11月15日と16日の天気予報が朝と昼の寒暖差10度以上を伝えていた。予報通りの朝5度と言う寒さの中、三宮阪神電車の西口に出掛けた。同年齢の仲間の恒例の1泊の旅をする為に。

 

14名の内、事情が許さず1名は不参加。日帰り参加は3名。宿泊参加は11名の筈だった。こんなに荒れた年はなかったが、日帰り参加だった1名は不参加となり、宿泊予定の5名が日帰りとなった。それぞれの事情による。

 

8時10分に集合予定だったが、私が1番に三宮に着いた為誰も居なくて不安この上もなかった。1人の顔を見付けた時、それは消えた。日は間違っていなかったからだ。その内集まり出して、奈良・斑鳩1dayチケットを1,850円で購入した。兎に角8時41分発の電車に乗り、難波で乗り換えて大和西大寺に着いた。1時間14分の乗車時間は流石に長く感じられた。

 

奈良交通バスもこの1dayチケットで乗れる。それを利用して先ず着いたのが秋篠寺。本堂は国宝で、金堂の消失以後鎌倉時代に大修理を受け本堂と呼ばれている。だが、奈良時代の建築の伝統が生かされた、落ち着いた素朴さのある雰囲気がある。

 

シマさんが堂内尊像のなかでも伎芸天の事で、私と自分はお守りが要るのではないかと言った。彼はそれの紫色のを購入し、私もそれならばと橙色のものを買った。温かな人間味のある顔立ちは、母をも偲ばせるものだった。

 

西大寺までは足では大変な道程で、バスを利用した。十一面観音立像が大きく迫って来た。

 

昼食は店を探し、居酒屋風の店で日替わり定食にした。ビールを飲む者もいたが、一緒に座っていた3人は「ゆずサワー」にした。280ccの瓶1本で、しかも100円安くなっていた。結構美味く飲めた。

 

また見学の旅が始まる。垂仁天皇陵に行ったが、鳥居があり中には入れず、それ以上のものを見る訳には行かなかった。集合写真を撮り次の唐招提寺へ。

 

金堂内陣には中央に盧舎那仏座像、向かって左に千手観音立像、右に薬師如来立像の豪華な三尊像を拝する事が出来る。金堂、講堂、鼓楼は国宝である。そして、唐招提寺と言えば鑑真和上が余りにも有名である。教科書で誰もが目にしているのではないだろうか。開山堂には、年間数日しか開扉しない国宝和上像に代わって、毎日参拝できるように身代わり像が作られ鎮座している。

 

薬師寺の東塔は国宝であり、白鳳時代にこれだけの三重の塔が作られている事に古への感動が呼び起こされる。

 

大講堂は伽藍最大のもので、正面41m、奥行20m、高さ17mの立派なものだ。大講堂の本尊には弥勒三尊像(重要文化財)が、後堂には仏足石・足跡歌碑(国宝)が安置されている。

 

最後はがんこ一徹長屋墨の資料館へ。墨の出来るまでの様子がよく分かるようになっており、墨の匂いと共に子供の頃に使っていた墨が墨運堂のものだった事を思い出し、その芸術に暫く浸った。大変な工程を経て出来る墨の凄さを、端渓の硯と比べ合わせながら感じた。

 

近鉄西ノ京駅で日帰り参加者7人と別れ、男子6人は宿舎奈良白鹿荘へと向かった。

 

先ずは風呂。古代檜の風呂に入った感慨に包まれていた。2000年前の檜、それも海抜1800m辺りの直径2メートルはある代物だ。6人はゆったりと湯に浸かり、体を解した。6人ではあるが、年配の仲居さんで、落ち着きのある振る舞いをしていた。

 

私は、きっと肉が出て来ると予測をしていて、ピランの塩を持って来ていた。皆もその塩で肉を食べた。絶品の肉と絶品の塩。それが融け合わない筈がない。美味い! そんな声が聞こえた。

 

シマさんの三線が聴けなかったのは残念だが、私もどうしようかと思っていた。取りあえずはオカリナと楽譜と伴奏CDを持って来ていた。皆から催促があり、中居さんにも聴いて貰うように頼んでいる者がいた。ならばと、CDラジカセがあるか聞いてみた。中居さんはあると言ってすぐに持って来た。松茸の土瓶蒸しを目の前にして、私は3曲吹いた。

 

