「9月25日午後1時から開催されますね。場所が神戸市立生田会館大ホール・・」

若い女性のアナウンサーが、15分間の「YOSOMI好きなヤツ気まぐれ集団」の宣伝を取り仕切ってくれる。饒舌とは違う、この進行の上手さには、その長年の慣れを感じさ、安心感を齎す。我々3人のうち、2人は歳で対抗する。私とシマさん。もう1人は今日の紅一点、1度見たら決して忘れる事のないマドンナだ。

このマドンナが年寄り2人を、昨年誘ってくれたのだ。1回目はマドンナ1人で出演。去年はこの3人で出演する事になった。今年もまた宣伝に加えて貰う事になった。3回目だ。

この西宮を中心とするさくらFM(78.7MHz/20W)。去年は興味津々だった。どんな進展を遂げるか分からないし、初めての私には、それはドキドキの未知のものだった。だが、私には技がある。開き直りの術である。打ち合わせもなければ香盤表もない。つまり、出たとこ勝負と言う訳だ。

始まると言葉は何とか出て来るものだ。こちら3人も、質問に対してはすぐに1人に振る。ぐずぐず出来ないので、振られた者は「えー」とか何とか言いながら、すぐに喋り出す。ぶっつけ本番は怖いと言えば怖いが、その臨機応変な言動が面白い。

今回も、つまりは「YOSOMI好きなヤツ」の宣伝なのだ。3人とアナウンサーとエンジニアの5人がブースにいるだけだ。だが、範囲は狭くても、西宮市近辺ではこの放送が流れている。誰が聞いているかは未知数なのだ。この中から数人が聴きに来てくれても、この目的は達成する。

去年はお喋りだけだったが、今年は演奏も入れようと言う事になり、私とオカリナママさんは、ぶっつけで「ふるさと」を吹いた。ユニゾンとその後はハモって・・。流石にアナウンサーは心得ている。凄く感動してくれたが、真意は分からない。

次はシマさんの三線の説明と演奏。昨日徳之島から帰ったばかりだったが、疲れているにも拘わらず、声は健在だった。音がやや低く、アナウンサーが裏声を凄いと言ったが、彼は普段はもっと高く歌っていると言った。それでも、裏声は十分に発揮されていた。

15份なんて、すぐに過ぎた。

「9月25日日曜日です。午後1時から生田会館で開催されます。無料です」

若い女性アナウンサーはそう言いながら、

「言い残した事ありませんか」

と言った。時計はもう15分経っている。言える訳がなかった。

「ありません」

3人は声を揃えた。去年に引き続きなので、西宮近辺の不特定多数が聞いているなどの思いは何処かに飛んでいて、3人はキャッチボールを終えた。アナウンサーは対象を十分に意識しているだろう。我々、少なくとも私は、対象を考えないで放送を終えた。これがアマチュアとプロの違いだろう。あの部屋にいたら、対象など考えられなかった。

全国区ではない事をいい事にして、私は15分とか30分とかで、アナウンサーとこの放送で喋ってみたいものだと思った。

大学を卒業した時、大柄の女性がいた。彼女は目立っていたが、某放送局に就職出来たと聞いた。私は、自分だけでそう思っていたかも知れないが声にコンプレックスがあった為、放送分野など考えてもいなかった。

まだその女性の華々しさを今更ながらそんな分野もあったのだと思い出すけれど、暫くして亡くなったと聞いた。

話が逸れてしまった。



9月25日(日)午後1時から、「神戸市立文化会館大ホール」で、YOSOMI好きなヤツコンサートが行われる。

もう4回目だが、各地から9組が集まる。それぞれがそれぞれに活動しているグループだけに、何か楽しい演奏をしてくれるものと思う。どうか、この記事を見て、来れる方は、是非聴きに来て頂きたいと思う。

JR元町駅西口を北に上がり、兵庫県庁の建物に日本と兵庫県の旗の組み込まれたビルを見て、地下鉄の出口の前を西(左)に歩き、すぐにまた地下鉄の出口を北(上)に上がって行くと四宮(よのみや)神社がある。それに向かって長い横断歩道を歩いて神社の左側を上ると、10メートル位で生田会館はある。元町駅からは10分位かと思う。

是非、是非、是非、おいで下さい。人間、出会いと触れ合いが楽しいのではないでしょうか。それしかないように思います。無料でも、交通費が掛かりますが、それはご容赦下さい。

