9歳のとき、母親に斉藤惇夫氏の「冒険者たち」を読むように薦められた。


小さな命の尊さをわからせるという情操教育だったと思う。


わたしは本を読むのが嫌いな子供だった。


本は内省させる。


本は感じさせる。


本は考えさせる。


わたしのタブー領域に触れる。


わたしは、人間でも生物でもない機械なのだから、親に機械だと思われているのだから、


考えたり感じたりしたら、親に逆らうことになるのだから、機械のようでいなければならなかった。


本なんか読みたくなかった。


機械は本なんか読まない。



わたしは母の要求をはねつけた。


母は、いい本だから読みなさい、一度騙されたと思ってと、感動するからと、執拗に勧めた。


わたしは感動なんかしたくなかった。


毎日、毎時間、毎分、毎秒、感動しないように、何も感じないように、何も考えないように、びくびくしていた。


親に逆らわないために、一秒たりとも自分を人間だとか、生物だとか思わないように、


何も考えないよう、何も感じないよう、秒刻みで戦々恐々と、機械であるのに必死だった。



でもその母の命令なので、私は「冒険者たち」を読んだ。


感動して泣いた。


母の言うとおり感動したと。


あまりに感動し、あまりに母の言う通りなので、「冒険者たち」の主人公、


ガンバにみたててネズミを飼うことにした。


げっ歯類なら何でもよかったのだけど、ネズミは害獣なので、ハムスターで妥協することにした。


わたしはそのときの級友チヒロにも、母と同じように「冒険者たち」をすすめ、感動しろと迫った。


とても感動したから、小さな生き物の命を大事にする精神で、ガンバに見立てた小動物を飼おう。


彼女を私のストーリーに巻き込み、彼女と二人でお年玉の残りを出し合い、


二匹のハムスターをペットショップで購入した。





初めてペットを飼うという、親の了承のない背信行為に、罪悪感を感じた。


なんであれ、わたしが親の命令でないこと以外のことをしたら、


誰が私の主人かわからせるために、親に目にものをみせられる。


だから親には内緒で飼うことにした。


でももしばれても、お母さんが薦めてくれた物語に感動したから、


だからその影響なのだと言い訳して、うまくまこうと画策した。



わたしは、お小遣いをもらっていなかったので、一年をお年玉でやりくりしていたので、


出費には細心の注意を払っていた。


そのころはまだハムスターブームが来る前で、一匹500円か1000円くらいだった。


親への背信感覚と、今まで経験したことのない、命を購うという行為に、


やましいような、どきどきしていたわたしは、


ひとつの命がたかだか、500円なのかと拍子抜けした。


これが猫、犬ならそうはいかないのだろう、


体の大きさに応じて、命の値段は変わるのだろう、


これだけの大きさしかない命だから、


これだけの値段の命なのだろう、と思った。



わたしは親の目を盗んでペットを手に入れた高揚と、


そんなに興奮する程度でもない数百円の命という落差に、なんだかがっかりした。


親に背くような大それたことをしている、でもそれは親が私にしてくれたことに、


いかにわたしが感動しいい影響を与えられたか、いかに親が正しく崇高で尊いか、


を証明するための行動なのだ、と、


もし親にばれても、自分を貶めながら親に賛美的な言い訳をすることで、


かえってほめられるかもしれない、という興奮が一気に冷め、早くも飽き感がした。


住む場所をどうしよう、ケージは、というピクニックの予定を立てるような、


わくわくした気持ちも冷め、とりあえず彼女の家にあった、


プラスチックの虫かごの中にハムスターを閉じ込めることにした。





わたしが初めて触った、別種の生き物の命、500円分の命。


あたたかくて、もこもこして、くるくるしていた。


わたしと彼女は、子供が動物と関わる際の典型的な反応、


「わあ、かわいー。」を連発し、スキンシップをとりまくった。


わたしも、「わぁ、かわいー」を連発していたが、


自分がそれを、かわいいと思っているかはわからなかった。


それよりも、げっ歯類らしく、じっとしておらず、常にせわしなく、


くるくる動く様が、気に触りさえした。


これでは始終どこかに勝手にいかないように捕まえておかなければならず、


「小動物の命を尊く愛好する、高邁で愛らしい子供の図」がぶち壊しだ。


そろそろ夕暮れてきたので帰ろうと、ハムスターを虫かごに戻した。


ハムスターの虫かごは、彼女の家と、私の家との中間ほどにある、空き地の茂みの中に隠すことにした。


一匹の500円分の命は、私と彼女の共有財産なのだ。





私と彼女は毎日、学校帰りにハムスターとスキンシップした。


なんだかそのわたしたちの姿は、よくそこらへんの薄暗い雑木の中に捨ててある、エロ本みたいに、


後ろ暗いものに思えた。


薄暗い雑木に、人目に隠れて捨ててある、エロ本みたいな、


あるいはそこで人目に隠れて、エロ本でマスターベーションする、誰かみたいな、


何か後ろ暗い陰があるように思えた。


ハムスターは、虫かごのプラスチックの壁の中を空しく彷徨って、うろうろしていた。


わたしたちはエサのひまわりのたねも購入し、


ハムスターの頭の上からひまわりの種をぱらぱら降らせた。


季節は冬で、雨が降ろうが、雪が降ろうが、霙が降ろうが、


ハムスターは虫かごに閉じ込められ、野ざらしにされていた。


わたしは、寒い屋外でのスキンシップが億劫になっており、時々様子を見る以外、そこにいくのが間遠になった。


エサやりや掃除をさぼった。





年末だったか、田舎に帰省したため、一週間以上もハムスターの虫かごに行かなかった。


彼女のほうは、私よりもハムスターの様子を見ていたらしく、


それを伝えてきたのは彼女だった。


ハムスターが死んでいるという。



霙交じりの雪が降る日急いで行くと、虫かごの中は、ハムスターの命の体温だったのか、


まだ温かかった呼気だったのか、内側から細かい水滴がつき、雲っていた。


曇ったケースを通して、ハムスターの体の茶色と白の小さな塊がぼやけて覗いていた。


なんだか私にはそのことが、わたしへのハムスターの弾劾に見えた。


ハムスターの命を蒸発させたことへの、暖かな命の呼気を冷たく結露させたことへの、


声のないハムスターの、最初で最後の、蒸気のような、弾劾に思えた。


曇りを通してハムスターの茶色と白の毛玉が縮こまっているのがぼやけて見える。


あれほど騒がしく動き回っていた体は厳かなほど静かに、じっとして動かない。


死は厳かなものなのだ。



おそるおそる虫かごを開けてみると、外的から身を守るように四肢を縮め、


団子虫のようにこちらに背中を向け、丸まっている、茶色い背中が見えた。


よくハムスターが眠る際にとる格好で、彼女の服の中や、私の手の平の中で暖をとり、


眠りについて丸まる姿勢だった。


でも今は、どこにも暖のない、暖の奪われた虫かごの中で、


眠っているわけでもないのに、眠っているのと同じ格好で、


永遠に目覚める機会を奪われて、目覚めるために眠る機会も奪われて、


一切の活動的生の機会を奪われて、ただ、死んでいる。



私はなんだかその雰囲気に怯えた。


どれほど騒がしく暴れるハムスターよりも、厳然としたなにか、


もっと雄弁で、もっと声高ななにかが、その背中から、暗黙に発せられているような気がした。


すべてへの拒絶、という、静止と沈黙での、わたしへの告発を。





虫かごの中は、雨と雪が入り込んで、びしょぬれだった。


ほとんど飼育放棄だったから、糞尿まみれかもしれないと思ったけど、


どういうわけか、そうした汚れはなかった。


餌があまりに供給されないため、出るべきものも出なかったのかもしれないと思った。



敷き詰めた白いティッシュが、泡だったホイップのように、ハムスターの周りで波打っていた。


ひまわりの種の殻のかけらが、申し訳程度に、ぱらぱら散らばっていた。


実の入った種はひとつもなかった。


サテンのようだったハムスターの毛並みも、塗れてはりついて、ハムスターは一回り小さくなっていた。


そっと、厳かなまでに持ち上げると、すべてに抵抗するような、硬い反発を感じた。


死後硬直を起こして固まっていた。


死に顔は、ネズミらしい、苦悶に満ちた表情。


わたしは動物界で、死に顔が一番苦しそうなのはネズミが一番なのではないかと思う。



わたしは、ハムスターが死んでいることを認めた。


名前もろくに定めず、今、死んでいるそれの名前を呼んだことは一度もなかった。


まるで、生きているうちから、生きていることを否定したように。


わたしによって、否定されたように。





彼女は、私より動揺していた。


彼女は泣いていた。


泣くという情緒は、わたしにはなかった。


泣いてみようと思ったけど、うまくいかなかった。


これはすべて、いかに親が正しいかを証明する、虚構の舞台設定でしかなかった。


彼女は自分の親に知らせたという。


わたしはそのことのほうに、死んだハムスターを手に持ったまま、血の気が引いた。


余計なことをした彼女を殴ってやりたかった。



冷たくなったハムスターに、彼女は自分の体温を移そうとして、抱きしめ、なでた。


わたしは、その物体の意味が、わからなくなってきていた。


意味のわからない不気味なものに見えてきていた。


私も彼女の真似をして、別れを惜しむようになでた。


このハムスターが、私に別れを惜しまれて、喜ぶとは思えなかった。


私たちは別れを済ませ、ハムスターを土に埋めた。


彼女と私は墓前に手をあわせた。



その後、あるテレビ番組で、ハムスターも気温が低下すると冬眠することを知った。


だとしたらあれは、餓死、もしくは凍死ではなく、


ただの冬眠だったのかもしれない、


わたしはハムスターを殺しはしなかったのかもしれない、


と、都合良く考えることがある。


でも、だとしたら、冬眠しているだけのハムスターを、


わたしは、今度こそ土に生き埋めして、窒息死させたのだろうと思う。



この一件が、彼女の親からわたしの親にばれた。


他人を介したからか、親の反応は時々そうなるように生気のないほど薄く、


飼いたかったら親に言って家で飼いなさいとだけいった。


私はハムスターを飼う事に親の容認を得たことに喜んだけど、


この一件で、自重としての気分もあり、もうほとんどハムスターを飼う気にはならなくなっていた。





その後、母が、自費でハムスターを買ってきた。


わたしが動物の小さな命に関心を持ち始めたと思ったのかもしれない。


母の「冒険者たち」の推奨のおかげで。


わたしの暗示的なパフォーマンスが母に伝わり、


ここでこうして、私にあだとなってふりかかっている。



母は嬉々として、ケージ、水飲み、ねずみがまわす車、ハムスターの飼育に必要なひとそろいを買って来た。


これほど準備万端なら、今度はハムスターを殺さなくてもよくなるかもしれないとわたしはどこかで思った。


同時に、わたしが、この家が、何か、命を生み、育めるとは思えない、とも思った。


この家で、自分がいるだけでも限界なのに、さらにこの家から、


私以外の生き物を守り、育てる余裕などない。


母はわたしの責任で飼育するように申し付ける。



最初は興味本位で、このハムスターは親のものでもあるだろう。


親がハムスターの関心を離れ、飽き、わたしひとりの責任でまかされるとき、


このハムスターは、わたしの同類、わたしの仲間として押し付けられるということだ。


わたしの仲間、わたしの同類、親の敵。



親の敵のように親から憎まれ、


虫かごに閉じ込められているような孤立無援の状況に、


このハムスターもわたしと同じように、閉じ込められるのだ。


親の興味を引きとどめられず、親の関心を離れ、わたしひとり、子供ひとりの、


自己責任で、とは、


子供が持たず、親だけが持っている生活力のパイプラインから、


拒絶され孤立化すること、それが自己責任で、自立する、ということなのだから。



今後、ハムスターが、怪我をしても、病気になっても、餓えても、死にかけても、


何があっても、親に知られてはならない、助けを求めてはならない。


感情、思考、自己、存在を、表現してはならない、わたしが、そうあるように。


それが、他者の存在を認めない、自分の存在だけを世界に認めて生きる、


自己責任、自立する、ということなのだ。


わたしと、ハムスターは、同じひとつの虫かごに、閉じ込められたのだ。


私自身が檻の中にいるのに、


どうして、もうひとつ、別の檻の中にいる動物の世話をすることができるだろう。





案の定、最初は、物珍しさから、ハムスターを弄って遊んでいた親の手元にいるときは、


ほとんど親の管理下で餌やりや水やりをしていたのだけど、飽きられて親の手元を離れると、


臭いから、汚いから、家が汚れるから、という理由で、


ハムスターの檻は犬小屋みたいに、家の外、玄関の脇に置かれることになった。


私がよく、汚いからという理由で、玄関から締め出され、家を追い出されたように。



親の関心が見離したハムスターをかまうことは、


親の意識に逆らうことになるのではないかという防衛感情がわたしに湧く。


それは、汚くて臭いから、家主である親に家を追い出されて当然の子供、


わたしと、同じ立場なのだ。


汚く、図々しく、他者の世話を要求するろくでなしのわたしが、


家から追い出し、閉め出し、憎まれ、親の現実から抹殺されて、当然であるように、


わたしと同じ立場になったハムスターを、わたしが可愛がり、世話を焼くことは、


暗に、親の意識に、反逆している気がする。


わたしも、わたしをそうする親と同じように、わたしであるハムスターを見放し、


苛め、殺さなければならないような気がする。



それを親に期待され、待たれ、見張られているような気がする。


これは、テストのような気がする。


いかに親の意識が作る現実に従えるか、


いかにわたしが勝手に自分の意識で作りあげた現実に従って単独行動を起こし、


親の現実に従わなくなり、親を裏切らないかの。



わたしは、ひたすら親の意識に抵触する、


親が作る現実のルールだけからはブレないように、一切から心を閉ざす。


ハムスターをかわいがるのは便宜上、


それが、「幸せで何も問題のない普通の家庭」の「幸せで何の問題もない普通のこども」がする行動だから。


ハムスターへの好意が親の現実のルールを上回ってはならない。


親に気を使う以上に、ハムスターを大事にしてはならない。


親の機嫌に抵触した場合は、即刻、ハムスターの命を絶つ必要がある。


即刻、ハムスターの命を絶つことに躊躇しないほどの、


自分のハムスターへの執着を絶つことに躊躇しないほどの、


親への恭順の意思を示す必要がある。





最初は、親の歓心をかうための、定型的な「小動物を愛する愛らしい子供」らしく、


「わあかわいいー」を棒読みで連発し、ハムスターと遊ぶというより弄っていた、


知的障害の姉も、そんな空気を察したのか、親の感心がハムスターから離れると同時に、


「親の敵は自分の敵」とばかりに関心をなくし、


檻から出して遊ばせているハムスターが、自分の膝元でうろうろしていても、


注意を払わなくなる。


ハムスターが勝手にどこかへ行ってしまうので姉には任せていられなくなる。


姉は、自分で皮を剥く自分の指先に、自分の指先の痛みに、自分の指先の血に、


自分の血の味に没頭し始める。


兄はこのイベントに、皮肉めいた雰囲気を漂わせて、距離を置いている。





ハムスターの存在を知っているのは世界でわたしだけという状況のような気がする。


だれもそこにいてほしがっていない、誰もそれに生きてほしがっていない、


幻のような、影のようなハムスターの世話を焼く役目は、


誰の相手にもされなくなった、ハムスターの相手をするのは、


誰にも相手をされないわたししかいないと、家族に見下されている気がする。



わたしはハムスターの餌やりを怠る。


掃除を怠る。


水遣りを怠る。


ハムスターは、たまに与えられる餌に、目の色を変えて飛びつく。


糞尿まみれになる。


親の言うように、汚く臭い、家を汚すものになっていく。


一度、母が与えた、人間の食事のあまりもの、


野菜の切れ端を与えたのに、ハムスターがっついているのにわたしが誤って手を触れると、


エサを取られると勘違いしたハムスターに猛然と攻撃され、すごい勢いで噛み付かれた。





つがいで買ったので、ハムスターは子供を生む。


10個ほどの、ぴくぴくうごめく、小指の先ほどの赤い肉塊だった。


気持ち悪かった。


子供が生まれるという余興に、親の関心はまたハムスターに向く。


わたしは、ハムスターを世話する許可を、親から向けられた関心によって得たように感じ、


こまめに世話をするようになる。


子供は成長して、何匹もの小型のハムスターの形になる。


今度は親に飽きられているどころか、


「このまま成長したらどうするの」と、


親の厄介に、荷物になり始めているのを感じる。


不安がもたげる。


いっそ、と思う。





夏休み、年末、いつも、一、二週間、休みいっぱい田舎に帰省する。


そのときハムスターは置いていかれる。


車が臭く汚くなるから。



父が大型の水槽を引っ張り出してくる。


ほかにもアルミのお菓子の空き容器のようなものを探し出してくる。


ハムスターの檻、空容器、大型水槽に、増殖したハムスターをべつべつに別居させる。


共食いしないようにするため。



母は子供と接触しないため、


わたしと父でハムスターが共食いしないための準備をする。


多めに餌を与える。


「この程度でいいんじゃねえか。」 父が言う。


父がいいというなら、それはそれでいいのだ。


それでよくなければいけないのだ。


わたしはただ、父の意見の絶対的な賛同者として、いつもそこにいるだけだ。


それがわたしの役割だから。



檻の中の親ハムスターには、餌容器いっぱいのひまわりの種とビスケット。


アルミの空き容器にいれた子供たちのほうにもひまわりの種とビスケットと果物をいれ、


蓋を閉める。


