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スタッフHです。

今回は血液×感染症ネタです。

再発難治性多発性骨髄腫に対する二重特異(BiTE)抗体であるElranatamabが2024年5月22日に薬価収載されました。昨年、再発難治性びまん性大細胞型B細胞リンパ腫に対するEpcoritamabが発売し、当院での使用症例も増えてきました。これから続々と類似機序の薬剤が増えてくる事でしょう。

 

EpcoritamabとElranatamabは腫瘍細胞に対する抗原と自身のT細胞の抗原(CD3)を標的に抗腫瘍効果を発揮するという、近しい機序の薬剤ですが、投与方法や副作用プロファイルがやや異なります。詳細は適正使用ガイドを参照いただければと思うのですが、特に気になった点はサイトカイン放出症候群(CRS)の発症時期の違いです。Elranatamabはday 8で投与量が最大となり、Epcoritamabはday 15で最大となります。Epcoritamabは最大用量となるday 15投与後にCRS発症頻度が高いですが、Elranatamabはday 1投与後に頻度が高いです。Elranatamabも最大用量となるday 8でCRSの頻度が高くなりそうですが、Epcolitamabのday 1, day 8の投与量が著しく少なく、それ故にCRS発症時期が遅いのではないかと予想しています。

他にも注目されている点がBiTE抗体投与中の感染症についてです。
 

2024年6月時点で発売されている多発性骨髄腫に対するBiTE抗体は国内ではElranatamab、海外ではTeclistamabがあり、いずれも腫瘍側はBCMAを標的としています。その他、創薬治験が行われているBiTE抗体の標的としてGPRC5D、FcRH5、CD38などありますが、いずれも正常形質細胞にも発現している抗原であり、on-target off-tumor toxicityとして低ガンマグロブリン血症が起こります。

 

その中でも、BCMAは特に形質細胞の長期生存に関与している事が、著明な低ガンマグロブリン血症に関与しているとされています。CAR-T細胞療法と異なり、薬剤を繰り返し投与するBiTE抗体は、長期間のplasma cell aplasiaに陥ります。臨床試験の統合解析では、抗BCMAの方が抗non-BCMAよりも感染症の頻度が高いとする報告があり、前述の通り、感染症においてはよりBCMAが重要なのかも知れません。

 

骨髄腫BiTE抗体の臨床試験におけるケースシリーズでは、治療開始から測定中央値104日時点で血清IgGが159mg/dLと低く、IgA、IgMも同様に低値でした。更に、検出感度未満の症例がIgGで28%, IgAで50%、IgMで60%でみられました。現時点ではCD38抗体を含む三剤耐性が導入条件ですので、CD38抗体の影響も受けます。

MagnetisMM-3 trialではany grade および grade3 or 4の好中球数減少が48.8%と頻度が高く、これも感染症発症に寄与します。

BiTE抗体特有の問題点としてT cell exhaustionがあります。BiTE抗体によってT細胞の抗腫瘍効果が増強されますが、長期間T細胞を刺激し続ける事で、T細胞が疲弊し機能が低下します。Blinatumomab(CD3×CD19)のin vitro modelでは経時的にT細胞機能が低下し、投与中止する事で機能回復が得られる事が示されています

 

各群患者背景の違いはありますが、骨髄腫におけるBiTE抗体はCAR-T細胞療法よりも感染症頻度が高いとする報告もあり、今後BiTE抗体特異的な感染症マネジメントなどが提言されるかも知れません。

 

骨髄腫のBiTE抗体投与中の感染症に関するシステマティックレビュー・メタ解析では播種性アデノウイルス感染症、サイトメガロウイルス感染症による死亡の報告や、頻度は低いながらもニューモシスチス肺炎や侵襲性アスペルギルス症の報告もあります。


昨年、Blood Cancer JournalとBritish Journal of Haematologyより骨髄腫に対するBiTE抗体治療中の感染症マネジメントについてのレビューが出ておりましたので簡単にまとめます。
 

Monitoring, prophylaxis, and treatment of infections in patients with MM receiving bispecific antibody therapy: consensus recommendations from an expert panel
N Raje et al, Blood Cancer J 2023, doi: 10.1038/s41408-023-00879-7

 

