『日暮れ竹河岸』は藤沢周平さんの掌編小説と短編小説を一冊にした文春文庫版である。

 掌編小説は「江戸おんな絵姿十二景」と中見出しをつけ、「夜の雪」から始まり12編で構成されている。

 掌編小説とは原稿用紙12,13枚ほどの量で書かなければならないので推敲をかなりしなければならない。

 短編小説は「広重 名所江戸百景より」と中見出しをつけ、「日暮れ竹河岸」から始まり7編で構成されている。

 「江戸おんな絵姿十二景」は作者が編集者に1月から12月までの簡単なあらすじをわたし、編集者に浮世絵の選択をまかせた。

 自分の作品と選んだ絵を照らし合わせ作品を微調整したと藤沢さんは言っている。


 「江戸おんな絵姿百景」は、市井で暮らす12人の女が絵から抜け出て動く。生きる。

 浮世絵から、見た目の美しさは観賞できるが、その女がどんな価値観を持ち、どういう暮らしをし、どんな人間関係をもっているのかはうかがい知れない。

 作家・藤沢さんは、幸せとは何かを12人の女を動かして探ろうとした。12人の女にはそれぞれ人には言えない陰影がある。それを受け止めたり、飲み込んだり、抱えながら生きている瞬間を描く。そして、最後にまた絵姿に戻る。

 

 「広重 名所百景より」の主人公は男であったり、女であったりする。

 「日暮れ竹河岸」は小商人である男が表どおりに店を構えたが、借金の返済ができず、その金策に走り回る姿を描いている。

 それでも夕暮れ時になり、声をかけていた友達がお金を都合して来てくれ、明日の都合だけつくことになる。

 日暮れ竹河岸の穏やかさが、目に沁み込んでくる1編となっている。


 藤沢周平さんの生前最後の作品集である。

 去年、わたしは福祉サービス第三者評価者の研修を受けた。

 そのとき、知人になった女性が、所属している評価機関とうまくいっていないと聞いていた。

 せんだって、わたしが所属している評価機関を紹介してくださいとの申し入れが彼女からあった。

 人間は楽しく働くべきがわたしの処世訓。

 そこで私が所属している機関の事務局長に会わせることにした。


 今日の午後から天候が荒れる、と天気予報が教えてくれていた。

 そこで午前11時を会合の時間にした。


 ところが、知人の女性が電車事故に遭遇し、遅刻するとの連絡をしてきた。

 わたしは事務局長に連絡し、遅刻すると連絡した。

 事務局長は構わないと言ってくれた。


 10分遅れで到着し、面接開始。


 うまくいった。


 わたしは、本来遅刻は許さないとの信念を持っていた。

 しかし、遅刻には自分の判断では追いつかないものもある。


 許すことがよい出会いを生み出すこともある。


 今日は天気は荒れるかもしれないが、いい出会いを生み出したかもしれないと思った。


 我慢強くなることがわたしの成長につながっているのかもしれない。

 明日は天気が荒れる。ということで、用事は今日済ませる意気込みで行動した。

 

