12歳のとき、家にいたら、「ただいまァ~じゃァ~ん、これなぁんだァ~」


とズレ気味のハイテンションで母が買い物から帰ってきた。


時々母が気が向いた時にやる、


「家族思いの愛すべきお母さんが送る、家族への愛と幸せ劇場」の始まりのようだった。


ソファで本を読んでいたわたしは、


馬鹿で親不孝者で母の愛を受ける資格などないゴミクズの子の役回りを引き受けねばならない。


わたしは自分の役回りを知るため、状況を呑み込もうとした。





母の手は、小さな箱を持っていた。


ショートケーキ一個を箱詰めしたくらいの小さな箱で、


小さくて最初は母の言う「これ」が指すその箱を見落としていた。



その箱を見たとき、母が夕飯に何か、高級な珍味でも買ってきたのかと思うと同時に、


母にそのような気のきいたことなどできないとも思った。


夕飯の食材、と思いついた瞬間、嫌な予感がした。


やめてくれ、と思った。





「じゃあ~~ん!」


再び母の掛け声とともに、箱が開けられると、箱の中から、青灰色のうさぎが現れた。


オレンジ一個分くらいの、大人の握りこぶしくらいの、小さなウサギだった。


それを見た瞬間、わたしの中で、土砂崩れのような、なにかが崩れるような感じがした。


ああ、またか。


また、あれが起きるのか。


どこか心の深いとこに、そんな声があった。



一年もしない前に、つがいのハムスターが産んだ子供をわたしの目の前で、


母の手で地面に叩きつけられて殺され、


生き残った子供たちも、原因不明に衰弱し死んでいくのを、ただ放っておかれた。



その後、シマリスも飼育したものの、やはり一年とたたずに死んだり脱走したりし、


それ以来わたしは動物を買うのをやめていた。


興味本位で動物のいのちを預かってはいけない、


わたしにはできない、やめよう、と、ようやく気づき始めていたころだった。


その矢先のことだった。


勘弁してくれ、と正直思った。





けれど、母主催の舞台上でのわたしは、わたしの気持ちなどとっくに置き去りにして、


母が望む演技を着々と遂行し、


「わあ、かわいい、なにこれ?どうしたの?」


母の恵み物に欣喜雀躍する愚かな娘の演目を内心などコンマ一秒ミリメートルも出さず演じた。



「かわいいでしょ~。かわいいからあすかに買ってきちゃった。」


言った母を、笑顔はそのままに凍りつかせて、わたしは思わずまじまじと見た。


時々、母は、何かの回路か、通線が切れているような、言動をする。


気持ちとか、記憶とか、回路とか、通線とか、母の中の、何かが切れているとしか。





つい一年ほど前、ハムスターの命を叩きつけて粉砕したのは、母の手だ。


その同じ手で、再び動物の命を購うことが、どうして母は、できるのだろう。


あれから一年もたっていないのに。


わたしは、やっと、やめよう、と思うことができてきたのに。


わたしの思考は現実に追いつかず、くらくらした。


ああ、やっぱり、あれだ、あれが、また、始まるんだ。



母は、「あすかに」買ってきたといった。


このうさぎは、私が望むと望まざるとにかかわらず、わたしのモノになったのだ。


うさぎの命は、私の手に押し付けられたのだ。



満面に笑みをたたえる母を見て、


ハムスターを地面にたたきつけた人が、今度はうさぎを抱きながら、満面の笑みをたたえている、


これが初めてではないし、これが最後でもないけど、心底、恐い、と思った。


何か、決定的なものが通じないものを母に感じた。


そして、いつものことだけど、恐怖のあまり、母と同じように、わたしの中で、


何かの回路、通路、回線が、ふっつりと切れていくようだった。