中居さんは実際に目の前で聴き、喜んでくれたようだった。まあ、重たかったが持って来ておいて良かったと思った。アカペラでいいから、「赤とんぼ」と「ふるさと」を吹いてくれと仲間が言った。「ふるさと」は、皆が歌うように伴奏の替わりをした。

 

そこそこに食べ終わったので、2部屋の内の1部屋に集まって、再び飲み始めた。Tさんが持って来ていた「百黙」と言う日本酒。結構美味いのだ。

 

Tさんはいつもだが、とても精巧に木を削り、本職並みの人間や動物を作って皆にくれる。今回は、台座に漆を塗った話を交えながら、「見ざる、言わざる、聞かざる、せざる」なんと四ざる。4匹になっている。本来は最初の三ざるが定着しているが、せざるも論語にあると言う。

 

巧みな糸鋸の技術が凄い。もう1つ、くれた。小さなネズミの親子5匹。これは職人技ではないかと思うほどである。可愛いネズミが、親ネズミに支えられ、またその後に続いているのだ。飽きの来ない、大した製作だと思った。

 

今回は、12時までで解散して、それぞれが自分達の部屋に分かれ、眠りに就いた。

 

 

朝食は7時半。宿を出たのが9時。外は矢張り寒い。空は青い。

 

1つだけ見学して、買い物をして、昼には電車に乗る事にしていた。この1つの見学がまた素晴らしかった。そう、興福寺である。五重塔も金堂もそれはそれは侘び寂びの幽邃の落ち着きがある。暫く見入っていた。6人の男以外は、どこを見ても外国人ばかりに見えた。事実、日本語は聴けなかったし、女性の装いも民族衣装など様々だった。

 

700円で興福寺国宝館に入った。昨日から入館料など馬鹿にならなかったが、1dayチケットの袋には6枚の切手より小さな強津優待券が付いていて、昨日はそれを2枚使ったので、100円や200円は安くなった。

 

興福寺国宝館では使えないが、最後に皆が言ったのは「700円は安かった」だった。

 

中には国宝がゴロゴロしていたが、皆が一番観たかったのは阿修羅像だった。少年のようなきりっとした三面六臂の立像。高さは153.4cmと書いてある。正面から観、両サイドから観、また戻ってじっくり観、何度も観た。この像が火災にも難を逃れ得たのはその重さだったと言う。運んでも15kgだったから、移動出来たと何かに書いてあった。

 

奈良漬を買い、コーヒーを飲み、トイレに行き、近鉄奈良駅から電車に乗った。幸いにこの快速は乗り換えがなく、終点三宮に着く。「今から1時間20分は載っていないといけないな」と誰かが言うと、Mさんが、「それを聞いたら行っとかないと」と言って、もう座っている電車から荷物は置いて出てしまった。後4分歩かないかだが、トイレを探して飛び出した。皆は冷や冷やしながら心配した。

 

「後2分しかない」。時間の速さ。「もう後1分もない」。立ち上がって電車の外を覗いている者もいる。「来ない」と言った。すると電車の中を歩いて来るMさんの顔があった。「階段を上がって探した」と言った。落ち着いて聞こえたが、「走っただろう」と言うと「走った走った」と言った。

 

電車はすぐに出発し、暫く喋っていたが、私はどっと疲れて眠ってしまった。

 

「次は終点三宮です」とアナウンスが流れた。地下鉄に乗る者もいる。私は、高速バスに乗る。20分ある。駅に行くとトイレを借りた。ゆっくり歩いた。またバス停に戻り10分並んだ。と言っても前から5、6番目。バスはそこに来ているのだが、出発前5分にならないと他のバスとの関係で、乗る側までは来ない。やっと来て5ふんすると発車した。丁度1時だった。

 

刻み奈良漬をご飯に乗せて食べた。久し振りの味だった。酒蔵でも売っていてそんなに味が変わるわけでもないが、この店の奈良漬はウリから始まりメロンやスイカや名古屋の細い大根を漬けたものなど、数が豊富だった。私はウリで良かったし、高価な物まで買う気はしなかった。皆は揃って他の店で柿の葉寿司を買ったが、私は買わなかった。

 

明日の午前中に、或るオカリナが3本届くからだ。多分1本は私が買い、後の2本はきっと欲しい人がいると思うので、その人たちと会うまで暫く置いて置こうと思っている。要らなかったら3本とも送り返して貰ったらいいとの言葉も貰っているが、今の私には色合いも気に入っていて、或る工房の2種類のAC管以外に新発売されたオカリナだからである。「まるで病気だ」と私は思った。