千葉大学2008デザイン工学総合プロジェクト
 
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新潟中越沖地震の調査(2日目)

どうも、プロジェクトメンバーの清水です。

長岡の漫画喫茶でそれぞれ思い思いの過ごし方をした後、比角小学校の朝の避難所の様子を調査しに朝6時半に出発しました。

それから、柏崎駅の様子も見に行きました。
電車は完全に止まっていて、代行のバスが出ていました。

柏崎駅


次に柏崎市立第一中学校の避難所でおばあさんにお話を伺いました。


第一中学校

そして、第一中学校の近くにある柏崎小学校に向かいました。
そこの避難所はテレビの報道でかなり流れていた小学校で、到着したとたん、僕らは大阪のイカ焼きのボアンティアの方々の活気に圧倒されてしまいました。

柏崎小学校

「うまいよ!うまいよ!食べってってー!」
イカ焼きのボランティアの威勢のいいかけ声の中、体育館へ向かうと中は避難者の方でいっぱいでした。

柏崎小学校体育館

ボランティアをしていた中学2年生の地元の少年、夫と小さい子供の3人で暮らすママさんにインタビューした後、今度は避難者の少ない枇杷島小学校へ向かいました。


枇杷島小学校

数名の避難者が暮らしているそうで、がらんとした体育館はなんだか寂しい印象を受けました。

それから、田尻コミュニティーセンターの体育館に向かいました。
そこでは避難者の方へのインタビューができなかったため、様子を見るだけでした。

これで新潟の調査は終了です。
実際に避難所を見た事のない僕らにとって今回の調査は非常に貴重なものとなりました。
ご協力してくださった皆様、ありがとうございました。

被災者の方のためとなる避難所のデザインを真剣に考えていきたいと思います。

新潟中越沖地震の調査(1日目)

どうも、プロジェクトメンバーの清水です。

7月16日に起きた新潟中越沖地震。
我々は避難所を調査するため20日、21日と廣田、鈴木照、清水の3人でレンタカーを借り、柏崎に向かいました。

廣田
鈴木清水


現地ではどうなるか分からないので途中のインターチェンジで食料、水を買い込み、調査の許可をいただいた比角小学校を目指しました。

小学校に着くとまず、仮設トイレの嫌なにおいがしてきました。
まだ水が通っておらず、仮設トイレが建ち並び、給水車がたくさんいました。

仮設トイレ

給水車

体育館には子供からお年寄りまで約150人の方々が暮らしているそうで、床にはゴザや毛布、体育館のマットが敷かれていました。

田尻小学校

数名の避難者の方々にお話を伺った後、外に出て町の様子を見て回りました。
道路は所々盛り上がっており、家屋の倒壊危険度の判定の作業が行われている最中でした。

target="_blank">倒壊家屋

再び比角小学校に戻ると、6時から夕食の配給が行われるそうで、避難者の方々は30分も前から並び始め、数分後には長蛇の列になりました。

配給

その後、田尻小学校へ向かい、そこに避難している家族にお話を伺うことができました。
夜の9時過ぎまでそこで見て回り、その日の調査を終了しました。

比角小学校

柏崎から1時間ほどかけて長岡に行き、ファミレスで夕食、明日の作戦会議をし、銭湯で汗を洗った後、漫画喫茶にて1泊しました。

震災間もない時期にもかかわらず、快くインタビューに答えてくださった皆様、ありがとうございました。


能登の様子A班(3日目)

どうも、プロジェクトメンバーの清水です。

ついに能登の調査も最終日を迎えました。
我々、A班はサンセットパークに建てられた仮設住宅へと向かい、インタビューを行おうと考えました。
サンセットパークにはいくつもの仮設住宅が整然と並んでいて異様な印象を受けました。

仮設住宅

そこで、仮設住宅に住んでいらっしゃる森さん夫妻にお話を伺うことができました。

森さん

森さんは自分の話を聞いてもらうだけでも嬉しいと快くお話をしてくださいました。
仮設住宅は狭く、また、足腰の弱い森さんにとって所々ある段差がつらいとの事でした。
途中、私は幸せだと涙ぐむシーンもあり、印象に残るインタビューとなりました。

その後、特に被害のひどかった箇所を歩いて回りました。

家屋1

家屋2

家屋3

これで能登での調査は終了ですが、様々な方々のインタビュー、ヒアリングを通じ、震災の現状についてかなりの事を理解する事ができた有意義な調査でした。
インタビューに協力してくださった方々、また、お世話になったボランティアスタッフの方々、ありがとうございました。
1日も早い復興を願っています。

能登の様子B班(1日目)

