R3技術士試験の解答例 [必須Ⅰ-1 事業の基盤強化] | 新見一郎

新見一郎

勉学を通じて成長をナビゲートする講師。
2008年に技術士合格後、「技術士を目指す人の会」を立ち上げ、多数の技術士を輩出。自身も勉学ノウハウを活かして行政書士、世界史検定2級、電験三種に合格。

【問題】Ⅰ-1 

日本の将来人口は、減少していくことが予想されている。この人口減少により上下水道事業では、将来水需要の減少に伴う料金収入の減少や職員数の減少が見込まれている。一方、多くの施設は、老朽化が進行しており、更新時期を迎えつつある。このため、今後も安定して事業を継続していくためには、厳しい財政状況の下で執行体制の省力化を図りながら事業を進められるように上下水道事業の基盤強化を着実に進めていくことが求められている。

(1)上下水道事業に共通する事業基盤強化に関して、技術者としての立場で多面的な観点から3つの課題を抽出し、それぞれの観点を明記したうえで、課題の内容を示せ。

(2)抽出した課題のうち最も重要と考える上下水道に共通する課題を1つ挙げ、その課題に対する複数の解決策を示せ。

(3)解決策に共通して生じうる新たなリスクとそれへの対策について、専門技術を踏まえた考えを示せ。

(4)業務遂行において必要な要件を技術者としての倫理、社会の持続可能性の観点から述べよ。

 

 

【解答例】

1 上下水道事業の基盤強化に関する課題

上下水道は、将来に渡って事業を安定的に継続するため、事業の基盤強化を図る必要がある。このことから以下の課題に取り組む必要がある。

(1)料金収入減少への対応

人口減少、水需要減少の影響で、上下水道事業の収入は減少傾向にある。厳しい財政状況は、上下水道施設の更新事業や災害対策の遅れに繋がり、これがリスクの増大に直結する。このため、収入確保に向けて利用料金の適正化を図るとともに、新技術の採用等による効率化策を推進し、事業費を抑制することが課題になっている。

(2)職員数減少への対応

人口減少により上下水道業に従事する職員数が減少傾向にある。さらに、ベテラン職員の退職等により、組織の技術力が低下している。このため、上下水道施設の運転管理や維持管理を将来に渡って適切に実施できるよう、技術者を確保するとともに、省力化に繋がる取組を推進することが課題になっている。

(3)上下水道施設の老朽化への対応

上下水道は、膨大な数の施設で構成されており、これらの多くは老朽化が進んでいる。上下水道施設における事故は、市民生活に甚大な影響を及ぼすことになる。このため、上下水道施設の長寿命化と更新を計画的に実施することが課題になっている。

 

2 最重要課題に関する解決策

前述の課題のうち、職員数減少への対応は、事業の基盤強化と執行体制の省力化に直結するため、これを最重要課題と位置づけ、その解決策を以下に示す。

(1)広域連携の推進

 複数の事業者が、施設の共同利用、管理の一体化、経営の統合等、広域連携を推進する。

施設の共同利用は、水道の取水場、浄水場、下水道の汚水処理施設等の施設を、複数の事業者が共同化することにより、運転管理と維持管理の省力化を図る。施設の統廃合を行う場合、施設間、区域間を結ぶ連絡管路を整備し、必要に応じて施設能力の増強を行う。施設の統廃合を行わず、他の事業者が有する汚泥再資源化、焼却、固形燃料化等の施設を共同利用する場合、汚泥の収集運搬体制を確保する。

管理の一体化は、各事業者が有する施設の運転管理や維持管理等の業務を集約し、スケールメリットを創出することにより、業務の省力化を図る。具体的には、各事業者が有する配水池、ポンプ場等の複数施設を、浄水場や汚水処理施設の中央監視制御装置で集中管理を行う。管路を含む施設全体の保守点検、漏水調査、清掃、水質検査、事故対応、各種システムの開発運用等を集約して実施することで業務の効率化を図る。

さらに、各自治体の実情と地域住民のニーズを熟慮した上で、適宜、経営の統合行うことを検討する。

(2)官民連携の推進

 委託範囲の拡大やDBの実施に加え、PFI、コンセッション等を採用し、上下水道施設の設計・建設から運転・維持管理までの一連業務を一括発注する。これにより、民間企業が有する技術力と人材を最大限に活用でき、執行体制の補完と効率化を図る。

 

3 解決策によって生じるリスクとその対策

広域連携や官民連携により、当面の事業運営に必要な体制を確保できるが、今後人口減少が進むと、連携後の組織の職員も減少し、収入も減少する。このため、執行体制を確保できなくなる可能性がある。

この対策として、ICTの活用拡大を図る。浄水場や汚水処理施設の運転管理の自動化を進め、適宜、施設を無人化する。施設の点検結果、事故事例、経過年数等の情報をデータベース化し、分析、評価した結果をアセットマネジメントに反映するシステムを構築し、業務の高度化と効率化を図る。こうした取組の潜在的なリスクを解消し、実行性を高めるため、PDCAサイクルにより継続的に改善する。

 

4 業務遂行において必要な要件

分析、評価、計画、設計、施工、維持管理等、業務遂行の全段階において、公衆の安全、健康及び福利を最優先にする必要がある。また、社会、文化及び環境に対する影響を予見し、持続可能性を勘案して業務を進める必要がある。

 

【解説】

令和3年度の必須Ⅰ-1は、上下水道事業の基盤強化を取り扱った問題でした。

基盤とは、事業を営むうえで必要になる資源です。

具体的には、職員(ヒト)、施設(モノ)、財源(カネ)、情報です。

 

昨年度の必須Ⅰ-2は、上下水道事業の安定的継続に関する問題でした。事業を安定的に継続するためには、基盤を強化する必要があります。このことから、必須科目は2年連続で同じテーマが出題されたことになります。

 

事業の基盤強化に係る国の動向としては、平成30年12月に水道法が改正され、令和元年10月に施行されています。改正前の水道法の第一条は、「この法律は、水道の布設及び管理を適正かつ合理的ならしめるとともに、水道を計画的に整備し、及び水道事業を保護育成することによつて、清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とする」という条文でした。改正により「水道の計画的に整備し、及び水道事業を保護育成」の部分が、「水道の基盤を強化」に変更になりました。法律の目的を定めた第一条において、基盤強化というフレーズが組み込まれたことは大きな変革です。

また、国土交通省と日本下水道協会が共同で運営する下水道政策研究委員会は、令和元年度に制度小委員会を新設しています。この小委員会は、新下水道ビジョンの実現に向けた施策の推進と更なる加速を図るため、下水道関連の法制度の課題や今後の方向性について検討するものです。令和2年7月には報告書を公表しており、下水道事業の持続性の確保、気候変動を踏まえた浸水対策の強化、人口減少など社会情勢の変化を踏まえた制度改善に向け、法令化するべき事項を取りまとめています。

このように水道と下水道、双方において、事業の基盤強化に向けて法整備が進められており、このことが当該テーマについて出題された背景になっていると思われます。

 

この必須Ⅰ-1は、①料金収入の減少、②職員数の減少、③施設の老朽化のうち、1つを選んで対策を詳述するものでした。3つのうちどれを選らんでも良いですが、問題文は、「厳しい財政状況の下で執行体制の省力化を図りながら事業を進める」ことの必要性に触れています。このため、①料金収入の減少又は②職員数の減少を選ぶのが妥当です。その対策については、広域連携や官民連携の内容を説明するだけではなく、こうした取組が効率化・省力化に繋がることを、技術者の観点で述べることが解答を作成する際のポイントになります。

 

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