令和元年度の技術士二次試験の解答例を作成しました。
上水道及び工業用水道の選択科目Ⅲは、2問の中から1問を選んで解答するものです。
今回は選択科目Ⅲ-2です。
【問題】
Ⅲ-2 日本の水道は,水道の普及率が急上昇した高度経済成長期に,水道施設の整備が進んだが,現在,安全性・安定性やサービス水準等の質的な面で十分といい難い施設も多くある。また,その当時に整備された施設の多くが耐用年数を迎え老朽化している。このような状況の中で,将来にわたって,給水の安全性・安定性を維持していくためには計画的に水道施設の改良・更新を行い,施設の再構築を進めていくことが必要となる。
これらを踏まえて下記の問いに答えよ。(答案用紙3枚以内)
(1)水道施設の再構築計画を立案するに当たり,技術者としての立場で多面的な観点から課題を抽出し分析せよ。
(2)抽出した課題のうち最も重要と考える課題を1つ挙げ,その課題に対する複数の解決策を示せ。
(3)解決策に共通して新たに生じうるリスクとそれへの対策について述べよ。
【解説】
問題Ⅲ-2は、質問(1)に「水道施設の再構築計画」というキーワードがあるので、施設更新をクローズアップする必要があります。このテーマについては、H26-Ⅲ-1、H29-Ⅱ-2-1で出題されています。
ただし、この問題Ⅲ-2は、再構築という言葉を使っています。更新ではないので注意が必要です。
再構築という言葉は、『新水道ビジョン』の「第7章 重点的な実現方策」で使用されています。「施設更新時の再構築」という使い方になっています。更新時に再構築するわけですから、更新と再構築は違う意味になります。
更新は、古い物を新しくするという意味です。取替や交換に近い言葉です。このため、既存の施設と同じものを整備してもいいわけです。一方、再構築は、物を作り直すプロセスの中で既存が抱える問題点を解消することが求められます。再編に近い言葉です。このため、既存の施設と同じものを整備することは不適切です。
では、水道施設の再構築計画をどうやって策定するか。
問題Ⅲ-2とは、少し外れてしまいますが、少しこのことについて触れておきます。
水道施設の再構築計画は、以下の手順で検討を行い、策定することになります。
①水道施設台帳作成(建設年度、位置、能力、容量、材質、点検結果等の調査・保管)
②機能評価(現有施設の健全度や耐震性や処理性の評価、問題点の抽出)
③更新需要(全施設の更新時期、更新費用、維持管理費用等の算定)
④水需要予測(行政人口、給水人口、有収水量、一日最大給水量等)
⑤財政収支計画(料金収入、企業債、更新費用等の支出、平準化、長寿命化の考慮)
⑥再構築計画(統廃合、規模縮小、目標像にあわせた改良等を明確化)
①~③は、財政状況を考慮せず更新需要を把握・計上するので、ストックマネジメントの段階です。④~⑤は、財政状況を考慮して水道施設更新計画を完成させるのでアセットマネジメントの段階です。そして、水道施設の目標像を明確にした上で、再構築手法を明確にすることにより、⑥再構築計画に到達します。
このように、再構築計画を策定するためには、①~⑤を実施していることが大前提になるわけです。このため、水道法で法定された水道施設台帳、診断等に基づく更新時期の判断、財政収支を勘案した施設更新計画等、こういった論点で解答を書きたいところです。
しかしながら、この問題Ⅲ-2は、再構築に関しての出題です。だから、更新に関する課題を列記するのはよくありません。あくまでも、再構築に関する部分を重点的に書く必要があります。
そう考えると、この問題Ⅲ-2は、かなり難しいです。
さて、以上のことを踏まえ、問題Ⅲ-2のリード文を読んでみます。
「現在、安全性・安定性やサービス水準等の質的な面で十分といい難い施設も多くある」という一文があります。既存の水道施設の「質的」な問題点をクローズアップしています。具体的には、地震や豪雨等の自然災害、水質汚染リスク、地球温暖化等、既存の水道システムが抱える問題点を解消する必要があるわけです。
このリード文は、「質的」というフレーズを使って問題点を掲げておきながら、その対義語である「量的」な問題点については一切言及していません。しかしながら、この問題Ⅲ-2は、更新ではなくわざわざ再構築というフレーズを使っています。「質的」な問題は、更新、改良、補強、増設でも対応できます。
つまり、これらのことを踏まえると、水需要の減少により既存施設の多くは「量的」な余裕を有していて、更新にあわせたダウンサイジングや統廃合等の効率化策が、この問題Ⅲ-2のメインテーマになると考えれらます。
次に、(1)~(3)の質問について考えてみます。
質問(1)で、水道施設の再構築計画を立案する上での技術的な課題を複数抽出し、質問(2)で、課題のうち一つについて複数の解決策を説明することになっています。
前述のとおり、再構築計画を策定するためには、水道施設の更新計画を策定した上で、水道施設の目標像を明確にし、更新にあわせて現状と目標像の間に存在するギャップを解消する必要があります。
リード文の内容は、『新水道ビジョン』の内容と合致しています。このため、目標像については、『新水道ビジョン』に基づいて整理するのが適切です。『新水道ビジョン』は、「時代や環境の変化に対して的確に対応しつつ、水質基準に適合した水が、必要な量、いつでも、どこでも、誰でも、合理的な対価をもって、 持続的に受け取ることが可能な水道」を理想としています。
