今日、メールを開いたら友人からメールが来ていた。

 さくらが新たに若木が数本植えられている、と知らせてきた。

 そのメールの最後に、今日は雨が降るかもしれません、と丁寧に知らせてくれたのである。

 いつ降るか、いつ降るかと思っていたのだが、ようやく降る気配なしと断じた。

 そうなると、買い物である。

 ご丁寧に長袖の上着を羽織り出かけた。

 帰りは買い物バッグいっぱいである。

 気がつけば、暑いのである。

 ますます、メールがガセであると思い、地域ニュースから地域の予報で確認した。

 明日にかけて晴れである。

 ここでようやく洗濯する気になった。

 信頼している人間によってもたらされた情報は検討せず正しいと思ってしまう。

 その刷り込みは深い。

 わたしの行動を約7時間も抑えていたのであるが、今後もこの信頼するに足りる友人の情報は信じていくであろう。

 新宿で待ち合わせなど、何年ぶりなのであろうか。

 午後2時にアルタ前で待ち合わせた。

 昨日は銀座散歩を体験していたのだが、働いて移動中の人の多さにはかなり驚いた。

 昼間会うからと言って、ノンアルコールは嫌なので周囲を歩いてみた。

 驚くなかれ、24時間営業を謳う居酒屋チェーンが至る所にあった。

 アルタ前に10分前に到着。

 ニコニコとわたしの前に友人が姿を現した。

 「アルコール大丈夫か、大丈夫なら知っている店があるから」

 と、歩き出した。

 入ってビックリ。

 すでに4組ほどのお客さんがさしつさされつしているではないか。

 「お前なあ、団塊の世代が退職してから、昼間から飲んでいるのはあたりまえだよ。この店には知り合いとよく飲みに来るんだよ」

 知らないことは多いいが、これほどまでに昼酒がポピュラーになっていたとは想像もつかなかった。

 わたしたちが入店してから2時間ぐらいでわたしと同世代は早めに店を出て行った。

 わたしたちは午後5時過ぎまでいたが、入店客は若い人間ばかりであった。

 共通の仲間と話すことは楽しい。

 「あいつはこうなっている」

 「こいつはこうだ」

 昔の話に花が咲いたが、お互いの今を話すときには、多少の脚色が入ったのかもしれない。

 また会おうとはお互い言わなかったけれども、また会えることをお互い信じて別れた。

 本書は2012年7月18日に集英社新書として発行された。

 死生学を講じている筆者は魅力的なドイツ人である。

 筆者はわがん日本の土になると、すでに墓を準備している。

 死への準備をすでにしているのである。筆者が亡くなれば、故郷ドイツでミサをしてもらえるだろうと、ユーモアを交えて解説している。

 筆者は肉親の死と向き合っている。4歳の妹さんを白血病で失っているのである。

 たぶん、その体験が筆者を死生学に目を駆り立てたのであろう。

 本書は40の言葉の花束を用意し、優しい語り口で丁寧に経験知識を駆使してわかりやすく解説している。

 ここでは、筆者自身の言葉を紹介しておきたい。

 「あきらめることはあきらかにすること」

 「自分のやるべき善をやらないのは怠りの罪である」

 「死そのものよりも、死に逝く過程のほうに人は、はるかに恐れを抱くものです」

 「死に逝く人をいかに温かく見守るかは社会や文化の成熟の度合いをはかる尺度になる」

 「晴れてもアーメン 雨でもハレルヤ」

 「自分の愚かさに気づいて笑える人は賢い人である」

 「祈りの真の意味は感謝である」

 筆者は渾身の力を込めて、自らの言葉の花束7つを読者に与えてくれている。

 宗教を信じる人にはイエズスがいたり、仏陀いたりする。

 残念ながらわたしには信じる教えはない。

 やはり学べたのは千葉敦子さんの言葉である。

 「よく死ぬことは、よく生きることだ」

 よく生き続ければ、モーツァルトのように死を友人とできるかもしれない。

 今日は、まず風邪を引いた姉に頼まれて新築現場に行き、現場監督と会って話をした。どこまで砂利を敷くのか、どのぐらいの大きさの砂利にするのかを決めるためである。

 姉は空いている土地にはすべて砂利をと言っていたが、わたしは地面の柔らかさを多少残しておいた方がいいと思っていたので意見交換をして砂利を敷かない場所を特定した。

 さすが、現場監督は説明のために姉のアパートに行くと言ったのでわたしも付き合うことにした。

 姉に説明してもらい、了解を得た。

 さて、火曜日は銀座わしたと松屋でハラダのラスクを買いに行く。

 水曜日は2年ぶりの古くからの一緒の会社で勤めていた友人と会う。お互い歳なので、いつ死ぬかもわからない。そんな危険信号は感じていないのだが会うことにした。再会を約束するために会うが今回の目的である。

 金曜日はブログで知った殺陣を観に行く。

 東映時代劇の申し子を自認するわたしはチャンバラ遊びが好きであった。小学校の低学年のころは竹を刀代わりにして駆け回っていただけなので、本格的な殺陣を観て、また時代劇の旧作を観ようと考えた次第である。

