さて、三鷹まで玉川上水沿いにサイクリングに行った。

 雨は降らないが天気予報が告げていた。

 秋のサイクリングもいい。

 水が見え、土に触れ、少し黄葉紅葉が目に優しく映る。

 一気に1時間強で目的地までついてしまった。

 帰りは少し考え、道を変えることにした。

 甲州街道沿いに帰ることにした。

 車ばかりが目につく甲州街道。

 働く人が多い平日なのでしかたがない。

 甲州街道にしたのは、信号待ちでゆっくり帰れると考えたからである。

 帰りは2時間超かかった。

 愉しいサイクリングであった。

 坂がないことがこのコースを走った理由である。

 本書は新潮社から2013年5月20日に刊行された。

 お鳥見女房シリーズは,

お鳥見女房     2001年6月

 蛍の行方      2003年1月

 鷹姫さま       2004年9月

 狐狸の恋      2006年8月

 巣立を        2008年11月

 幽霊の涙      2011年9月

 来春まで      2013年5月 

 と、10年以上にもわたり諸田さんは書き続けている。


矢島家は御鳥見役を世襲する御家人である。御鳥見役とは鷹狩をする際の鷹場を管理し、鷹場のうさぎや鳥などの生息状況を確認し、鷹狩の準備をなす仕事である。鷹匠は旗本が就任する役目である。

 この家の長女として生まれた珠世さんが、伴之助さんを養子として迎えるころからの話である。珠世さんは2男2女を立派に育て上げ、家督を継ぐ長男には鷹姫さまを嫁に迎え、そろそろ第一子誕生を控えている。次男は旗本の家に養子に行き、そろそろ家督を譲られる時期に来ている。2女もそれぞれいいところに嫁ぎそれぞれの悩みがあるにもかかわらず暮らしている。

 矢島家には「来る者は拒まず」の家風があり、多くの人を結果的には救ってきた。

 その事件の多くに珠世さんが、しっかりとした人間観を背景に、自ら交渉したり、肉親、親しい人たちの手を借りて解決に導き、事件に遭遇した人々がそれからの人生を歩けるように手伝う。

 本書は、

女心、新春の客、社の森の殺人、七夕の人、蝸牛、鷹匠の妻、来春まで

 の七話で編まれている。

 珠世さんに欠点はないし、夫、長男、次男にも欠点が見られない。

 夫婦、親子関係が信頼でつくられてしまっているので、その暖かさはよいとしても、やはり夫婦、親子関係は純文学にしか書けないのだろうかとも思ってしまう。


 


 雨が降っていたが、銀座に出かけた。

 わしたをのぞいて沖縄と出会い、ハラダに行きラスクを買うこと。

 ハラダ特製のラスクのおいしさは素晴らしい、そこにラスクの新製品が出る。11月から本格展開と言っていた。

 その前にテスト販売をすると聞いていたので売り場を訪ねた、

 売っていなかった。

 この日の買い物はもろみ酢、豚肉みそ、ラーメン、チョコもちそしてラスクとなった。

 昼はふくすけでナスカレー。うまかった。

 帰りも中央線は遅れずに帰着駅に着く。

 好きなところに行き、好きなものを買い、遅れずに帰宅できる。

 ふつうはいい。

 成年後見人制度を知りたいと集まってこの会を含めて4回も集まったた方たちが21人もいた。女性が少し多めであった。

 驚いたのは認知症で、成年後見制度を利用されている方がシンポジスとして参加していたのである。

 その方の、どこが困ったのかの話を導入部に、成年後見人をやっているわたしを含めて二人から話をさせてもらい、淑徳大学の先生からコメントをもらい、さらに話しを深めていった。

 だが、参加者は成年後見制度のアウトラインを知りたい方々。

 質問されて分かった。

 わたしの話は細部の後見人業務、知りたい人たちはどこに相談しに行けばいいのか、市役所に問合せしても、きちんと答えてくれる人間がいない、といったレベル。

 マッチングすることのない講演会になってしまったと思う。

 ああ、わたしからすれば伝えたい中味があったのだが、そうはうまくいかなかった。

 