恐怖で後ずさるような気持ちを感じながら、


「かわいいうさぎに喜ぶ娘」として、「わあ、かわいい」といってみせる。


まず母の望みを汲む、母が一番わかりやすく、対応しやすい展開にもっていく、


母の望みが、無意識のうちに形成される、「場」の空気。





大人のこぶしくらいの、青灰色の毛並みのうさぎだった。


そのような毛並みは、見たことがなかった。


夏の夕日が沈んだ後の、夜の闇が来る一瞬前の、


色あせていくだけの寂しげな空の色のようだった。


雪の降り始めの前の、空の色みたいだった。


雨が降る夕暮れの一時のような色だった。


わたしはうさぎの毛並みの色に吸い込まれた。


それから、草食動物特有の、純粋としかいいようがない、透明な眼。



毛並みをなでると、ふわふわしていて、すべすべしていて、この世のものではない絹のようだった。


母は、店の人に、「ミニうさぎ」という種類だと聞いて買ってきたといった。


大人になっても大きさが変わらず、この大きさのままなのだと。


わたしは、この大きさですでに大人なんだろうかと思って、


不思議な動物の生態にどきどきした。





わたしの膝にうさぎが移ったあと、母はスイッチの切れたロボットのように平板な無表情に戻って、


「じゃあ、お母さん、晩御飯の用意するから。」


と機械的に事実だけを述べるいつもの母に戻った。


わたしは母に起きている回路の混線に怯え、


わたしのお腹の上でもぞもぞ動いているうさぎを、なすすべもなく、途方に暮れて見つめた。



これでうさぎは、わたし以外の誰の関心も向けられないこの家に、閉じ込められることになった。


母は「あすかのうさぎ」といった。


それは、うさぎがわたしだけに任されるということだ。


母はもう、無表情に機械的に、夕飯の用意をしている。


わたしがここにいることももう見えていないように。


母にとって「あすか」という子供も存在してないし、「あすかのうさぎ」もまた、


存在していないように。





うさぎが入れられていた箱は、子うさぎの体とぴったり同じ大きさだった。


茶碗やコップを箱詰めするように、うさぎは箱詰めされていた。


店の人間に箱詰めされたうさぎは、ハムスターを殺した母の手へ渡され、


母の手から、誰の命も守れないわたしの手へ渡され、


無数の動物の命を屠ってきたこの家の中へ、招き入れられたのだ。



ハムスターの命を叩きつけて壊した母の手から、


ハムスターの命を抱えきれず、手からこぼれ落とすしかできない、わたしの手へ、


店の手から、母の手へ、わたしの手へ、


人間の、手から手へ、うさぎの命は次々にパスされたのだ。


母に手渡されたうさぎを抱いて、うさぎの命の温もりを腹に感じながら、


わたしは、このうさぎが今後辿る運命のすべてが見えた。



わたしの膝の上で何も知らずうごめいるうさぎを見下ろす。


ここにきた時点で、うさぎの運命は決まった。


運命を変えたいと望んで、ついに果たされないわたしがいるこの家の中からは、


何者も、何処にも逃れられないのだと、うさぎと初めて出会った瞬間から、


わたしはうさぎの命をあきらめた。





箱とうさぎ以外、母は、何も持ってこなかった。


ケージ、えさ箱、水のみ、トイレ用品、餌、飼育の教材になるもの、なにもない。


命の丸投げだった。


ペットショップですすめられたらしい、うさぎ用のペレットの子袋だけはあった気がする。



いつまでもうさぎを抱えて途方にくれ、何もしないでいるわたしに母はいらいらと、


「ハムスターのケージがあったでしょ。


そこん中にでも入れるなりしなさいよ。


いつまでも食事するテーブルんとこに、そんなモノ出しとかないでくれる?