 まず、市役所に行かねばならない。

 わたしの住んでいる市は、住民票コードに、個人情報が安全かという考え方の市長が去年まで市政を運営していた。

 当然、わたしはそれを支持していたが、昨年住基ネットに賛成する市長が選ばれてしまった。

 わたしへの影響は年金である。

 年金の現況届は住基ネットの登録コードを書かなければならない。

 仕方なしに、聞きに行ったのである。

 無事に確認でき、時間があったので、市役所の異動が行われていたので顔見知りがどうなっているのか、部署を訪ね歩いた。


 異動した人間には会えなかったが、5人には会えた。

 みなさん元気で、彼らもわたしが元気であることをわかり、ハッピーであった。


 そして、わたしが成年後見人をしている方に会いに行った。

 その方も元気であった。

 他愛ない話をして失礼した。


 市役所で5人、成年被後見人1人、一日で1か月ぶりの人に会うことができた。

 わたしが動かねば、会いたい人間に会うことができない。

 会えば、みなさん本当にわたしの無事を喜んでいた。


心配とは、心を配って世話することとある。

 わたしは、心配とはある特定の人のことに心を配って思いをかけることではないかと思った。それも双方に心を配りあっていると。



 久しぶりに力仕事をした。


 築30年の実家の物置の屋根にブルーシートをかぶせる、キッチンの網戸をきちんとはめ込むという仕事である。


 まず、物置小屋を見る。

 屋根の一部が飛んでしまい、補修をしなければならないのだが、所有主の姉はこの家土地を売り払う決心をしているので、余計なお金を使いたくないので、弟のわたしに、壊れた屋根にはブルーシートをかけさせることにしたのである。

 簡単にできると思っていたが、屋根には釘があちらこちらに突き出ていて、まずそれを取り除かなければならなかった。

 高いところでの作業は、わたしはやったことがない。

 落下しないと心に決めて、釘抜き作業をした。

 怖い。高いところにいることと、落下の恐怖。恐怖の二重奏である。

 

 釘を何とか抜いてから、横3メートル、縦4メートルのブルーシートを屋根の上で広げながら、すっぽりきれいに覆えるように工夫しながら広げた。

 うまくいった。

 次は、ゴムベルトでブルーシートを止める作業である。

 