高さ30センチ幅50センチくらいもある大型の空水槽に入れたのは、


親指二つ分くらいにまで成長した、2匹のきょうだいハムスター。



父はなぜか嬉しそうに、今までになくハムスターに関心を向ける。


わたしは内心、父にどこかにいってほしい。


わたしの不在中にハムスターの身に起きることは、私の責任になるのだから、


今にはない時間と、わたしの不在の中にある責任を、


今、ここで、負うために、ハムスターの管理を、


わたしの考えと行動に、今ここで、一任してほしい。


父とわたしが何かを一緒にやるということは、


私がわたしの意志と、感情と、思考と、決定権と、選択を放棄して、


すべての決定を、父に譲渡するということだから。





新聞紙を敷き詰めた殺風景な水槽の中を、かさかさ音を立てながら、


不毛にくるくる歩き回る2匹の子供ハムスターを、


父はなぜか、妙に嬉しそうににやけながら水槽の上から覗き込み、


「お別れだから、奮発して、チーズでもやりゃどうだ」。


チーズを投げ入れる。


2匹は今まで見たこともないような食べ物へのがっつきを見せる。


わたしは、ああやはりねずみだからチーズが好きなんだなと、妙に腑に落ちる。


夢中でチーズをほおばり始めたハムスターを見届けて、


何かやり遂げたように、わたしと父は、家を後にする。


親ハムスターの檻は家の外、玄関の脇に、


子供たちの空き容器と水槽は、家の中に。





長野から帰省すると、真っ先に親ハムスターの檻に駆け寄る。


檻を覗き込んで、わたしは一瞬、自分が見ているものを言語化できない空白に向き合う。


次の瞬間、総毛立つ。


後ろ足で立ちながら、おやハムスターが両手で抱えながら食べている、


つぶしたイチゴのように、不自然なくらい真っ赤なもの。



家族が留守中に、再び生んだ子供を、餌がなくなって飢えた親ハムスターが食べていた。


軟骨を噛み砕くような、薄いセロファンをへし折るような、


ぺきぺきぺちゃぺちゃという音が甲高く響いていた。


親ハムスターは、2週間ぶりに帰ってきて、檻を覗き込んでいるわたしを、


自分が生んだばかりの赤い子供を食べて、さらに赤くしながら、見つめかえした。


ひと時も食べる口を休めることなく、一心不乱といってもいいくらいの勢いで租借しながら、


にらむように、告発するように。



わたしは大声を上げてケージを開けて、親の口から、ひき肉状の肉塊になっている子供を取り上げようとした。


親は食べ物を奪われるのに抵抗した。


取り上げようとするわたしの手を体でさえぎって、自分の手でかいこんで、


食べ物を奪われる前に、一心不乱に子供の肉を噛み砕いて、必死に飲み込んだ。


わたしは一瞬、それが、


子供と自分のどちらかが生き残らなければならない選択に追い込まれたとき、


自分が生き残ることを決断した親の、子供への弔いのために、


自分の罪を噛み砕き飲み込む行為、


子供を、自分の一部にすることで生きさせようとする、


親の必死の贖罪行為のための抵抗に思えて、たじろいだ。



わたしは一瞬、自分の手が、


子供を食事する選択を下した親の、


唯一の贖罪行為を取り上げるという罪深いことをするようで、


親の口元から子供の肉片を取り上げようとする手をためらった。


また、わたしは一瞬後、それはただ単に、ハムスターの、


唯一の食料を奪われまいとする、動物本能でしかないと思い直した。



親は、わたしの手に食料を取り上げられることに激しく抵抗しながら、


子供の肉を完全に食べ終えて、飲み込んだ。


いまさら、肉片となったこどもを取り戻しても仕方ない、


わたしはなすすべなくそれを見つめながら、とりあえず、


まだ生きている生まれたばかりの子供を親から非難させた。


親は、飢えたぎらぎらした目で、次の獲物を物色しているように見えたから。


わたしに、親ハムスターを非難し、子供ハムスターを救う資格など、あるわけがない。


その状況を作り、許したのは私なのだから。


とりあえず親には餌を与えた。


家の中の子供の様子を見に行った。



お菓子の空き容器の蓋を開けると、こちらも、共食いをしていた。


子供は大きくなっていたため、サバンナ状態のような、


死体の有様が無残なことになっていた。


腹をかっさばかれ、はらわたを剥き出しにされた死体が仰向けに、ごろごろ転がっていた。


その脇に、かすかすになって干からびた、


茶色く変色した果物の成れの果てと思えるものが転がっていた。


5、6匹いたうちの、2匹ほどしか残っていなかった。


今まで真っ暗闇の中にいたためか、役目をなくした目を諦観したように瞑りながら、


こちらもやはり、必死なほどの勢いで、きょうだいの肉を貪っていた。





あの親ハムスターの妙な、自分のしていることがなんであれ、


相手が誰であれ、客観者、部外者に邪魔され、環境を変えられまいとする、


自分を貫こうとするような、没我的な依怙地さは、こちらの子供にはなかった。


親のように、


きょうだいの肉をわたしに盗られまいとする行動もなく、


むしろ自分から進んで兄弟の死体から離れて、わたしのほうに寄ってきた。


子供の、この環境が変わることを望んでいた期待と一致する事態を歓迎してのことだろう。


だとしたら、あの、事態を変えるわたしの存在を歓迎しない、


むしろ、告発する目つきをしてわたしを撥ね付けた、


親の心理はいったいどういうものだったのだろう、という思いが過ぎった。



あらためて親の様子を見に行くと、わたしが与えたひまわりの種や餌用ビスケットを、


子供を食べていたときと同じ、一心不乱さで食べていた。


脇に転がって啼いている子供のことも、自分が食べているものが何かも、


念頭にないように。


だとしたら、あの、憑かれたように子供を食べる姿が、


何か決意的なもの、意思的なものに見えたのは、わたしの錯誤で、


ただ飢餓感からきた、やはり動物本能的なものだったのだろうと思った。


ただ、わたしの存在を拒み通すようにケージの奥にうずくまって、


一心不乱にビスケットを食べるハムスターの硬い背中が、


子供を食べることになろうが、ビスケットを食べていようが、


わたしがいようが、いまいが、ここにいる限り、どちらも同じことなのだと、


慣れ、適応していかなければならないだけのことなのだと、


諦めきった悲愴な決意を感じさせるようなのが、


わたしの気のせいなのかは、わからなかった。





この修羅場で半ば忘れていた、残りの二匹が入れられていた、もう一つのハムスターの巣を思い出し、


おそるおそる水槽のほうへ様子を見に行った。


ぐちゃぐちゃの赤い肉塊、造詣を破壊された体、そんなものを予想しながら水槽の中をのぞきこむと、


そこには、一瞬、敷き詰められた灰色の新聞紙の乾いた海の中に、淡い色のハムスターの姿を見失った。



一瞬逃げたかと期待して、目を凝らすと、すみっこに、


小さい棒状のウンチのように転がっている2匹の死体があった。


どこも欠けていない、破損していない。


共食いはしなかった。


不思議に思って一匹の死体をもちあげてみて、ぎょっとした。



苦悶の表情で目を瞑っている顔。


わたしと父が分かれの手向けに奮発して置いていった、食べかけのチーズの欠片、


小指のつめの先ほどの大きさになったそれを、


執念さえ感じられるほどしっかりと、片手で握り締めていた。


その死にざまに自分がしたことのだいそれたことを思い知らされるようだった。


もう一匹はとくにダイイングメッセージ風のものを手にもつこともなく、


行き倒れたように、前のめりに倒れたようになってうつむけで死んでいたのでほっとした。



親も、他の子供たちも、共食いをするほど飢餓ていたのに、


どうして水槽の中に入れていた彼らだけは、食べ残しのチーズを大事そうに抱えたまま、


共食いをするのではなく死んだのだろうと不思議に思った。


ふと思い当たったのは、わたしと父は、この空っぽの、


水のない水槽に閉じ込めた二匹に、餌をやりはしても、一滴の水も与えないままだった。


命には水が必要だということを、父と私は、知らなかったのだ。


父とわたしは、命のことを知らないから。





飢えよりも2匹は、水のない水槽の中で、水に渇えて死んだのだろう。


だとしたら飢餓感を覚えるより、もっと早く、


共食いをする、食べるという本能よりもっと先に、水に渇えて死んだのだろう。


だからチーズを食べ残したまま。


チーズだからなおさら水に渇いて、死んだのだろう。


けれど唯一の生命線であるチーズを、無邪気に一生懸命手放さずに。


チーズはねずみの一番の好物だから。


小さいハムスターの、小さい手の中の、小さな歯で、小さくかじりとられて、


ちっぽけになったチーズは、からからに干からびていた。





わたしたち家族は、ハムスターの共食いという久しぶりの話題を見つけて、大騒ぎだった。


姉はあからさまに「いやあ、いやあ」といいながらきゃあきゃあはしゃいだ。


父も母もイベント的な余興のようにはしゃぎ気味だった。


このころから家族と別行動をするようになっていた兄は自室に引きこもって何の反応も起こさなかった。


わたしたちはマンションの庭に死んだ子供たちを埋めて木切れの墓標を作り手を合わせた。



そのとき生まれた子供たちも、その後に生まれた子供たちも、


栄養不良かストレスなのか、年々小さくなり、生まれたそばから死んでいき、


あるいは親兄弟に共食いされ、とうとう一匹も生き延びなかった。


そのうち彼らが共食いすることにも慣れ、


またやってる、後始末をしなけらばならないのが面倒、だけを考えるようになった。


そのとき生き残ったハムスターも、親も、みんな、結局、死に絶えた。


ガラスケージの中で鑑賞され、こちらに何も干渉せず、こちら側から干渉されない、


わたしたち家族にとって、動いて遊べる人形以外の意味を持たないまま、


檻の枠組み以上に育つことも、産み増やすこともなく、飢え、渇き、糞尿まみれになり、


共食いし合いながら、死に絶えた。



その後何度も、まるで壊れたおもちゃを買い換えるようにハムスターのつがいを買うことになるけど、


結局彼らはみんな、檻の中に限定された生命を檻の枠組み以上に飛翔させることなく死ぬ。


マンションの庭には、わたしたち家族が購い閉じ込めた檻の中から、


ついに飛翔できなかった、小動物たちの死体が、最期までその生命を封印されるように、


わたしたちの手によって、累々と土中に埋められた。





わたしたちが可愛がっていたのは、自分の思い通りになる命だったのだ。


だから、可愛がる振りをして、握りつぶし、つつきまわし、放り投げ、弄んだのだろう。


自分の手のひらの上に乗る命を、自分の手が思い通りに左右できる、


支配欲と優越感だけが満たされていた。


飼育するふりをして、殺していた。


相手にはなくて自分にはある力を感じて優越の恍惚感を感じるために。


親が、人間の本質が、そうしていたように。


だけど、彼らは確かに、わたしの中の空白を、何かで埋める存在だった。



人間が、単純な命以上の欲や思惑で強権を働かせ、分け前を溜め込むのと違い、


食欲、排泄、住環境、まっとうな基本的人権以外の何ものも必要としない、


ただ単純に生きることに必死の命を見ていると、物珍しさという他者への関心を呼びおこされ、


何かうらやましく、見ているだけで飽きない。


ただ生きるだけのことにまっすぐで、ただ生きること以上を欲する人間に目をつけられ、命を切り売りされる。


ただ生きる以上を欲する人間の欲望の杯に注がれる贖罪の血。


彼ら動物はわたしにとって、人間よりは愛しかった。


彼らの温もりは人間よりはリアルだった。



お互いの存在を否定し合い、お互いの音を消音しあう静まり返る家の中で、


家族の誰かが、微かにでも物音を立てたると心臓がつねられるように慄き、


お互いの虫食まれた神経に疼く痛みを引き起こすのに、


ハムスターが檻の中を忙しなくくるくるかさかさ動いている物音を聞くのは、


誰の命も否定しない、自分の命も否定しない、ただまっすぐに生きる命の確かさを感じさせる音で、


胎音を聞くような安心感とリアルの存在の温もりがあった。





わたしの家族の中で、戦士し斃れた死屍累々のハムスターのうえに、


何代目かのハムスターのつがいを購入したとき、


わたしはそこに、今までついぞ認めたことのないもの、ハムスターの個性のようなものを感じた。


あるいは、感じたいと思ったのかもしれない。


こちらから一方的に干渉するだけのお人形では物足りなくなり、


相互干渉する他者としてのお人形がほしくなったのかもしれない。



そのころには、親の関心は完全にこの話題から離れ、慣れ、わたしが買ってくるハムスターは、


わたしが唯一持つことのできた一人遊びの道具に等しかった。


そこで自分だけの世界を醸成できたのかもしれない。


まったく親の関心を離れ、そのために親の「こうしなければならない」のない、


わたしだけが見届けわたしだけのやり方で運営する現実、


親のやりかた感じ方考え方でものごとを進めなければならない、他者のリアルではない、


わたしだけのリアル、わたしのリアルだという。


わたしはそのとき初めてハムスターの存在に心を開いて、


自分なりに感じ考え主体的に関心を持ったのかもしれない。


親の感じ方考え方ではなく、自分なりのだから、親に反逆することになるから、


こっそりとばれないように、密かに、わたしはそのハムスターに心を開いた。





彼らは子供を産んだ。


わたしはそのとき、初めて驚嘆した。



数百円で買える命、だから、数百円分の価値しかない命、でしかなかったものが、


どこからも、何によって購うこともなく、値段のない命を産むという驚嘆、


値段のつけられない命のあることの驚嘆。


命は人間が世界に付けた価値値段を超えた以上のところから生まれてくる発見の驚嘆。


わたしは初めて親ハムスターに畏敬の念を覚えた。


親ハムスターはわたしの感動とは無縁に餌をあさっていた。


その無頓着な命の創造行為にすら感動した。



それでも親の下敷きになって死んだり、親が共食いしたり、


不十分な世話のための栄養不良で子供は次々に死んでいき、


やっと親指くらいの大きさになった子供が、2匹だけ生き残った。


日々体毛が濃くなり、大きくなっていく。


金銭に購われることなく、命はパン種のように、未来に向かって膨らんでいく。


命が尊いのは、命が「今」だけではなく、


今にはない、これから起こりうる未来の可能性を開くものだからかもしれない。



命は、前に進みはしても、後ろに戻ることはない。


それが、命が生きるということ、命が本来的に望むことなのだ。


だから、前に進もうとする命を断ち切ることは、罪なのかもしれない。


命を奪うことそれ自体が罪なのではなく、


生きようとする命の、「自由な意思」を奪うことが、罪になるのかもしれないと思った。


わたしがやっていたこと、私の家族がしていたこと、


わたしたち、人間たちがしたかったことは、いつも自由な意思の殺害、


自由のコントロールだったのだと思う。





だからこの二匹は、わたしにとって特別だった。


メスと思える、母親譲りの、茶色と白のぶちの小さいのと、


オスと思える、一回り大きい、父親譲りの薄茶色一色の大きいの。


二匹とも、今までのハムスターにない人懐こさがあり、


今まで多くのハムスターを毒牙にかけてきたわたしの手中に、


無抵抗に身をゆだねる弱々しさ、生命力のなさが、かえってわたしは不安だった。


人懐こいというより大人しく弱々しく、あるところから大きくならないようなのが気になった。


体毛も薄く線が細くガラス細工のように今にも壊れてしまいそうに繊細そうなのが心細かった。


わたしは親に食べられないように、2匹の兄妹ハムスターを、


以前共食いしたきょうだいハムスターを入れていたアルミのお菓子の空き容器にかくまった。





小学5生のとき、学校から帰ると、真っ先にハムスターのかごの前に行く。


玄関脇の、打ち捨てられた犬小屋のようにうらびれ、


さびれるままに放置されている、檻の中に閉じ込められた命を、わたしは覗き込む。


学校帰りにひきむしってきた猫じゃらしの柄の部分で、


団子虫のように丸まって眠り、


暇さえあれば眠り、わたしを否定し、わたしの相手を十分にしない横着なハムスターをつつき、


恐慌的な反応を見せるのが面白く、くつくつ笑いながらハムスターの眠りを邪魔し続ける。


彼ら動物たちは、わたしが誰にも見せることのできなかった、


わたしのわがままの相手をさせる唯一の相手だった。





ハムスターは、植物の鋭い茎につつかれるたびに、団子蟲状態から素早い反応で腹を見せて仰向けになり、


相手を引っかき噛み付けるように歯をむき出して、四肢を突っ張る攻撃態勢をとる。


しつこくつつくと、植物の茎にさっと噛み付く。


憎々しげに、ぽりぽり茎を噛み砕く。


そのうちに、ほんとうにただ茎を食事にする。


ぽりぽりしながら、また寝入ってしまう。


動きがないとつまらないので、わたしはまた突つく。



息を強く「ふっ!」と吹きかけ、それにも恐慌反応を見せるのが面白く、哀しい。


哀しみを吹き飛ばすよう、残酷になりきるよう、何度もハムスターを苛める。


ハムスターはそのうち眠るのをあきらめて、もぞもぞと起き出す。


今までのわたしの虐待を水に流すように、


無邪気な瞳をして餌をねだったりする無知が、可愛くて、哀しい。


わたしがどんなに攻撃しても、親のように、わたしを攻撃し返さない。


わたしがどんなにダメ人間でも、親のようにわたしを責めず見限らず、わたしに頼る。





わたしが親にしてしていたこと、


底なしの空白に水を注ぐように親に注ぎ込んでいたわたしの労役、わたしが親に分捕られ生じた空白、


それを、


体面は親に信頼し従い、心では親を裏切り殺していた、


親に憎みながら従っていた私以上に、裏切ることと憎しむことを知らないその命で購ってくれたのは、


彼ら動物たちだった。


その無知な愚鈍さと、生きることへの必死さ。


どんなに命を守るために攻撃しても、痛々しく必死になっても、