ちょっとは自分で考えなさいよ。」


私を見もせず、包丁で野菜を叩きつけるように切る手元に揺らがない視線を注ぎながら一本調子に言い放った。



うさぎをわたしに一任するとは、丸投げされたうさぎの命を、


わたしに「自分で考えて」世話をさせる、「自己責任」を情操教育しようという、


母の教育方針だったらしい。





わたしは、わたしの手にうさぎの命を丸投げされて「自分で考えて」思ったのだが、


うさぎを「とりあえずハムスターのケージの中にでも入れておく」ことは、


うさぎを十分に飼育する環境とはいえない。


うさぎの大きさに見合ったケージ、餌、トイレ、あらゆる環境と装置が必要だが、


わたしには、うさぎに必要なそれらを与えられる経済力も知恵も、


どこかからそれらを生み出す力もない。



わたしは、自分の運命を、自分でどうする力もないのに、


うさぎを「とりあえずハムスターのケージに入れておく」この家の、


同じアリ地獄に落ちたうさぎを助けることなど、できるはずもなかった。



母の言葉に従って、とりあえず、死んだハムスターのケージの中にうさぎを入れた。


ケージの鍵を閉めた。


鍵の閉まる音が響き、ケージの檻の向こうで不安げにあたりを嗅ぎまわっているうさぎを見て、


これでこのうさぎはもう助からない、とわたしは悟った。





今まで飼ったハムスターやシマリスのように、欲求に突き動かされるように動き回り、


こちらの意思があまり通用しないのと違って、


考え深げにゆったりと、大人しく動き回ってるうさぎに、


それでも、期待と、しめつけられるような不安を感じた。


犬や猫なら、ある程度、人と気持ちを通わせられるのだろうけど、


うさぎは、その間の、微妙なラインにいるような気がする。



誰からも気持ちを閉ざされているわたしは、このうさぎを架け橋として、


人と気持ちを通わせられる犬や猫と共にいる世界を垣間見、


動物を通して、人とも何かを通じ合えるのではないかと、


期待でどきどきした。


同時に、全てが閉ざされ、一滴の水も逃さない水槽のような家の中で、


犬猫どころか、うさぎ一匹の運命すら、立ち行かなくなっていることもわかっていた。





ミニうさぎではあっても、ハムスターのケージでもやっとの大きさで、


広さも、設備も、十分な飼育環境とはいえないのは明らかだった。


ハムスター用のケージに押し込められ、檻の向こうで不安そうに辺りを見回すウサギを見て、


わたしも不安になって、母の様子を伺ったけれど、


母が、夕飯を作るときに出た、野菜のクズや、残飯を、うさぎに与えだしたのを見て、


ああ、これは、ダメだ、と悟った。



このうさぎの命は、ダメだ。


ここに来た時点で、ダメだ。


母は生きる生ゴミ処理機を買ってきた程度の関心しか持っていない。


うさぎの命が、この家でもってどれくらいかわからないけど、


近いうちに必ず訪れる結末、うさぎの死と、


死に至るまでのゆるやかなウサギの苦痛の生をわたしはゆっくりと受け入れていた。





わたしの家には、お小遣い制度がなかった。


お金が必要なときは、すべて親に申告し、学校で必要になるもの以外の、


私的な欲求から生まれる金は、親に頼みこみ、願い、泣きつき、


親に依存しなければならなかった。


ハムスターのケージに閉じ込められたうさぎにあてがわれたものは、


死んだハムスター用だった、トイレ砂の残りをティッシュの空き箱に入れたもの、


餌は母が持ってきたペレットの子袋と、母が主に人間の食事の残飯を与えていて、


家の中でのうさぎの立場がどんなものなのかを、端的に見せられた気がした。





うさぎは、最初はもの珍しさで、母や父の関心もひけていた。


その関心をもっと強くひければ、うさぎの飼育に関する設備を、もっとねだれたかもしれなかったが、


母と父の関心は、もともとなかったものを演出してただけなので、あっというまに蒸発し、


うさぎは単に、檻の中にいる生きた残飯処理装置とだけ化していた。



ただの「残飯処理装置」に「生活環境」への配慮だのそのために金を消費するなど、ナンセンスである、


と母と父の中で、視界から、ある存在を切り捨てるスイッチが入った(切れた)音をきいて、


これ以上うさぎの環境に配慮するために母父の関心を引いて金を引き出すことを諦めた。



わたし自身が、母と父にとって、人間というよりは機械であるように、


命のない、生き物ではない、生活しない、ただ動く装置、機械、