 隣の家との境目に建てているので、軒が一杯に出ているので、自由に動き回れない。

 安全を念頭にともかくはみでたブルーシートを止めることに成功した。

 あとは、じゅうたんを止めるときに使う器具で、ブルーシートを止める仕事。

 結構いい木材で建てられた物置小屋なので、その器具を金づちでたたいてもなかなか打ちつけられない。キリまで使って何とか打ち付けた。


 さて、次は網戸の設置である。

 これは、網戸の金具部分を金づちでたたきながら作業したのでなんとかはめ込むことに成功。


 わたしの力は金づちを使うことに発揮されたのである。


 わたしのように不器用で力勝りの仕事しかできない人間は、世を捨て、自分の知恵で生きることができないと思ったしだい。


 いま、腕の付け根の筋肉が笑っている。

 人間、知恵も力もないと、生きづらい。


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今日は荒れている。天気がである。

午後2時半ごろには雨は止んだが、風は強く吹いている。

風が、桜の木におびただしいほどのダメージを与えている。

桜の木に、桜花を張り付けている。

薄紅色の花びらが、去りゆくのを拒むようにしっかりイチョウと言わず近隣の樹木に張り付いている。



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人が足を踏み入れない公園には花びらが敷き積もっている。

それは、咲き誇っていた木から遠くない場所を自らの生命を終わらせたいと願っているようで、胸を打つ。

また来年の再会を約束して、無言の挨拶をした。、

 昨日友は入職式に出席した。

 2週間の新人研修を経て、配属される。

 配属先は辞令交付されたとメールがきた。

 包括支援センターである。

 高齢者の支援で、今後独居死、介護予防などの仕事にあたる。

 24時間介護相談に応じるを市役所の方針にしているので忙しい職場である。


 福祉関係の資格を持っているので、その資格を生かせる。

 高齢者の人間性を大切にしながら支援をしていくわけだが、高い職業的倫理意識をもつ必要がある。


 若い人間が仕事として人間の支援をする。

 今後の仕事が市民サービスの実現につながるように意識を持ちつつ取り組んでもらいたい。


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高校入学50周年に、今年は当たる。

そこで、クラス会を開いた。

21人が集まった。

53人いたクラスメイトで住所が明確で連絡が取れた相手は41名。

出席者は21名。

なかなかいい出席率になったとは思う。


午後12時半からの開始に21名が遅れることなく集まってくれた。

顔と名前が一致しない人間も数人いたが、

「やはり、面影が残っている」

が、出席者の感想であった。


わたしは司会をしたので場を盛り上げる努力をした。

しかし、乾杯、自己紹介のときに、ビール、料理が出てこないのには参った。

テーブルの上にビール、料理が出てきたのは1時が過ぎた頃であった。


この段取りの悪さは文句を言ってはいけないが、会費相当のサービス提供がなかったのが残念である。



 花見の日。

 わが街の桜フェステヴァルは4月6日から。

 しかし、桜は2,3日前から落ち始めている。

 それでも満開の風情は、今日も保ち続けている。

 そんな桜の花見の日。

 一人は、葛飾区から一人は世田谷区から、わたしの見事な桜並木の言葉でやってくる。

 今日は寒い。

 公演でシートを敷く花見はやめようと思ったが、葛飾と世田谷から足を運ぶ人間のことを思うと、近所の店に連れて行くことにも躊躇した。

 場所は、わが家しかない。午前10時になって、受け入れ準備を始めた。もう2年近く人を入れなかった住居である。

 掃除機だけでは済まない。ぬれぞうきんが必要になる。

 トイレは特に清潔にしておかねばならない。

 予定の1時間前には何とか受け入れ大丈夫な状態にできた。


 駅まで向かいに行く。その前にせめて晩飯代わりにお寿司を用意しておこうと気が回り、お寿司屋で買い物。

 寿司屋もこの桜に合わせて桜の花びらを添えた鮨を作っていた。

 準備万端。


 二人は遅刻しない人間だから、わたしは信用している。

 予定の時間前に集合、

 駅を出たとたん、二人は

 「わーすごい」

 すっかり桜の満開に圧倒されて感嘆符。

 歩くたびに感嘆符は連拍される。


 町並みの落ち着きと桜との調和に驚き、桜並木が1.5キロにまで続くことに驚嘆する二人。

 その南北に続く桜並木だけでなく、東西に続く桜並木に案内すると二人は前後に視線を変えて見入る。


 また来たい、といったふたりのことばがわたしにとって招待の甲斐を感じさせたものとなった。

 今日は35年の付き合いの女性とあった。

 待ち合わせはJR御茶ノ水駅すぐそばの丸善。

 その雑誌売り場。

 最近書店にはついぞ行っていないので、珍しさも手伝って店内を散策。本を抱えてレジに向かう人が結構いた。

 本衰えずの感を抱いたが、人間の珍種を見ているような気がした。

 

 そこに待ち合わせ人が登場。

 わたしは、懐かしい御茶ノ水で食事を考えていたが、

 彼女が新潟料理がいいというので、その店に向かった。

 湯島にあるので、わたしはそっちの方向に歩もうとしたら

 「地下鉄」と言われた。

 地下鉄千代田線で新御茶ノ水駅から湯島まで一駅である。


 新潟料理の店は「朱鷺」。新潟にぴったりの店であった。

 刺身と野菜天ぷらのおいしい店で、ゆっくり近況を話し合った。

 わたしは越乃寒梅、彼女はオレンジジュース。

 酒飲みに慣れている彼女は、オレンジジュースでも話が弾む。


 てなわけで、6時から10時まで久しぶりに時間を堪能した。


 明日は、また飲めない人たちと花見である。


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携帯電話で撮った桜は並木はなんだかわからない。

わたしの街の隠れた桜の名所。桜通りである。

満開の様子を撮ったつもりだが。

しばらくこの通りを散歩したが、絶え間なく桜が散り落ちてきた。

ああ、命短し桜かな。

歩道に、その姿をいじらしくさらしていた。


季節が進み、桜をあでやかに咲かせたと思う間に、散り急がせる。

このまま、桜の花びらは道路を敷き詰められる。

春を歌い上げてくれた桜さんたちありがとうと言いたい。


でも、早く咲いてしまった桜見は、やはり複数でお酒を飲みながらするもの。

わたしは、飲めない人たちと桜観賞会。飲むぞ。