意味はないのだということを動物たちは知らない。


所詮、わたしの、人間の、家族の、親の手にかかれば、


動物たちの命などひとひねりなのだということを。


哀しくなる、


愛しくなる。




このうさぎはミニうさぎなどではなく、ただの子うさぎが普通に成長しただけの、普通のうさぎだとわかるころには、


大人の体格になっていた。


ある日いつものように、うさぎの肉の柔らかさを、猫の牙が食い込むようにうっとりと確かめ、


青灰色の毛並みや、どこからどうみても、完成された芸術品のようなフォルムを愛でていると、


急に腕にうさぎが抱きついてきた。



いつものようになめるのかと思うと、まるで小さな子供が親に必死に抱きつくようにして腕に手足をからませ、


体をすりつけてくるので、微笑ましく見守っていると、


興奮して啼きはじめ、腕をかんでくるようになったので、びっくりして払いのけようとすると、


腕から離れたうさぎの脚の間から、赤くて長いものが伸びていて、それをこすりつけるようにしているので、


またびっくりした。


うさぎは発情していたのだ。


愛くるしい外見から、メスだと勝手に思い込んでいたけど、ナナは、オスだったのだ。


それから発情期になったうさぎは頻繁に、交尾行動をするようになり、興奮状態も続いた。





通っていた小学校で、わたしはいつも、「飼育係」で、


小学校には、アヒル、小鳥、鶏、魚、それからうさぎがたくさん飼育されていた。


小学校には、うさぎのえさ用の、ポリバケツいっぱいのウサギ用ペレットがおいてあり、


わたしはそれをときどき盗んでうちのうさぎに与えていた。



わたしはここで、やはり、真剣に考えた。


うちのうさぎをこっそり、学校のうさぎの中に混ぜてしまおうか。


教師にバレることだけが不安だった。


このときは、親のことは心配してなかった。


親の関心は、もううさぎの命にはない。


うさぎは逃げた、といえば、むしろほっとされるだろう。


一番心配したのは、教師に見つかり、咎められることだった。


わたしの、権威と大人への人一倍の恐怖が、親から教師に移っただけだった。





学校のうさぎは毎年のように新しく子供を生んでは、


小学生のずさんな関心と飼育によって次々と命を落としていた。


学校の片隅で起こっている、命の激しいサイクルなど、教師は誰一人、自覚していないだろう。


わたしや他の子が毎日いじめられて、命を踏みにじられていることに気がつかないように。


世界の片隅にうずくまる、うさぎの、わたしの命の声は、水槽のガラスを越えて、誰にも届かない。


水槽の壁を作り上げ、うさぎとわたしを水槽に突き落とすのは、彼ら自身なのだから。



だからわたしの思いつきも、誰の関心も惹かないことが幸いして、


やろうとすれば、誰にも気づかれず、できないことはないのではないか。


仲間もできる、交尾もできる、小学生の手だけど、ある程度、


うちにいるよりはマシな世話もされる。


わたしは真剣に検討した。





小学校の動物の中でも、うさぎが特に多くて、


中庭のうさぎ小屋に10数羽と、繁殖して増えたうさぎのために、


校庭の隅っこのウサギ小屋にもうさぎが10羽くらいいた。


飼育係りだったわたしとクラスメイトは、よく飼育小屋に行った。


動物を可愛い、と思ったことはあまりなかった。


けれど、動物たちの動きを見るのは好きだった。


動物は、人間じゃないから、好きだった。



中庭のうさぎ小屋のうさぎはよく繁殖して、次々に子供を産むのだけど、


床が地面から浮いていて、すのこ状で、木の板の間に広い隙間が開いていて、


小屋の中で生んだうさぎの子供が、床の隙間から下の地面に転がり落ちていた。


隙間には子供の手でも入らなくて、


隙間に落ちて取れなくなった子供は放置するしかなかった。



放置されたうさぎの子は、地面に転がって啼いていたけれど、


やがてミイラ状になって死んだ。


私たちは、親うさぎの元から転がり落ちて啼いている仔ウサギを、


いずれ死ぬとわかっていながら、見殺しにし続けるしかなかった。


不可解で非合理的な設計をする大人の思考回路にわたしは苛立った。





中庭の小屋で繁殖したうさぎのために、校庭にウサギ小屋が新しく作られた。


こちらのほうが設備もよくて、環境がいいので、


わたしたちは休み時間の時間つぶしにはもっぱらここにきた。


床に不可解な隙間があいている事もないし、


巣箱はちゃんとあるし、何より、小屋の隅っこに、


石造りの小さな池のように作られた「水のみ場」があるのがよかった。


それを見ているだけで、わたしの渇きが癒えるように、わたしは安堵した。


ただ、池周辺に埋め込まれている岩のディスプレイの段差が気になった。



そのうさぎ小屋にいて、勝手気ままに走り回るうさぎを見てると、それだけで楽しかった。


小さかったうさぎが、パン種のように、勝手に大きくなっていくのを、魔法のように思った。


通い続けると、模様や顔を覚えてきて、特に可愛いと思う馴染みのうさぎができたりした。


そういう自分の心境の変化も面白かった。


抱くと人懐こくすりよってきて可愛かった。





ある放課後、校庭のうさぎ小屋に行くと、


いつもの馴染みの、灰色一色のうさぎがいない。


最初は小さな子ウサギだったのが、だんだん大きく元気に成長していて、


その変化を見るのが楽しかった。



わたしとクラスメイトたちは、何処を探してもいない、逃げたのかな、と言い合った。


たまに、うさぎ小屋から放してあそんだりするし、うさぎが小屋から脱走することもよくあり、


そういうイベントを楽しんでもいたけれど、


やはり野放しにするとうさぎが危険だという気がして、わたしたちは小屋の周りを探してみたりした。



いくら探してもいないので、おかしいね、といいあって、再び小屋の中をぐるりと見渡したとき、


小屋の隅の、一番暗いところにある池がわたしの心を惹いた。


池の水が、黒い闇のようにわだかまっていた。


その周辺の岩が、いつもより黒ずんで見えたのかもしれない。


池の周辺の空気が、乱雑というか、どことなく揺らいで感じられたのかもしれない。


小屋を見回しているクラスメイトを背後に残して、


どこか抵抗感を感じながらゆっくりと池に近寄って見てみると、暗い水面に、水に濡れて、


灰色の毛並みが黒ずんだ、あの子うさぎが浮いていた。


もう動いていなかった。



私の背後から近寄ってきて池を見たクラスメイトとわたしは、


声をそろえてわっ!!と叫んで、咄嗟に小屋から飛び出して、脱兎のごとく駆け出した。


走り出してから、何で走っているのか、どこに走っているのか、わからなかった。


一気に職員室まで走ろうと思った。


大人に助けを求めるためではなかった。


ただ、走らずにはいられなかった。


あの黒いうさぎは、私たちが、一番可愛がっていたうさぎだった。


一番だっこして、柔らかな毛並みに手を這わせ、温もりを感じたうさぎだった。



ずっと、たっぷりの水を与えてもらえるここのうさぎを、


うちのうさぎと比較して、いいなと思っていた。


でも、今、水面で死んでいるうさぎは、私が羨み、


ナナには許されていない、「たっぷりの水」に殺されたのだ。



まるで、ナナを渇いた水槽から救うためにここに連れてきたら、


今度は、ナナはここで、水に殺されるだけなのだ、


どうしたって、私のすることは、うさぎを殺すんだ。



うさぎたちを殺すわたしの背後から決して去らない死神の、


嘲笑しながら高らかに言う言葉が聞こるようで、


わたしは、私の中でわんわんと響き渡る死神の嘲笑と、


私を指差して私の罪を暴きたて、私を指弾する死神の言葉から逃げるために、


全力で風を切って、死神の声の木霊する耳を風の音で締め出した。



どんなに走っても、逃げ切れないものがあった。


私の中で、銅鑼の音のようにガンガンと響き渡る声があった。


わたしは、何をやっても、うさぎを殺すんだ。


わたしは、何をやっても、必ず、最悪の結果をもたらすんだ。





暗い水に浮いている、もう走らないうさぎの光景が、


底が見えなくて、闇のような水底からゆっくりと浮かび上がってくるように、


私の中の闇の水面にぽっかりと浮かんだ。



私はどんなに走っても、私の中に生まれたうさぎの光景から逃げることはできず、


目を背ける場所はどこにもなかった。


どんなに走っても、目の前から拭い去れない、水面に浮かぶうさぎを見つめていると、


自分の中の動かない、暗い闇の水面に引き込まれそうで、怖かった。


わたしは、私の中で、いつまでもプカプカと水面に浮いているうさぎの光景を振り払うために、走った。





灰色のうさぎは、ナナには許されていない水をちょっと飲むために、


水面に身をかがめたのだ。


でも、子供で小さかったから、池の周りに岩で作られた段差があったから、


かがんでもすぐに水面に口が届かなくて、


それで身を乗り出しすぎて、水に濡れた岩で脚を滑らせ、水に落ちたのだ。



ナナが呑むことを許されてなくて、灰色のうさぎが呑みたかった水は、


うさぎの足がつかないほど深くて、


うさぎは水の中で、足場を探して必死に壁に爪をたてたけど、


石はつるつるしていて、段差があって、石の壁はうさぎを拒み、


水は深く、うさぎを飲み込んだのだ。


どれだけウサギは水に抵抗しただろう。


うさぎが溺れ死ぬまでの時間はどれだけだっただろう。


死にいたるまでのどれだけの時間、うさぎは、死への恐怖に耐えねばならなかっただろう。


息絶える瞬間、うさぎの最後の命の吐息は、どれだけ漏れて、どれだけ水に呑まれただろう。





ナナに与えてやりたいと望んでいた環境の中で、


水を与えられることが許されない空っぽの水槽からナナを解放したかったところで、


水に飲まれて、うさぎは死んだ。


水が禁じられた水槽の空虚の底で、溺れ死につつあるナナと、


水に命を閉ざされて、死んだうさぎと。



まるで、ナナが、あのうさぎを突き落としたみたいだ、


まるで、ナナが、どこにいてもナナが決して出られないあの空っぽの水槽の底からじっとわたしを見つめていて、


私たちに一番可愛がられ、好きなだけ水も飲め、自由に走り回ることのできた、


ナナには許されない全てのことが許されていたあの灰色のうさぎを、


ナナが、許しはしなかったように、ナナが、あのうさぎを殺したように、


わたしには、感じられた。


わたしの中の、暗い色のうさぎが浮かんだ、暗い水面から逃げるために、


わたしは、全力で走った。





咄嗟にわたしと一緒に走ってきたクラスメイトは途中であきれたように立ち止まり、


ちょっと、まってよ!と背後で声を上げたけど、わたしは、振り返りもせず、


走らずにはいられなかった。


わたしの中の、水に濡れて黒ずんだうさぎが浮かんでいる暗い水面に、追いつかれるわけにはいかなかった。


うさぎの死を抱きかかえながら、私を嘲笑し、罵倒し、


私の罪を糾弾する死神の声に、捕まるわけにはいかなかった。


職員室まで一気に走り、教師に説明し、うさぎ小屋まで来てもらった。



わたしに置いていかれたクラスメイトは、怒って帰ってしまったようだった。


教師とうさぎ小屋に戻ると、姿がなかった。


わたしは体面ばかり気にして、クラスメイトに気に入られる演技に努め、


それは同時に、自分の演技に気をとられるばかりで、別世界のように他人に無関心でもあり、


自分の演技に穴が開くと、自暴自棄なまでに他人に嫌われようともするが、


このときも、いつも気にかけている人の反応を、


シャットダウンするようなスイッチの切り替えが入り、


怒って帰ったクラスメイトの存在は、わたしの中で切り離された。


わたしは彼女に何か感じる動機も持たず、もう彼女の顔も思い出せなかった。





うさぎ小屋で、灰色のうさぎが水面に浮かんでいる、


小屋の一番隅っこの闇がわだかまった池の場所にかがみこむと、


教師は、あらら、とつぶやいて、水に濡れないように注意しながら、


水面に浮いているうさぎをつついて手繰り寄せ、うさぎを掬い上げた。



教師の、失われた命への楽観的態度が救いになるかと期待したけど、


目の前の光景と教師の態度のギャップに禍々しいものを感じてぞっとしただけだった。


もしもこの教師の目の前で、水面に浮かんでいるのが、黒ずんだうさぎではなく、


わたしだとしても、この教師は、あらら、とつぶやいて、


水面に浮かんだゴミを掬うように、自分が濡れないように注意しながら、


わたしの死体を引き寄せるのではないか、という気がした。





池からやっとうさぎを引き上げて、うさぎが死ぬまで渇望した地面に横たえると、


うさぎの周辺の地面が黒く濡れた。


うさぎは死後硬直を起こしていた。


もし、わたしたちがくるのが、もうちょっと早かったら、間に合ったのではないか、


という思いは、わたしたちが来ようが来まいが、


うさぎは、いずれ、いつも、人間が掘った、運命という逃れられない穴に落ち、


水面に浮かぶ運命なのだ、という諦念に変わった。



うさぎは、逃げることに特化した生き物だ。


逃げるための速くて長い足、危険を遠くから聞き取る長い耳。


しかし、逃げるために、どんなに速い足を持っていても、


どんに遠くの危険を聞き取る長い耳を持っていても、


人間という、うさぎを苦痛と死に落とし込む運命の穴を掘る死神からは、


うさぎは、決して、逃れられないのだ。


自ら上げられた灰色のうさぎの周りに広がった、


穴のような闇のような、暗い水面のような水のしみは、もう乾いていた。





わたしと、帰らなかったほうのクラスメイト、幼馴染は、消沈して帰った。


わたしは、水の中のうさぎを一目見た瞬間から取り付かれた思考を、いつまでも反芻していた。


人間の手は、うさぎから水を取り上げることで、うさぎを水に突き落とすことで、


どうしたって、必ず、うさぎの命をひねりつぶす。



水のない渇いた水槽の底にうさぎを突き落とすことで、


落とし穴のように深く掘った水の中にうさぎを突き落とすことで、


必ず、人間の手は、うさぎを、うさぎが自由に走ることができない水に閉じ込める。



家のうさぎも、学校のうさぎも、人間の手で行われていることは、同じなのだ。


わたしがそうであるみたいに。


だったら、ナナを少しでもマシな環境に移そうと学校のうさぎ小屋に移転することは、無意味なのか。


わたしは、ナナを学校のうさぎ小屋に移転する計画を諦めた。





家に放すと、だれかれ構わず発情して抱きつくうさぎは、


失笑と冷笑を持って遇された。


愛くるしい、かわいい、だけが、うさぎへの関心をつなぎとめる防御だったのが、


動物の本能を丸出しにして必死になっているうさぎへの関心は急速に冷め、


まとわりついてなめるうさぎをうっとうしがって、足で蹴り払ったりしていた親やきょうだいやわたしは、


今まで以上にうさぎを突き放すようになった。


まとわりつくうさぎがうっとうしかった。



たぶん、きっと、もう、飽きてきたのだ。


うさぎが、わたしたちが思っていたような、


ただ気が向いたときにだけ愛玩していればいいぬいぐるみじゃなくなって、


初めて激しい自己意思を見せ付けられたから、わたしたちは、シラケたのだ。


わたしがほしいぬいぐるみじゃない、もう、こんなの、いらない、


という声を、わたしはかろうじてこらえた。





冬が始まる季節だったと思う。


うさぎを入れた水槽は、玄関の横が定位置になっていた。


うさぎには、「雪ウサギ」のイメージがあったので、寒さも平気だろうと思うと同時に、


自然界の中にいるうさぎみたいに、巣になるものが何もないガラスの水槽の中とは条件が違うとも思ったし、


結局正しい飼育方法を知らないから、飼いウサギが、冬の寒さにも耐性があるのかないのかわからないまま、


結局は、玄関横に、犬小屋みたいに放置されていた。



成長したうさぎは、後ろ足で立ち上がると、頭ひとつ分、水槽から出るほど、大きくなった。


そして、水槽以上の大きさの巣箱を用意する気は、誰にもなかった。


うさぎはよく、ガラスの壁を後ろ足でけったり、立ち上がろうとして、ふたのスノコに頭をぶつけて、


そのままごんごんふたに頭をぶつけて、力ずくでふたをずらし、水槽のふちを飛び越えて、


水槽から脱走を試みたりした。



ハムスターならそのまま、どこかの隙間にもぐりこんで、勝手にいなくなるのだろうが、


うさぎはそうはいかず、脱走したはいいものの、どこにいくあてもないまま、


水槽の周辺をうろついているところを発見され、いつも水槽の中に連れ戻された。


そのたびに、うさぎを連れ戻しながら、脱走した勇気を誇らしく嬉しく思うと同時に、


どこにも逃げられないうさぎを哀れみ、このままいなくなってほしいと思いながら、


わたしの手でうさぎを水槽に戻さなければならないことが嫌だった。



母は、うさぎが脱走しないように、スノコの上に、漬物石を置いた。


うさぎはそれから、二度と、水槽のふちを飛び越えられなくなった。


跳ね除けられないフタにむなしく頭をごんごんぶつけているうさぎも、


それを見ているわたしも、絶望的になった。



うさぎの命は、もう、水槽のふちを越えて、どこにも流れていかないのだ。


うさぎの命は、このまま、水のない水槽の底で、干上がって、渇いていくだけなのだ。


うさぎの命は、頭上の水槽のふちを境目として、完全に、断ち切れたのだ。


母は、うさぎを手元においておきたいと思ってそうしたというより、


いちいち脱走したうさぎに気を取られることが面倒だったからそうしただけだということもわかっていた。



少しずつ寒くなってきた季節、


玄関の横に、糞尿で薄汚れた水槽は、ガラスも汚れて中が見えないほど曇り、


中にいるうさぎの生死の確認は、うさぎのきれいな青灰色の毛並みが、


曇った白いガラスの壁のむこうにうっすらと見え、


ごそごそ動いているのを、学校帰りに一瞬ちらと見て確認するだけになった。





ある日、朝、「大変、ナナちゃん、死んじゃったよ」と、


母が、抑揚のない声で告げた。


わたしはその言葉より、どこかでぼんやりその言葉を待ち望んでいた自分に、


どこかでぼんやりショックを受けた。



