♪猫ふんじゃった 猫ふんじゃった が、♪また買っちゃった また買っちゃった の文句に変わる。1本オカリナが増える事は、現実的に負荷がかかり心に葛藤を呼ぶ。

 

数十年前に買ったものから、今日までに工房も増え、オカリナも色々売られるようになった。工房のものなどをフェスティバルで買ったり遠くの楽器屋さんで買ったりして、その時は満足もしていた。だが、暫くすると使わなくなる。自分の吹き方が変わったり考えが変わったりする中で、オカリナも変わって行く。

 

アルトC管(AC管)も結構な数になるが、それでも11月17日(日)に同じAC管を3本送って貰った。午前中に届くと言うので、その間いつ届くか神経を集中させていた。

 

他のオカリナの事は今回は書かないが、この新しいM工房のオカリナは2本(AC管)既に買っていた。AタイプとBタイプだった。息は強めに吹き入れないと442Hzで歌わない。オカリナはこの息圧がまちまちで、それはいつまでも大きな悩みである。

 

私はやや息が強いようで、Aタイプは強くBタイプはやや強く、今ではこのBタイプがM工房のものとしては私の主流になる。形もこちらの方が気に入っている。

 

つい最近このM工房からまた違う新モデルが楽器屋さんに届いていた。先ず色に惹かれてしまった。名前の通り「トルコブルー」である。M工房のA・Bタイプがどう変わっているかが大事だが、M工房のオカリナは中々のものなので、この新タイプに期待を寄せた。

 

元々器づくりの職人だった人がオカリナを作り出したのだ。土選びや成形や磨きや焼きはお手の物だろう。しかしオカリナはそれ以上に楽器なのだ。音が加わる。それでも、器づくりで培った技術は遺憾なく発揮される。

 

それに、この人の作るオカリナは音程がしっかりしているし、音量バランスと音質が良い。高音は抜けるように出るし低音は音量豊かにしっかりと出る。

 

この「トルコブルー」は、吹奏感と音色とカラーが売りのようだ。カラーが吃驚する位変わっているのは誰にでも分かる。吹奏感と音色についても違いは分かった。

 

早速3本を吹き比べた。形はBタイプと同じなので指使いで苦労する事はない。

 

先ずオカリナを①②③として置こう。色であるが、「トルコブルー」と言えど②③2本は爽やかな水色で①は濃い水色のようだ。私は②③の色が好きだ。だが、悩んだ末、色で買う訳もなく、自分の気持ちや考えに合った①を選んだ。色でも、本当を言えば心は乱れていた。

 

色は度外視して、この3本は皆特徴を備えていた。だから、一番いいものから順に並べられるものではなく、その一番自分に合った特徴で選ぶ事になれば、一番はどれかなど、全く議論にもならない。人に依っての好みが最優先されるからだ。

 

私は①を選んだが、②とは随分吹き比べた。何故なら、②は雑味のある音をしていたからで、それが今までにない魅力を私に感じさせていた。吹奏感も私に合っていたし、演歌などを吹いたら更に味があると思えた。息もやや強くて、澄んだ音かほんの少し掠れた音かの違いだ。澄んだ音のオカリナは結構持っているので、今の私にこの②は魅力があった。

 

③はどうかと言うと、とても素直な澄んだ音を出していた。私の選択肢にはこのオカリナも入っていた。3本共に魅力のあるオカリナだ。けれど、息の問題で、これは普通の息の強さの人が吹くには最高のものになっただろう。私が吹くとどの音も半音かそれに近い、高い音程になってしまう。それで、この③はきっぱりと断念した。

 

結局①を選んだが、これはM工房のBタイプと同じ感じのものになった。「トルコブルー」の売りが、息の弱い人にも音の厚みと響きは保たれ、優しい息でも高音が綺麗に吹けると言うものだったから、①はBタイプと同じようでも、少しだけ優しい音になると言う微妙な違いがあった。

 

Bタイプと「トルコブルー」①は、私のメインオカリナの1つになるのだが、どちらかが割れたりしても、代わりが出来ると言う思いがある。決して落としたりして割れてはならないが、①には吹き口と頭との谷部分に紐が通る位の金具が嵌め込まれている。Bタイプにはない。それは、「トルコブルー」の最後に色付けをするためのものだろう。私は紐を通して首に下げる事はした事がないので、なくても支障はないし、ない方が好きだ。

 

色や形やスタイルは矢張り気になるもので、色には妥協してしまったが「トルコブルー」が少し濃いのは受け入れている。こんな色のオカリナが、いつでも吹ける事も喜びで、形やスタイルは先ず先ず満足である。

 

