坂道が続く。呼吸が苦しい。肺の辺りが痛い。

 

我儘な私の、オカリナのピアノ伴奏を10年になるのだろうかずっと続けて下さっているS.Sさんのお宅に行った。6月21日10時が約束の時間だった。

 

少し話をして、第20回オカリナフェスティバルin神戸で演奏する事にしている2曲を合わせる事にした。素晴らしいピアニストであり私からすれば天才としか思えない。楽譜も先ず忠実に演奏しようとする姿勢は、編曲者に対する敬意が覗くのを感じざるを得ない。色々忠告したり相談したりして貰えるのは、とても勉強になる。リタルダンドのタイミングなどは目から鱗である。

 

この日は旦那様とも一緒にお昼を一緒する事になっていたので、用事から帰って来たSさんと3人で出掛けた。

 

「何がいいですか」

 

「うーん、何でもいいけど」

 

「イタリアンと焼肉だったらどっちがいいですか」

 

「どっちだと思います?」

 

するとSさんが透かさず言った。

 

「焼肉でしょう」

 

「正解」

 

と私は答えた。焼肉屋さんはお休みのようである。駅近辺を歩いて、最後はイタリアンの店に入る事になった。今日から緊急事態宣言が解除になり、酒類も11時から19時までなら飲める事になっていた。私は、内心ラッキーだと思っていた。口にも何度も出したから、内心と書くのは不適切かな。

 

店の人に、早速聞いた。

 

「今日からアルコールは飲めるようになっているけど、ビールは飲めますか」

 

と聞いた。

 

「明後日から出す事にしています。明日が休みなので明後日から」

 

まあ期待はしたが、飲まなくてもランチは食べられる。すんなり諦めた。Sさんが、

 

「ノンアルコールのビールを」

 

と言ったので、私もそれに倣った。気持ちの問題で、ノンアルでも酔った気にはなれるものだ。いくつものランチがあった。3人共違ったものを注文。私はボローニァと言う北部イタリアの都市が目に入った3番目のランチにした。その辺りにオカリナの発祥の地がある。170年ほど前にブードリオ村のドナーティがオカリーナを作り、グループで演奏して回った事が偲ばれる。

 

エミリア=ロマーニャ州ボローニャ市は148もある都市の中で7番目に人口の多い都市である。序でにワインも浮かんで来る。

 

楽しい話をしながら、絶妙なタイミングで料理が運ばれて来る。女性なら、かわいいと言ってしまうような素敵な料理だ。

 

「シマさんとは随分会っていないけど、どうしているだろう」

 

「元気だよ」

 

出し抜けに言ったから、歓声が返って来た気がした。

 

「YOSOMI(好きなヤツコンンサート)は、いつになったの」

 

「確か10月17日の日曜日だったと思うけど」

 

「その頃はピアノ発表会などがあって一番忙しい時だから・・」

 

都合を聞いていなかったなと思った。

 

S.Sさんは2時から用事がある。それに間に合うように店を出た。いい店だった。美味しいイタリアンは当然だが、私はデザートやエスプレッソが美味かった。

 

王子公園駅はすぐそこで、私は2人と別れた。久し振りに楽しい時を過ごした。汗が出る程でもなかったが、夏の匂いのする白い雲が、青空の所々に配置されていた。

 

 

 

 

酒だ!

 

きっとひんしゅくを買っていると思う。

 

そんな事に関われるか、阿呆!! と言われているに違いない。人間は、ついこんな馬鹿げた事を言って仕舞いがちだが、返って来る言葉は因果応報である。

 

今日は私に取っては地味な日だ。5月9日(日)は母の日だったが、6月20日(日)は父の日だ。娘婿から贈り物が届いた。株式会社あさ開(岩手県盛岡市)の飲み比べセットだった。クラフトカラー本醸造(IWC2019金賞)、クラフトカラー純米酒(IWC2020W受賞)、クラフトカラー純米一度火入、特別純米南部流きもと造り、純米大辛口 水神の5本だ。じわじわ飲むのが楽しみになった。

 

すると暫くして、またもやもう1人の娘婿から、有限会社仁井田本家(福島県郡山市)の「にいだしぜんしゅ」。純米吟醸とにごりの2本。テレビだったか、ラベルにペン字の平かなで書いてある酒を見た事があったような気がする。どれ程呑兵衛かと思われるが、決してそうではない。コップに1、2杯飲むとスーッと眠くなり、気持ち良く意識を失い、白河夜船となるのである。