わたしは、玄関の横の水槽を見に行った。


水槽は汚れきっていて、くさく、ガラスに付着物がいっぱいついていて、


中にしきつめられた土に小さな羽虫が沸いていて、残飯のような野菜の切れ端が転がっていて、


糞尿は垂れ流しで、水槽の底には、乾いて硬くなったうさぎの死体以外、命の形跡は跡形もなく、水もなかった。



水槽の底に閉じ込められた命は、もう蒸発してしていた。


わたしの気持ちも、心も、思考も、表情も、動かなかった。


わたしは13歳になっていた。


わたしは機械として完成していた。


どこかで、この決まりきった結末を、痺れを切らして待っていただけだ、と思った。


その思考だけが、ほんのわずかなショックを、わたしに与えた。



四肢は伸びきって、水槽の底に横たわっていた。


水槽の底で、青い空の中を自由に遊泳している、青いうさぎに見えた。


わたしは、乾ききった水槽の底から、うさぎの体を抱き上げた。


青灰色の毛をなでると、うさぎの毛並みはごわごわし、その下の柔らかい体は硬直し、


冷たくなっていた。


土が毛並みを汚していた。


死体を抱き上げると、ぼたぼたと尿が垂れた。



あんなに水に飢えていたのに、うさぎはまだ水を排泄することができたのだろうか。


ささいなことが、少しずつ、残酷なことに思えた。


ガラスが汚れてること、毛並みが土に汚れてること、野菜のクズの切れ端が散らばってること、


あんなに気持ちよかった、ふわふわの毛並みが、冷たく硬直し、


土に汚れ、もう、毛づくろいできれいにされることもなく、


わたしの手に気持ちいい感触を与えることもなく、


うさぎ自身の体なのに、もううさぎの手を離れて、放り出されてしまったこと。



もう二度と、うさぎのやわらかい毛並みをわたしは楽しむことができなくなったことに気づいた。


どの他のうさぎの毛並みでもない、


「ナナ」だけが持っていた毛並みの色とやわらかさを楽しむことができなくなった。


毛並みを楽しめれば、それで、代価のどのうさぎでもいいのではないことに、わたしは気づいた。


柔らかく穏やかな温もりを初めて拒否し、


ナナが初めて示した、体の硬い抵抗と毛並みを感じながら、わたしは、初めて気づいた。





今までの動物たちのように、この家に来たナナもすぐに死ぬわたしは知っていた。


だから割り切って、ぬいぐるみのように愛玩するだけにした。


でも、わたしが愛玩してきたのは、ナナ以外のどのうさぎでもなく、


やわらかい毛並みと暖かさがあれば、他のどのうさぎでもかまわないわけではなかった。



わたしにとって、ナナを飼うこと、ペットを飼うということは、


生きたぬいぐるみのように、柔らかい毛並みと、


家では得られない温かい体温を楽しむだけ、とわりきったとしても、


ひとつの命と向き合った瞬間から、命と命との、膨大な情報の交換と交歓が行われ、


唯一無二の、記憶の物語がそこに刻まれていく。



お互いの命の中に、どの宇宙にも探し出せない、何ものとも交換の利かない、記憶の物語が刻まれる。


わたしは、ナナの命を、ぬいぐるみのように買い求め、結局ナナは、


近いうちにそうなるだろうとわたしが予見したとおりに、


使い物にならなくなったぬいぐるみのように、その役目を終えただけだ。





でも、わたしが本当に楽しんで、求めていたのは、


柔らかい毛並みと、暖かい体温という、ほかのどの動物とも替えが利くものではなかったのだろう。


わたしが、ナナや、動物たちに求めるものは、できるだけ気持ちが暖かくなるような、


心が温かい水で満たされるような、その命としか持てない、


唯一無二の記憶の物語を、共に作ることだったのだと思う。



わたしに刻まれてるのは、ぬいぐるみのようなナナの愛らしさでも、


青い毛並みの柔らかさ、体の温もりでもなく、


共に生活する中で、ナナが折々に見せた、目の中の表情、顔つき、


生きて今ここにいることを、命の全身で訴えていたナナの、声と言葉と、


わたしの命がそれに共鳴した、わたしとナナとの間だけで作られた、


唯一無二の、記憶の物語だったと思う。





ナナを失うということは、柔らかい毛並みを失うこと、


愛玩できるぬいぐるみを失うことでもなく、


ナナとわたしの物語を失う、ということだった。


ナナの生の頭上で、人間の手によって、決して開かない水槽のフタが閉められたように、


死と庭の土と人間の手が、ナナの体も鳴き声も、永遠に閉じ込め、埋め立てた瞬間から、


もう、ナナとわたしの物語は、二度と続きが書かれないし、


二度と、永遠に、始まりはしないのだ。





うさぎが死んで以来、わたしは二度と、動物を飼わなくなった。


それまで飼育したハムスターやシマリスやうさぎ、どの動物も、一年足らずで死んだ。


ナナも、一年もしないで死んだ。


そうなることは最初からわかっていた。



私は、なんだか、動物の寿命を憎み、否定しなければならないような感じがしていた。


命の管理を、自分の手でしなければならないように感じた。


生かすことをしなければならないと同時に、


殺すこともしなければならないような気がしていた。


相手の生と死を支配することが、命を管理し、世話し、面倒を見ることだと、どこかで、感じていた。


たぶん、親が、わたしに対して、そう感じていたように。





ナナが死んだとき、わたしが一番感じたことは、


先を越された、置いていかれた、これでひとりになった、仲間を失った、ということだった。


わたしは泣かなかった。


鳴き声のないうさぎのように。



一年足らずで死んだうさぎは、うさぎを閉じ込めた水槽の底から、


わたしの家の前にある庭の土の底に、 今度は、走り回る足もなく、


泣く声もなく、永遠に閉じ込められた。


ただ、死んで初めて、人間に縛られた名前からだけは、解放されたのだ。





うさぎは、ひとりだと、寂しくて死ぬんだと、誰かロマンチックなことをいっていた。


一年足らずで死んだウサギは、命の温もりの何もない、空っぽの水槽の底で、


冷たいガラスの壁に包囲されて、さみしさに凍えて、


ひとりぼっちの命は冷たく干からびて、それで、死んだのだろうか。



うさぎは、さみしいと、ひとりぼっちになると、死ぬ生き物だ、という。


ガラスの壁の向こう、水槽の底、


抱き上げられた次の瞬間、突き落とす人間の手の中で、


ずっと、ひとりぼっちのうさぎだった。





水の干上がった水槽の底、時間が進まない水槽の中、時間が囚われた水槽の中、


どこにもいけない水槽の中、


命が蒸発して乾いて干上がるまでの、さらさら落ちていく、


砂時計のような時間があるだけ。


うさぎは、水のない水槽の底に閉じ込められ、命が干上がる時間が来るのを待っているだけだった。



わたしとうさぎは、


水槽の壁を破ることも、フタを吹き飛ばすことも、壁を乗り越えることもできず、


命の時間が干上がる刻を待つしかない、


水槽の底、ひとりぼっちの、にひきの青いうさぎだった。





水槽に閉じ込められたひとりぼっちのうさぎが、水に渇いて死ぬと、


巨大ながらんどうに、世界はすっぽりと捕らわれていた。


いくら世界を見回しても、世界は、空っぽだった。


そこに命はなかった。


空虚だけが満ちている、水のない水槽みたいに。


空虚とともに、一匹の青いうさぎが閉じ込められている、水槽の底みたいに。



私の記憶の水槽の底には、名前を呼ぶことのできない、青いうさぎが沈んでいる。


水の枯れた水槽の底、時間だけが、絶え間ない雨のように降る闇の底で、


たった一人で、何かを待っているみたいに。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ウサギだよ。


ウサギは何も知らないんだ。


ほんとうにばかだから。


だから、外に出て草を食べてもだいじょうぶだと思ってるの。


すごく危険なものが、自分をつかまえようと待ち構えているかもしれない、なんて考えてもみないんだよ。」



シナリオは先ほどとほぼ同じだった。


プテロダクティルスが絶壁の上から飛び降りてきてウサギを襲う。


目玉をえぐり、ウサギの体を引き裂き、あたりじゅう血の海にする。


それから死んだウサギをその場において、どこかへ飛び去る。


前と同じように、プテロダクティルスはすでに死んでいるウサギをさらに数回殺し続けた。





「今度は何になるの?」


「まだウサギだよ」


「どうしてウサギなの?」


「だから、さっきもいったでしょ、ウサギはほんとうにばかだからだよ」


とカサンドラは答えた。



「なんでウサギはばかだって思うの?」


「ほんとうに弱いからだよ」


「何で知ってるの?」


「だってウサギって、だれにでもされるがままになっていて、戦おうともしないもの。


声さえ出さないじゃない」


とカサンドラはいった。


「霧の中の子」トリイ・ヘイデン







ある日の朝、父が母に兎のローストをつくるように命じた。


そして、わたしが呼び出され、「兎を一羽つかまえて、学校へ行く途中、肉屋にもっていきなさい」


と命じられた。


「母さんが夕食用に料理するから、昼休みにもって帰るんだ」


わたしはあまりのことに呆然としながらも、黙って命令に従った。


その日の夜は、家族が「わたしの」兎を食べるのを見つめていた。


一口でいいから食べてごらん、と父にいわれたときは、のどが詰まりそうだった。


「これはたぶん、脚だな」と父が言った。


何ヶ月にもわたって同じドラマがくり返され、とうとう、いちばんお気に入りのブラッキーだけが残った。



大きな雄の兎で、まるまると太り、黒い毛がふわふわしていた。


いつも抱いてかわいがり、どんな秘密も打ち明けていた。


とても聞き上手な、すばらしい精神科医だった。


この世でただ一人、無条件でわたしを愛してくれる生き物だと確信していた。





恐れていた日がやってきた。


朝食が済むと、父はブラッキーを肉屋に持っていけと命じた。


ブラッキーを抱き上げて、父に命じられたとおりのことを告白した。


ブラッキーはわたしの目を見つめていた。


桃色の鼻がぴくぴく動いていた。



「できないわ」


わたしはそういうと、ブラッキーを地面に下ろした。


「逃げるのよ」


と促した。


「さあ、早く」。


兎は身じろぎもしなかった。





時間がなくなった。


わたしはブラッキーを抱き上げ、肉屋に向かって走り出した。


哀れなブラッキーは恐ろしい運命が待ち受けていることを感じ取っていた。


肉屋に手渡すとき、ブラッキーの心臓が、わたしのそれと同じく、早鐘のように打っていた。


わたしはさよならもいわずに学校に走った。



もう殺されているだろうか、


わたしが愛していたことを、一生忘れないことを、知っていてくれただろうか。


さよならをいわなかったことだけが悔やまれた。





肉屋は店の戸口で待っていた。


ブラッキーの肉の包みを手渡しながら、肉屋が言った。


「こいつをつぶしたとは、惜しいことをしたもんだ。


あと一日か二日待てば、赤ん坊が生まれたのに」


(わたしはブラッキーが雄だとばかり思っていた)。


わたしはまだあたたかいブラッキーの包みをカウンターに置いたまま逃げ出した。



夕食のテーブルで、家族がブラッキーを食べるのを見ていた。


わたしは泣かなかった。


わたしにどんなにひどい仕打ちをしたのかを、当の両親に知られたくなかった。





その日、自分がしたことと、自分に問いかけたことのすべてが、


それ以降のわたしの仕事に影を落としている。


「人生は廻る輪のように」 エリザベス・キューブラー・ロス







昔、兎と狐と猿の三匹が仲良く暮らしておりました。


三匹は前世の行いが悪かったので、今はこのような動物の姿にされているので、


世のため人のためになるように頑張ろうといつも話しておりました。


帝釈天はこの話を聞いて、何かよいことをさせてあげようと、


老人の姿になって三匹の前に現れました。






三匹は老人のために色々と世話をしてあげました。


猿は木に登って果物や木の実を採ってきてあげましたし、


狐は川の魚をつかまえてきてあげました。


兎は色々考えましたが、老人を世話してあげることがみつかりません。





うさぎは考えに考えた末、老人に焚き火をしてもらい、


「私には何もお世話をすることができませんので、せめて私の体を焼いて召し上がってください。」


と言うや、火の中に飛び込んで黒こげになってしまいました。



これを見た老人は帝釈天の姿に戻り、「お前たち三匹はとても感心したものだ。


きっとこの次に生まれてくるときには人間として生まれてくるようにしてあげよう。


特に兎の心がけは立派なものだ。


この黒こげになった姿は、いつまでも月の中においてあげることにしよう。」


と言われたそうです。


こうして月には今でも黒こげになった兎の姿が見えるそうです。


ジャータカ神話「月兎と帝釈天」


誰にも世話をされなくなったうさぎは、糞尿の匂いと、ケージに体が当たる音と、


基本、「家が汚れる」ことを嫌い、家が汚れるくらいならハムスターを地面に叩きつけて殺す母によって、


それまでのハムスターたちのように家の外に出され、うさぎの檻は玄関の脇に置かれた。


玄関脇の犬小屋のように、雨が降ろうが雪が降ろうが嵐がこようが、


ハムスターもうさぎも、母によって、家の外に出された。



わたしは冬の日など、ときどき、勝手に檻を家の中に運び入れたけど、


「臭い!汚い!」


という母の金切り声のヒステリーによって、結局家の外に出された。


わたしも5歳のときから、よく同じ言葉で家から閉め出された。



うさぎがゲリをするとそれはもっとひどくなり、きれいな淡い青灰色の毛並みに


糞と尿が混ざったような茶色の粘着物がべっとりとこびりつくようになり、


糞と尿の中に投げ込まれた残飯を食べ、時には糞を食べ、尿を飲んでいた。





わたしはうさぎの存在を忘れることに勤めていた。


どうせ存在を思い出したって、うさぎを自由にすることなどできないのだ。


ケージという檻、家という檻、人間たち、わたしとわたしの家族たち、という檻から、


うさぎを自由にすることはできないのだ、わたしがそこから自由になれないように。


檻に囚われている自分の存在を忘却して、葬って、


今ここにいることを耐えるのに、ただ精一杯のわたしが、


わたしがそこで持てない自由など、わたしがそこで見出せない希望など、


わたしが、うさぎに与えられるはずがない。



うさぎを忘れたほうが、わたしの苦痛がなくてよかった。


水槽の中に移ったばかりのころは、まだ清潔で、スペースもあり、寝るときに体を伸ばすこともできた。


水槽の床に新聞紙をひいた。


水を溜めるのが目的で作られた通気性の悪い水槽の中に、


出るものも食べるものもぐちゃまぜになるので、新聞に少しでも水分を吸わせたかった。


水を溜めるための水槽の、水の乾いた水槽の底で、うさぎの命は、


一滴一滴流れ出して、何処へともなく蒸発していくようだった。





水槽のガラスは、硬く、冷たい。


うさぎは、臭く、汚いから、冬でも親に家から閉め出される。


わたしみたいに。


自由な外にある自然の環境に近づけたくて、水槽の床に土をひいてみたけれど、


糞尿と餌がまざった土には虫がたかって、水槽に羽虫が沸いてうさぎにまとわりついた。



わたしにできることは、うさぎをなるべく外に連れ出すことだけだった。


よくマンションの庭に放して遊んだ。


最初は辺りをうかがってたけど、土を掘り返したり、草を食べたり、草むらに寝転がったり、


そのうち、全力疾走して辺りを駆け回ったりして、


生き生きと動き出したウサギを見て、わたしも心が弾んだ。



うさぎの全力疾走のスピードは半端なくはやい。


うさぎがハムスターで、このスピードだったらあっという間に脱走してた。


事実数ヶ月だけ飼ったシマリスは、脱走してものすごいスピードで疾駆して、


あっという間にわたしの目の前から消えた。



が、うさぎは一度も脱走したことはなかった。


シマリスやハムスターが脱走したとき、わたしは、見つけて連れ戻したいと思わなかった。


よく逃げた、と思った。


げっ歯類はたくましいからその後の生活の心配もしなかった。


檻を出し抜いて力づくで自由を手に入れたた彼らの蛮勇に、密かにほくそえんだ。



でもうさぎは別で、うさぎはどう見ても、被捕食動物で、


脱走して、都会というある意味自然界よりもジャングルな世界で自立して生きていけるわけがなかった。


うさぎもそれがわかっているのか、


ストレスを態度であらわすことはあっても、透明なガラス張りの向こうで、


すべてにあきらめたように、よく無気力に長々と寝そべって、寝てばかりいた。





マンションの庭や、ベランダに放して伸び伸びと駆け回るうさぎを見るとき、


やっぱりわたしは、勝手にどこかに行かないようにリードだけつけ、寝るためだけの巣箱をつくり、


基本的に、外で半放し飼いをする方法を考えていた。


それで一番の障害は、「なんのためにそんな異常なことを思いつくのかわからない」


という目を向ける、親の存在だった。


「おまえは異常だ。キチガイだ。」


と目をむく親が目に見えた。


なにかのため、「うさぎのためを思って」する行為は、親の目に留まる。


だって、機械のためになにをするもなにも、ないんだから。


機械は生きてないし、機械を生きてるように扱う必要なんて、ないんだから。



庭に放すと、うさぎはよく、一心不乱に地面を掘った。


あとで、テレビでうさぎは地面に穴を掘って暮らす動物だと知った。


掘り返したやわらかい土の中に体を横たえ、あくびをしたり、


ごろごろ体を転がすのを見てわたしも和んだ。



柔らかい草ではなく、茶色い枯葉をぱりぱりと食べたりしてて、へんなの、と思った。


インスタントカメラを向けると、うさぎは、枯葉をかじりながら、上目遣いに私を見た。


うさぎの、無垢で優しげな瞳ではない、にらみつけるような目つきだった。


わたしははっとしてカメラから顔を離しそうになったけど、


カメラ越しではなく直接その目と向き合う勇気がなくてカメラを覗いたまま、シャッターを押した。