 台風一過で天気は秋晴れ、とても気持ちの良い日であるが。

 予定していた地鎮祭はやらず。

 昨日施主の姉から電話があった。

 解体工事の着手が遅れたうえ台風で大雨。その影響で敷地内は水浸し、挙句の果ては私道もかなり痛めつけてそのまま放置していた。

 わたしも地鎮祭は中止するにしてもこのままではまずいと考え、現場監督を今日呼び出すように姉に言っておいた。

 行ってみたけれども、これはひどいと思った。

 解体工事で重機の重さとか作業員が踏み荒らしたのだろう何のメンテナンスもされず、水浸しであった。

 とても地鎮祭をやれる状態ではないと直感した。

 呼び出した現場監督は、作業の終了を見届けず、帰っていてしまったのである。

 責任感もなく、出てくる言葉は反省と雨でこんな状態になるとは思わなかったというだけである。

 あきれて、これ以上話しても仕方がなかったので、大きく会社名が書かれたテントを持ち帰るように要求した。

 営業、設計の担当者も来ていたが、誠意すら感じることなく言いわけだけであった、

 こんな状態で地鎮祭ができるかどうか聞いたが、するべきではないと返答した。


 姉を慰め、これからのことを考えてしばらく話、姉と別れた。


 そして、わたしはスーパーで買い物に行った。

 必要なものを買い、レジに並ぶ。

 次となったら、レジ操作を間違えたらしく、一向にレジは操作できない。どうするかと思ったら、隣のレジに行ったではないか。自分と同じ「実習中」の腕章を巻いている人間にである。

 隣のレジも人が並ぶことになった。

 わたしは我慢しようとしたが振り向くとだれもおらずと言うことになっていた。

 こうして、不愉快さが改正を喜べずの結果に終わった。

 浄瑠璃長屋春秋記シリーズは『照り柿』『潮騒』『紅梅』と書かれ、この4冊目が最終巻となる。

 本書は2010年11月15日に徳間文庫として刊行された。

 藤原さんは剣が使えて、人がいい浪人を描く名手である。

 本書の主人公も妻に出奔され、その妻を探すために浪人になり妻の行方が江戸とわかり、浄瑠璃長屋に落ち着き、大都市江戸で妻を探すわけである。

 家督を弟に譲って妻を探すわけだが、嫁姑との関係悪化が自分のもとを去った理由の一面であると思っているので、妻にすまないという気持ちが主人公の妻探しに熱が入る。

 ところが、浪人となっては日々の暮らしが立ち行かない。

 そこで、日銭を稼ぐために口入屋を利用する。

 浪人仲間と親友になったり、同心や岡っ引きと知り合いになったり、商家に勤める女性からは慕われるはで、この主人公が悩みに向き合うことはない。

 こうして、ある事件をきっかけに、妻との再会を果たし、それからの浄瑠璃長屋が楽しみになるのだろうが、夫婦の間にあるものではドラマにならない。ここから先は純文学なのであろう。

