第2話:盗まれても笑えるチャリが、人生を軽くする
— ノル型は“ダメージ最小構造”で生きてます —
うちの愛車は、ひとことで言えば「盗まれても笑えるやつ」
ところどころサビがあるし、取れない汚れも多数。
なぜ新しいのを買わないか?
答えは簡単。
「盗まれても困らんように」
「傷ついても気にせんで済むように」
これ、わかる人にはめちゃくちゃわかると思うけど、
”ノルアド型の“守りの思考”ってやつ。
■ きれいすぎるものは、逆にストレス。
ノルアド型って、神経が細かい分、
意外と「完璧すぎるもの」に耐えられないとこある。
ピカピカの新品のチャリなんか手に入れたら、
「雨に濡れたらどうしよ」「鍵2個にせな」
「傷ついたら落ち込む…」
…みたいに守ることに神経すり減る。
なので、最初から「ちょっとボロい」
っていうのがむしろちょうどええ。
最初から“許せる状態”に設定してる
=自分への優しさやったりする。
■ これ、子どもの行動にもそっくり。
たとえばさ、うちの子が
「ノートを丁寧に書かない」とか「上履きを洗わない」とか、
めっちゃ気になってた時期があるけど、
実はそこにも“ノルアド的防衛判断”が隠れてた。
「どうせどんなに頑張っても、
親や先生には“もっと丁寧に”って言われるし」
「なら、最初から自分のラクなペースでやっといたほうがええ」
→ やっても報われない経験が多い子ほど、
“心地よさ重視”に切り替える。
これは“サボってる”わけじゃない。
ちゃんと頭を使って「これ以上傷つかへんように」って工夫してるんよ。
■ 本人にしかわからん「ギリギリの折り合い」
だから、私がチャリを買い替えないのも、
子どもがノートを雑に書くのも、
その人にとって「今を生き抜くための戦略」やったりする。
誰かに合わせて生きるのがしんどい時、
無意識に「壊れてもいい・怒られてもいい」を選ぶことで、
自分の心が壊れんようにしてるなって思う。
■ つまり、「そのボロチャリ、魂のデザインかも?」
見た目は雑でも、ちゃんと考えてる。
手抜きに見えても、実は丁寧な戦略。
それが、ノルアド型のすごいとこやし、
「なんでそんな風にしてるのかな?」って
一度立ち止まって見てほしいなって思う。
この先、チャリの話はまだまだ続くけど、
もしあなたや子どもやパートナーの“よく分からん行動”に、
ちょっと優しくなれたら嬉しいな。
次回は、「自転車を買い替えられないんじゃない。
買い替えたくないんだ。」
— 価値観のズレがすれ違いを生む話 —
あなたの取説が分かる。