「モノ」であるものの「生活環境」だの、それに費やす金銭だの、


父と母の中ではナンセンスであるということを、わたしの身において、諦めて受け入れているように、


ここにきて同じ目に遭っているうさぎの運命も、わたしは諦めて受け入れた。





母がいったのだったか、父がいったのだったか。


親は、自分の意見を、子供には、絶対的なものとして、いっさいの疑問反発を許さないので、


「うさぎに水を与えてはならない」、「水を与えるとうさぎは死ぬ」、といわれたとき、


一瞬、生き物であれば植物でさえ水によって生きているのに、


哺乳類であるうさぎが水を必要としないとは、どういう身体機能でそうなっているのだろう、


という疑問が浮かび、一瞬、うさぎの飼育の仕方を図書館の本で調べてみようか、


という思いがよぎった。





雑食性で、生活環境に特にかまわなくても、


自分の力で生き延びようとする生命力の強いハムスターとは違い、


うさぎは、もっとデリケートな飼育環境が必要なのではないかと直感で思った。


けれど親は、いずれ切れるトイレの砂もなく、餌用のペレットもなく、


水のみ装置もなく、それを入れるだけのスペースさえないケージの中のうさぎに、


日々、うさぎの頭の上から残飯を投げ込むときだけ蓋を開け、


あとは鍵を閉めるだけ、という程度の関心のサイクルが出来上がっている。



わたしが、うさぎを「残飯処理装置」とみなしている彼らの関心以上、


うさぎが、残飯処理機械ではなく、生きもので、命で、生き物であるかのような、


親の現実認識を否定するかのような、


親のの現実認識とは異なる反応を見せたり、現実への対応をしたりしたら、目をつけられる。



うさぎは、親がそう見做しているように、


「生活環境」を配慮すべき生き物でも動物でも命でもない、


それは、「残飯処理装置」である、機械である、わたしのように。


だから、親が一言いった「うさぎに水を与えてはならない」という一言を、


絶対的真実として、わたしは、金言として心に刻まなくてはいけない。


わたしは、決してうさぎに水を与えてはならない、と、心に誓った。


それ以外の思考も感覚も切り捨てた。





親の現実認識に違反して、うさぎの「生活環境」など気にして、「デリケートな飼育方法」など学びだして、


うさぎに餌や水や、広いケージが必要だなどと考え出したら、わたしは、彼らに、目をつけられる。


人間は機械だ、お前は機械だ、が持論で、それに反論すると「お前は壊れた機械だ」と、


思考矯正論を繰り出す親に、わたしの思考が目をつけられ、粛清され、また矯正される。


わたしが、親の言うとおりに「わたしは機械だ」と自分に言い聞かせ、


それ以外の思考を拭き取りながら生きているように、


うさぎは、親がやっているとおりの「残飯処理機械」だという反応以外は完全にふき取らねば、


わたしが、親に、目をつけられる。



わたしを機械視する親に逆らって、わたしは機械ではなく命だ、と闘うのは、


わたしの生活環境の改善のためであって、


同じ目にあっているとはいえうさぎのためにそれをして親と闘い、親の矢面に立ち、


そして疲労し、消耗し、傷つくのは、わたしなのだ。


わたしに何のメリットももたらさないうさぎのために、そこまですることはない。


同じ目にあっていて、でも、


格段にわたしより環境の悪い生命力のないうさぎの方が早死にするだろうが、


それはうさぎであってわたしではないのだ、だから、いいや、とわたしは思った。



うさぎのために闘いたくない、うさぎのために親の矢面に立ちたくない、


うさぎのためにわたしが傷つきたくない、


わたしがうさぎのために親と闘って傷ついても、


うさぎはわたしに何もできない、うさぎはわたしに何も与えられない、


そんなうさぎのために、これ以上わたしが何もしなくても、


環境が悪くても、それがうさぎであって、わたしじゃないから、それでいい。



わたしは、それ以上考えることを切り捨て、それ以上感じることを、切り捨てた。


わたしはうさぎの命を切り捨てた。


わたしの関心から、親の関心から、うさぎは、埒外へと落下していった、


母の手から放り出されたハムスターの命のように、


私の視界からカットアウトされたハムスターの命のように。


切り捨て、それからは、うさぎは、わたしの中で、


動くぬいぐるみとして愛玩する以上の認識ではなくなった。





わたしはなるべくケージからウサギを外に連れ出して、マンションの庭に遊ばせる時間をとった。