 台風27号と28号が日本に接近している。

 そのため、今日は東京全域にわたって冷たく微弱な雨が絶え間なく降っている。

 今日も仕事で外出した。

 かなりわたしは雨男ではないのかと自問自答した。

 仕事と言っても、施設が企画した旅行に親族代表で娘さんが行く予定についての確認である。

 支援させていただいている方の前で娘さんに電話し、集合場所、集合時間を伝えメモを取ってもらった。

 そのあと親子で話をしてもらった。

 わたしの携帯電話を使っていたので、支援させていただいている方は携帯電話の使い方がわからないことを認識した。

 ゆっくり説明し、理解してもらったらスムーズに会話が弾んでいた。

 これで、娘さんは本格的に行く気になってくれたようだ。

 こんなときに、ああ雨の中、来たかいがあったと喜べる瞬間である。

 仕事があるときは本が読めないと思っている。

 好きな藤原緋沙子さんの文庫がこの2日間は頭に入ってこなかった。

 明日は終日家の予定である。

 読書の秋を実践したい。

 本日は曇天で、午後6時過ぎから雨の予報であった。

 ところが、仕事で颯爽と自転車にまたがった途端に雨がしとしと降ってきた。

 横断歩道の赤信号で、持参した雨合羽を着た。

 それから1時間雨の中の疾走となった。

 おかげでズボンもブレザーも濡れずに済んだ。

 今日は支援している人との会話が弾み、有益な時間を過ごすことができた。

 一仕事は済ませたが、今日はまだ用事があるので立川まで出た。

 新幹線の切符を買うためである。

 行きは京都まで、帰りは新大阪からなので2枚購入希望書を書いた。記入ミスが2か所あったにもかかわらず、窓口の職員は丁寧に対応してくれた。

 さて、最後の用事はハローワークの知り合いを訪ねることである。

 共通の知人と飲む約束をするため、現役の人間の都合を優先したわけである。

 介護を優先している知人に連絡し飲み会は成立した。

 新しい人間関係を大切にするのも大変なことである。

 人と会えば疲れる。往復で2時間強の雨のサイクリングも疲れた。

 くたびれた雨の木曜日であった。

 今日も朝からメールがきた。

 わたしの携帯は、どうも扱いずらい。

 前の携帯は着信があれば、お知らせランプが点灯していた。

 ところが、この携帯は充電効率だけで購入したため昨日は考えなかった。

 電話がいつあったのか、メール着信があったのかがまるで分らないのである。

 しかたがないので、あと5年は使うのだろう。

 開いたらCメール着信が1通。気がついてよかった。

 11月末に予定している東京散歩の日取りの確認メールだった。

 友人は働いているので、ようやく予定がついたのである。

 11月29日に決めた。

 これで、森下町から門前仲町、月島に案内できる。

 友人は草深い岩手の出身である。

 ご主人と長いことさいたま市で暮らしていたので、東京都内は不案内である。

 わたしは友人を浅草、谷根千と導き、大いに名声を獲得した。

 最後は友人がいきたかっている東京タワーの夜景を楽しもうと考えている。

 わたしはこの友人を大切に思っている。

 友人の自宅とわたしの自宅は歩いて5分のところにある。

 わたしはわたしの自宅の鍵を姉に1本預かってもらっている。

 しかし、その鍵を、姉と同居していた母がわたしと口論をした直後捨ててしまったらしい。

 今回の姉の新築で鍵は見つかっているのだが。

 わたしは友人に鍵を預けようと考えていたが、何かあったとき駆けつけてくる。部屋を見られてしまう。ここにどうも見栄が働いて躊躇していたのである。

 姉ならば生き恥はさらしても問題ない。弟の強みである。

 友人らを部屋に招待したことはない。

 

 

 突然思いもかけなかったことが起こる。

 それは人間関係を壊さないと起こる。

 わたしは過去を引きずらないように生きてきた。

 とくに、職場は引きずらないと考えていた。

 最後の職場はとくに豊富な人間関係をつくっていたが、これもあっさり残さなかった。

 送別会はわたしが主催し、やってしまった。

 ところが、市役所に6年ほど勤めて、ここでつくった人間関係は大事にしようと思った。

 わたしの住んでいる市で、初の女性部長になった人が、わたしがトラブルを起こすとかばってくれた。

 この人は人間関係を最も大切にしてきた。

 その情の深さに、わたしは従わざるを得なかったのである。

 円満に退職し、送別会も2度にわたってやってもらった。

 いい人間関係が残ったままであったのである。

 今日の仕事は、市の主催による成年後見の後援会の話である。

 講師に予定されている方が体調を崩し、その代わりを探しているのであった。

 わたしは、ふつうこのような話には乗らないのだが、この講演会を主催している担当者とは親しい。

 困っている。

 助けてあげることにした。