こんにちは。鈴木サダです。

能登への調査のB班(鈴木サダ、千原、依田)の報告です。
僕たちB班はA班より1日遅れで能登入りをしました。


まず始めに伺ったのは、輪島消防署。
一番揺れが大きかった地域の消防署。

ここでは、地震の瞬間の様子とその直後の対応について話を聞きました。

印象的だったのは、「震災時のマニュアルはあったが、いざ地震が起きた瞬間は驚いて何も出来なかった」という消防員の方のコメント。

やはり、大きな揺れの時には簡単には動けないようです。

地震発生の時間帯は午前9時過ぎと、家庭で火を使う時間帯ではなかったので火災もなく、地元住民は家の外に出ている人が多い時間帯だったため被害が少なかったとのこと。

また地震の直後は地元住民同士がお互いの安否確認を素早く行ったという。これは、普段からの近所の付き合いがあり、どこに誰が住んでいるかわかるような関係の地域コミュニティであったからだそうです。

都心ではなかなかこうはいかないなと思い感心してしまいました。


輪島消防署
消防署の周りが地盤沈下により沈んでしまっている。


次に訪れたのは、輪島市立諸岡公民館。

輪島市立諸岡公民館

ここは地震直後から避難所となっていたところです。
避難所を管理していた公民館の館長さんと、ここ地域一帯の区長さんにお話を伺いました。

ここでは250弱の避難者が宿泊をしていたが、館長さんと区長さんの様々な配慮やその人柄により避難所の運営は割とうまくいっていたようです。

避難所で問題となったのはやはり「水」。

救援物資が届くまではトイレを流すための水や、手を洗うための水の不足のため衛生面で問題があったそうです。

また、館長さんの「私達の避難所には多くの救援物資が届いたが、避難所には来ていない、自宅で暮らしている人達にはどれだけの物資が行き届いてるのかが気がかりだった」という言葉が印象的でした。



最後に訪れたのは、国営宿舎の輪島荘というホテル。
ここも震災時に避難所として利用されたと聞いて伺いました。

国営宿舎輪島荘

取材が始まってみるとここ輪島荘では他の避難所と少し違った役割を果たしていたことがわかりました。

避難者は16人程で、別の避難所で生活していた人が数名移動してきたということでした。

他の宿泊者達は防災大臣や内閣の災害担当の方々、県警の方々、国土交通省や自衛隊の方々だったそうです。やはり国営の宿舎ということで、震災後の復興関係者が多かった様子。

輪島荘は、復興支援者を支援するというポジションで活躍していたようです。

そんな立場もあるのだなと新しい発見ができました。

また、宿舎のお風呂が使えたので被災者達に風呂場を貸すという銭湯のようなサービスが喜ばれたという話も聞けました。




この日一日で、震災における人々の様子は複数の側面を持つことを実感すると同時に、それらの複数の視点から震災時の様子を知ることが出来ました。
インタビューに親切丁寧に応えて下さった皆様、どうもありがとうございました。




<能登の様子>

能登地震の土砂崩れ
土砂崩れ


能登地震の土砂崩れ2
土砂に巻き込まれた車がそのまま残っていました。
車の持ち主は無事だったようです。


能登半島地震液化現象
液化現象。
地盤が崩れていました。
地面の表面はコンクリートで覆われていても自然の力の前ではこうなってしまいます。


能登半島地震歪んだ家屋
地震により歪んでしまった家屋


能登半島地震廃材置き場
縦壊した家屋の廃材置き場


能登半島地震の傷跡
地震で崩れたコンクリート塀


能登半島地震の傷跡2
家を立て壊した跡

能登の様子(2日目)

能登に来て2日目。
A班(テル、清水、廣田、北村)はボランティアセンターで実際にボランティアを体験し、それから運営者の方々にお話を伺いました。
ボランティアセンターに到着すると、そこにはプレハブの事務所があり、少し離れたところに仮設住宅が見えました。
翌日にボランティアセンターの縮小に伴い同センターを移動させるらしく、その片付けや翌日にひかえた閉所式の準備などで忙しそうでした。
僕たちは早速ボランティアの登録をし、実際に活動しました。

登録

まずは、事務所の片付け。机や椅子を運び出し、中を掃除しました。
それから、被災者の方に配る援助物資の袋詰め。余った水や食料などの援助物資をバックに入れていきました。

袋詰め

そして、閉所式のためのテント張り。

テント

そのあと、ボランティアセンターの板谷さん、川尻さん、赤坂さん、石井さんにお話を伺い、当時の事やボランティアのシステム、活動内容、運営方法などたくさんのお話をしてくださいました。

ボランティアセンター

震災から2ヶ月経ち、観光の立場からだと震災から立ち直った、復活したと主張したいが、実際には倒壊した家屋の取り壊しなど、まだまだボランティアが必要であるとおっしゃっていたことが印象的でした。
今回、実際にボランティアに参加してみて、膨大な数の袋詰めや重い荷物の運搬などありましたが、日頃運動不足の僕にとってはいい運動になりましたし、それが人の役に立てているのなら幸いです。
災害ボランティアセンター門前の関係者の方々、そして板谷さん、川尻さん、赤坂さん、石井さん、ありがとうございました。