なんとかリードをつけて、庭で半分放し飼いにする方法はないかと考えながら、


初めての外を恐る恐る跳ねて嗅ぎまわっているうさぎを眺めた。


ハムスターは自分の欲望に一直線に突っ走り、


少し目を放した隙にこちらの監視をふりきって隙あらば脱走するが、


うさぎはハムスター以上にこちらの心情と連動する動きを見せるというか、


ハムスター以上に意思が通うというか、


自分は飼われている立場だと理解しているかのような振る舞いを見せるのが、時々、どきりとした。



ケージから出して、だっこして(人間が、うさぎで)遊び、またうさぎをケージに戻すとき、


うさぎの頭の上で、ケージのカギをパチンと閉めるのを、


鼻をぴくぴくさせながら、耳をそばだてながら、暴れるでもなく、


じっと見つめているだけのうさぎを見るとき、


虐待とは、命の本来の意志を、もう一つの意思が、圧し込めることなのかもしれない、と思った。





うさぎを家の中で遊ばせるのから、初めて家の外に出したとき、


前日の雨でできた水溜りに寄っていって匂いを嗅いだ後、


うさぎは水溜りの水を飲み始めた。


わたしは、あわててうさぎを水から引き剥がした。


何度も水溜りに戻るので、わたしはうさぎの体を持ち上げて、何度も水溜りから引き剥がした。


うさぎが、水のせいで、死んでしまわないように。


ウサギの足がぬれると、ゲリをして、体が弱って死んでしまう、とも聞いた。


うさぎを水に近づけないこと、それだけをわたしは心に刻んだ。



そのときからだったか、うさぎは、奇妙な行動を取るようになった。


うさぎの体を抱きかかえて、水溜りから引き剥がすわたしの手に向かって、


頭を押し付け、体を押し付け、それから、すごい勢いで、わたしの手を舐め始めた。


うさぎの一連の動作に、わたしは言葉や物語を感じたけれど、


親と、親に属するわたしにとって、うさぎは機械だったので、水も飲む必要もない機械だったので、


機械に、言葉とか物語があるとかいう感覚をすぐに抹消した。



だから、わたしは、うさぎへの反応として、ただの機械として、


親に禁じられた思考や感情を持たないように、


「場の空気」として許容範囲内の機械的反応にスイッチを切り替え、


かわいい動くぬいぐるみが甘えてきたというように、くすぐったがって、笑った。



動物と戯れてくすぐったがって笑う子供、という機械的反応をしてるわたしに、


うさぎは、機械的に読解することができない、


ものすごい勢いでわたしの手を舐めてくる行動をするので、


わたしは笑っていられないほど、不安になった。



うさぎは、鳴かない動物、うさぎは、声を持たない。


声の無いうさぎの声が聞こえそうなほど何かの明確な意図を持ったゼスチャーだった、


だけどわたしは、うさぎの声を聞くことを拒んだ。


機械には声などないから。


機械には言葉も物語もないから。


それが、同じここにいる、わたしとうさぎの、運命だから。





声のないうさぎの声を打ち消すわたしの不安が募って、頂点になったとき、


うさぎは、わたしの手を噛んだ。


水槽に押し込んでいたすべての不安が、うさぎの歯で噛み破られて噴出したように、


不安は空気に触れて引火して、恐怖に変わってわたしの中で燃え広がり、


わたしは咄嗟に、うさぎを突き飛ばし、叩いた。



不安と恐怖に突き動かされながら、うさぎの頭や体をめちゃくちゃにたたいた。


わたしに、親から感じることを許されていないことを誘発するうさぎが、怖かった。


声のないうさぎの声が、わたしの中で、ダムのように、水槽の壁のように、


完全に密閉して閉じ込めているものの呼び水となるように、


わたしの中の壁が、決壊することを恐れた。



自由のない水槽にいるようなわたしは、わたしの中に、水槽を作り、


密閉されたガラスの壁の中に、


わたしの中にあって、自由に外に出すことを許されないものを放り込み、閉じ込め、


無視し、ネグレクトし、遺棄し、忘れることにしていた。



今の私を支えているのは、壁だった。


今の私を作っているものは、水槽の壁だった。


私の中にあるモノの奔流を閉じ込めて、壁で包囲して作られた「わたし」だけが、


親からかろうじて認められ、関心を持たれ、視界に入る、わずかばかりの「わたし」だった。


水槽の壁が壊れて、今まで閉じ込められてきた、親が認めない「わたし」が出てきたら、


「わたしの中の見知らぬ私」が、壁としての私を壊したら、わたしは私を、保てなくなる。


