予定があることはいいことである。
 ここ2週間ほどは、話す相手が、コンビニ、スーパー、ドラッグストアのレジ係の女性だけであった。
 「レジ袋は、いりません」と、わたしが言う。
 「ご協力ありがとうございます」と、レジ係の女性が答える。
 お互い、マニュアルに則った受け答えをしているのである。

 孤独は1週間ほどで耐えられなくなる。
 メールがあっても、人の、それも知り人の声を聴かないと落ち着かなくなる。
 自分の存在感が、確認できなくなるのであろう。

 そこで、この危機を脱するため、17日から19日まである講習会を都内まで出かけて、受ける予定があることを利用して、知り人に会うことにした。
 
 まず、昨日メールでご無沙汰をお詫びし、久しぶりに会いませんか、とプロポーズしてみた。
 相手は働いているし、私的にも忙しい人なので、ちょっと心配したが、返事があり、19日の夜に会えることになった。
 1年半ぶりの再会である。
 ハングルを学び、胡弓の韓国バージョンの弦楽器を学んでいる人との話の内容も楽しみだが、実は聴きなれた人の声に接することが楽しみなのではないかと思う。

 いずれにしろ、お互い元気で会いたいものである。

 

 秩父事件をライフワークにしている倉田次郎さんの新人物往来社刊行の大作である。
 わたしは、1979年に刊行された井出孫六さんの『秩父困民党』(講談社現代新書)で、秩父事件の歴史意義を知り、蜂起場所になった椋神社、秩父巡礼二十三番札所・音楽寺、総理・田代栄助の墓所などを訪ねたことがある。
 秩父事件とは、1884(明治17)年11月1日に、生糸相場の国際的大幅下落、重税、高利貸しの非道により経済的に追い詰められていた秩父郡の困窮民が蜂起し、11月9日まで明治政府を相手に戦ったものである。
 倉田さんは4000人余の裁判資料集『秩父事件史料集成』を読み込み、現地調査を踏まえ、蜂起前、蜂起、その後を日にちごとに丹念に叙述した。好著、力作である。
 わたしは、神奈川のいまは亡き自由民権の郷土史家・大畑哲さんの人物を多く収載した武相困民党事件関連の著作を読んできたが、秩父困民の声を訊問調書を借りて多く収載された倉田さんの労を多としたい。
 倉田さんは、書名に、著わした想いをこめている。
 「蜂起」である。「事件」とは意外なできごと、もめごとの意味が強い。
 「蜂起」とは、大勢の人がある意図をもって一斉に実力行使するの意味がある。
  

 いま、テレビチャンネルをいじっていたら、TVKでトップリーグの録画放送をながしていた。
 NECとリコーの試合であった。
 そうだ、2年前には、秩父宮によくNECの試合を見に行っていたことを思い出した。
 大男が俊敏に動く。ぶつかる。走る。蹴る。
 世界的には日本のラグビーは、かなり水準が低いが、トップリーグは日本最高のレベルである。
 サントリーと東芝が強豪であるが、外国人も所属し、世界のレベルにいずれの日にか日本は追いつくだろう。
 強くなって、さらにレベルを上げている日本サッカーはプロ化を進めた。
 トップリーグは残念ながら、社会人ラグビーである。
 ぜひ、日本ラグビーもプロ化を進めて、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカのレベルに、追いついてもらいたい。
 日本人も、体格体力では外国人に追いついているはずだから。
 
 おもしろいのは、女性ファンを増やす試みをトップリーグが始めたことである。
 わたしもラグビー場で解説なしで見ていると、レフェリーのジャッジがわからないことがある。
 そこを、スクリーンできちんと説明することもやったり、「ラガール」向けラグビーの動作を基本にしたフィットネス体操も導入するという。
 チームプレイのラグビーこそ日本人向けの競技だと思っている。
 あれ、NECが29対5で負けている。差はもっとついて,NECは負けるな。
 わたしは、「わした」が大好きである。
 「わした」は沖縄語。[わたしたち]の意味だという。
 まさに、わした銀座店は、わたしをわたしたちにいれてくれるのだ。
 店員さんたちは、たぶん沖縄出身者が多いとわたしは思っている。
 親切、丁寧、明るい。気持ちがいいのである。
 わたしは、当然のことながら、メンバーズカードをもっている。 
 「わした島の住民登録証」である。
 カードのポイントがたまると、500円の金券が付与される。
 それで、何度も恩恵にあずかっている。

 銀座店では、黒酢、泡盛、サーターアンダーギー、沖縄そば、ピーナッツ糖をよく購入する。
 店内に入ると、店員はもちろん、お客さんも沖縄出身者ではなかろうかと思われる人が多い。
 なぜなら、野菜、豚肉など故郷の食材を買っている人が多いのである。
 わたしは、銀座、新橋にある府県のアンテナショップをのぞく。
 来店者数が多いのは、「わした銀座店」が一番だと感じている。
 沖縄出身者は、沖縄を愛しているのであろう。
 故郷を持たないわたしは、うらやましいかぎりである。

 地下は、泡盛と焼き物などの売り場だが、ちょっとさびしい。
 しかし、泡盛売り場の店員さんは威勢がよく気持ちがよい。
 わたしは、高い古酒は買わないが、44度の泡盛は買う。
 