最初のころは、うさぎ特有、草食動物特有の、


優しい、無垢な、本当に純粋ともいえる、つぶらな目をしていた。


うさぎの一番の特徴である耳を触ると、いつも熱かった。


青い空に白い雲を溶かし込んだような青灰色の毛並みで、額に一筋、


白いラインが入ってて、前胸と足先も白く柔らかい毛で覆われ、


目も毛並みと同じ、透き通った青のような灰色のような、


春の雨が降る直前の空のような、


水溜りのように潤んだ瞳で、わたしはよくうっとりと其の目を覗き込んだ。


いつからか、うさぎの目つきや動作や表情に、ぎすぎすしたものが滲んできていた。


わたしのように。



うさぎを触ると、ふわふわした毛並みと、柔らかな肉の感触が伝わってきた。


わたしが見てると、後ろ足で地面をたたいたり、啼くけれど、名前を呼ぶと、


餌付けの効果もあって、寄ってきて、気がつくと、恐れるふうもなく、


体をすり寄せたりして、わたしは、落ち着かなくなった。


親はよく、わたしが体を寄せると、不安のような、恐怖のような動揺をにじませながら、


「あつっ苦しい、あんた、気持ち悪い、あっちいって。」と押しのけた。


うさぎの存在を忘れて気持ちの安寧を図ろうとするわたしに、


自分から擦り寄ってくるウサギに対して、わたしは危機感を覚えた。





それで、うさぎをつついて向こうにやらせたり、自分からうさぎから離れたりして、


なるべく放任していた。


うさぎをあらゆる意味の檻から解き放つため、なるべくウサギを見ないように、監視しないようにした。


すると、いつのまにか、庭からうさぎの姿が消えていた。


慌てて見回すと同時に、慌ててうさぎをさがす振りをする自分を作っているのも感じた。


このまま、うさぎが行きたいところに、消えてしまっても言いじゃないか。


線香の煙のような言葉が一筋、現れて消えた。



次の瞬間、青灰色の一筋の線のようなものが視界を走り、


次に、黄色の線が目の中に走った。


何を見たのかよくわからないまま突っ立っていると、


マンションの敷地をぐるりと回ったのか、マンションの裏手の庭から、


猛スピードでウサギがダッシュしてきて、その後ろから、


テレビで見た、狩をする豹のようなフォームの茶トラの猫が猛然とうさぎを追いかけていった。



色の線にしか見えなかったうさぎと猫が、放たれた矢のようなスピードで一瞬で視界から消えて、


初めて、弾けるようにわたしは走り出した。


二匹が消えたマンションの裏手に回る。


うさぎも猫もいない。


食われたか・・・と思うと同時に、それでよかったのかも・・・。


とも思った。



どうせ近いうち、うさぎの行き着く先は同じなのだ。


一瞬の痛みと、ゆるやかなそれと、うさぎの選択肢は、結局その二つだけなのだ。


ただ、どちらが残酷ではないか、うさぎにとって、どちらの苦痛のほうが少ないか。


猫の牙にかかって、けれど、別の命の一部になるのと、


ただ人間の手から放り出されて、コンクリートの地面に落ちて砕けるだけの命と。



それ以上探すことをやめて、戻ろうとすると、視界の隅に、白っぽい塊が見えた。


見返すと、うさぎがへばって地面に伸びていた。


わたしの足音を聞きつけたのか、猫は逃げたらしい。


わたしは慌ててうさぎを抱き起こす。



荒い呼吸をし、啼き続け、地面をたたき、目をむいているうさぎの目の焦点があっていない。


怖くなり、どうしたらいいかわからず、抱きしめ、撫でてやる。


うさぎは落ち着いてきたのか、硬直状態からもぞもぞ動き出し、


今まで以上に、猛烈に、わたしの手を舐め始めた。


わたしはその行動を理解しなかった。


理解することを拒んだ。


やっと落ち着いたので、これ以上猫に狙われないように、水槽の中に戻した。


これで、庭で、うさぎを半放し飼いする計画はなくなった、と思った。





母が与えるのは、りんごの皮や、食べ残したリンゴの芯ばかりで、


わたしがたまに、思いついてリンゴの果肉など与えると、母は、


「やめてよ、そんなものやるの、もったいない。」といった。


うさぎは、見たことが無いほど必死の勢いで、りんごにかぶりついた。


体全体で、リンゴに体当たりするような勢いだった。


りんごに噛み付くというより、やはり、りんごを激しく舐めた。


それを見て、わたしは、ある考えを、必死にふりはらtった。



ハムスターのケージを買ったとき、ケージに取り付けられる水飲み器も買った。


容器に水を入れて、スポイトみたいな吸い口に口つけると、水が飲める。


世話を怠り、容器の水が空になっているのに気づいて水を満たすと、


我先にとハムスターが容器に群がってきて、必死に水を飲み始めた。


餌を与え忘れていたときよりも必死だった。



あまり人と意思を通わさない、小さな脳みそのハムスターでさえ、必死になるほど水に飢える生き物だ。


ハムスターよりかは高等な脳のうさぎが、どういう体の器官をしているにせよ、


その時のハムスターほど必死に、水に飢えていないわけがない。


うさぎが、水を飲んで死ぬわけがない。


うさぎは、水の乾いた水槽の底で、水に飢え、水に飢えきっている。



わたしはその考えをふりはらった。


ハムスターの世話も、ハムスターの水遣りも怠ったわたしだ。


しかもうさぎには、うさぎ専用の水のみ器さえない。


器に水を入れるにしても、水槽の中は、うさぎが体を伸ばせばそれで一杯になってしまう。





水の器を入れても、ハムスターよりも体の大きいうさぎは、水の消費も激しいだろう。


一日に何度も水の世話をしなければならないだろう。


そして、機械であり、世話などする必要のない動物に、


親の限度を超える関心を向けたら、目をつけられ、何やってるんだといわれ、


今まで以上にうさぎの世話をするのをやめさせられるかもしれない。


水のみ器がない、水の器を水槽に入れるスペースがない、


十分にスペースを取れるケージがない、


頻繁にうさぎの水の世話をしすぎて、親の目をひいてはならない。



わたしは、必死にりんごの水分を求めてかじりつくウサギを見た。


水槽の中の水が、一滴一滴こぼれだし、地中にしみこんでいくように、


水の乾いた水槽の底で、水に乾きながら、


命を一滴一滴こぼしていくうさぎを、見ることしかできない自分、


その自分を、見ている自分が、ここにはいるだけ。


うさぎを見ている私も、私に見られているうさぎも、わたしを見る私も、


水槽のガラスの壁に命を閉ざされ、水のない水槽の底で、同じように、どこにも行けない。



透明なガラスの向こう側には決していけない、見つめることしかできない、


このガラスの壁の向こうには、決して手は届かない、触れることはできない。


いつも、見ていることしかできない。


母の手がハムスターを地面に叩きつけて殺したのを、見ているしかできなかったように、


水のない水槽に閉じ込められ、うさぎの命が一滴一滴終わっていくのを、見ているしかできず、


見ている自分を、見ることしかできない。


母を殺したいと思っても、わたしを射抜く母の視線を、


身動きもできず、ただ見つめていることしかできなかったように。



目の前の風景と、私との間には、いつも、透明なガラスの壁が仕切られ、


互いを、声も届かない、足を踏み出せない、手で触れることもできない、


回路の通わない別世界に隔離したように、ガラスの水槽の中に閉じ込められたように。


現実を、景色として見つめるだけの、そこには存在しない、視線だけの幽霊のように。


水の乾いた水槽の底の、わたしの声も、うさぎの悲鳴も、どこにも届かない、


命の危険を知らせるSOSの信号は、どこにも響かない。



どんなに疾く駆ける脚を持っていても、それで捕食動物の猫を振り切ることができても、


うさぎが奔る事を禁じて閉じ込めるガラスの水槽からは、


うさぎのを閉じ込めた人間の意思からは、うさぎは、どこにも逃げられない、


人間の意思を振り切って、うさぎの意思が奔ることは、うさぎにはできない。


人間の手の中に閉じ込められたうさぎの自由は、人間の壁を超えて奔ることはできない。


わたしにも、うさぎにも、できない。





5歳のときに見た「風の谷のナウシカ」のファンになったわたしは、


久石譲さんの「風の谷のナウシカ」のサントラを図書館で借りてよく聞いていた。


わたしの心もバイオリンの弦のように、音と一緒に震えた。


ある日、うさぎをベランダに放しているとき、ナウシカの音楽を流してみた。



ラジカセから流れていた「ナウシカ」の音楽を聴いたうさぎは、


はたと動きを止めて、後ろ足立ちなり、耳をぴんと立て、音の方向を確認すると、


ラジカセのほうに走ってきて、スピーカーの手前までくると、耳を立ててじっとしていたが、そのままごろりと寝転んだ。


私がうさぎの毛並みを撫でてやると、眼を瞑って眠ってしまった。



その反応は可愛くもあり、わたしの目の前で無抵抗に腹を見せて眠るうさぎを見るのは、


哀しくもあった。


生きている限り、動いていてほしいと思った。


何にもせき止められない川の流れのように。


自分の意思で、自分の行きたいところに、自分の動きたいように、何の制約も受けずに、動いててほしいと思った。


何にも閉じ込められない水の流れのように。



自由に命の流れを奔らせること、


それが、生命が生きるということだから。


動かなくなるときは、うさぎが死ぬときだけでよかった。


死んで、うさぎの時間が停止するときだけでよかった。


何もかもに無抵抗になるしかない自分を諦めるように、


そのころから、過眠症の傾向が出始めていたわたしのように、


水槽の底で、ただ眼を瞑って、時間を無意識の中でやりすごすようなことを、しないでほしかった。





生命が生きるということは、自分が動きたいように動き、自分が行きたいところに行く、ということだ。


うさぎは、生命で、今、生きているのに、まるで、もう死んだもののように、


動きたいように、行きたいところに行くための足を折られ、


動きを封じられ、閉じ込められていた。


うさぎの命の水は、流れ出すことを許されず、せき止められ、封じ込められ、


うさぎの命の時間は、人間の意志という名の水槽の壁によって断ち切られ、


決してその壁を越えることはできず、停止していた。



ガラスに閉じ込められたうさぎの命は、この先、近いうちに、水が枯れ果てるように、潰える。


もう、今から、わたしの目の前で、死んだように眠らないでほしかった。


命を閉ざされ、近いうちに死ぬうさぎの、死んだように眠る姿を見たくはなくても、


そのわたしに、命を塞き止める水槽の中からうさぎを取り返し、開放し、


ガラスの壁を打ち砕き、うさぎに、このガラスの壁の先の、


壁の向こうの命の時間を与えてやることは、わたしには、できなかった。



うさぎの命と、命の意思と、命の時間は、水槽のガラスの壁に断ち切られている。


ガラスの壁の向こうには、わたしと親家族という、人間の壁が立ちふさがっている。


その壁を砕くことは、わたしにはできなかった。


うさぎの水槽の壁も、うさぎを閉じ込めた人間の意志という壁も、


わたしを閉じ込める家族という水槽の壁も、わたしには、砕くことができなかった。


うさぎとわたしの命の時間を、せき止められたガラスの壁の向こう側に、


解放することは、わたしにはできなかった。



わたしは、動物の、自由に奔る命の時間を断ち切り、命の時間を奪い、命の意思を塞き止め、


命の漏洩を許さない、水槽のガラスの壁に、動物の自由を閉じ込め、


動物の命を押し潰す、人間という名の壁だったから、


わたしの手は、うさぎの自由を握りつぶすことはできても、


いさぎに自由を与えてやることなど、できなかった。





小学生のとき、一日でも休日があれば、長野の祖母の家にいっていた。


ハムスターなら、ケージといっしょにもっていったり、それでも置き去りにしていったりしたが、


さすがにうさぎは置いていけない。


いつも山と荷物を積んでいく車に水槽など積み込むわけには行かず、うさぎは、


片道8時間は普通にかかる車内に、野菜クズを投げ込まれた、トイレも水もない、


ハムスターのケージに閉じ込められて、運ばれた。



行きの車でも帰りの車でも、車酔いして吐くのが日課になっていたわたしにすれば、


その車に8時間や10時間も車に閉じ込められ、水も食べ物もないケージに閉じ込められ、


それでもまだうさぎが生きていることのほうが、わたしには不思議だった。


うさぎは車が揺れるたびに、兄にケージを蹴り飛ばされたときのように、


目にパニックを浮かべて、耳を立て、体を硬直させた。


けれどそのうち、ぐったりしたように、静かに横たわっているだけになった。



わたしはCDプレイヤーのイヤホンから、「ナウシカ」の音楽を流した。


うさぎの耳がどれほどいいのかわからないが、大音量でイヤホンから流した音楽に、


それでもうさぎはじっと大人しく耳を傾けて、まどろむように目を瞑った。


ぬいぐるみのように大人しくなる動物を見ると、わたしは不安になる。



祖母の家につくと、わたしはなるべくうさぎを放し飼いのようにした。


うさぎがケージから脱出しやすいようにわざとケージの鍵をかけずにいた。


うさぎは、脱出のコツをつかんで、頻繁に脱走するようになった。


祖母の家をうろうろしたりして、祖母や親に見咎められて叱責されて、


ケージに戻されるために抱き上げられると、目をぎらつかせ、抵抗し脚をばたつかせ、啼いた。



祖母の家にいるとき、親の目を盗んで、わたしは、自分が飲んでいた野菜ジュースをウサギに与えてみた。


意図的にうさぎに水分を与えたのは、このときが最初で最後だった。


これは水じゃないから、野菜をすりつぶしたようなものだから、野菜の延長だから、


うさぎの体に悪くない、うさぎに水を与えてはいけないという親の命令に背くことでもない、


と必死に自分に言い訳していた。



野菜をすりつぶした水分がよくて、水そのものがよくない、という理屈はおかしいという、煙のような声がかすめたが、


頬をかすめた煙のようなその声をわたしは振り払った。


うさぎは飛びつくようにして、必死に野菜ジュースを飲んだ。


それを見て、わたしは確信したけれど、誰にも何もいわず、それ以上のことをせず、


ジュースもあげなくなった。





祖母の家にいるときも、うさぎが足にまとわりついて、激しくなめるという奇異な行動はやまなかった。


祖母の家にいるとき、親の監視の目が薄まるため、わたしは、このとき初めて、


いつもハムスターやシマリスを買っていたペットショップに電話して、うさぎの行動のことを話した。


店員は、そのような行動は聴いたことがない、原因は不明だ、といった。


そのときは電話を切ったが、この行為が頻繁になり、激しくなっているようだったので、


わたしは何か急かされるようにして、何度もペットショップに電話をかけた。



最後にはうんざりしたような声で、「うさぎの飼いかたの本がありますから、買って読んで見ますか?」


といわれたのでわたしは慌てて非礼を詫びて電話を切った。


それから二度と電話しなかった。


うさぎを飼育するには、生命力の強いハムスターなどと違い、


ある程度飼育方法を知る必要があるとは、うさぎを飼うと知ったときに直感して思ったことだ。



だけどそのとき、店員の、飼育方法の本を読めば、という言葉をわたしは強く否定した。


今更うさぎの飼育方法を学んでも、手遅れだと思った、


親は、自分の考えが絶対に正しく、わたしの意見は絶対的に間違っている、


という壁のような態度を押し付けてくる人たちだから、


うさぎの今の飼育方法を、今更方向転換することはできない、


飼育方法を学んでも、うさぎの生活環境に、これ以上の待遇を与えることは、


親にも、わたしにも、できない。



わたしは、うさぎに与えるだけの力を持たないから、


親は、与えようという気持ちすら持たないから。


だからわたしは黙って、これ以上にはならない現状を飲み込み、


水槽の底でうさぎの命が刻々と蒸発していくのを見つめるだけ。





わたしはうさぎと遊ぶというより、うさぎで遊んでいた。


うさぎの、どんな羽毛布団よりも柔らかい肉の弾力と、


ふわふわした毛並みにうっとりと手を這わせ、


うさぎをケージからなるべく出す意図もあったけれど、


頻繁にうさぎを抱き上げた。



寝転がって足を上げ、足の裏にうさぎを乗っけて、足の裏のふわふわ感を楽しんでいたら、


高いところを怖がって、うさぎは、何度も、高く上げた足の裏から飛び降りてしまった。


また、動きがおっとりとしていておとなしかったので、肩や頭に載せて歩き回ったりしてたら、


やはりうさぎは飛び降りて、そのときは、人の肩の高さから、コンクリートの上に飛び降りてしまい、


足の爪が割れて、血を流してしまった。



祖母の家にいったときは、わたしに「雪ウサギ」のイメージがあったので、


豪雪になったときなど、ホイップを敷き詰めたように雪で真っ白になった、


どこになにがあるかも定かでなくなった祖母の庭に、うさぎを放り投げて雪に埋もれさせたりした。


放り投げたとき、うさぎが例によって目をぎらぎらさせパニックの表情を浮かべたのを見て少し後悔したけれど、


同時にその反応を楽しんでもいた。



自分や相手に、ちくりと感じる痛みを力ずくで捻じ伏せ、


力によって痛みを克服することで強くなる気がしたし、


そのようにして痛みに慣れ、痛みにを克服し、強くなるしか、


痛みの生を、生き延びる方法はないのだと心に決めていた。


機械のように、何も感じず、痛みを何も感じなくなるとき、とても強くなったような気がした。


わたしにとって、もう痛みは存在しないと思えると、なんでもできる気がして楽しかった。



傷つく痛みに強くなるためには、家族がその役割をしてくれたけど、


わたしが何かを傷つける痛みに強くなるには、わたしよりも弱い存在が必要で、


それにはよく、小動物が利用された。


痛みを捻じ伏せ、自分の力で、相手の表情や気持ちをコントロールし、支配することに、


わたしは、どこかで愉悦を感じていた。


その愉悦はよく、主に動物と、同い年の子供たちに、いじめという行為で吐き出された。