いくら魅せられたと言っても、もうオカリナを買うのは止めなければと思っている。年金生活の私には、道楽出来る事では決してないからだ。

11月15日と16日の天気予報が朝と昼の寒暖差10度以上を伝えていた。予報通りの朝5度と言う寒さの中、三宮阪神電車の西口に出掛けた。同年齢の仲間の恒例の1泊の旅をする為に。

 

14名の内、事情が許さず1名は不参加。日帰り参加は3名。宿泊参加は11名の筈だった。こんなに荒れた年はなかったが、日帰り参加だった1名は不参加となり、宿泊予定の5名が日帰りとなった。それぞれの事情による。

 

8時10分に集合予定だったが、私が1番に三宮に着いた為誰も居なくて不安この上もなかった。1人の顔を見付けた時、それは消えた。日は間違っていなかったからだ。その内集まり出して、奈良・斑鳩1dayチケットを1,850円で購入した。兎に角8時41分発の電車に乗り、難波で乗り換えて大和西大寺に着いた。1時間14分の乗車時間は流石に長く感じられた。

 

奈良交通バスもこの1dayチケットで乗れる。それを利用して先ず着いたのが秋篠寺。本堂は国宝で、金堂の消失以後鎌倉時代に大修理を受け本堂と呼ばれている。だが、奈良時代の建築の伝統が生かされた、落ち着いた素朴さのある雰囲気がある。

 

シマさんが堂内尊像のなかでも伎芸天の事で、私と自分はお守りが要るのではないかと言った。彼はそれの紫色のを購入し、私もそれならばと橙色のものを買った。温かな人間味のある顔立ちは、母をも偲ばせるものだった。

 

西大寺までは足では大変な道程で、バスを利用した。十一面観音立像が大きく迫って来た。

 

昼食は店を探し、居酒屋風の店で日替わり定食にした。ビールを飲む者もいたが、一緒に座っていた3人は「ゆずサワー」にした。280ccの瓶1本で、しかも100円安くなっていた。結構美味く飲めた。

 

また見学の旅が始まる。垂仁天皇陵に行ったが、鳥居があり中には入れず、それ以上のものを見る訳には行かなかった。集合写真を撮り次の唐招提寺へ。

 

金堂内陣には中央に盧舎那仏座像、向かって左に千手観音立像、右に薬師如来立像の豪華な三尊像を拝する事が出来る。金堂、講堂、鼓楼は国宝である。そして、唐招提寺と言えば鑑真和上が余りにも有名である。教科書で誰もが目にしているのではないだろうか。開山堂には、年間数日しか開扉しない国宝和上像に代わって、毎日参拝できるように身代わり像が作られ鎮座している。

 

薬師寺の東塔は国宝であり、白鳳時代にこれだけの三重の塔が作られている事に古への感動が呼び起こされる。

 

大講堂は伽藍最大のもので、正面41m、奥行20m、高さ17mの立派なものだ。大講堂の本尊には弥勒三尊像(重要文化財)が、後堂には仏足石・足跡歌碑(国宝)が安置されている。

 

最後はがんこ一徹長屋墨の資料館へ。墨の出来るまでの様子がよく分かるようになっており、墨の匂いと共に子供の頃に使っていた墨が墨運堂のものだった事を思い出し、その芸術に暫く浸った。大変な工程を経て出来る墨の凄さを、端渓の硯と比べ合わせながら感じた。

 

近鉄西ノ京駅で日帰り参加者7人と別れ、男子6人は宿舎奈良白鹿荘へと向かった。

 

先ずは風呂。古代檜の風呂に入った感慨に包まれていた。2000年前の檜、それも海抜1800m辺りの直径2メートルはある代物だ。6人はゆったりと湯に浸かり、体を解した。6人ではあるが、年配の仲居さんで、落ち着きのある振る舞いをしていた。

 

私は、きっと肉が出て来ると予測をしていて、ピランの塩を持って来ていた。皆もその塩で肉を食べた。絶品の肉と絶品の塩。それが融け合わない筈がない。美味い! そんな声が聞こえた。

 

シマさんの三線が聴けなかったのは残念だが、私もどうしようかと思っていた。取りあえずはオカリナと楽譜と伴奏CDを持って来ていた。皆から催促があり、中居さんにも聴いて貰うように頼んでいる者がいた。ならばと、CDラジカセがあるか聞いてみた。中居さんはあると言ってすぐに持って来た。松茸の土瓶蒸しを目の前にして、私は3曲吹いた。

 

