夢を叶えるって
こんにちは『ゆ』夢はあるかい?って問われたら「夢はありません」って答えるようにしています。だって、今まで生きてきて、「夢」が叶ったなんて経験は皆無だから代りに、「夢」はないけど「目標」はあるって答えますマメではないので、計画的に進捗状況をチェックしながら進めていくってのは相当苦手な方だけど、いつも小さな小さな成功体験を喜び、目標を達成するには、その積み重ねでしかないと知っている。だから、夢を語ることはやめましたやりたいこと志向ってのが私の中にもあり、時々に、首をもたげるけれど、その大概は私の場合は「夢」であり、「夢」だから、夢見てるうちは現実を直視しなくて済むという自身のご都合主義を満たすだけ(やりたいこと志向のマイナス面は現代社会の問題でもあるから、興味ある方はググってね。)だから、「目標」としているのだが、その「目標」もあまりガチガチには決めず、どちらと言えば、『目的』の為に、その度ごとに小さな「目標」が次々出てくるから、それを懸命にクリアしていくって感覚です。『目的』とは、自分にとって、どんな環境で生きたり過ごしたりが一番心地良いのかを考え、(環境とは住環境を含めた全ての環境を意味しますから、当然、仕事も含み、仕事も職種にこだわるとかではなく内容にこだわるや、人間関係も含みますから、関係性も質的な関係性を重視していくみたいな意味となります。)又そして、やりたいこと志向の良くない面である自己中心になりがちな偏ったものの見方を質していくこと、即ち、社会にいかに役に立てるかのウェイトも考えていく。(それは、自身の時間に占める割合でもあり、心の中に占める割合でもある。社会とは対人関係を指すといって過言ではないでしょう。)故に、[あくまでも私の場合は]夢は決して実現しないから夢を語ることはやめ、(実現する気がないのだから当たり前)目標は小さな目標として存在するのみに過ぎず、目的が芯となっているから、例え、どんな状況下であったとしてもその目的からそれることはないで、目的を芯とするならば、目標なんてものは、(小さいのだから)コロコロ変わっても良いだろうし、朝令暮改なんてのも当たり前にあっても良い。(その小さな目標が達成出来ないからといって、それに意固地になったり、むやみに凹むことはない。目的に達する道のりは無限に無数に存在するのだから。あくまでも私の場合はです)まあ、決して最適解とは言わないですが、夢だの目標だのと生きることに疲れたら、目的とした方が自身の生き方に直結しやすいのでは?それは、ひょっとしたら、あなたの生きざまなんじゃないのかなって思いますよご参考まで。どうぞ素敵な午後をお過ごしくださいココロテラス大阪梅田ホームページつむらけんじ