わたしはうさぎに対して、「こいつは何も感じてないし、なにも考えてない」と


思おうとして、開き直っていたところがある。


親がわたしに対してそう振舞ったように。


その開き直りは、痛むことに効果を持ち、いじめなどのときに効果を持った。


わたしは何の痛みも感じることなくどこまでも残忍になることができた。


それが、痛みに打ち克ち、痛みに強くなり、痛みの人生を耐えて生きる訓練だと思った。





わたしに放り投げられてパニックの表情を浮かべたまま、手足をばたばたさせて宙を飛んだうさぎは、


人のひざほどまでもある雪の中に埋まり、小さな穴を残して、穴の中でごそごそしているかと思ったら、


そのまま探検にでてしまい、どこかに消えそうだったので、


それもいいかと思いつつも、あわてて引き戻した。


東京に比べれば自然は一杯だけど、やっぱりうさぎ一匹で生きていくのは危険だからだ。



見るところウサギはあまり、雪を喜んでいないようだった。


なんとなく雪を口に含んでいたりした。


祖母の庭は広く、畑とも続いていて、周りは自然だらけで、うさぎを放すには絶好の場所だったけれど、


油断したらやはり猫と車が怖いので、あまり庭には放さず、祖母の家の中を時々脱走させていた。



田舎に行くと必ず、毎日、仕事か日課のように、「山にドライブに行く(親の口癖)」のだけど、


いつもは、ハムスターやシマリスは祖母の家においていったのだけど、


そのときなぜか、うさぎをケージに入れて持っていくことにした。


親とわたしは、山について、野原にシートを敷いて、祖母の家で母が作った昼食を食べ、


うさぎをケージから出して、一時的に山に放した。


うさぎにとって、最初で最後の山だった。



最初は見慣れない景色にそろそろと動いていたうさぎだけど、


それまで庭で一時的に放すときみたいに、神経質そうに、そわそわと動き回るのではなく、


慎重に、何か確信を持っているみたいな着実な足取りで、


ゆっくりと山の中の方へ戻っていき、わたしたちから少しずつ離れていった。


うさぎは、景色の一部になって、ふと見失うほど、その場所に存在がぴったりと当てはまっていた。


欠けていたパズルのピースがはまったみたいに。


戻っていく、帰っていく、という表現が浮かんだ。


その光景を、わたしと親は、じっと見つめていた。


不思議に胸を打つ光景だった。



どんな小動物を飼っても、「うるさい、汚い、臭い」以外の感想を持ったことがない親が、


その光景を見て、初めて感慨深そうに、


「ナナちゃんは、ここに放したほうが、幸せなのかもね」とぽつりとつぶやいた。


そしてわたしを見て、


「どうする?ここにナナちゃん、放してく?お母さん、いいよ。」と真顔で聞いた。



うさぎは、鳴かない動物、声のない動物、だけど、そこにいるうさぎは、


毛並みの一本一本までもが、叫び声をあげているようだった。


きっと、わたしも、親も、うさぎの同じ声を聞いたのだろう。


きっと、最初で最後の、うさぎの叫び声だったのだろう。





わたしも同じことを考えていた。


わたしの意見など、普段は決して求めない、親の心変わりを待たないためにも、


私の脳みそは、フル高速で必死に考えていた。


どうしたらいいのか。


私の決断と選択が、うさぎにとって、何が一番最良なものになるのか。


うさぎの寿命、山にいるときと、飼育されてるときと、どっちが長く生を保てるか、


人間に飼育されることと、山に放されることと、どちらがより残酷ではない死を得られるか。


人間に飼育される場合だったら、その後の展開は明白に思い描ける。



でも、山にうさぎを放した場合の展開は、全く思い描けなかった。


そこは、空白であり、うさぎの意思の脚で駆ける道筋が、


人間の意思の壁を越えて、自由に描き出される場所だった。


わたしはそれが、なんとなく、漠然と、不安に感じた。



うさぎの航跡が、人間の、私たちの手で描いた、私に予測可能な展開を超えて、


うさぎの意志で、自由という全くの空白の中に描く足跡を想像すると、


わたしは、激しく不安になり、自分の気持ちに動揺した。



それがどんなに残酷な展開であっても、予測のつく、


可能性の縛られた、人間の檻に閉じ込められたうさぎを想像するほうが、


それがどんなに過酷ではあっても、孤高で自由な山のうさぎを想像するより、


わたしにとって、気持ち的に、楽であり、許すことができた。



わたしはその瞬間、うさぎを手放したくない、


うさぎを自由にしたくない、わたしがそれを許されないのに、


うさぎだけ、ここから逃げることは許せない、


わたしだけ、この同じ水槽の底に、取り残されることは、耐えられない。


そのように感じたのだ。



わたしは、うさぎを呼び戻した。


ナナ、とうさぎの名前を呼んだ。


水槽の中で命を枯渇させられ、


エサを投げ与えられるときにだけ呼ばれる名前に反射的に反応するようになってしまったうさぎは、


すぐに、ぴょこぴょこと跳ねながらわたしたちの元に戻ってきた。


わたしは一瞬、わたしの声など振り払って、


脱兎のごとく山の中へ逃げてほしいという強い思いが突き上げた。


私はうさぎの名前を呼ぶ自分の声を呪った。



今、この瞬間に、私の声など出なくなればいい、と祈った。


声を持たないウサギのように。


声を持たないウサギは、どんなに逃げたって、いつだって、他の声に縛られるしかないのだ。


同時に、うさぎをわたしと同じ水槽の底に縛り付けたい、という強い思いもあった。



わたしは、人間であって、動物ではなく、うさぎではないから、


だから、命の意思を縛ることしかできないし、


命の時間を塞き止めるガラスの壁を作るしかないし、


命の流れを断ち切り、せき止め、枯れ果てさせる水槽の底に、


うさぎを突き落とすことしかできないのだ。





人間の手は、どこにも水が流れていかない、どこにも命が流れていかない、


自由を縛る水槽しか作れないのだ、人間には、自由を生み出す水槽など、作れないのだ。


動物も人間も、命も、心も、意思も塞き止める水槽の壁で、


自由を枯れ果てさせ、命の奔流を塞き止めることしかできない、


それが、人間の呪われた「創造力」とやらなのだ。



動物は、自然に創造されるままの存在だけど、


人間は、自らが創造しようとする、せずにはいられない。


それが、自然にされるままの状態から、自由意志で抜け出すこと、


自由になること、自分の力を外界に見せしめ、自分が外界をコントロールすることが、


自由になることだと思っている。



動物たちを、自分の意のままにならない自然環境に支配され、囚われた哀れな存在と見なし、


自然界から解放されて、人間が行き着いた果ては、


自分たちを閉じ込める水槽を創造するしかない、人間の世界に囚われることだけだった。


人間が逃げ出した、「自分の自由意志を妨げる自然界の意思」は、


ただ、「自分の自由意志を妨げる他者の人間の意志」に形を変えただけだった。





わたしは、水の枯れ果てた水槽の底で干上がったのは、


うさぎが失ったものが、脱兎する足だけではなく、


走る意思、逃げる意思、生きる意志そのものなのだと思えて、


わたしがそこで失ったものは、もはや、自由を望む意思、


奔る意思なのだと思えて、ぞっとした。



目の前に自由な山や野原が広がっていても、それに背を向けて、


自らの意思という脚を折り、自由を投げ捨て、


エサと等価の名前で縛られ、水槽の底の糞尿まみれの死の中へ突き落とすとわかっている、


人間の手の中へ自ら戻ってくるうさぎその姿は、私自身だった。





うさぎを呼び寄せたわたしを見て、親は、そうだものね、飼われてたうさぎが、


自分ひとりの力で、長くは山には生きられないかもしれないものね、と、


自分に言い聞かせるようにつぶやいていたけれど、


その言葉は、今まで、聞いたことがないくらい弱弱しかった。



うさぎが、長く山に生きられないかどうかは、わたしには、どうでもよかった。


それはただの、人間の愚かな思念でしかなかった。


一度殺しかけたうさぎを、ふと哀れんで、山に放したとしても、


わたしたちの罪は消えない。


消してはならない。



うさぎの自由な命の水を、どこにも流れていかない水槽に閉じ込めた罪は、


わたしたちの誰も、いくら時間がたっても、どんな言葉にも、消せない。


罪を消すかのように、うさぎの存在を目の前から消すくらいなら、


罪を抱き、罪を殺し、罪に殺され、罪にまみれ、罪を刻印したほうがいいのだ。


自傷衝動ともいえるほどの衝動だった。



呼び戻すことは、確実にうさぎを死なせる、殺すことになる。


その罪を、わたしは、味わわなければならない。


罪を味わうために、うさぎを、逃がしてはならない。


私の罪を確かなものにするために、わたしは、ウサギを呼び戻さなければならない。


うさぎを決して出られない、決して解放されない、水槽の底に閉じ込めて、


自由を奪った罪は、うさぎを殺すことで、私に確定しなければならない。


うさぎは再びケージに入れられ、車に積まれ、うさぎが2,3歩歩いた山を背後にして、車は去った。





このとき親がうさぎに示した唯一の情緒を長続きさせて、


うさぎの待遇を見直してくれないかと期待したけど、


ケージに入れなおしたうさぎの扱いは、いつもと変わらなくなった。



わたしは、自分では何もできないのに、


うさぎを手元に置いておきたくて、うさぎの命を解放することを惜しんで、


ただ、周りの環境が勝手に、わたしの理想どおりに変わってほしいと非現実的なことを望んだまま、


自分から何かを変化させることを、恐れていただけだった。



そのときは、山に根雪が残る、草の豊かな野原もない、寒々とした雑木林ばかりの山の中だった。


そんなところで、うさぎが自分から、水を探し当てたり、巣をこしらえたり、エサを見つけたり、


捕食動物から逃げたり、そのようなサバイバルをしていけるのかといえば、


それは、わからなかった。



でも、山で自由なまま生きて死ぬのと、ケージの中で閉じ込められたまま、やっぱり近いうちに死ぬのと、


どっちがよりマシなのか、わたしは必死に考えた。


けれども、わからなかった。


だから、道の真ん中で、車のヘッドライトに照らし出されて硬直したうさぎのように、


わたしは、何も決断がくだせなかった。


それで、一番想像のつく、一番可能性の限られた、一番安直な選択をしただけだった。



うさぎが閉じ込められたのと同じ水槽のガラスの壁を見つめ続けたわたしには、


同じ景色を存続させる以外、他の可能性を想像する余地がなかった。


わたしが水槽の底で奪われた自由は、命の自由意志と言うより、


生の展開を想像する自由、生の可能性を模索する自由、


その範囲を、水槽範囲に断ち切られたことだった。




12歳のとき、家にいたら、「ただいまァ~じゃァ~ん、これなぁんだァ~」


とズレ気味のハイテンションで母が買い物から帰ってきた。


時々母が気が向いた時にやる、


「家族思いの愛すべきお母さんが送る、家族への愛と幸せ劇場」の始まりのようだった。


ソファで本を読んでいたわたしは、


馬鹿で親不孝者で母の愛を受ける資格などないゴミクズの子の役回りを引き受けねばならない。


わたしは自分の役回りを知るため、状況を呑み込もうとした。





母の手は、小さな箱を持っていた。


ショートケーキ一個を箱詰めしたくらいの小さな箱で、


小さくて最初は母の言う「これ」が指すその箱を見落としていた。



その箱を見たとき、母が夕飯に何か、高級な珍味でも買ってきたのかと思うと同時に、


母にそのような気のきいたことなどできないとも思った。


夕飯の食材、と思いついた瞬間、嫌な予感がした。


やめてくれ、と思った。





「じゃあ~~ん!」


再び母の掛け声とともに、箱が開けられると、箱の中から、青灰色のうさぎが現れた。


オレンジ一個分くらいの、大人の握りこぶしくらいの、小さなウサギだった。


それを見た瞬間、わたしの中で、土砂崩れのような、なにかが崩れるような感じがした。


ああ、またか。


また、あれが起きるのか。


どこか心の深いとこに、そんな声があった。



一年もしない前に、つがいのハムスターが産んだ子供をわたしの目の前で、


母の手で地面に叩きつけられて殺され、


生き残った子供たちも、原因不明に衰弱し死んでいくのを、ただ放っておかれた。



その後、シマリスも飼育したものの、やはり一年とたたずに死んだり脱走したりし、


それ以来わたしは動物を買うのをやめていた。


興味本位で動物のいのちを預かってはいけない、


わたしにはできない、やめよう、と、ようやく気づき始めていたころだった。


その矢先のことだった。


勘弁してくれ、と正直思った。





けれど、母主催の舞台上でのわたしは、わたしの気持ちなどとっくに置き去りにして、


母が望む演技を着々と遂行し、


「わあ、かわいい、なにこれ?どうしたの?」


母の恵み物に欣喜雀躍する愚かな娘の演目を内心などコンマ一秒ミリメートルも出さず演じた。



「かわいいでしょ~。かわいいからあすかに買ってきちゃった。」


言った母を、笑顔はそのままに凍りつかせて、わたしは思わずまじまじと見た。


時々、母は、何かの回路か、通線が切れているような、言動をする。


気持ちとか、記憶とか、回路とか、通線とか、母の中の、何かが切れているとしか。





つい一年ほど前、ハムスターの命を叩きつけて粉砕したのは、母の手だ。


その同じ手で、再び動物の命を購うことが、どうして母は、できるのだろう。


あれから一年もたっていないのに。


わたしは、やっと、やめよう、と思うことができてきたのに。


わたしの思考は現実に追いつかず、くらくらした。


ああ、やっぱり、あれだ、あれが、また、始まるんだ。



母は、「あすかに」買ってきたといった。


このうさぎは、私が望むと望まざるとにかかわらず、わたしのモノになったのだ。


うさぎの命は、私の手に押し付けられたのだ。



満面に笑みをたたえる母を見て、


ハムスターを地面にたたきつけた人が、今度はうさぎを抱きながら、満面の笑みをたたえている、


これが初めてではないし、これが最後でもないけど、心底、恐い、と思った。


何か、決定的なものが通じないものを母に感じた。


そして、いつものことだけど、恐怖のあまり、母と同じように、わたしの中で、


何かの回路、通路、回線が、ふっつりと切れていくようだった。



恐怖で後ずさるような気持ちを感じながら、


「かわいいうさぎに喜ぶ娘」として、「わあ、かわいい」といってみせる。


まず母の望みを汲む、母が一番わかりやすく、対応しやすい展開にもっていく、


母の望みが、無意識のうちに形成される、「場」の空気。





大人のこぶしくらいの、青灰色の毛並みのうさぎだった。


そのような毛並みは、見たことがなかった。


夏の夕日が沈んだ後の、夜の闇が来る一瞬前の、


色あせていくだけの寂しげな空の色のようだった。


雪の降り始めの前の、空の色みたいだった。


雨が降る夕暮れの一時のような色だった。


わたしはうさぎの毛並みの色に吸い込まれた。


それから、草食動物特有の、純粋としかいいようがない、透明な眼。



毛並みをなでると、ふわふわしていて、すべすべしていて、この世のものではない絹のようだった。


母は、店の人に、「ミニうさぎ」という種類だと聞いて買ってきたといった。


大人になっても大きさが変わらず、この大きさのままなのだと。


わたしは、この大きさですでに大人なんだろうかと思って、


不思議な動物の生態にどきどきした。





わたしの膝にうさぎが移ったあと、母はスイッチの切れたロボットのように平板な無表情に戻って、


「じゃあ、お母さん、晩御飯の用意するから。」


と機械的に事実だけを述べるいつもの母に戻った。


わたしは母に起きている回路の混線に怯え、


わたしのお腹の上でもぞもぞ動いているうさぎを、なすすべもなく、途方に暮れて見つめた。



これでうさぎは、わたし以外の誰の関心も向けられないこの家に、閉じ込められることになった。


母は「あすかのうさぎ」といった。


それは、うさぎがわたしだけに任されるということだ。


母はもう、無表情に機械的に、夕飯の用意をしている。


わたしがここにいることももう見えていないように。


母にとって「あすか」という子供も存在してないし、「あすかのうさぎ」もまた、


存在していないように。





うさぎが入れられていた箱は、子うさぎの体とぴったり同じ大きさだった。


茶碗やコップを箱詰めするように、うさぎは箱詰めされていた。


店の人間に箱詰めされたうさぎは、ハムスターを殺した母の手へ渡され、


母の手から、誰の命も守れないわたしの手へ渡され、


無数の動物の命を屠ってきたこの家の中へ、招き入れられたのだ。



ハムスターの命を叩きつけて壊した母の手から、


ハムスターの命を抱えきれず、手からこぼれ落とすしかできない、わたしの手へ、


店の手から、母の手へ、わたしの手へ、


人間の、手から手へ、うさぎの命は次々にパスされたのだ。


母に手渡されたうさぎを抱いて、うさぎの命の温もりを腹に感じながら、


わたしは、このうさぎが今後辿る運命のすべてが見えた。



わたしの膝の上で何も知らずうごめいるうさぎを見下ろす。


ここにきた時点で、うさぎの運命は決まった。


運命を変えたいと望んで、ついに果たされないわたしがいるこの家の中からは、


何者も、何処にも逃れられないのだと、うさぎと初めて出会った瞬間から、


わたしはうさぎの命をあきらめた。





箱とうさぎ以外、母は、何も持ってこなかった。


ケージ、えさ箱、水のみ、トイレ用品、餌、飼育の教材になるもの、なにもない。


命の丸投げだった。


ペットショップですすめられたらしい、うさぎ用のペレットの子袋だけはあった気がする。



いつまでもうさぎを抱えて途方にくれ、何もしないでいるわたしに母はいらいらと、


「ハムスターのケージがあったでしょ。


そこん中にでも入れるなりしなさいよ。


いつまでも食事するテーブルんとこに、そんなモノ出しとかないでくれる?