中居さんは実際に目の前で聴き、喜んでくれたようだった。まあ、重たかったが持って来ておいて良かったと思った。アカペラでいいから、「赤とんぼ」と「ふるさと」を吹いてくれと仲間が言った。「ふるさと」は、皆が歌うように伴奏の替わりをした。

 

そこそこに食べ終わったので、2部屋の内の1部屋に集まって、再び飲み始めた。Tさんが持って来ていた「百黙」と言う日本酒。結構美味いのだ。

 

Tさんはいつもだが、とても精巧に木を削り、本職並みの人間や動物を作って皆にくれる。今回は、台座に漆を塗った話を交えながら、「見ざる、言わざる、聞かざる、せざる」なんと四ざる。4匹になっている。本来は最初の三ざるが定着しているが、せざるも論語にあると言う。

 

巧みな糸鋸の技術が凄い。もう1つ、くれた。小さなネズミの親子5匹。これは職人技ではないかと思うほどである。可愛いネズミが、親ネズミに支えられ、またその後に続いているのだ。飽きの来ない、大した製作だと思った。

 

今回は、12時までで解散して、それぞれが自分達の部屋に分かれ、眠りに就いた。

 

 

朝食は7時半。宿を出たのが9時。外は矢張り寒い。空は青い。

 

1つだけ見学して、買い物をして、昼には電車に乗る事にしていた。この1つの見学がまた素晴らしかった。そう、興福寺である。五重塔も金堂もそれはそれは侘び寂びの幽邃の落ち着きがある。暫く見入っていた。6人の男以外は、どこを見ても外国人ばかりに見えた。事実、日本語は聴けなかったし、女性の装いも民族衣装など様々だった。

 

700円で興福寺国宝館に入った。昨日から入館料など馬鹿にならなかったが、1dayチケットの袋には6枚の切手より小さな強津優待券が付いていて、昨日はそれを2枚使ったので、100円や200円は安くなった。

 

興福寺国宝館では使えないが、最後に皆が言ったのは「700円は安かった」だった。

 

中には国宝がゴロゴロしていたが、皆が一番観たかったのは阿修羅像だった。少年のようなきりっとした三面六臂の立像。高さは153.4cmと書いてある。正面から観、両サイドから観、また戻ってじっくり観、何度も観た。この像が火災にも難を逃れ得たのはその重さだったと言う。運んでも15kgだったから、移動出来たと何かに書いてあった。

 

奈良漬を買い、コーヒーを飲み、トイレに行き、近鉄奈良駅から電車に乗った。幸いにこの快速は乗り換えがなく、終点三宮に着く。「今から1時間20分は載っていないといけないな」と誰かが言うと、Mさんが、「それを聞いたら行っとかないと」と言って、もう座っている電車から荷物は置いて出てしまった。後4分歩かないかだが、トイレを探して飛び出した。皆は冷や冷やしながら心配した。

 

「後2分しかない」。時間の速さ。「もう後1分もない」。立ち上がって電車の外を覗いている者もいる。「来ない」と言った。すると電車の中を歩いて来るMさんの顔があった。「階段を上がって探した」と言った。落ち着いて聞こえたが、「走っただろう」と言うと「走った走った」と言った。

 

電車はすぐに出発し、暫く喋っていたが、私はどっと疲れて眠ってしまった。

 

「次は終点三宮です」とアナウンスが流れた。地下鉄に乗る者もいる。私は、高速バスに乗る。20分ある。駅に行くとトイレを借りた。ゆっくり歩いた。またバス停に戻り10分並んだ。と言っても前から5、6番目。バスはそこに来ているのだが、出発前5分にならないと他のバスとの関係で、乗る側までは来ない。やっと来て5ふんすると発車した。丁度1時だった。

 

刻み奈良漬をご飯に乗せて食べた。久し振りの味だった。酒蔵でも売っていてそんなに味が変わるわけでもないが、この店の奈良漬はウリから始まりメロンやスイカや名古屋の細い大根を漬けたものなど、数が豊富だった。私はウリで良かったし、高価な物まで買う気はしなかった。皆は揃って他の店で柿の葉寿司を買ったが、私は買わなかった。

 

明日の午前中に、或るオカリナが3本届くからだ。多分1本は私が買い、後の2本はきっと欲しい人がいると思うので、その人たちと会うまで暫く置いて置こうと思っている。要らなかったら3本とも送り返して貰ったらいいとの言葉も貰っているが、今の私には色合いも気に入っていて、或る工房の2種類のAC管以外に新発売されたオカリナだからである。「まるで病気だ」と私は思った。

薄暗い玄関に置いているダルマメダカ「初恋」。毎日、光の差し込む部屋に水槽を持ち込んで、朝から夕方までまだ布団で覆っていない炬燵のテーブルに置く。1匹のオスと2匹のメス。メスも1匹だけが抱卵する。水草に卵をくっ付けるとすぐに別の容器に卵だけを移す。