私が、壊れる。





わたしは、噛まれた痛みとともに、私の中の水槽にも歯をたて、


その中に閉じ込められているものを揺さぶるうさぎを恐怖し、必死に遠ざけようとして、


「下等な動物に罰を与える人間」というキャラクターにしがみついた。


わたしに、感じさせてはならないことを感じさせるうさぎと、


感じてはならないことを感じつつあるわたしへの、


罰という、罪悪感という水槽の壁を強化して、わたしの中からこぼれ出そうになるものを、


必死に抑え付けた。



うさぎの柔らかい肉に、わたしの手が沈む感触がした。


うさぎに痛みを与え、うさぎを叩くわたしに痛みを与えることで、


痛み以外何も感じない、という壁を強化した。


柔らかい布団を叩くような感じがした。


布団の埃を出すために、ベランダで干した布団を力一杯叩くように、


よくわたしを布団叩きで叩く、母の仁王立ちの姿が思い浮かんだ。



うさぎは、わたしに叩かれてふっとび、うずくまった。


逃げるでもなく、じっとしながら、大きく目を見張って、ただ荒い呼吸をしていた。


わたしは、咄嗟にうさぎを叩いた自分にも不安になり、動揺し、


「痛いでしょ!噛んじゃ、駄目なの!わかった!駄目ったら、駄目!」


と、自分にうさぎを叩く言い訳をしながら、うさぎをたたいた。



それも、よく、母がわたしにしたことだった。


何かしら、理由をつけ、自己正当化を図る言葉を一方的に、強権的に振りかざせば、


自分が見境も無く激昂していることも、


誰かを力一杯、めちゃくちゃに叩きまくることも、


許されるのだし、正当化されるのだ、とわたしは知っていた。





わたしに黙って叩かれていると、そのとき初めて、うさぎが鳴いた。


鼻を鳴らすような声だった。


わたしに叩かれるままになりながら、震えるほど荒く呼吸しながら、


後ろ足を激しくバンバンと地面に叩きつけた。



初めて見る大人しいうさぎの激しい動きに、またわたしは怖くなった。


機械に声はない、機械に言葉はない、機械に物語はない、


いつも自分に言い聞かせているわたしの前で、


声のないうさぎが声を発し、悲鳴のような、言葉のような、物語のような動作をする。


その振る舞いに、わたしの中に閉じ込められた、水っぽい何かが揺さぶられる感じがして、


うさぎへの不安と恐怖が昂じた。



わたしを揺さぶるうさぎの動作をとにかく鎮めようと、


今度は優しく撫でながら、ごめんね、と謝った。


とりあえずおとなしくなり、呼吸も整ったうさぎだけど、


わたしの手を必死なほどに舐めることだけはやめなかった。


わたしは、その声がなんなのかわからず、ただ困惑した。





後に、テレビの動物番組を見て、ウサギが鼻から息を吐き出して啼く行為、


後ろ足を地面にたたきつける行為は、身に危険が迫っている、


敵が迫っている、命の危険が迫っていることを仲間に知らせる合図だと知った。


その合図と、手を舐める行為は、うさぎが死ぬまで、ずっと、わたしと、


わたしの家族に向けて行われた。


きっとうさぎのSOSの合図は、虚しく、誰にも、どこにも届かなかったのだろう。





ミニウサギ、というふれこみに反して、うさぎは日に日に大きくなっていった。


明らかに、普通のうさぎだった。


子どものときは、もっと薄く微妙な色だった毛並みの青灰色が、くっきりしてきた。


最初から、オスかメスかもわからなかったが、つぶらな瞳に、おとなしい動作から、


勝手にメスだと決め込んで、とりあえず、ナナという名前をつけた。



わたしは、動物に名前をつける、動物を名前で呼ぶ、ということに気恥ずかしさや、抵抗がある。


ぬいぐるみにつけた名前を呼ぶ恥ずかしさのような。


名前をつけるのは、人間だけにある行為で、動物は名づけという行為をしない。


なのに、人間のやりかたを勝手に動物に当てはめることは、


動物を可愛がる行為でもなく、


動物をぬいぐるみ並みに愛玩する行為にすらならなないのではないか、という気がする。





うさぎを「ナナ」と名づけたけど、名前など、この家では、家族には、どうでもよかった。


誰も、うさぎの名前など、気にしなかった。


わたしも、家族も、誰も、滅多にうさぎの名前を、呼ばなかった。


そもそも、うさぎに、名前を呼ぶほど関わらなかったから。



わたしもよく、親から、名前で呼ばれるより、あれ、それ、これ、と言われる方が多かった。


5歳のとき、わたしには名前があるんだろうか、とふと思った。