宣伝をさせて頂きました。


9月9日(金)15:25~15:40 の話。
終わった。朝日新聞に毎日掲載されていた沢木耕太郎の「春に散る」が。中田春彌の挿絵が、いい感触で溶け合って、その小説は今日で幕を閉じた。

昨日で504回目。朝日新聞が休刊日もあったし、私が旅をしていて何日かは読めなかったが、それでも500日近くは朝、その日に読んでいた。こんな私を見たのは初めてだった。こんな根気が何処にあるのだろう。しかし、それを待ち焦がれさせたのは、沢木耕太郎の作風だった。

今日は新聞27ページの1一面に、数日分の小説が載り、「花の道三十五」で終わった。何だかやっと長い小説を読んだ気がした。しかも、明日を待ち焦がれる事もなく、静かに完結した。上手い! 私はそう思った。緻密に計算され、「春に散る」と言う主題は何だろうと最後まで考えさせた。

粗筋もここでは言わない事にする。ひょっとして、この作品を読んでみようと思う人もいるかも知れないからだ。この単行本は、来年の1月1日に「朝日新聞出版」から出版の予定である。

登場人物はそんなに多くはないが、ボクシングの、ボクサーの話だ。この最後のページは、瞬間ぐっと胸を詰まらせる箇所があった。上手い作家である。

1年半近く毎日私の心を縛った小説だ。或る人には全く面白くない、関係ない話かも知れない。だが、この惹き付けられる秘密は一体何だったのだろう。幾つか自分なりに感じたものはあるが、ただただ引っ張られて行ったのは脅威だった。

馬鹿な私は、連載途中に何度か本屋に行った。ひょっとして売られているかも知れない文庫本を想像して。100パーセント、そんな事はないのを承知だった。いらいらさせたからだ。単行本でも文庫本でも、1日あれば読める筈だった。

これは読んだ者にしか分からないかも知れないが、最後の最後の文章は、私を大きく納得させた。そこだけ載せて、この小説が読めた事に感謝して、まだ始まったばかりの8月31日をゆったりと過ごして終わろうと思っている。


「広岡は徐々に薄れていく意識の中で思っていた。そうか、自分は、ただ歩いていきたかっただけなのだな、と。何かを手に入れるためでもなければ、何かを成し遂げるためでもなく、ただその場に止まりたくないという思いだけで、ここまで歩きつづけてきたのだな、と。 (了)」


ああ、私には、夏に散って行った。
大阪フィル交響楽団に所属する合唱団の数人が、大阪府警察コミュニティープラザで歌う。下手な訳がなかろうと、出掛けた。いつもの通り1時間で、今回は15時からの演奏だ。開始時刻はまちまちなのだ。

バリバリのプロではないと思うが、アマチュアでは決してない。午後3時から始まるが、2時35分には中に入った。プログラムがなくなってはブログが書けない。いつもの場所に置いてない。えっ? もうなくなったのか。そう思いながら空いた所に座った。誰も、プログラムらしいものを持っていない。そんなの初めてだと思った。

リハーサルをしている。それを聴いているその前面に、プログラムが書いて貼ってあった。暫く目を細めながら書き写していたが、アルファベット文字になると、そう易々とは写せない。前まで出行って、確認しながら写し替えたりした。

大阪フィルと知っただけで、がっかりはしないだろうと考えたのは正解だった。

合唱団の個人の名前はどこを見てもない。今日のMC兼ソプラノさんは、色々話してくれる。名前は自己紹介したかも知れないが、それは記録もしていないから、喋っていなかったのかもしれない。

100人だったか150人だったか合唱団員がいて、50人がソプラノだと言った。今日は全部が合唱団員で、4人が出演する。その内の2人はピアノだけを受け持ったり、ピアノと歌を受け持った。

後1人いたが、それだけは男で高校3年生だった。17才だと言った。彼は大阪フィルハーモニーとは関係はないが、何処かで優勝したピアニストだ。

「華」、それが今日のグループ名だった。

MCが言うには、家に大きな月毎のカレンダーがあり、右側の前の横と、左側の横に書いたのはその11月と12月とのカレンダーの後ろを使ったものだそうだ。お父さんは怖い人だったが、退職したら丸くなったようで怒らなかったそうだ。刑事をしていたと言う。

お母さんも心配して、もう1つのカレンダーの11月、12月部分を切り取って持って来てくれたらしい。もう既に書いてはいたのだけれど。それで、今年の自分の家には11月と12月がないと言って笑わせた。