 

もう2度目だが、1日置くとその透明さは消え失せ、いかにも死んだと思わせる濁った色に変わる。これでは、卵の中で成長する姿は観られる筈もない。がっかりしながら、その訳を考える。

 

受精していないのではないか。先ずそれが考えられる。本体の水槽の水が汚れているのか。そうとは思えないのだが、それも理由にはなる。もう1つは、水温だ。メダカの卵が孵るのは、20度から28度位迄で、この範囲位以下でも以上でも無理だと言うのが通説である。

 

その為に、100均で温度計を買って来た。やっと20度だから、夕方から夜にかけてそれ以下になるには目に見えている。これでは稚魚を見る所ではない。それでも、水草に数個産み付けられた卵を別の容器に入れる。期待された朝、数個が固まって濁っている。これで250度を待てる訳がない。

 

250度と言うのは、25度の水温が10日間続いた累計が250度で、そこまで達したら孵化すると言う基準だ。25度より低い水温が続けば10日では孵らないし、それより高い水温なら10日にならなくても孵ると言う訳だ。

 

もう1つ考えられるのは、メスとオスのバランスだ。ダルマメダカの水槽にはメスが2匹、オスが1匹だ。メスとオスの相性もあるようだし、オスがやや多い方が孵化する率が高い。しかし、もう今更電熱器を使ったりしてまで孵す気もないので、卵を産めば別の容器に、期待もせずに移す繰り返しを行わなければならない。

 

数日前から思っていた事だが、後オスが2匹いれば上手く行くかも知れないと言う淡い思いだった。これから益々寒くなる。本来なら来年の春先を念頭に置かなければ産卵しても孵化は無理だ。

 

それでもと、私はメダカを売っているコーナーに出掛けた。ダルマメダカは1匹600円はする。ヒメダカは40円だ。だが、あの100匹近くいる中に、メスは殆どいない事は分かっている。それでも安いメダカのオス2匹かメスとオスを1匹ずつ買って帰るかのどちらかを選ばなければならない。

 

橙色に近い、ヒメダカより進化した「楊貴妃」を買う事にした。200円を切るからだった。結局はオス2匹を持ち帰った。稚魚が孵った時の事も考えて、粉状の餌も飼った。

 

同じ水槽に入れたが、今の所喧嘩もしていないようだ。この違った種類のメダカから、卵は孵るのだろうかとと言う疑問が残るにしても。

 

相変わらず、ダルマメダカのメスの1匹が、抱卵して泳ぎ回っている。明日は、水草のどこかに産み付けるのだろうか。諦めた気持ちで、明日もまた、別の容器に移してみよう。もう、濁った卵しか頭に浮かんで来ないけれど。

11月7日は(木)は何の日かと聞かれても、その事が頭に入っていない人には即答出来ないだろう。

 

5日に孫の夕食を買いにかまどやに行った。彼はそこのロースカツカレーが好きで、かまどやでとなるといつもカツカレーになる。これ1つの注文をして、椅子に座っていた。TVを観たり、周りに貼ってある弁当類を観たりしていた。すると、えっ! と目を疑った。1つの弁当が拡大されて台の上に置かれていた。

 

40円。「何?」「なんじゃこりゃ」と思った。つまり、のり弁当(税込)330円だけを、1人1個限定で税込40円で販売すると言うのだ。本家かまどやは今年で40年を迎えるそうで、創業日11月7日(木)1日だけ100個限定での販売をするとの事であった。

 

娘は今日は仕事を休んでもいいらしく、一緒に並んで昼はそれを食べて帰ると言った。10時に店は開くが、娘を迎えに行く途中ちらっと見ると、6、7人が店の前に並んでいた。上には上がいるものだ。

 

娘を店の側に下すと私は車を家に置いて歩いて出掛けた。中に数人が並んでいる。娘と私との間には、もう3人が詰まっている。甘く見ていたが、昼過ぎには70人位が買って帰る事になろうと推測した。

 

嫁さんも、2人が帰ってから買いに出掛けた。昼は、40円ののり弁当である。さぞ美味かろうと思った。ブログを書き終えると、昼ご飯となる。2人の孫達の為に、更に遠くにある小さなかまどやに行った。学校から帰った孫達には、晩ご飯になる。が、何の宣伝もなかった。娘は「このまま帰ろう」と言った。私は「一応聞いてみる」と言った。

 

40円だったのである。何故宣伝のポスターを掲示していないか尋ねてみようと思ったが、あまり意味がなさそうだったので、そこまではしなかった。

 