ちょっとは自分で考えなさいよ。」


私を見もせず、包丁で野菜を叩きつけるように切る手元に揺らがない視線を注ぎながら一本調子に言い放った。



うさぎをわたしに一任するとは、丸投げされたうさぎの命を、


わたしに「自分で考えて」世話をさせる、「自己責任」を情操教育しようという、


母の教育方針だったらしい。





わたしは、わたしの手にうさぎの命を丸投げされて「自分で考えて」思ったのだが、


うさぎを「とりあえずハムスターのケージの中にでも入れておく」ことは、


うさぎを十分に飼育する環境とはいえない。


うさぎの大きさに見合ったケージ、餌、トイレ、あらゆる環境と装置が必要だが、


わたしには、うさぎに必要なそれらを与えられる経済力も知恵も、


どこかからそれらを生み出す力もない。



わたしは、自分の運命を、自分でどうする力もないのに、


うさぎを「とりあえずハムスターのケージに入れておく」この家の、


同じアリ地獄に落ちたうさぎを助けることなど、できるはずもなかった。



母の言葉に従って、とりあえず、死んだハムスターのケージの中にうさぎを入れた。


ケージの鍵を閉めた。


鍵の閉まる音が響き、ケージの檻の向こうで不安げにあたりを嗅ぎまわっているうさぎを見て、


これでこのうさぎはもう助からない、とわたしは悟った。





今まで飼ったハムスターやシマリスのように、欲求に突き動かされるように動き回り、


こちらの意思があまり通用しないのと違って、


考え深げにゆったりと、大人しく動き回ってるうさぎに、


それでも、期待と、しめつけられるような不安を感じた。


犬や猫なら、ある程度、人と気持ちを通わせられるのだろうけど、


うさぎは、その間の、微妙なラインにいるような気がする。



誰からも気持ちを閉ざされているわたしは、このうさぎを架け橋として、


人と気持ちを通わせられる犬や猫と共にいる世界を垣間見、


動物を通して、人とも何かを通じ合えるのではないかと、


期待でどきどきした。


同時に、全てが閉ざされ、一滴の水も逃さない水槽のような家の中で、


犬猫どころか、うさぎ一匹の運命すら、立ち行かなくなっていることもわかっていた。





ミニうさぎではあっても、ハムスターのケージでもやっとの大きさで、


広さも、設備も、十分な飼育環境とはいえないのは明らかだった。


ハムスター用のケージに押し込められ、檻の向こうで不安そうに辺りを見回すウサギを見て、


わたしも不安になって、母の様子を伺ったけれど、


母が、夕飯を作るときに出た、野菜のクズや、残飯を、うさぎに与えだしたのを見て、


ああ、これは、ダメだ、と悟った。



このうさぎの命は、ダメだ。


ここに来た時点で、ダメだ。


母は生きる生ゴミ処理機を買ってきた程度の関心しか持っていない。


うさぎの命が、この家でもってどれくらいかわからないけど、


近いうちに必ず訪れる結末、うさぎの死と、


死に至るまでのゆるやかなウサギの苦痛の生をわたしはゆっくりと受け入れていた。





わたしの家には、お小遣い制度がなかった。


お金が必要なときは、すべて親に申告し、学校で必要になるもの以外の、


私的な欲求から生まれる金は、親に頼みこみ、願い、泣きつき、


親に依存しなければならなかった。


ハムスターのケージに閉じ込められたうさぎにあてがわれたものは、


死んだハムスター用だった、トイレ砂の残りをティッシュの空き箱に入れたもの、


餌は母が持ってきたペレットの子袋と、母が主に人間の食事の残飯を与えていて、


家の中でのうさぎの立場がどんなものなのかを、端的に見せられた気がした。





うさぎは、最初はもの珍しさで、母や父の関心もひけていた。


その関心をもっと強くひければ、うさぎの飼育に関する設備を、もっとねだれたかもしれなかったが、


母と父の関心は、もともとなかったものを演出してただけなので、あっというまに蒸発し、


うさぎは単に、檻の中にいる生きた残飯処理装置とだけ化していた。



ただの「残飯処理装置」に「生活環境」への配慮だのそのために金を消費するなど、ナンセンスである、


と母と父の中で、視界から、ある存在を切り捨てるスイッチが入った(切れた)音をきいて、


これ以上うさぎの環境に配慮するために母父の関心を引いて金を引き出すことを諦めた。



わたし自身が、母と父にとって、人間というよりは機械であるように、


命のない、生き物ではない、生活しない、ただ動く装置、機械、


「モノ」であるものの「生活環境」だの、それに費やす金銭だの、


父と母の中ではナンセンスであるということを、わたしの身において、諦めて受け入れているように、


ここにきて同じ目に遭っているうさぎの運命も、わたしは諦めて受け入れた。





母がいったのだったか、父がいったのだったか。


親は、自分の意見を、子供には、絶対的なものとして、いっさいの疑問反発を許さないので、


「うさぎに水を与えてはならない」、「水を与えるとうさぎは死ぬ」、といわれたとき、


一瞬、生き物であれば植物でさえ水によって生きているのに、


哺乳類であるうさぎが水を必要としないとは、どういう身体機能でそうなっているのだろう、


という疑問が浮かび、一瞬、うさぎの飼育の仕方を図書館の本で調べてみようか、


という思いがよぎった。





雑食性で、生活環境に特にかまわなくても、


自分の力で生き延びようとする生命力の強いハムスターとは違い、


うさぎは、もっとデリケートな飼育環境が必要なのではないかと直感で思った。


けれど親は、いずれ切れるトイレの砂もなく、餌用のペレットもなく、


水のみ装置もなく、それを入れるだけのスペースさえないケージの中のうさぎに、


日々、うさぎの頭の上から残飯を投げ込むときだけ蓋を開け、


あとは鍵を閉めるだけ、という程度の関心のサイクルが出来上がっている。



わたしが、うさぎを「残飯処理装置」とみなしている彼らの関心以上、


うさぎが、残飯処理機械ではなく、生きもので、命で、生き物であるかのような、


親の現実認識を否定するかのような、


親のの現実認識とは異なる反応を見せたり、現実への対応をしたりしたら、目をつけられる。



うさぎは、親がそう見做しているように、


「生活環境」を配慮すべき生き物でも動物でも命でもない、


それは、「残飯処理装置」である、機械である、わたしのように。


だから、親が一言いった「うさぎに水を与えてはならない」という一言を、


絶対的真実として、わたしは、金言として心に刻まなくてはいけない。


わたしは、決してうさぎに水を与えてはならない、と、心に誓った。


それ以外の思考も感覚も切り捨てた。





親の現実認識に違反して、うさぎの「生活環境」など気にして、「デリケートな飼育方法」など学びだして、


うさぎに餌や水や、広いケージが必要だなどと考え出したら、わたしは、彼らに、目をつけられる。


人間は機械だ、お前は機械だ、が持論で、それに反論すると「お前は壊れた機械だ」と、


思考矯正論を繰り出す親に、わたしの思考が目をつけられ、粛清され、また矯正される。


わたしが、親の言うとおりに「わたしは機械だ」と自分に言い聞かせ、


それ以外の思考を拭き取りながら生きているように、


うさぎは、親がやっているとおりの「残飯処理機械」だという反応以外は完全にふき取らねば、


わたしが、親に、目をつけられる。



わたしを機械視する親に逆らって、わたしは機械ではなく命だ、と闘うのは、


わたしの生活環境の改善のためであって、


同じ目にあっているとはいえうさぎのためにそれをして親と闘い、親の矢面に立ち、


そして疲労し、消耗し、傷つくのは、わたしなのだ。


わたしに何のメリットももたらさないうさぎのために、そこまですることはない。


同じ目にあっていて、でも、


格段にわたしより環境の悪い生命力のないうさぎの方が早死にするだろうが、


それはうさぎであってわたしではないのだ、だから、いいや、とわたしは思った。



うさぎのために闘いたくない、うさぎのために親の矢面に立ちたくない、


うさぎのためにわたしが傷つきたくない、


わたしがうさぎのために親と闘って傷ついても、


うさぎはわたしに何もできない、うさぎはわたしに何も与えられない、


そんなうさぎのために、これ以上わたしが何もしなくても、


環境が悪くても、それがうさぎであって、わたしじゃないから、それでいい。



わたしは、それ以上考えることを切り捨て、それ以上感じることを、切り捨てた。


わたしはうさぎの命を切り捨てた。


わたしの関心から、親の関心から、うさぎは、埒外へと落下していった、


母の手から放り出されたハムスターの命のように、


私の視界からカットアウトされたハムスターの命のように。


切り捨て、それからは、うさぎは、わたしの中で、


動くぬいぐるみとして愛玩する以上の認識ではなくなった。





わたしはなるべくケージからウサギを外に連れ出して、マンションの庭に遊ばせる時間をとった。


なんとかリードをつけて、庭で半分放し飼いにする方法はないかと考えながら、


初めての外を恐る恐る跳ねて嗅ぎまわっているうさぎを眺めた。


ハムスターは自分の欲望に一直線に突っ走り、


少し目を放した隙にこちらの監視をふりきって隙あらば脱走するが、


うさぎはハムスター以上にこちらの心情と連動する動きを見せるというか、


ハムスター以上に意思が通うというか、


自分は飼われている立場だと理解しているかのような振る舞いを見せるのが、時々、どきりとした。



ケージから出して、だっこして(人間が、うさぎで)遊び、またうさぎをケージに戻すとき、


うさぎの頭の上で、ケージのカギをパチンと閉めるのを、


鼻をぴくぴくさせながら、耳をそばだてながら、暴れるでもなく、


じっと見つめているだけのうさぎを見るとき、


虐待とは、命の本来の意志を、もう一つの意思が、圧し込めることなのかもしれない、と思った。





うさぎを家の中で遊ばせるのから、初めて家の外に出したとき、


前日の雨でできた水溜りに寄っていって匂いを嗅いだ後、


うさぎは水溜りの水を飲み始めた。


わたしは、あわててうさぎを水から引き剥がした。


何度も水溜りに戻るので、わたしはうさぎの体を持ち上げて、何度も水溜りから引き剥がした。


うさぎが、水のせいで、死んでしまわないように。


ウサギの足がぬれると、ゲリをして、体が弱って死んでしまう、とも聞いた。


うさぎを水に近づけないこと、それだけをわたしは心に刻んだ。



そのときからだったか、うさぎは、奇妙な行動を取るようになった。


うさぎの体を抱きかかえて、水溜りから引き剥がすわたしの手に向かって、


頭を押し付け、体を押し付け、それから、すごい勢いで、わたしの手を舐め始めた。


うさぎの一連の動作に、わたしは言葉や物語を感じたけれど、


親と、親に属するわたしにとって、うさぎは機械だったので、水も飲む必要もない機械だったので、


機械に、言葉とか物語があるとかいう感覚をすぐに抹消した。



だから、わたしは、うさぎへの反応として、ただの機械として、


親に禁じられた思考や感情を持たないように、


「場の空気」として許容範囲内の機械的反応にスイッチを切り替え、


かわいい動くぬいぐるみが甘えてきたというように、くすぐったがって、笑った。



動物と戯れてくすぐったがって笑う子供、という機械的反応をしてるわたしに、


うさぎは、機械的に読解することができない、


ものすごい勢いでわたしの手を舐めてくる行動をするので、


わたしは笑っていられないほど、不安になった。



うさぎは、鳴かない動物、うさぎは、声を持たない。


声の無いうさぎの声が聞こえそうなほど何かの明確な意図を持ったゼスチャーだった、


だけどわたしは、うさぎの声を聞くことを拒んだ。


機械には声などないから。


機械には言葉も物語もないから。


それが、同じここにいる、わたしとうさぎの、運命だから。





声のないうさぎの声を打ち消すわたしの不安が募って、頂点になったとき、


うさぎは、わたしの手を噛んだ。


水槽に押し込んでいたすべての不安が、うさぎの歯で噛み破られて噴出したように、


不安は空気に触れて引火して、恐怖に変わってわたしの中で燃え広がり、


わたしは咄嗟に、うさぎを突き飛ばし、叩いた。



不安と恐怖に突き動かされながら、うさぎの頭や体をめちゃくちゃにたたいた。


わたしに、親から感じることを許されていないことを誘発するうさぎが、怖かった。


声のないうさぎの声が、わたしの中で、ダムのように、水槽の壁のように、


完全に密閉して閉じ込めているものの呼び水となるように、


わたしの中の壁が、決壊することを恐れた。



自由のない水槽にいるようなわたしは、わたしの中に、水槽を作り、


密閉されたガラスの壁の中に、


わたしの中にあって、自由に外に出すことを許されないものを放り込み、閉じ込め、


無視し、ネグレクトし、遺棄し、忘れることにしていた。



今の私を支えているのは、壁だった。


今の私を作っているものは、水槽の壁だった。


私の中にあるモノの奔流を閉じ込めて、壁で包囲して作られた「わたし」だけが、


親からかろうじて認められ、関心を持たれ、視界に入る、わずかばかりの「わたし」だった。


水槽の壁が壊れて、今まで閉じ込められてきた、親が認めない「わたし」が出てきたら、


「わたしの中の見知らぬ私」が、壁としての私を壊したら、わたしは私を、保てなくなる。


私が、壊れる。





わたしは、噛まれた痛みとともに、私の中の水槽にも歯をたて、


その中に閉じ込められているものを揺さぶるうさぎを恐怖し、必死に遠ざけようとして、


「下等な動物に罰を与える人間」というキャラクターにしがみついた。


わたしに、感じさせてはならないことを感じさせるうさぎと、


感じてはならないことを感じつつあるわたしへの、


罰という、罪悪感という水槽の壁を強化して、わたしの中からこぼれ出そうになるものを、


必死に抑え付けた。



うさぎの柔らかい肉に、わたしの手が沈む感触がした。


うさぎに痛みを与え、うさぎを叩くわたしに痛みを与えることで、


痛み以外何も感じない、という壁を強化した。


柔らかい布団を叩くような感じがした。


布団の埃を出すために、ベランダで干した布団を力一杯叩くように、


よくわたしを布団叩きで叩く、母の仁王立ちの姿が思い浮かんだ。



うさぎは、わたしに叩かれてふっとび、うずくまった。


逃げるでもなく、じっとしながら、大きく目を見張って、ただ荒い呼吸をしていた。


わたしは、咄嗟にうさぎを叩いた自分にも不安になり、動揺し、


「痛いでしょ!噛んじゃ、駄目なの!わかった!駄目ったら、駄目!」


と、自分にうさぎを叩く言い訳をしながら、うさぎをたたいた。



それも、よく、母がわたしにしたことだった。


何かしら、理由をつけ、自己正当化を図る言葉を一方的に、強権的に振りかざせば、


自分が見境も無く激昂していることも、


誰かを力一杯、めちゃくちゃに叩きまくることも、


許されるのだし、正当化されるのだ、とわたしは知っていた。





わたしに黙って叩かれていると、そのとき初めて、うさぎが鳴いた。


鼻を鳴らすような声だった。


わたしに叩かれるままになりながら、震えるほど荒く呼吸しながら、


後ろ足を激しくバンバンと地面に叩きつけた。



初めて見る大人しいうさぎの激しい動きに、またわたしは怖くなった。


機械に声はない、機械に言葉はない、機械に物語はない、


いつも自分に言い聞かせているわたしの前で、


声のないうさぎが声を発し、悲鳴のような、言葉のような、物語のような動作をする。


その振る舞いに、わたしの中に閉じ込められた、水っぽい何かが揺さぶられる感じがして、


うさぎへの不安と恐怖が昂じた。



わたしを揺さぶるうさぎの動作をとにかく鎮めようと、


今度は優しく撫でながら、ごめんね、と謝った。


とりあえずおとなしくなり、呼吸も整ったうさぎだけど、


わたしの手を必死なほどに舐めることだけはやめなかった。


わたしは、その声がなんなのかわからず、ただ困惑した。





後に、テレビの動物番組を見て、ウサギが鼻から息を吐き出して啼く行為、


後ろ足を地面にたたきつける行為は、身に危険が迫っている、


敵が迫っている、命の危険が迫っていることを仲間に知らせる合図だと知った。


その合図と、手を舐める行為は、うさぎが死ぬまで、ずっと、わたしと、


わたしの家族に向けて行われた。


きっとうさぎのSOSの合図は、虚しく、誰にも、どこにも届かなかったのだろう。





ミニウサギ、というふれこみに反して、うさぎは日に日に大きくなっていった。


明らかに、普通のうさぎだった。


子どものときは、もっと薄く微妙な色だった毛並みの青灰色が、くっきりしてきた。


最初から、オスかメスかもわからなかったが、つぶらな瞳に、おとなしい動作から、


勝手にメスだと決め込んで、とりあえず、ナナという名前をつけた。



わたしは、動物に名前をつける、動物を名前で呼ぶ、ということに気恥ずかしさや、抵抗がある。


ぬいぐるみにつけた名前を呼ぶ恥ずかしさのような。


名前をつけるのは、人間だけにある行為で、動物は名づけという行為をしない。


なのに、人間のやりかたを勝手に動物に当てはめることは、


動物を可愛がる行為でもなく、


動物をぬいぐるみ並みに愛玩する行為にすらならなないのではないか、という気がする。





うさぎを「ナナ」と名づけたけど、名前など、この家では、家族には、どうでもよかった。


誰も、うさぎの名前など、気にしなかった。


わたしも、家族も、誰も、滅多にうさぎの名前を、呼ばなかった。


そもそも、うさぎに、名前を呼ぶほど関わらなかったから。



わたしもよく、親から、名前で呼ばれるより、あれ、それ、これ、と言われる方が多かった。


5歳のとき、わたしには名前があるんだろうか、とふと思った。


でも、わたしに名前があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいという気もした。


わたしに名前があろうがなかろうが、そもそもわたしの名前を呼び求める人がいないのだから。



わたしはうさぎが生きているとき、その名前で呼んだことはほとんどなかった。


どうせすぐに死んで目の前から消えるものの名前など呼びたくなかった。


名前を呼ぶたびに、うさぎの命の重さがわたしに刻まれていくような気がした。


どうせ死ぬ命が、わたしに刻み込まれるような。


そんなものは振り払いたかった。



けれど、名前を呼ぶとエサを与える、という条件づけをしたため、ナナ、と呼ぶと、


こちらに跳ねてくるようになった。


うさぎの命を縛るものは、水槽のガラスの壁だけではなく、名前も加わったのだと思った。



名前を呼ばれて走りよってくるうさぎをみると、


うさぎを縛りつける縄が、ぎりぎりとうさぎの柔らかい肉に食い込んでいくのが見え、


その音が聞こえる気がした。


人間が縛る縄から、逃げてほしい、走り出してほしい、と心底思った。



でも、今までのハムスターのように逃げたとしても、自力では生きられないのがうさぎだった。


そのハムスターたちも、結局は逃げられず、閉じ込められたケージの檻の中で、


みんな一年弱で死んでいった。


人間の意志からは、決して逃れられないのだ、動物たちも、わたしも。





ウサギ用のペレットはとっくになくなり、誰かが思い出したときに与える、


その日の人間の残飯が檻に入れられるだけだった。


そして、ケージは、日に日に成長していくうさぎを締め付けるように、小さくなっていった。



たまに思い出して餌を与えられるとき、ケージの蓋が開いた時点で、


うさぎは、餌を持った手にもかじりつく勢いで、餌に飛びついた。


野菜のクズ、人間が食べ終えたりんごの芯、りんごの皮、みかんの房。


必死なほどにりんごの皮を食べていた。



そんな様子を見て、可愛いね、とわたしたち家族は目を細めていた。


小動物を前にして、可愛いね、と眼を細めるのが、


家族という場がここでする「お約束」だった。


当のうさぎが、目の前で、トイレの砂、トイレ用のスペース、餌箱もなく、


糞と尿が床にたまったケージで、うさぎの足はぐずぐずに濡れそぼっていても、


そんなわたしたちを、檻の向こうからにらみつけながら、


警戒音を発し、後ろ足を踏み鳴らしていても。





ケージには、水を入れる器もない。


うさぎは、水を飲むと死ぬし、水に濡れると弱るから。


でも、糞尿でうさぎの体が汚れるのはほっておかれた。


ケージはうさぎの体だけでも窮屈で、他の設備を入れるスペースなどなかった。


ケージ自体が狭いので、洗ってもすぐに糞尿だらけになる。



親も誰も何も言わない、その程度の人間の関心の中で、


わたしだけ人一倍うさぎの面倒を見て、うさぎに関心を示して、


家族の中で突出して、彼らに目をつけられるのは避けたかった。


彼らは、わたしが突出した関心を示すものにほど、目をつけ、


わたしの関心の対象を揶揄したり、破壊行為にでるから。


これ以上うさぎに被害がでないためにも、今以上の関心をうさぎに向けることはしなかった。



けれど、さすがに、ある時期まで来ると、うさぎの体がケージいっぱいになり、


ケージの中で、うさぎは、体の向きを変えることさえできず、


足を伸ばすこともできず、うさぎが身動きするたびにケージががたがた揺れ、


そのたび「うるさい!」と兄にケージを蹴られた。


うさぎはパニックに眼を見開いて、啼いた。


うさぎは、何処にもいけないケージの中を、ぐるぐると回るようになった。





わたしは、うさぎを大きなケージに移したい、と母に提案した。


母がうさぎのためにケージを買う金など、びた一文だすとは思ってなかった。


わたしの我が儘だけど、かわいいぬいぐるみに、もっときれいな洋服を着せたい、


そんな贅沢がしたいから、くらい下手に出て。


わたしのうさぎの生活環境改善の提案は、単に、


ぬいぐるみをもっとバージョンアップしたい程度の関心のように、


ただの思いつきか道楽のように、必死感と切実感を出さずに、あくまでも、なんでもないことのように。



うさぎの体にケージが小さいのではないか、という懸念は、家族にも当然母にも誰にも浮かんでいない。


なんでそんなことする必要があるんだ?