 いま、1階はカフェがあり、イヴェントが多い。沖縄満艦飾である。

 ほんと、沖縄を心から楽しめるようになるには、沖縄の今を変えなければならないと思う。
 いずれも、現在、時代小説の牽引車となっている。 
 上田さんは、「奥右筆秘帳」シリーズで真骨頂を発揮している。
 鈴木さんは、「口入屋用心棒」シリーズに特色を発揮している。
 いずれも、時代背景は江戸時代だが、描く対象がかなり違う。
 上田さんは江戸城づめの、奥右筆を主人公に、小旗本の次男坊を脇役にして、物語を展開している。
 鈴木さんは、江戸の市井を舞台にし、ある藩を脱藩した浪人とその知り人たちが事件に追い回される物語。
 舞台によって物語は、それぞれの形式に収れんされる。
 上田さんの物語は、将軍をすら巻き込む権力闘争、鈴木さんのほうは、権力闘争あり、市井の闇を剣術で解決するストーリーありで、退屈しない。
 
 小藩の藩士を主人公にした作品が多い、藤沢周平さんと比べると、登場人物の内面に物足りなさを感じるが、両氏の作品の今後は楽しみである。
 思い出すのは、夏のこと。
 わたしは、いつも、夏には沖縄に遊んだ。
 沖縄本島、宮古島、石垣島。
 いくたびに、沖縄の海、泡盛、沖縄そば、島唄が、忘れられなくなる。
 ああ、この夏の喪失感。
 秋の日の短さは、夏の日の長さを思い出させる。
  昨年の11月に、わたしの母が入院し、わたしの娘に会いたいと母が言うので、
 娘に携帯電話でやり取りし、母のところまで来てもらった。
 その後、音沙汰なしだったが、姉の娘が、わたしの娘に会いたいというので、
 仲介することにした。
 実は、わたしも会いたかったし、スペイン土産もあった。
 ところが、携帯に電話しても、娘の携帯はいつも、電源が入っておりません通知。
 勤務時間中は電源を切っているわけである。
 公私混同をしてきた父親とはえらい違いである。
 いまの働く若者が、強いストレスと向き合いながら働いているのではないかと感じた。
 何とか娘と連絡が取れ、姉の娘が会いたい、と言っているというと、非常に喜んだ。
 9月の初めまでのことである。
 10月に会うことにし、娘からわたしに連絡をもらうことにした。
 9月末に連絡があると思っていたが、なかった。
 ようやく、今日の昼に連絡があった。
 Cメールで連絡が取れたのである。
 わたしは娘の、娘はわたしのEメールアドレスを知らなかったのである。
 なんとか、1か月後れになるが、従姉弟同士は11月には会えそうである。
 
 10月1日に、「ただいま~」のメールをいただいた。
 海外旅行は命がけだと思っているわたしからすると、
 よく無事でが、まず思ったこと。
 経済財政状態が悪いことは、人心を一変させるに違いないとわたしは確信している。
 9日後の、今日、またメールをいただいた。
 お昼に渡したいと。
 待ち合わせ時間に行き、ついにいただいた。

  

 イタリアはフィレンツェのA.Cozziのブックカバーであった。
 本好きのわたしに、素敵なお土産である。
 オリーブ色の革、手触りがいい。
 日本のブックカバーは装飾性なしだが、芸術の都は、ブックカバーにも、その芸術性を発揮。
 オリーブ色の革ひもで全体を固定できるようにしてある。
 明日は外出。使わせていただく。
 
 松村美香さんの作品である。当初の書名は「ロロ・ジョングラン(細身の乙女)の歌声」であった。

  わたしが読んだのは、上掲タイトルの角川文庫版である。
 読みたいと思ったのは、この作品が第一回城山三郎経済小説大賞の受賞作だったからである。城山さんは社会性を基礎に、さまざまな経済小説を世に出した人間である。わたしがビジネスマンになってからよく読ませていただいた。

 主要な登場人物の藤堂菜々美、中瀬稔は従兄妹同士、歳田礼子と山本和樹は姉弟。中瀬稔は戸籍上は礼子・和樹姉弟の兄になる。
 藤堂菜々美と山本和樹、中瀬稔と歳田礼子はそれぞれ恋人同士。

 ストーリーは、新聞記者であった菜々美の従兄妹、稔がインドネシアで死亡し、その死の真実を知りたいと思っていた菜々美がその事実にたどり着くまでの物語である。
 このときの菜々美は稔と同じ新聞社に入社し、雑誌部門の編集記者になっていた。
 2度に渡りインドネシアへの取材を申し出た菜々美は仕事を利用し、従兄妹の死の真実に行き着くわけだ。2度目の取材は、私的理由を先行させてしまい、和樹をライフルで撃ち負傷させてしまう。もちろん、2度目の取材目的であったインドネシアでの日本企業の利権疑惑、さらにNGOに関しての記事を書くこともできない結果に終わる。
 本来、よい小説とは作中人物の人間性をどこまで描写できるか、掘り下げることができるかにかかってくる。
 菜々美は、人間の内面を凝視するわけでなく、他人の外貌、自分に対する接し方でその人間を判断してしまう。自分のプライドを傷つけられると、他人であれば無視しようとするし、恋人の和樹であれば、殺してしまおうと考える人間なのである。
 まして、稔の死の真相を知りたいのであれば、学生時代になぜ行かなかったのか。

 この作品は、新聞社、雑誌部門の企業内部の事情、インドネシアの利権の構造は多少は書かれていたが、はたして経済小説といってよいのか、わたしは納得できなかった。
 まして、エピローグでは菜々美は会社を辞め、和樹とまた恋人同士になる。

 経済小説も、人間も、いくら掘り下げても、その真の部分にはたどり着きがたいが、この小説には肝心なことが描かれていないのではないかと、城山三郎の名前が冠せられているだけに後味はよくなかった。

 わたしは、角川書店は、城山三郎経済小説大賞受賞で、多少経済小説のにおいを付けようと、タイトルを変えたのではないか。
 作者は細身の乙女の伝説と稔と礼子の恋とを結び付けて、書きたかったのではないかと、思っているわたしである。