玄関の暗い所に置いているダルマメダカ「初恋」3匹を、私のいる部屋に運んだ。ここは明るいし、メダカは光を好む。すると、昨日までぶら下がっていた数個の卵は何処かに消え、また新しい卵が数個くっ付いていた。昨日まで中々体から離れなかった卵は、透明ではなく濁っているようだったから、それはもう孵化しないと思っていた。新しい卵を水草に産み付けたら、別の器に卵だけ移す積もりでいる。

 

さてさて、今からのり弁当を食べるとしようか。娘は用事があるらしく、早くても食べておきたいようだ。

 

創業40年があると言う事は、50周年はまたあるだろう。今度はのり弁当でなく、もう少し高価なものかも知れない。しかし、それを食べられるかどうかは分からない。あと10年先だからである。

 

またいい意味で、色んな「なんじゃこりゃ」があるといいなと思う。自然や気候が引き起こす災害は、どこの国だとしてもないように願いたい。

11月2日(土)は、午前中私と一緒に数人がオカリナの練習をして、昼からはJR三宮に行き、阪急電車に乗り換えた。西宮北口で降りたが、兵庫県立芸術文化センターで音楽に浸る為だった。

 

3階なので俯瞰したような場所だったが、音の迫力には問題なかった。初めて聴くソフィア・ゾリステンは歴史と伝統あるブルガリアを代表する弦楽合奏団だ。指揮者プラメン・デュロフを始め、楽団員13名はソフィア国立歌劇場管弦楽団のソリスト・クラスの精鋭揃いで、メンバーは簡単に変わらない。

 

全員男性で、チェロ2人は座って演奏するが、後のヴァイオリン8人、ヴィオラ2人、コントラバス1人は立ったまま演奏する。14人がメンバーである。日本各地20地域での演奏の旅だ。10月19日札幌文化芸術劇場を皮切りに、10番目の今日が、芸文センターだったのである。11月17日のザ・シンフォニーホールが20番目の最後となる。

 

このツアーにはヴァイオリンのリヤ・ペトロヴァが唯一の女性として、ソリストとして加わっている。17曲の内の前半終わり3曲、後半終わり3曲を熱演する。緋色のドレスが鮮やかだが、演奏は素晴らしい域を出ない。1990年ブルガリアのソフィアで音楽家の一家に生まれ、4歳からヴァイオリンを始め、6歳の時にはプラメン・デュロフ指揮のソフィア・ゾリステンとの共演を果たしている。今では完璧なテクニック、超絶技巧、ロマンティックな音色で聴衆の度肝を抜いたと記されている。全くその通りだと、私は思っている。

 

プログラムを載せて、今日のブログは閉じるが、感動は今も残っており、滅多にCDは買わない私が、これは買ってしまった。ただ、リヤ・ペトロヴァの演奏はないのが残念だ。

 

 

J.S.バッハ:G線上のアリア

ドヴォルザーク:ユーモレスク

シューベルト:楽興の時~第3番

パッヘルベル:カノン

ボッケリーニ:メヌエット

チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ

エルガー:愛のあいさつ(☆)

マスネ:タイスの瞑想曲(☆)

サラサーテ:カルメン幻想曲(☆)

 

休憩

 

モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク~第1楽章

チャイコフスキー:弦楽セレナード~第2楽章「ワルツ」

ハイドン:セレナード

J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ

J.S.バッハ:幻想曲 BWV542

パガニーニ:ラ・カンパネラ(☆)

シューベルト:アヴェ・マリア(☆)

サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン(☆)

 

※ (☆)リヤ・ペトロヴァ[ヴァイオリン]

 

アンコール曲

ピアソラ:オブリビオン(☆)

プリテン:イタリア風アリア

山田耕筰:赤とんぼ

ヤン・ヴァン・デル・ロースト:リクディム

 

ここで赤とんぼが鳴り出す。やっぱり、民族的に感動する。涙が沸き上がった。アンコール曲の大サービスだった。

 

カルメン幻想曲もツィゴイネルワイゼンも素晴らしかった。でも、CDには入っていない。リヤ・ペトロヴァがこれらの演奏に仲間入りをしていなかったからだろう。それでも私がCDを買ったのは、タイスの瞑想曲と赤とんぼが収録されていたからだ。タイスの瞑想曲は今私が挑戦し練習しているからだし、赤とんぼはアンコール曲で殊に感動したからである。

 

実際のホールでの演奏とCDとでは聴こえや立体感が違うのは当然だろうが、私はまだCDを聴いていない。今から、せめてその2曲を聴いて寝ようと思っている。