は豚丼である。

肉は割と厚めで、結構食べ応えあり。

折込チラシの写真とは随分感じが異なり、たっぷりの豚肉は同じだが、チラシのような焦げ目が殆ど付いていない。

肉厚ゆえ食べ応えは十分あり、丼は小ぶりだが、ご飯が余ることは全くなく、寧ろ豚肉が余るほどであった。

とはいえこれは生姜焼き用の豚肉のよう。

どうせならもう少し香ばしく焼いて、チラシ写真のような焦げ目が欲しいところ。

記念丼は勿論保存版だが、これで3つ目になった。

もうそろそろ記念丼は買わなくてもよいか…というよりも置き場がこれ以上なくなりつつある。

豚丼としては、「豚大学」のほうが…。

 

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阿波尾鶏トロッコ駅弁 (徳島線 藍よしのがわトロッコ) (1,300円)

一度は駅弁そのものが消滅してしまった徳島県に復活した駅弁。

徳島といえば阿波尾鶏というブランド鶏を有する。

その鶏の塩焼きとそぼろが炒り卵を敷いた白飯の上に乗ったのがメイン。

付け合わせはジャガイモ、ひじき、大根の千切煮、きゅうりの漬物等。

付け合わせのスダチ汁を鶏肉にかけていただく。

小さなカップに入っているのはデザートのゼリーかと思いきや、生姜ソース。これも鶏に絡めて食べる。

素朴な味わいだが、鶏肉がちょっと少ないかな…。

ご飯は結構敷き詰められてあるので、食べ応えはある。

 

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湖北のおはなし (米原駅) (1,200円)

幼少期は我が家にもあった唐草模様の通称“どろぼう風呂敷”が懐かしい。

主役は鴨肉のロースト。粒胡椒のピリリとした辛みが美味い。

鶏肉(かしわ)のすき焼き風胡麻まぶし、蒟蒻の甘辛煮、玉子焼はちゃんと関西風で甘くなく、葱とお揚げのぬた、小芋の丸煮、梅干、山牛蒡、赤かぶ、大豆の甘辛煮、ヤングコーンに人参と、具材は実に多彩。小さいが海老まで入っている。

ご飯は黒豆入りのおこわ。

季節により、他に山菜、枝豆、栗バージョンもあるが、駅弁大会に来るのは黒豆バージョン。

ご飯はもちっとしていて量の割には食べ応えあり。

敷かれている桜の葉っぱが良い香りを醸し出し、一緒に食すと旨みが増す。

特別派手な食材が使われているわけではない。

しかし各食材がどれも邪魔しあわず、素朴な美味さを作り上げ、どれ一つ取っても“要らない”と思えるものがない。

おまけのサイコロキャラメルならぬ甘露飴までもお楽しみ。

今どき木で作られた、独特のスダレのような蓋が楽しい。

中身は勿論のこと、容器、そしてお品書きまで付いてくるなど、独自の世界観をもつ傑作駅弁である。

 

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金格ハンバーグと牛あぶり焼き和牛弁当 (一ノ関駅) (1,280円)

「5ちゃんねる」で評判になっているのを読み、当初ノーチェックだったが試してみたくなった駅弁。4階輸送コーナーにて入手。

中央にお月様よろしくデーンと居座る白っぽいハンバーグが一大特徴。

手前は牛肉の炙り焼き。脇を塩昆布、茸の煮つけ、野沢菜炒め、紅生姜が固める。

ご飯が仕切りに合わせて斜めに入っており、三角形に仕切られた中にはパプリカの下に隠れた玉ねぎソテーと牛すじ煮。

ハンバーグは白い見た目に反し、ちゃんと和風味がついており、何もかけずとも美味い。

牛肉炙り焼きが、「5ちゃんねる」では、あの岩手短角牛やわらか煮に匹敵するかそれ以上と書かれていたが、流石にそれは褒めすぎであろう。

量が少ないので堪能したとは言い難い。

 

とはいえ、なかなか手の込んだ上品な味わいの弁当である。

食べてみてよかったと言える。

 

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次回へ続く。