 さて、土曜日は幼い子たちと公園で遊ぶことにしてある。いざとなったら図書館に入ればいいと考えている。絵本の朗読でもしたら喜んでくれるだろうか。

 午後3時過ぎには、姉の家の引き渡しに同席することにした。

 予定はあった方がいいので、心に刻み付けるために書いてみた。

 これはカレンダーを確かめながら書いた。

 手帳を使う習慣を無くしたわたしはいつのころからか、カレンダーだけが頼りなのである。

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南部風鈴が夏を奏でている。

風を受ける紙は松本清張賞のお知らせを書いてある、短冊形のしおりである。

とてもよく風を捕え、風鈴に接続している。

夏の準備を早めにしておいてよかった。

夏日の天気予報を見落とさなくてよかった。

しおりは雨にも強い。

初夏、盛夏、晩夏をこの風鈴の音で楽しむのである。


 昼そばをした。

 雰囲気を変えるため、俊にした。

 ご夫婦で経営しているそば屋さんで、北海道直送のそば粉でそば打ちをするので、腰が強くおいしいそばである。

 天ぷらがまたおいしいので昼ランチを頼む。

 当然、冷酒も頼む。

 おそば屋さんというところはお酒にはつまみがつく。

 こちらは、そば揚げである。

 こりこりしてうまいし、お酒が進む。

 12人しか入れないし、土曜の日はお店は混むのでわたしは12時前に店に入っていた。

 大昔、わたしは鉄道友の会の副会長と仕事をしたことがある。

 「アンクルさん、わたしは友の会の理事会があるときはおそば屋さんに寄り、一合のお酒ともりそばを頼んでから出席するんです」

 大正の男の美学であろう。

 わたしもまさかそば屋さんが人と会う場所になろうとは3年前は思わなかった。

 いまや親しい人間とはそばを共に食すことが習慣になってしまった。

 そば友である。

 うまいそばを食することは親しみがわく。

 近況を聞き、50分の昼そばを終える。

 なんと、友は食べ終えると、わたしに松本土産を渡した。

 新そばであった。

 そば友を持つのはとても楽しいことである。

 本日は晴天であった。

 仕事があり、久しぶりに電車に乗った。

 わたしは新聞を購入して読んでいたら、停車駅で女子大学生らしい3人が乗ってきて、わたしの対面に座った。

 座る前にまず、けたたましい儀式があり、一人は次の停車駅で降りたが、2人になってもけたたましさが変わらなかった。

 周囲に人なきがごとしの振る舞いが10分続いた。

 帰りは午後5時を過ぎてしまった。

 電車は混んでいる。

 大学からの帰りであろう人間が多く乗ってきた。

 今度は男女である。

 やたらと体を寄せ合い、女性のスマホを覗き込み合う。

 公的な場所である電車内という意識がまるでないのである。

 ひょっとすると、わたしが卒業した大学の後輩かも知れない。

 行きも帰りも高幡不動から乗ってきた若者である。

 わたしは自分が18歳のときに、選挙権やら憲法改正の国民投票権などあったら、とても判断のしようがないと思っている。

 今日のような社会の常識すら持てない人間にはあきれたが、これは親の責任である。

 たまにでも、電車に乗れば、社会と対面しなければならない。

 いい出会いが少ない社会になっているのはなぜだろう。

 わたしが住む団地の北側を片側2車線の道路が走っている。

 その道路の両側の歩道には桜が植えられ、2キロ弱の直線の道沿いに30メートルに1本と桜並木の景観をつくっている。

 この道にはさくら通りと命名されているが、わたしは秘かに「外食通り」と呼んでいる。

 ガスト、藍屋、民藝、COWBOY、名前不詳のイタリアンと大型店がわたしの団地から見て右側に並んでいる。どの店も20台程度の駐車場を併設している。この道路には中華料理店、ラーメン専門店がある。

 わが街の不思議の一番目はこの狭い地域に五軒の大型食事店が分布している光景である。

 反対側の歩道沿いにはおそば屋さん、喫茶店が2軒、洋菓子店と地味であったのが、この通りで一番大型の店舗が建築中である。

 今日封筒入りのチラシが郵便ポストに入った。

 大手洋服店が来週末に開店するそうである。

 ようやく、地味目の通りに、まがまがしい大型店が君臨することになる。同じ洋服屋さんが500メートル離れたところにあるのだが、この立地が気に入ったのだろうか。

 実はこの左側の歩道沿いは商売を止める店が多い。

 右側は大手の商売向きなのだが、左側はどうなるのか。


 さて、この左側の道路沿いに不思議なお店がある。

 昨年暮れに開店した陶器店である。

 月2、3日しか店を開けないのである。

 わたしも陶器に興味があるので、入ってみようと通るたびに見ると、

 「今日は休ませていただきます」と、看板を掲示しているのだ。

 余ほど資金がないと、商売は日銭を稼がなければならないはずなのだが、このお店はなんなのだと思っている。

 わが街の不思議ではなく、わたしが有している不思議なのである。

 

 オンライン学習講座の課題には四問択一問題に含めてレポート提出が加えられた。

 レポート課題は「日本中世における自由・平等・平和」である。その問題には三つのキーワードを入れなければならない。

 「所有権の未成熟」「熊谷直実」「人口の増加」である。

 つまり、講座を聞いていなければ解答できないのである。

 わたしは網野善彦さんの中世の理解をさらに深めるために受講したのだが、講師の本郷和人さんの考えは網野さんを否定するものであった。

 網野史学の批判はあると思っていたが、網野史学の基本「漂白民の自由」が否定されていたのである。

 これが学問の世界であるので仕方がないが、かなりがかっりした。

 それでも、本郷さんが言ったことも理解できる。

 気持ちが定まらなかったが、とりあえず本郷説を前提にレポートをまとめることにした。

 心の中では網野さんに謝りながらではあるが。