1.もののけ姫   Piano-もりかわ、ソロ-MC

2.この道  Piano-もりかわ、ソローMC

3.浜辺の歌  Piano-たけむらよしこ、ソローまさおかかずえ

4.初恋  Piano-たけむらよしこ、ソローMC

5.革命  Piano-たけむらしょう(17才、高3)

6.Trois beaux oiseaux du Paridis  Piano-たけむらよしこ、ソローMC

7.ます  Piano-たけむらよしこ、ソローまさおかかずえ

8.Nel kar piu non mi sento  Piano-たけむらよしこ、ソローまさおかかずえ

9.Onbra mai fu  Piano-たけむらよしこ、ソロ-まさおかかずえ

10.Quando me’n vo  Piano-たけむらよしこ、ソローMC

11.La Wally  Piano-たけむらよしこ、ソローまさおかかずえ

12.愛の喜びは  Piano-たけむらよしこ、まさおかかずえ・もりかわ

13.ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2番 作品18 第1楽章  Piano-たけむらよしこ・たけむらしょう


これだけ変化のある曲を集めたので、退屈させなかった。況してや高校3年生のたけむらしょう君が6番のラヴェルの曲と13番のラフマニノフの曲を演奏してくれる。13番は連弾だが、これは親子なのだ。MCは、

「いい息子さんを育てられましたね」

と言った。いい親子だなと思った。ピアノはちゃんと調律してあるとは思えなかったが、それでも懸命に弾いてくれた。このホールは外の人の行き来の騒音が平気で入り込んで来る。音響の良い場所だとは、お世辞にも言えないばかりか、最初からホールにする積もりはなかったような気がした。ただ、ブラスバンドなどなら、その威力は発揮されるだろう。

それでも、それでも楽しませてくれた。私は、どこか芸文とかシンフォニーとかのホールでこの演奏があったらと考えたし、そんな積もりで聴いていた。1時間が、こんなに凝縮されて熱い思いにさせてくれた「華」に、お礼を言いたい所だ。

交通費と夕食(勿論大ジョッキを付けた)で3,000円にはなったが、それはチケット代だと思いながら、大阪から新快速、三宮から帰りの高速バスに乗った。暗いけれど、はっきりした雲と空の境目を感じながら、引き戸の鍵を開けた。
BSプレミアムに写し出されているのは、花火。

秋田大曲の28チームに依る恒例の花火大会。8月27日夜7時から10時までの中継だ。

スペシャルスターマイン、仕掛け花火が今から行われる。神戸にいる私は、居ながらにして大曲の花火を観ている。テレビのメディアがなかったら、そこに行かなければ観られない世界だ。言葉を換えれば、まるで夢の世界。

神戸は正に秋田となり、秋田はその翼を神戸にも広げる。

おお、何と美しい事だろう。特別席でなくても、腰を下ろして見上げられるスペースがあればそれ以上望むものはない。もしそこに寝転べるスペースがあれば、極楽だろう。


出雲も、私が子供の頃から花火大会があった。今は8月には違いないが、日が違う事が多い。その頃は、お盆の前にやっていたと記憶している。

家族で斐伊川まで歩いた。暗くても、多い人出になんの不安もなく、お祭りのような連帯感があった。兎に角歩いた。最初の頃は父母と祖母と妹達と。

出雲5万の人口の中で、その土手の斜面や川の側の河川敷に集う人の群れは幾万人だっただろう。毎年茣蓙やビニールシートを持って出かけた。大抵この6人だった。やっぱり母が誘導していた。

斜面で見る事はなく、その下に下りて場所を確保した。寝転べたり寝転べられなかったりしたが、こんなに密集した暗い人混みの中で、ただ只管に空を見上げた。

ぱっと花が開いたかと思ったら、一瞬の間を置いて「ドン」と鳴った。お腹が響く程の大音量だった。しゅーっと音を上げながら、1本の筋が天に上る。そして、ぱっと開いた花を皆が追ったかと思ったら「ドン」と鳴って、お腹に響いた。

ただ一緒に見上げた暗い空に、明るく燃えて咲く様々の花たち。夏の草の匂いがする。昼間だったら、この人の群れはどう映っただろう。滑稽でしかなかったのかも知れない。少々の姿態を晒していようが、この暗さの中で、誰も如何程の意識もしていない。瞬間の光の中で、瞬間に照らされる、瞬間の姿。それが、どうだと言わんばかりの浴衣姿が、無防備に瞬間に浮き上がる。

家族との思い出。何の事もない花火見物だった。だが、こうして連れて来て貰った思い出は、今となっては何の事もないものではない。美しい思い出に変わっている。そして、大曲の花火を観ていると、その思い出は遠い彼方にありながら、哀しさを伴っている。この哀しさこそが美しいのかも知れない。