なんでそんなこと考えるんだ?


そして母がいった言葉が信じられなかったれど、


信じられないことほど起きるのがこの家なのだと慣れることに勤めていたわたしは、


あくまでも顔に出さず、母に言われたことをただ実行した。


母は、「前、金魚飼ってた水槽あるでしょ。


うさぎ入れ替えるなら、あれ大きいから、ちょうどいいからあれにいれなさい。」


といった。





もっと大きなケージを買ってはどうかと提案したら、


わたしが親に金を要求するときに必ず言われて一蹴される台詞、


「うちにはそんな金はない」の一言で片付けられる。


わたしには一銭もないので、玄関の横のガラクタ置き場から、


埃をかぶった水槽を引っ張り出し、水で洗った。



横50センチ、縦30センチくらいのガラス張りの水槽。


子供一人では持てないほど重い水槽だった。


その重さにわたしはなんだかぞっとした。


飼育箱、命を抱くための器というより、その重さと冷たさは、


命を押しひしゃげ、命を砕く重さに感じられた。





水で洗い、水滴のついた水槽に、ウサギを入れ替えた。


水に濡れると体が弱るうさぎのために、水槽の水滴を拭いたりしなかった。


うさぎはすでに、よく自分の尿やゲリでぐっしょりと濡れていた。


檻から出して、新聞の上にのせると、黒く濡れた足跡がついた。


毛並みもいつも湿っていた。


よく出したばかりの尿を飲んでいた。


乾かない水槽についた水滴だけでも舐めて渇きを癒して欲しいと、


わたしはどこかでぼんやり思っていた。



自分から尿まで飲むうさぎが、水を飲むと死ぬという言葉にあてはまらないとは思ったが、


わたしが見つめるべきは、わたしにとっての現実ではなく、


親の思考、親の言葉、親の理念、親が見つめる現実、だったので、


何かへの反応として、わたしの中で挙がるわたし自身の声は、ことごとく潰さなければならなかった。





うさぎは機械だ、わたしは機械だ、うさぎは水を飲むと死ぬ、そう親が言った、


それ以上考える必要はない、それ以外のことを考えるな、


親に目をつけられ、粛清されるから。


わたしはよく目の焦点をずらして景色をぼやかし、


色と形が混ざった景色に没頭して思考停止するゲームに耽っていた。


思考停止することには慣れていた。


親に言われた、うさぎは水を飲ませたら死ぬ、という思考の裏側で、


ときどき唐突で漠然とした声が、わたしの中で煙のように立ち上ってくることがある。


このときのように。



表面的には、親の言うようにうさぎは機械で、生活の世話をする必要はない、


うさぎはイキモノではないのだから、うさぎは水を飲んだら死ぬのだ、


それ以上考えるなと思考停止しながら、


急に、うさぎに拭き残した水滴を舐めてほしいという考えが煙のようにたなびいてくる。


それはわたしの中で響く他人の声のように、時々不気味に感じる。





水槽に入れると、とりあえずうさぎが向きを変えられるくらいのスペースはできた。


でも成長途中のうさぎにはまだ小さいと思った。


でもわたしにできることはそれ以上なかった。


母は、うさぎが逃げないように水槽の蓋に、風呂場に敷くスノコ(木の板)を載せ、


その上に漬物石みたいな石を載せて、完全にうさぎを、水のない水槽の底に閉じ込めた。


わたしには不思議に思った。


母はうさぎの存在にそれほど執着している様子はないのに、


どうしてそんなに厳重にうさぎの脱走を封じるような手立てを講じるのだろう。



そして、大型の水槽に入れたうさぎに、スペースができたことより、


全方位を冷たいガラスで密閉された水槽でうさぎを飼育するということに、禍々しいものを感じながら、


母のいいなりに、うさぎの新しい檻を作っていた。



水槽の底で、うさぎは辺りをうかがい、


つるつるしたガラスの床に、うさぎの足の爪があたるかちゃかちゃという音が響き、


わたしの望んだとおり、ガラスについたわずかな水滴を、必死の勢いで舐め、


それを見た私は、わたしの中のどこかにいる他人が、ほっとしているのを漠然と感じ、


母はそれ以上うさぎに関心をなくし、りんごの皮を水槽に投げ入れた。



うさぎの暖かそうで、柔らかい毛並みが、


体温を必要としない魚のための、水槽の冷たいガラスの壁に当たるのを見ていると、


死体のように冷たい、水の無い水槽の底で、徐々に、死体に体温を奪われるように、


うさぎの命は温度を奪われていき、冷たくなっていき、


水のない水槽の中で、うさぎの命は干上がって行き、渇いていき、うさぎの命が蒸発していくような、


寒々しく、ぞっとする光景に見えた。




・・・・・・・・・・・・

ひとつも窓の無い部屋で、影たちだけに囲まれて、きみはじっと立っている

ガラス張りの世界から、きみは静かに見つめている

何者にも触れられない場所のはずが、気がつけば、もう遅い

君は、あたかも、名前も居場所も無い、幻の人間

・・

その後、何年もの間、あの不思議な女の子は、本当に現実の人間だったのだろうかとわたしはよく考えた。

「世の中」の人で、あれほどまでに鮮烈にわたしをとらえた人は、それまで誰もいなかったからだ。

しかもただ一度しか会わなかったというのに、あの女の子は、

その後のわたしの人生さえ、変えてしまったのである。

彼女は「鏡の中の女の子」になった。

そして後には、わたし自身が「キャロル」になった。

どうして ? とわたしは目でたずねた。

とまどったわたしは、何とか理由を考えようとした。

そうか、キャロルには何か秘密があるんだ。だから何も言わないんだ。

わたしは尚も考えた。

キャロルだって、こうしてわたしがキャロルに会っていることは誰にも知られてはならない秘密だと、

ちゃんとわかっているはず。

だから誰にも気づかれないように、わざとわたしの真似ばかりして、わたしを守ってくれているんだ。

それからわたしは変わった。

タンスの扉を開けて中に入り、一日中、膝を抱えて、じっとそこにうずくまっているようになった。

そうして目を閉じ、抵抗感を始め自分自身の現実での感覚を全てなくしてしまおうと、

全神経を集中させるようになった。

そしてついに、タンスの内側の闇の中で、わたしはキャロルを見つけた。

彼女は、わたし自身の中にいた。

キャロルは人に好かれる全てのことを備えていた。

それから、「キャロル」は比較的普通に振舞う。

こうしてわたしがすっかり「キャロルになって」いた間、ドナはわたし自身の中から姿を消していた。

わたしは五歳になっていた。

自分で自分の名前を言うのさえ嫌だった。

わたしはキャロルになりきっていたし、周りの人たちのことも、キャロルの出会った人として

自分なりに脚色しながら見ていたからである。

要するにわたしは、感覚や感情にひずみのある本来の自分自身とは別に、

キャロルという名のもう一人の自己を、作り上げたわけだ。

それは演技以上のものだった。いつの間にかそれこそが、わたし自身となった。

一方その過程で、わたしは本来の自分が感じる心の奥の感情を、全て拒絶しなくてはならなくなった。

それはドナとして生きることを、全て拒絶しなくてはならないということであった。

ところがそんなわたしの前に、新たな困難が立ちはだかった。

「キャロル」は、社会的には誰からも認められてはいない存在だということを思い知らされたのである。

わたしはそんな社会と闘わなければならなかった。

これらの日々に、わたしの心の表舞台に立っていたのはもっぱらキャロル一人だった。

・・

もし本当のわたし自身というものが、単にわたしの潜在意識そのものだというならば、

それはまだ完全な眠りに落ちてしまったわけではなさそうだった。

また、もし本当のわたしがわたしの意識の中にいるならば、それはまだ完全には目覚めていない、

半分夢を見ている状態にあるようだった。

人は「世の中」との相互作用の中で、「わたし」としての自覚を深めていく。

だがドナ自身は、その相互作用を知らなかった。

「世の中」と関わり合っていたのは、もっぱら"キャロル"や"ウィリー"といった仮面のキャラクターだったからだ。

また、わたしは人とコミュニケーションしたかったから、

自分の代弁者であるキャラクターを創り上げて自分の知性と精神の正常さを証明しようとしたし、

そうすることによって自分でもある程度フラストレーションから解放されていた。

そうして「世の中」と「わたしの世界」との間のコミュニケーションの問題を克服している通訳として

活躍してくれていた。

・・

キャロルとして、本当の自分自身と感情から切り離されて生きていたわたしは、

一人きりになることが怖くてたまらなくなっていたのだ。

少しでも一人になったり、テンポをゆっくりにしたりすると、

暗い影に隠れて待ち伏せをしている"本物のわたし"が、キャロルを捕まえにやってきて、

そのまま取り付いてしまうような妄想に囚われていた。

わたしは、完全にキャロルになりきっていたのだ。それはまるで、

「世の中」でのわたしが亡き者になってしまったかのようだった。

"ドナ"は幽霊。"ドナ"は消えたのだ。

ドナは、どこでもとうてい期待にそうことはできなかった。

その一方で、ドナの想像上のキャラクターたちはそれぞれに命を与えられ、

ドナの失敗していることにも、すんなり成功するようになってしまった。

キャロルは皆と話をする。だから私も、人に話しかけるようになった。

「みんなが笑えば、"キャロル"も笑う」のだから、私も笑う。

叫びも、涙も、絶望も、"キャロル"の瞳には、決して表れることが無かった。

いつも、本当は、死んでいた。

つまり名前も居場所もない幻の人間になるには、二通りの方法があるわけだ。

ひとつは、凍り付いてしまって、自分からは何もできなくなってしまう方法。

もうひとつは、何の自覚もなしに、真似によって溜め込んだレパートリーを繰り広げることで、

なんでもしてしまう方法。

このとき、もし自覚があったら、本当は何もできはしないのである。

「ここに誰かいる」 

心が真っ白になっていくようだった。素裸の心で、私は聞いた。

「ここにいるのは、わたし ?」 

「ここにいるのは、わたし。そこにいるのは、あなた ?」

「自閉症だったわたしへ」ドナ・ウィリアムズ

・・

自分の半身をどこかに残してきたという、現実以上に現実的な想像上の空虚を感じたことがあるなら

誰にとっても、三部作は、ある亡命作家の語る物語などではなく、自分自身の物語となる。

<いつかいた場所> への帰還が現実にある土地への帰還などではなく、

「第三の嘘」そのままに、想像と現実の合わせ鏡でできた迷路を辿って、

本当はいるとも思っていない、もう一人の似もつかない自分に会いに行く、

悪夢のような経験であることも、そうした読者にはわかるにちがいない。

「<いつかいた場所> への帰還をめぐって」

アゴタ・クリストフの文学は常に、社会の中心からはずれてしまった阻害された人間を描く。

胸を張って「ディアスポラ」ということはない。身をすくめるようにして異国の片隅で生きている。

いわば彼らは、本当の自分を隠すほかない、影のような人間たちである。

それ以上に、影のような人間には、殺人や逃亡のような普通の人間には大事件も、

手ごたえのない、虚の出来事のように思えてしまうからである。

母語を奪われてしまった人間には、戦争も亡命も、あるいは殺人でさえも、影絵のように見えてしまう。

幻影のように見えてしまう。

「私」は、将来に希望を持つことも無いが、といって現在に絶望するだけの強い挫折感もない。

影のような人間にとっては、絶望さえも遠くにある。

「昨日」アゴタ・クリストフ

・・

アイデンティティカードを取得するためには、まずひとつのアイデンティティ

(自己同一性)を所有する必要がある。

しかし、われわれはどうしたら、ひとつのアイデンティティを、すなわち自己(ipse) であり、

かつ同一(idem) であることを証明できるのだろうか。

そんな実在の「証拠」はどこにあるのだろうか。

「ふたりの証拠」アゴタ・クリストフ

・・・
・・

私たちは今日、素晴らしい友情を見聞しえない。私達の精神が粉々に解体してしまったからである。

人間が、その生活のやむをえない圧力のために、さまざまな断片に、

或いは、さまざまなペルソナをつける怪物に分裂してしまったときに、

どうして人間と人間の全一的な交わりを結ぶことができるか。

我々は、だから孤独であり、寂しいのである。

分裂した自我の所有者である私達が、私達と同じように分裂し崩壊の危機に瀕している友人の中に、

他ならぬ自分自身を発見するとしたら、

私達は恐らく友を軽蔑し、併せて自己自身を軽蔑するようになるだろう。

それとも、そういう私達を私達自身が憎むように、友をも憎みたい気持ちになるのであろうか。

個人は正に機械の部品のように解体され、この解体されたバラバラの部品を

一個の自己自身にまとめあげることができないのである。

彼は完全に魂を失ったのであり、個性を喪失したのである。

友情を結ぶためには自己を修復しなければならぬのである。

自己のない友情というものを我々はどうして持ちえようか。

解体された部品のごとき自己の断片が、そのような断片に相応ずるもうひとつの部品に遭遇したとき、近

代人は正に最も卑小な友情を発揮するのである。

それは孤高の魂と魂の友情ではない。それは精神の断片と断片の友情である。

精神が自己の断片性を意識する限り、それは確かに孤高の代わりに文字通り孤独なのである。

自己自身に対して孤独なのであり、友に対して孤独なのである。

友を第二の自己だというのは正しい。

しかしこれが正しいのは「第一の自己」について完全な認識があった上でのことである。

第一の自己について知らず、第二の自己を知り且つ愛するなどということは、

そもそも矛盾の極みではないのか。

透明な自己認識を持ちながら、なお私達が孤独を忘れるほどに、私達自身について歓喜しえるほどに、

私達は誇るに足る価値を私達の内に蔵しているであろうか。

透明な自己認識は、自己の限界をまず教える。自己が、やがて死に行くものであることを、

刻々、死に接近しつつものであることを教える、

自己が魂を喪失した哀れな断片の寄せ集まりであることを教える。

そしてこれらのことを教えられることは、孤独と寂寞を知ることに他ならぬ。

透明な自己認識によって友を選び、友情を交えることだ。


一刻一刻と狭い庭を夕暗がかぶさってきます。す

るとどうなるでしょうか。

何もかも、その形の鮮明さを段々失って暮色一色に塗りつぶされていきます。

夕方で、もはや樹の形も一枚一枚の葉の形もはっきり見えない。

しかし黒々とした夕方の一本の樹が、私なら私の感受性を全部圧倒してしまうのです。

私はもはやその樹の与える印象や感覚から逃れる術を知らないのです。

いや、逃れる術どころか、私自身、その樹と一緒に、夕方の乳色の中へ埋没してしまうのです。

私は樹の形をはっきり理性で見極めることもできないのに、樹そのものが私を圧倒し去ってしまうのです。

私は樹の与える感覚の中に包み込まれてしまい、私と樹は、夕暗の一色の中に全くくるまれてしまうのです。

私は、夕方が一切のものを「色」で塗りつぶすということをいいたかったのです。

昼間は私達は形を見ます。物の形をはっきりと見るということは理性の働きなのです。

「判るね。―」「うん。判る。」

たったこれだけの幼稚な言葉しか口に出せないで、あとは膝小僧を抱えたまま、

夕方の空をふたりで黙って見つめて、何分間もじっとしていたあの友情の世界、

私は遠く過ぎ去ったその頃を思い出さずにはいられないのです。

友情とは昼間の世界でもなく、かといって、一色に塗り潰された「夜」の色でもない。

形と色とふたつのものが、溶け合って一だから、ある時は形の点から、別の時は、

色彩の点から、相手を眺め、相手を愛さずにはいられない世界とでもいいましょうか。

友情とは、そこで、昼間の明るい眼差しと、夕暗の中の感覚的な色彩の世界と、

このふたつのものが、独特のスタイルで融合した世界のことなのです。

静かに留まって――― なぜなら、そうやって黙りこくったまま夕空を眺めている、

私と彼のうちにあるものは、知性や理性の活動ではないからです。

「友情論」