🌿自然療法シェルハ🌿のkazumiです。
果樹や畑に囲まれた隠れ家サロンで、IAM施術やライオンあくびクラスを開催しています🍀
先日、とある忘年会で、
自分が握りしめていた”信念”に気づきました☺️
「一事が万事」
そういえば、昔からよく使ってたなあ。
誰かの、あるいはサービスの良くない一面を見て、
全体をネガティブに捉える😆
今年の忘年会は、
夜景の見えるマンションの一室を借り切ってのお食事会🥗
友人が通うお料理教室の先生の手料理です😋
いそいそと6人掛けの長テーブルに座った際、
キッチンの端に、コンビニのおにぎりが一つあるのに気づきました。
コンビニのおにぎり?
片や、私の目の前には、手を尽くした美味しそうなワンプレートが置かれています。

何かの間違い?
まったくの不似合いだけど、
まあそういうこともあるかもしれないね。
お料理の食感や味を楽しんでいました😋
しばらくすると、
別の部屋で遊んでいた、小さなお子さんがやってきました。
ママ~と呼んでいたので、先生のお子さんです。
一瞬見て、ダウン症かなと思いました。
彼女は、キッチンの端のテーブルで夕食を摂り始めました。
ふっとそちらを見ると、
インスタントのカップスープがある!
自分たちの食事とのギャップを感じました😞
一瞬、頭に浮かんだのは、
「この先生の料理は本物か?」
でも、目の前の食事はとっても美味しいのです。
サラダに、9種類のワンプレート、米粉のパン、鮭のチャーハン、
どれもこれも丁寧な一品でした。
おにぎりとカップスープのことはひとまず忘れて、
ひととき、お食事とおしゃべりを堪能しました🥰
その夜、お泊り組で食事会の話になった際、
他のメンバーもお子さんの食事に気づいていたことが分かりました。
「びっくりした」
「ありえないよ」
「お子さんのこだわりなんじゃないかな」
話しながら、気づきました。
私たちは、”出来事に思考で反応している”。
実際、本当のことは分かりません。
私たちが勝手にあれこれ妄想していただけのこと。
それ自体に何の意味もありません。
事実は、
私たちは食事を美味しくいただいて、
同じ部屋で、お子さんも食事をされていた。
それだけのこと。
起こっていたのはとてもシンプルなことでした。
その夜、日記をつけながらもう一度、
あの場面、自分に何が起こっていたかを振り返りました。
私には先生へのジャッジがありました。
「行動には一貫性がないといけない」
体にやさしい、美味しい食事を提供する先生は、
いつでも誰にでも(家族にも)それを出すのが当然である。
一貫性がないということは、嘘がある。
「一事が万事」
だから、本物ではない。
そんな心の動きがありました。
思考はどこまでも整合性を取りたがっていました。
「すべてが論理的、合理的でなければならない」という呪縛😱
論理的、合理的が悪いわけではなく、
「〇〇でなければならない」
という過度な思い込みになるのが問題なんですよね。
あれこれ考えて、
体が緊張していたなあ。
気を張ってたなあ。
ただ、目の前にある事実に目を向ける。
内側に起こってきたものがあれば、それを見つめる。
不要なものがあれば、手放す。
年末、あのマンションの一室で、
料理教室の先生とお子さんに大切なことを教えてもらいました🍀
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