 

母の日のような華やかさはないが、送られて来て、それが甘露だと知る。今すぐは、勿体なくて飲めないので、暫くは瓶を並べて鑑賞だ。

 

さて、ビールの話をしよう。テレビで、SUPER DRY ASAHI「日本初/全開!生ジョッキ缶」を宣伝していた。心に残ったのはプルトップの事で、ジュースやアルコール飲料のありきたりの缶の小さな開き口ではなく、丸ごと開いてグラスのようになる事だった。そのままジョッキで飲んでいるような感じになる面白さがあった。

 

それが頭に鮮やかに残って、スーパーに行く度に、ビール缶の置いてあるコーナーを見た。すぐ見つかると高を括っていたので、ないのが訝しく思われた。所がある日5月中旬の最初の頃だったか、偶然に目に入った。プルトップの所が丸ごと開くようになっている。もう10本もなかった。兎に角4本ゲットした。

 

340ml缶は上部3分の1に斜めに黒字のASAHI。その文字の上は金色、下はシルバーが基調になっている。美しい色には間違いない。1缶200円弱と言った所だ。「泡が出る。ゴクゴク飲める」。魅力あふれる文句だ。

 

常温か冷やして飲むかするように書いてあるが、12℃以上は吹きこぼれ注意と書いてある。私の脳は、冷やしていなかったら全部常温だと感じていたらしい。缶を開けた途端ぶおーっと泡が吹き零れた。缶の中のビールは半分になっていた。勿体ない。

 

すぐに、残りを冷蔵庫に入れた。夜になってから恐る恐る開けると、流石に大きな音はするが、零れる事はなく実った麦の色をしていた。缶のまま飲んでみたが、折角ジョッキがあるのだからそれに注ぎ込むと泡が上がって来る。忽ちきめ細かな絹のような泡になった。慈しみながら飲んではまた注ぎ足す。すぐになくなった。500mlの缶はあるのかないのか。

 

それから長い間、いつまた並ぶのかスーパーに行く度に何気なく探していた。次はいつ入るか全くわからないと、店員さんは言っていた。そうして1月が過ぎた。もう忘れそうな時だった。それは完売してから随分経った6月15日。PCを見ていると、この日に再発売されると書いてあった。見たのは偶然であるが、すぐにスーパーに向かった。昼頃だったと思う。ビール缶の並んだ場所に足を向けた。

 

誰かも探しているように感じられたが、私には間もなくそれに気が付いた。そこだけがすかすかしていたが、確かに見覚えのある生ジョッキ缶だった。6本あったと言うか、残っていた。それを持ってレジに行った。

 

「お客さん、そのビール缶はお1人1本になっています」

 

「えっ、そうなんですか」

 

色々言いたい事も有るが、最終的には1本しか貰えない。こんな事で目立つ事はしたくなかった。でも、せめて、

 

「2本は駄目ですか」

 

心では、だったらビール缶の前に1本限りと書いて置けばいい。と思いながら、そんな事をしたら、もっと早くなくなっていたに違いないと、大人げない葛藤をした。寂しく1本貰って、スーパーを出た。そこで閃いたのが、他の店だった。ローソンに行って見た。ない。諦めは付いていた。諦め序でに、イオンの食品売り場に行って見た。完全に諦めるためだった。

 

ビール缶を探しながら歩いていると、生ジョッキ缶がずらっと並んでいる。数本所ではない。数えた訳ではないが、4、50本、驚きが先に走った。数人がその周りにいて、私はこの日になくなる事は分かっていたので、12本籠に入れた。その時、驚きの光景が(笑)。

 

横にいた男が、箱を持ち上げて、レジに行った。生ジョッキ缶の下には、24本入りの箱が7、8ケース位積み上げられていた。夫婦と思われる人が1箱ずつ持ち上げて、レジへ。また1人、持ち上げて持って行った。私は、そんなに買うきはなかったから、12缶買えるだけでも驚きを隠せなかったので、ゆっくりレジに向かった。

 