  • 低ガンマグロブリン血症における免疫グロブリン置換は、①IgG<400mg/dL、②IgGの値に関わらず重症感染症を2回以上繰り返す、③致死的感染症を起こす、④抗菌薬に反応がない、もしくは十分な反応がない細菌感染症を起こす、場合が議論の対象となり、致死的感染症がなく免疫不全が持続している場合はIgGが400mg/dLを超えるまで毎月IVIGを投与する事が推奨された。
  • Grade≧3の好中球数減少がある場合はG-CSFを使用し、使用にも関わらず長期的な好中球数減少が続く場合は、細菌・真菌の予防も考慮すべき。CRSのリスクが高い期間ではG-CSFによるサイトカイン放出と発熱性好中球減少症の症状とオーバーラップするためG-CSFの使用は避けるべき。好中球数が500/μL以下の場合はBiTE抗体投与を延期する。
  • HSVおよびVZVに対する予防としての抗ウイルス薬の投与は全再発難治骨髄腫患者に推奨される。骨髄腫治療を受けている間は投与すべきだが、主治医の裁量による。再活性化した場合はvalacyclovir or IV acyclovirで治療を行う。VZVのワクチン接種を推奨するが、接種後の予防の中止についてのデータはない。
  • 治療開始前にCMV IgG, IgMの測定とCMVの病歴を聴取する事が推奨される。CMV感染リスクが高い場合はCMV DNAモニタリングが推奨される。
  • EBVモニタリングはルーチンでは推奨されないが、持続する発熱・倦怠感がある症例では検討うすべきである。
  • BiTE抗体治療中の抗細菌予防は一般的に推奨しないが、長期好中球減少がある場合は推奨する。レボフロキサシンを推奨し、リスクが低くなるまでは継続する。
  • BiTE抗体治療中の抗真菌予防は、ニューもシスチス肺炎を除いて、以前の真菌感染症の病歴がない場合は推奨されず、長期好中球数減少や直近の高用量コルチコステロイドの使用(2週間以上)がある場合には検討される。β-D-グルカンもしくはガラクトマンナン抗原検査でのモニタリングは推奨しない。


Recommendations on prevention of infections during chimeric antigen receptor T-cell and bispecific antibody therapy in multiple myeloma
Mohan M, et al. Br J Haematol 2023, doi: 10.1111/bjh.18909

 

  • BiTE抗体を使用する患者は治療開始から抗細菌予防を開始し、初月の間継続する(特に好中球数の推移が予測できない場合)。好中球数が500/μLを切ったら再開する。
  • 治療開始後2ヶ月目以降は4週毎にIVIG置換を行い、治療終了まで、もしくはIgGが400mg/dLを超えるまで継続する。
  • G-CSFの使用はCRSを悪化させる懸念があり、長期好中球数減少に対して使用できるかは不明だが、害を示唆する研究はなく、発熱性好中球数減少を減らすとする報告もある。
  • EBV、CMV、HBV/HCV、HIVの事前の血清学的評価を推奨する。
  • HSV/VZVに対する、アシクロビルもしくはバラシクロビルによる全例・長期予防を推奨する。
  • 質の高いデータはないため、CMVの予防・モニタリングは過剰治療などの害を考慮し推奨しない。
  • CMV感染症が鑑別に上がるような状況であれば、全血PCRのモニタリングを推奨する。特に、血清学的検査陽性で2回以上のトシリズマブ・アナキンラ・シルタキシマブの使用や長期もしくは高用量ステロイドの使用があるハイリスク患者のおいては検討される。
  • CAR-T細胞療法およびBiTE抗体使用患者はワクチンの反応性が低いかも知れないが、インフルエンザ・COVID-19ワクチンは推奨され、CAR-T細胞療法後の場合は3-6ヶ月後にワクチンを再投与する。
  • 抗真菌予防は7日以上、好中球数が500/μLを切る事が予想される場合にのみルーチンで投与が推奨される。BCMA CAR-T細胞療法を受けているハイリスク患者、特に2回以上のトシリズマブ・アナキンラ・シルタキシマブの使用や長期もしくは高用量ステロイドの使用がある場合は検討される。
  • ST合剤によるニューモシスチス肺炎の予防はBiTE抗体治療開始と共に開始し、治療中もしくはCD4>200/μLとなるまで継続する。

BiTE抗体を使用するような層は前治療も多く行っており、感染症に対して非常に脆弱である事が想像されます。更に治療薬自体による免疫抑制により様々な感染症を引き起こす事から、しっかりとして一次予防と、患者の免疫状態を考え、起こり得る感染症の解像度を上げておく事が重要です。今後も血液×感染症の重要性が増しそうですね。

おまけ



写真は3月に沖縄に行った際に飲んだA&Wのルートビアです。A&Wの看板商品で、なんと飲み放題なんです。沖縄に住んでいた頃はA&Wの景品を求めてよく飲んでおりました。最初は薬っぽくなんとも言えない味でしたが、慣れると美味しいです。