あの頃の花火は大体同じ真ん丸の花火だった。たまに大輪の花火が入ったりしていたが、それは半径30メートルだと言う触れ込みがあった事がある。今の花火は随分進化していて、その打ち上げ方も種類も豊富だ。半径30メートルは3号玉で、今は30号玉まである。それは半径200m以上だったと思う。上がる高さも違うのだ。

妹達は元気でいるが、母と父と祖母を思い出す。もう観に行かなくなって数十年も過ぎるが、それでもこうしてよその花火を観その真っ暗な帳に広がる花火を観ていると、まるで生きているかのように思い出される。母にも父にも祖母にも色んな事をして貰ったと。その恩恵をしみじみと感じるのだ。

今大曲で行われている花火大会は同時に神戸で観る事の出来るLIVEだ。大きさも音も迫力も同じではないが、斐伊川土手のあの花火と重なって行く。大曲とは言え映像では匂いもない、感触もない、なんの体感もなく、風もない。

だが、私はアラセブではなく、10代や子供の頃に帰っている。それは出雲でしか感じ得なかった周りの事が、大曲の花火から写り替わる。目は今の大曲の花火を観ているが、脳は斐伊川の素朴な花火を観ている。

矢継ぎ早に鳴り響く音は俄然今の方が凄いが、夜空を劈く音には変わりがない。

花火がぱっと開いて消えるその姿は、まるで我々人間の生の姿ではないか。瞬間を過ぎると、もう元の姿はなく、消えている。

私は、母の事を想う。もう帰っては来ないが、それ故に優しかった母の事を。勿論父の事も、大きな恩恵を受けた祖母の事も。だが、母は特別だった。だから花火大会は、家族の思い出ではあるけれど、母を思い出す。哀しい思い出があったと言うのではなく、花火を通して観る母が哀しいのだ。

総理大臣賞をだれが取るかの問題ではなく、元気だったら言ってみたいと思って来たのが大曲の花火大会だ。駄目なら、出雲の花火を観に行くしかないが、これも1人ではなく、数人の人と行ってみたい。

28組の花火が、もう15番目になっている。宮城の若松演歌製造所「月夜のグラデーション」だ。

3分の2弱の時間がある。思い入れのある花火大会を、暫し見惚れる事にしよう。面影などは横に置いといて、人が作り上げる火の芸術を、無心になって堪能しようと思う。
もう8月は26日になった。雲は千切れて薄く、蝉の声は全く途絶え、朝夕は元より、昼日中も歩き易くなる。それが例年の流れだ。

今、入道雲はもくもくとその白さを眩く反射させている。流石にクマゼミの声は聞こえなくなったが、まだ他の蝉の鳴き声がする。外に出ると途端にむっとする。車の中で見ると35度を示している時もある。部屋はいつも28度か29度だ。

文化ホールでのオカリナフェスティバルもいつもは8月末になるのだが、今年は7月下旬に終わったので、それで夏が終わったと思うようにしていた私は、もう蝉の抜け殻のようだ。

クーラーを入れているが、27.6度を表示している。温度調節は27、28、29度に切り替わる。それで丁度いい。

こんな事を書く積もりはなく、横浜の妹が出雲で撮ってくれて携帯に送って来ていた写真を観ようとしていた所、そこに辿り着く迄に今から転記する文章が目に入った。8月10日のものだ。こんな暑過ぎる夏は、笑いが必要だ。じっとしていては、益々お尻が重くなる。

実は、もう殆どの人が知っている事だろうが、笑点で流れ1月初めにはツイートされていた事なのだ。私もそれは知らなかった。

もう1度笑って、秋の気配を探したい。


笑点で答えられた事が、ここまで上手くまとまった話になるとは、これは面白い以外にない。 だがはっと我に返ると、何と笑ってばかりはいられない。可笑しさに、哀しさが入り混じっていた。


【18才と81才の違い】

道路を暴走するのが18才、逆走するのが81才

心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才

偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才

受験戦争を戦っているのが18才、アメリカと戦ったのが81才

恋に溺れるのが18才、風呂で溺れるのが81才

まだ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才

東京オリンピックに出たいと思うのが18才、東京オリンピックまで生きたいと思うのが81才

自分探しの旅をしているのが18才、出掛けたまま分からなくなって皆が探しているのが81才

「嵐」というと松本潤を思い出すのが18才、鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81才


                                                         (以上「笑点」より)