スーパーの1本と、イオン食品売り場での12本との13本を、床の上に並べた。そして、2本だけ冷蔵庫に入れた。

 

2、3時間して開けた。ぶおっといきおいよく泡が噴き出た。食卓は泡浸し。ああ、冷やすのが足らなかったのか。「2度ある事は3度ある」と言う諺を「2度ある事は3度はない」と言う言葉にして、2本目は数時間後に飲む事にした。

 

最初からイオンに行ってさえいれば、「1本限りです」と言われなくて済んだと思ったが、いい勉強になった。大きな所ほど懐が深い、と。

 

もう何処にも売っていないが、次は7月13日と言われている。どんな状況になるか分からないが、イオンで1本はないと信じて、今度は自分の手でケースごと抱えて、レジへ運んでみたい。

 

 

コロナは、人々に様々な苦痛を与え続けている。世界中を抱き込んでいる。私は動いてはいるが、まるで体に枷を付けられているようだ。それは、心の中にも忍び込んでくる。

 

午前中も、午後も、夕方も、夜もTVを観るようになった。殆ど達磨さんだ。ただ、もう止められないど嵌まりのドラマがある。それも2つも。

 

午後1時からと3時からの2つのドラマだ。何年も前に放映されたそうだが私は初めてで、ひと月も経っていない。神戸には、全国放送ではないがサンテレビと言うメディアがある。偶然見たから、最初の方は観ていない。

 

1時からが「帝王の娘スベクヒャン」で、韓国ドラマである。6世紀の百済の王朝が背景になっている。25代王武寧の娘に入り込んだソルヒは何かを企てているのだが、密偵と怪しまれた父親違いの姉ソルランは、妹を探し求めてここまで辿り着いた。実は王の本当の娘は姉のソルランだったのだ。まだここまでは進んでいないが、スベクヒャンは「守百香」と書き表す王妃の事だった。

 

最後まで早く観たいが、このドラマは全108話で、月曜から金曜まで続き土日は無しだ。毎日待ち焦がれ、土日はがっかりする。DVDを借りる事も考えたが、何かで調べたが220円。全部借りたら23,760円になる。借りるのは無理だ。

 

さてもう1つは、3時からの中国ドラマ「瓔洛」(エイラク)で、奴婢から聡明な知恵でのし上がって行くドラマである。清朝紫禁城での出来事であるが、後宮での位ある女達の王・愛新覚羅弘暦を巡る争いを描いている。笑顔の陰に隠れた愛憎は陰湿極まりないものだが、そんな風に描いている所に引き込まれて行く。

 

因みに後宮の階級を調べてみたのだが、このドラマでは上から順番に皇后(1人)、皇貴妃(1人)、貴妃(2人)、妃(4人)、嬪(6人)、貴人(人数制限なし)、常在( 〃 )、答応( 〃 )、官女子( 〃 )となっている。

 

魏瓔洛は奴婢からその才知で後宮の階級を上って行く。王や皇后の歓心を買った末、後宮の他の者の嫉妬や羨望も浴びただろうが、魏貴人から令嬪、令妃、令貴妃、令皇貴妃へと上って行くのである。流石に皇后にはなれないと思うが、其々の位で年俸は違っている。サラリーマンと同じ所がある。皇后の年俸は銀1,000両と言う。現在60万~80万中国元、日本円で950万円~1,200万円と換算されていた。

 

これも目を離せない面白さがあり、紫禁城の中での出来事や様子を垣間見た気がする。韓国ドラマと優劣付けられない程の面白さがあって、3時から「スベクヒャン」と全く同じ曜日に観る事が出来る。もう55話まで行ったと思うが、これは70話でお仕舞いだ。勿論DVDを借りる訳には行かない。

 

どちらも生の声が聞かれるが、字幕付きだから楽しく、ドキドキしながら観られると言う訳だ。1時間ずつのドラマと言っても50分過ぎると終わり、しかもCMも挟まれるので、実質45分ちょっとのドラマとなる。

 

今日もセ・パ交流戦もあり、バレーボールネーションズリーグ男子・女子もあり、他にも色々あって、夜は7時から11時までびっしり詰まっている。これは、アルコールを啜りながら観るしかない。脚が固まってしまいそうな、今までここまで観る事はなかったTV三昧が今宵も待っている。

 