その上で、自然災害、事故、水質汚染、気候変動、人口減少等の課題を解消することとし、
・強靭
・安全
・持続 を目標として掲げています。
これを踏まえると、水道施設の再構築計画を立案する際の技術的な課題は、上記の3つでまとめれば良いと考えます。
また、質問(2)で取り扱うのは、問題文の流れを考慮すると「持続」をクローズアップし、ダウンサイジングや統廃合について重点的に詳述するのがよいと思います。
次に、質問(3)ですが、「解決策に共通して新たに生じうるリスク」というフレーズがあります。必須科目と同じ質問です。共通した新たなリスクとは、トレードオフのような問題になります。これを踏まえると、複合的な問題に関して、相反する要求事項(必要性、機能性、技術的実現性、安全性、経済性等)になります。その対策は、リスクの影響の重要度を考慮し、複数の選択肢を提起した上で、これらを踏まえた解決策を合理的に提案し、又は改善することになります。
【解答例】
1 水道施設の再構築計画に関する課題
高度成長期に集中的に整備した水道施設の老朽化が進んでおり、計画的に更新を実施する必要がある。水道を取り巻く環境が変化する中、将来にわたって、給水の安全性・安定性を維持していくためには、更新にあわせて水道施設の再構築を行うべきであり、以下のような課題に取り組むべきである。
(1)強靭に関する課題
大規模地震が頻発しているが、浄水場等の構築物と管路の耐震化率は、水道施設の耐震化が一層の急務となっている。東日本大震災では津波が発生し、沿岸部での施設の流失や浸水被害が発生した、また、気候変動に伴い、少雨による渇水、台風やゲリラ豪雨による風水害の発生、落雷による停電等が多発している。
このため、自然災害等による被災を最小限にとどめ、被災した場合であっても、 迅速に復旧できるしなやかな水道を構築する必要である。
(2)安全に関する課題
水源に汚染物質が流入し、大規模な取水障害や断水を引き起こすリスクが存在する。クリプトスポリジウム等の耐塩素性病原微生物汚染が懸念される水源を利用しているにもかかわらず、ろ過や紫外線処理等を導入していない事業体が存在する。また、気候変動に伴い、ダム湖等における異臭味物質の大量発生や集中豪雨に伴う濁度上昇等に対応できない浄水場が存在する。
このため、全ての国民が、いつでもどこでも、水をおいしく飲める水道を供給できるシステムを構築する必要がある。
(3)持続に関する課題
人口減少、水需要の減少に伴い、料金収入が減少し、老朽化した施設整備の放置を招く。水需要の減少は、能力の余剰、非効率な運転管理につながる。また、団塊世代の大量退職するなかで、人口減少に伴い職員数が減少することは維持管理の支障をきたすことになる。
このため、水道施設の計画的に更新するなかで効率化策を進め、給水人口、給水量が減少した状況においても、健全かつ安定的な事業運営が可能な水道を構築する必要がある。
2 最重要課題に関する解決策
上記の課題のうち、補強や改良ではなく、更新にあわせた再構築によって実現する取組として、持続に関するものを最重要と位置づけ、水道施設の効率化策を列記した。
(1)ダウンサイジング
将来的な人口増減、水使用状況を予測し、計画水量を算定し、必要な予備力を確保し、安全確保した上で、更新にあわせてダウンサイジングを行う。
管路の更新の際は、消火水量の確保、直結給水の普及を考慮し、ダウンサイジングを実施する。浄水場や配水池の更新の際は、施設の多系統化や複数化を図ることによる冗長性を確保し、適宜、ダウンサイジングを実施する。
(2)統廃合
施設数の増大は、維持管理の負担増大を招く。また、エネルギー的に不利な施設、水質悪化等の問題を抱える施設が存在する。
このため、施設を存続するデメリットと、廃止により損なわれるリスク分散性等を総合的に評価・判断し、浄水場、配水池、ポンプ所等の統廃合を行う。統廃合を実施するためには、系統間を結ぶ連絡管を整備する必要があり、こうした整備にあわせてループ化やネットワーク化を図ることも有効である。
(3)再編成
更新にあわせた取排水施設の再編、危険地域からの移設等を行い、事故災害対策を強化する。
(4)省力化・省エネルギー
更新にあわせて、ICTを活用し、水質等を常時監視することにより、小規模な施設を一括管理し、無人化・省力化を進めるとともに、LED照明、高効率モータ、浄水場での迂流式等の採用により、省エネルギーを実現する。
3 解決策に共通して新たに生じうるリスクと対策
水道施設の再構築は、相反する要求事項が含まている。必要性、経済性を優先して脆弱な施設を整備すれば機能性、安全性が損なれる。こうしたリスクの隠ぺい、偽装により、二次災害が発生する可能性がある。また、設計段階では適切な技術であっても、新たな調査、知見により、地球環境、人体への影響が発覚する場合もある。
こうしたリスクを踏まえ、複数の選択肢を検討し、最適な解決策を提案する。さらに、PDCAサイクルにより改善する。技術者が公共の福祉の確保、法令遵守、継続研鑽を実践できるよう、指導・教育体制を確保する。
また、対策を実施するためには多く費用と期間を要することから、広域連携や官民連携を推進し、合理的な対応策を講じることが重要である。
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