でも、わたしに名前があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいという気もした。


わたしに名前があろうがなかろうが、そもそもわたしの名前を呼び求める人がいないのだから。



わたしはうさぎが生きているとき、その名前で呼んだことはほとんどなかった。


どうせすぐに死んで目の前から消えるものの名前など呼びたくなかった。


名前を呼ぶたびに、うさぎの命の重さがわたしに刻まれていくような気がした。


どうせ死ぬ命が、わたしに刻み込まれるような。


そんなものは振り払いたかった。



けれど、名前を呼ぶとエサを与える、という条件づけをしたため、ナナ、と呼ぶと、


こちらに跳ねてくるようになった。


うさぎの命を縛るものは、水槽のガラスの壁だけではなく、名前も加わったのだと思った。



名前を呼ばれて走りよってくるうさぎをみると、


うさぎを縛りつける縄が、ぎりぎりとうさぎの柔らかい肉に食い込んでいくのが見え、


その音が聞こえる気がした。


人間が縛る縄から、逃げてほしい、走り出してほしい、と心底思った。



でも、今までのハムスターのように逃げたとしても、自力では生きられないのがうさぎだった。


そのハムスターたちも、結局は逃げられず、閉じ込められたケージの檻の中で、


みんな一年弱で死んでいった。


人間の意志からは、決して逃れられないのだ、動物たちも、わたしも。





ウサギ用のペレットはとっくになくなり、誰かが思い出したときに与える、


その日の人間の残飯が檻に入れられるだけだった。


そして、ケージは、日に日に成長していくうさぎを締め付けるように、小さくなっていった。



たまに思い出して餌を与えられるとき、ケージの蓋が開いた時点で、


うさぎは、餌を持った手にもかじりつく勢いで、餌に飛びついた。


野菜のクズ、人間が食べ終えたりんごの芯、りんごの皮、みかんの房。


必死なほどにりんごの皮を食べていた。



そんな様子を見て、可愛いね、とわたしたち家族は目を細めていた。


小動物を前にして、可愛いね、と眼を細めるのが、


家族という場がここでする「お約束」だった。


当のうさぎが、目の前で、トイレの砂、トイレ用のスペース、餌箱もなく、


糞と尿が床にたまったケージで、うさぎの足はぐずぐずに濡れそぼっていても、


そんなわたしたちを、檻の向こうからにらみつけながら、


警戒音を発し、後ろ足を踏み鳴らしていても。





ケージには、水を入れる器もない。


うさぎは、水を飲むと死ぬし、水に濡れると弱るから。


でも、糞尿でうさぎの体が汚れるのはほっておかれた。


ケージはうさぎの体だけでも窮屈で、他の設備を入れるスペースなどなかった。


ケージ自体が狭いので、洗ってもすぐに糞尿だらけになる。



親も誰も何も言わない、その程度の人間の関心の中で、


わたしだけ人一倍うさぎの面倒を見て、うさぎに関心を示して、


家族の中で突出して、彼らに目をつけられるのは避けたかった。


彼らは、わたしが突出した関心を示すものにほど、目をつけ、


わたしの関心の対象を揶揄したり、破壊行為にでるから。


これ以上うさぎに被害がでないためにも、今以上の関心をうさぎに向けることはしなかった。



けれど、さすがに、ある時期まで来ると、うさぎの体がケージいっぱいになり、


ケージの中で、うさぎは、体の向きを変えることさえできず、


足を伸ばすこともできず、うさぎが身動きするたびにケージががたがた揺れ、


そのたび「うるさい!」と兄にケージを蹴られた。


うさぎはパニックに眼を見開いて、啼いた。


うさぎは、何処にもいけないケージの中を、ぐるぐると回るようになった。





わたしは、うさぎを大きなケージに移したい、と母に提案した。


母がうさぎのためにケージを買う金など、びた一文だすとは思ってなかった。


わたしの我が儘だけど、かわいいぬいぐるみに、もっときれいな洋服を着せたい、


そんな贅沢がしたいから、くらい下手に出て。


わたしのうさぎの生活環境改善の提案は、単に、


ぬいぐるみをもっとバージョンアップしたい程度の関心のように、


ただの思いつきか道楽のように、必死感と切実感を出さずに、あくまでも、なんでもないことのように。



うさぎの体にケージが小さいのではないか、という懸念は、家族にも当然母にも誰にも浮かんでいない。


なんでそんなことする必要があるんだ?


なんでそんなこと考えるんだ?