今日5月26日は、花月(Flower Moon)と呼ばれる満月の日だ。しかも、24年振りと言うスーパームーンで皆既月食の日だったのだ。次は2033年10月8日だと言うから、そんな先に私が観られるかは不明である。

 

雲に覆われた空は、月の見られる透き間はなかった。ウイスキーを飲んでから、それでもと皆既になる赤銅色が奇跡的に見られるかと思い込ませて、道を歩いた。夢も希望もないそれは、徒労だった。ブログさえもう書く気も起らなかったが、悔しさだけでもと思って書いている。それも、極めて短いブログになるだろうと自負している。

 

自然は人間の気持ちを汲みながら動いているのではないと言う事をはっきりと知らしめた。その動きは人間が司っているのではないのは周知の事実であるのだが。しかし、それでもスーパームーンの皆既日食は観たかった。それは仕方のない事で、よく見えた地域のYouTubeを明日にでも見てみよう。そして、これはこれで諦めて、気持ちの切り替わった明日をまた歩んで行こうと考えている。

 

ウイスキーで始まった3時間の雲の上の月食は、焼酎で終わりにしよう。アルコールで流して行こう。明日はまた明日の風が吹く、と言う言葉を辿りながら、老いらくの夢はまだ続くのだろうか。

今日の満月は Pink Moon と言う。真ん丸になる時刻は12時32分頃と言われていた。真昼の満月。それは白い月の筈だ。幸いに、今日は晴れの天気予報で、それは間違ってはいなかった。

 

昼食をとってから、意気揚揚と家を出た。その時間帯にウオーキングをする計画で。

 

むっ? 歩く先は雲で覆われ、小学校で習った雲量から言えば9である。そんな馬鹿な。後ろも見たが同じようなものだった。所々に青いそらが溜池のように見えた。カーブを左に曲がると先が開け、青い部分が広がった。とは言え、その辺りの雲量は6位だった。そこに白い月が見えれば何の問題もなく、上々だったのだ。しかし、風が強いのか、雲は千切れたり姿を変えるのが異様に速かった。今、龍に見えたのに、下を向いてまた頭を擡げると、弱そうな動物に変身していた。

 

まだ32分には早く、カインズホームの2階に当たる駐車場に急いだ。全体が何とか見渡せるからだ。しかし、白い月は雲の隙間にも、比較的広い青い空にもなかった。

 

再び下りてそのまま歩き始めた。早く見付からないかと見渡しながら、まだ5分ある、3分ある、後1分だと思いながら、その偶然を期待しながら。信号で止まったまま、その時は過ぎた。諦めたが、帰り着くまでにでも見えたらラッキーだと、考えを変更して歩いた。あの覆われた大きな雲の中にきっと隠れているに違いない。太陽は、しっかりと見えていた。

 

鳥が鳴いている。ピチュピチュと鳴いている。シジュウカラだ。気持ちが和んで、その辺りの景色が南米ペルーへと跳び、古代インカ帝国の遺跡マチュピチュへと導かれた。洒落にもならないが、ピチュピチュからマチュピチュが連想されたからだ。綺麗な声が、脳天に残る。

 

残念だが、白い真昼の満月は見る事が出来なかった。家に着き、1時間位経った頃外に出て少しぐるりと歩いてみた。見える筈のものが見えなかった時の気落ちを自分で感じる事が出来た。

 

昨夜はスーパーへ買い物に行ったが、その時に見た月は黄色で美しく、満月だと言っても誰も疑わなかっただろう。それを私は見ていた。今日の白い真ん丸な満月の瞬間は見られなかったが、だから、凄く残念だとは思わずにいられただろう。

 

昨日の夜読み終わった本がある。これは、私には大変素晴らしい本のようだった。感想は書かないが、せめて月の代わりに題名と著者名は書いて置こうと思う。最後まで読ませられた、凄い作品だった。「52ヘルツのクジラたち」(町田そのこ)。この作者の他の本も読んでみたい。

 

今夜も満月と言っていい月を見ようと思う。これは見えると信じたい。

 

5月は26日(水)。20時14分。今度は Flower Moon(花月) だ。観るのに適した時刻ではある。

 

 

おお、やっと見る事が出来た。大きな、美しい普通に満月。只今、夜8時59分。執念はどこかでクロスする。