そして母がいった言葉が信じられなかったれど、


信じられないことほど起きるのがこの家なのだと慣れることに勤めていたわたしは、


あくまでも顔に出さず、母に言われたことをただ実行した。


母は、「前、金魚飼ってた水槽あるでしょ。


うさぎ入れ替えるなら、あれ大きいから、ちょうどいいからあれにいれなさい。」


といった。





もっと大きなケージを買ってはどうかと提案したら、


わたしが親に金を要求するときに必ず言われて一蹴される台詞、


「うちにはそんな金はない」の一言で片付けられる。


わたしには一銭もないので、玄関の横のガラクタ置き場から、


埃をかぶった水槽を引っ張り出し、水で洗った。



横50センチ、縦30センチくらいのガラス張りの水槽。


子供一人では持てないほど重い水槽だった。


その重さにわたしはなんだかぞっとした。


飼育箱、命を抱くための器というより、その重さと冷たさは、


命を押しひしゃげ、命を砕く重さに感じられた。





水で洗い、水滴のついた水槽に、ウサギを入れ替えた。


水に濡れると体が弱るうさぎのために、水槽の水滴を拭いたりしなかった。


うさぎはすでに、よく自分の尿やゲリでぐっしょりと濡れていた。


檻から出して、新聞の上にのせると、黒く濡れた足跡がついた。


毛並みもいつも湿っていた。


よく出したばかりの尿を飲んでいた。


乾かない水槽についた水滴だけでも舐めて渇きを癒して欲しいと、


わたしはどこかでぼんやり思っていた。



自分から尿まで飲むうさぎが、水を飲むと死ぬという言葉にあてはまらないとは思ったが、


わたしが見つめるべきは、わたしにとっての現実ではなく、


親の思考、親の言葉、親の理念、親が見つめる現実、だったので、


何かへの反応として、わたしの中で挙がるわたし自身の声は、ことごとく潰さなければならなかった。





うさぎは機械だ、わたしは機械だ、うさぎは水を飲むと死ぬ、そう親が言った、


それ以上考える必要はない、それ以外のことを考えるな、


親に目をつけられ、粛清されるから。


わたしはよく目の焦点をずらして景色をぼやかし、


色と形が混ざった景色に没頭して思考停止するゲームに耽っていた。


思考停止することには慣れていた。


親に言われた、うさぎは水を飲ませたら死ぬ、という思考の裏側で、


ときどき唐突で漠然とした声が、わたしの中で煙のように立ち上ってくることがある。


このときのように。



表面的には、親の言うようにうさぎは機械で、生活の世話をする必要はない、


うさぎはイキモノではないのだから、うさぎは水を飲んだら死ぬのだ、


それ以上考えるなと思考停止しながら、


急に、うさぎに拭き残した水滴を舐めてほしいという考えが煙のようにたなびいてくる。


それはわたしの中で響く他人の声のように、時々不気味に感じる。





水槽に入れると、とりあえずうさぎが向きを変えられるくらいのスペースはできた。


でも成長途中のうさぎにはまだ小さいと思った。


でもわたしにできることはそれ以上なかった。


母は、うさぎが逃げないように水槽の蓋に、風呂場に敷くスノコ(木の板)を載せ、


その上に漬物石みたいな石を載せて、完全にうさぎを、水のない水槽の底に閉じ込めた。


わたしには不思議に思った。


母はうさぎの存在にそれほど執着している様子はないのに、


どうしてそんなに厳重にうさぎの脱走を封じるような手立てを講じるのだろう。



そして、大型の水槽に入れたうさぎに、スペースができたことより、


全方位を冷たいガラスで密閉された水槽でうさぎを飼育するということに、禍々しいものを感じながら、


母のいいなりに、うさぎの新しい檻を作っていた。



水槽の底で、うさぎは辺りをうかがい、


つるつるしたガラスの床に、うさぎの足の爪があたるかちゃかちゃという音が響き、


わたしの望んだとおり、ガラスについたわずかな水滴を、必死の勢いで舐め、


それを見た私は、わたしの中のどこかにいる他人が、ほっとしているのを漠然と感じ、


母はそれ以上うさぎに関心をなくし、りんごの皮を水槽に投げ入れた。



うさぎの暖かそうで、柔らかい毛並みが、


体温を必要としない魚のための、水槽の冷たいガラスの壁に当たるのを見ていると、


死体のように冷たい、水の無い水槽の底で、徐々に、死体に体温を奪われるように、


うさぎの命は温度を奪われていき、冷たくなっていき、


水のない水槽の中で、うさぎの命は干上がって行き、渇いていき、うさぎの命が蒸発していくような、


寒々しく、ぞっとする光景に見えた。